財団のなりたち

笹川良一初代会長
笹川良一初代会長
 
石館守三初代理事長
石館守三初代理事長

笹川記念保健協力財団は、世界からハンセン病を根絶しようという目標を掲げ、日本財団の創始者であった笹川良一氏(1899-1995)を会長に、日本におけるハンセン病化学療法開発の父、石館守三博士(1901-1996)を理事長として1974年に設立されました。初代理事長の石館博士は青森市の薬種業を営む家に生まれ、地元の北部保養園(現 松丘保養園)の入所者との接触を通してハンセン病患者の苦悩を知りました。東京帝国大学医学部教授であった1940年代、ハンセン病治療に奇跡をもたらしたとされる治療薬プロミン(DDS)の合成に日本で初めて成功し、日本におけるハンセン病化学療法の端緒を拓きました。

1973年、ある会合で石館博士が出会ったのが日本財団初代会長であった笹川良一氏でした。笹川良一氏もまた、若い頃からハンセン病患者の苦悩を身近に見聞きし、長年にわたりハンセン病に対する思いを強く持っていた一人でした。当時、日本のハンセン病はプロミン治療の普及ですでに終焉に向かいつつありましたが、発展途上の多くの国々では、ハンセン病は依然として大きな保健衛生上の問題でした。この会合をきっかけに、笹川良一会長と石館守三博士は、それぞれの人生をかけて世界のハンセン病問題の解決のために立ち上がることを誓いました。その結果として、翌1974年、笹川記念保健協力財団が設立されました。この時笹川良一氏は75才、石館守三博士は73才でした。

さらに、2010年には、1985年より日野原重明名誉会長(当時は理事長)のもと高齢者ケアに関する事業を中心に活動を開始していた笹川医学医療研究財団と合併し、ホスピス緩和ケア向上のための取り組みもスタートしました。1996年、日本財団の呼びかけで発足した「日本財団ホスピス研究会」(委員長:日野原重明)の提言 ―(1)施設整備(2)医師、看護師などのホスピス緩和ケア従事者の育成(3)一般に対する周知と啓発― にもとづいて、日本財団、ライフ・プランニング・センター、日本看護協会等と連携・協力し、さまざまなアプローチにより、ホスピス緩和ケアに携わる医療従事者(医師、看護師等)の育成を目指し、医療面のみならず社会面からも病に向き合う努力を重ねてきました。

2011年11月、公益財団法人に移行し、これまでに培ってきた経験、知識、そして人材を最大限に生かし、「すべての人が自分らしく、よりよく生きることのできる世界」の実現を目指していきたいと考えています。