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私たちの活動 ハンセン病

天刑、業病、穢れなどとして有史以来スティグマ(社会的烙印)の対象とされてきたハンセン病は、19世紀後半、病原菌の発見により伝染病であることが判明しました。しかしながらハンセン病は、極めて弱い伝染力にも関わらず、恐ろしい伝染病として人々からおそれられ、患者は社会から隔離され、家族も排除されてきました。

ハンセン病制圧活動の開始

世界からハンセン病で苦しむ人をなくしたい、という思いをもとに設立された当財団は、医療へのアクセスのないアジアの途上国の人々に、ハンセン病の早期診断と治療を届けることを初期の目的として活動を展開しました。特に1980年代以降、多剤併用療法(MDT)の確立でハンセン病は確実に治る病気になりました。この活動の大きな転機となったのは、WHO(世界保健機関)による「公衆衛生上の問題としてのハンセン病の制圧」という目標でした。1994年の第1回国際ハンセン病制圧会議(於ハノイ)において、日本財団は1995年から1999年までの5年間でWHOに5,000万ドルを提供し、全世界のハンセン病治療を必要とする人にMDTを無償で配布する計画を発表しました。この協力により世界各国のハンセン制圧活動に大きなはずみがつきました。

当財団は各国政府、WHO、ILEP(International Federation of Anti-Leprosy Associations:国際ハンセン病団体連合)等との協力のもと、未達成国での制圧活動ならびに達成国における制圧維持活動として、医療従事者研修、人材育成、教材作成、薬品・機材購入供与、診断・治療体制強化、啓発等さまざまな活動を行ってきました。

病気が治るだけでは十分ではない

現在では、世界のすべての国々で地域の保健所でも無料で治療を受けることができるようになりました。しかし病気が治っても、一度ハンセン病にかかった人の多くは、偏見や差別のために病気以前の生活に戻ることができず、その子どもや孫までも一般社会から疎外された生活を送っています。

尊厳ある人生を送るために

これまで病気を体験した人は長年にわたり治療や慈善の対象としか見られてきませんでした。当財団は、ひとりの人間として尊厳を持って生きるためには、治療や慈善の受け手から自らが人生の主体へと生まれ変わることが必要であると考え、1990年代以降は世界各地の回復者団体の支援、地域レベル、国レベルでのエンパワーメント・ワークショップの支援を行ってきました。また、回復者やその家族が社会の一員として生きていくためには、経済的自立と教育がカギとなります。このため、回復者やその家族に対する経済自立支援、回復者や第2世代、第3世代の子どもたちの教育支援に力を入れてきました。

新しい動き:人権問題としてのハンセン病

2003年半ば、ハンセン病の偏見と差別に対する取り組みに新しい動きが生まれました。
WHOハンセン病制圧特別大使である日本財団笹川陽平会長の努力により、長年にわたり回復者やハンセン病支援団体が取り組んできたこの問題が、初めて人権問題として国連人権小委員会で取り上げられたのです。2008年には国連人権理事会で「ハンセン病回復者とその家族に対する差別撤廃」に関する決議案が満場一致で採択されました。当財団はハンセン病人権問題の取り組みにおいても、回復者やその家族の声が反映され、また回復者やその家族が人権問題に主体として取り組むために、さまざまな会議の開催のほか、国際会議の場で回復者が発言する機会を増やしていくことにつとめています。

ハンセン病問題のない社会を目指して

あらゆる差別問題や社会問題に通じるハンセン病問題を風化させないための歴史保存活動、差別偏見をなくすための啓発活動、社会のハンセン病に対する理解を変えていく運動支援、経済自立支援、教育支援、回復者団体支援など社会面での活動は多岐にわたっています。医療面と社会面での活動がそれぞれを補い合いつつ、ハンセン病を特別に意識せずに生きていける社会、ハンセン病問題がない社会をめざしています。

ライフストーリー

インド、エチオピア、ガーナ、ブラジル、フィリピン、中国の14人の回復者が、自分の人生について語ってくれました。この14人それぞれが何を体験し、どのような道を選び、進んだのか。その勇気と希望にあふれる話をぜひご一読ください。

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支援活動レポート



Annual Activity Report on Hansen's Disease (PDF: 1.2MB)