[会長ブログ ― ネコの目]
ネパールのハンセン病スクリーニングキャンペーン

今週は、昨年4月に続いて、ネパールに参っています。と申して、今夕帰国しますが。
2年前、2015年4月25日にマグニチュード7.8の大地震がネパールを襲いました。お隣のインド、チベット、バングラディシュにも被災が出たほか、ヒマラヤトレッキング中の観光客ら15カ国の犠牲者を含む各国の100名以上を合わせ、総計9,000名近くの命が失われました。直後、私どもは、被災地の中で、かつてのハンセン病罹患のために障害を残しておられる方々が複数おられる地域への緊急支援を致しました。昨年4月は、そのフォローアップに参った間、日本では熊本に前震などと云う言葉が生まれる原因となった強烈なシリーズ地震が発生しましたので、印象は特別です。

緊急支援フォローアップと同時に、なお、ハンセン病が多く残る世界16カ国中第8位のネパールの関係者とも意見交換した結果、比較的、ハンセン病者が多いことが判っている15地域中、インド国境地帯から、短期集中スクリーニングの実践が浮かび上がりました。そこで、ネパール政府保健省が中心となり、WHOネパール事務所、ハンセン病対策に関与するNGO/NPOらが協力する地域限定集中スクリーニング計画が提案され、私どもも支援することを決めました。今回、その2地域での成果を確認するために参りました。

初日は、首都カトマンズで保健次官、大臣を表敬しました。いささか失礼な言い方ですが、この国には、まだまだ、対策不十分な感染症が沢山あります。その中で、ハンセン病対策を第一にお考え頂くことの困難さは百も承知ですが、しっかりしっかりお願いと申すか、確認をさせて頂きました。ハンセン病の原因のらい菌は、とても弱い菌で、滅多なことでは感染しない、発病までの、いわゆる潜伏期も何年もという長期、そして困ったことに、痛くも痒くもないどころか、痛みを感じなくさせてしまうのです。熱も出ないし、やせもしない・・初期に、病気という認識は持ちがたい、ホントに厄介な病気なのです。大概の場合、初期は皮膚斑紋、それだけといえばそれだけ。見かけでは、何処が病気?という時期も長く、直ぐには生命に危機をもたらさない。しかし、放っておくと四肢末端や顔面という、見えるところに障がいを来すために、差別偏見の対象にされてきた・・・

さて、昨年10月頃から始まったバルギラとネパールグンジュというネパールの南西部の2地域の短期集中スクリーニングの経過を拝見しました。沢山の地域ボランティア・・ヘルスワーカー/保健作業者に初期症状などの見分け方を伝授し、1週間という限られた期間に、一斉に地域内を歩く、疑わしい人が見つかったら、簡単な診断治療を行える保健専門家が常駐する保健ポストで確認し、さらに地域病院やハンセン専門家がいる施設で確定診断と進み、ある地域では住民の85%程度に当たる323,758名を調べ、1,754名の疑い者をみつけ、内145名が感染者と確定診断され、直ちに無料の多剤併用療法をうけておられます。お訪ねした一軒では、7名家族中3名が感染者でしたが、どなたも、ご自分が病気という意識はお持ちでなかった・・・幸いなことに、これらの人々は、重篤な障がいを示しておらず、治療によって、根治出来るレベルでした。メディアを動員し、学校検診を活用したことなど、新たな取り組みも拝見しました。報告会では、地域の保健局長らも出て下さり、関心の高さがしのばれましたが、この一大キャンペーンは、日本の長崎大学での研修経験を持つ、保健省のハンセン担当局次長パンディ医師の貢献大であります。(Meeting Nepal’s Challenges)

ネパールは、ご承知のようにヒマラヤ山脈の傍、大国インドと中国に挟まれた内陸国です。かつて、国立国際医療センター(当時)勤務時にも、この国最初の医学部が開設されたトリプバン大学など、いくつかのJICAプロジェクトに関与させて頂き、何度も訪問しています。それから25年、昨年の地震被災地の山岳地帯もそうでしたが、今回の南西部のかなり辺鄙な村落でも、ほぼ電気が通り、プロパンガスコンロが設置されています。また、大通りはほぼ舗装されており、かつての低開発国色は相当消えています。何よりも、首都カトマンズだけでなく、南西部のネパールグンジュでも、多数の黄色いスクールバスが走っています。そして、高校生でしょう、見かけは大人と同じの体格の男女から、教材が入っているのでしょうか、背にしているナップザックが地面に届きそうな小さな子どもまで、制服姿を各所に眺められました。

まだ、裸足で牛を追っている子どもがゼロではありませんし、中年以降の、特に女性たちの識字率が十分上がっているとは思えませんが、この国は、今、変化の途上にあると思いました。かつて、この国に関与した仲間からは、最後の王政の頃の政治的混乱、いわゆるマオイスト(共産主義者)の跋扈が、特に地方への関与を難しくさせていたことを憂いる便りも受けましたが、今は、明らかに変化の途上にあると確信しました。

ある国が、どのようであるか・・を短時間の訪問で評価はできませんが、感じることはあります。
ヒマラヤを抱くこの国は、やっと平静さを取り戻したのでしょう。インドのカレー料理とは、ちょっと味が違いますが、数日間、カレーに浸った胃は、少し、良い意味のヒリヒリを感じています。ほどほどの開発の中で、ハンセン病のスクリーニングが、他の疾患対策への活用を前提に、しっかりと根付いて欲しいと願いました。

スクールバス_ネパール