[会長ブログ ― ネコの目]
地域社会 コミュニティを維持すること

先般、岡山県瀬戸内市で、財団主催の国際会議を開催させて頂きました。いずれホームページでご報告させて頂きます。私は、その間に鳥取県に参りました。こちらでは、私どもの親財団である日本財団が、地元と連携した壮大な鳥取県X日本財団プロジェクトを展開されています。今回は、私どもが行っている在宅看護センター起業家育成事業へのご参加をお願いするための訪問でしたが、それについては、また、別にして、道中で気が付いたことです。

岡山駅から因美線経由鳥取までは、特急で2時間弱ですが、それぞれの駅付近の、敢えて申しますと小ぶりの街を除けば、道中、まことに麗しい日本の原風景が続きます。時期的に新緑の候、レンゲがひろがる田畑、散在する民家、少しずつ異なる緑、翠、碧、ミドリ系に装った木々が群れる山々、時折現れる川と渓流・・・読もうと手にした本を置いて、移り行く景色を堪能しました。JRの線路に沿って整備された道路、時折、それにつながる道筋、いくばくかの信号は点滅しており、それ程、車の往来が多くないように見えました。まして、人の歩く姿はほとんどなく、ごくごく稀に畦道を行く人影がありました。また、遠景に高速道路でしょうか、集落の向こうあるいは集落をまたぐ橋梁も見えました。列車は2輌、1/3位の乗車、二組4人の外国人の姿もありました。

限界集落という単語が人口に膾炙されて久しく、さらに消滅集落という言葉も馴染みになりかけています。集落を横文字にするとcommunityコミュニティでしょうか。

1991年、もう50代でしたが、紛争地勤務の後、思い立ってジョンズ・ホプキンス大学大学院での研修の機会を頂きました。昨年開学100周年を迎えた世界初の公衆衛生大学院ですが、地域社会つまり集団の健康をどう護るかを学びました。ホプキンスのあるボルチモア市はアメリカでは最も古い街のひとつ、ペンシルバニアの石炭による工業化で栄えた他、良港に恵まれ、クラブ(カニ)サンドイッチが有名です。かつて栄えた街の中心部の住宅地はアフリカ系の人々ばかりになり、いわゆる白人は郊外の住宅地にと、やや二分化していました。私は、ちょうどその移行地帯にあるタウンハウスに下宿しました。家主は、アメリカ赤十字社のHIV/エイズプロジェクトの責任者という女性でした。

家主との契約は、食糧費、日常消耗品費は折半すること、可能な限り、週末には車で30分ほどのショッピングセンターに買い出しに同行すること、地域活動のお手伝いをすることでした。地域活動とは、ボランティア的な街の清掃や高齢者訪問ほか近郊の農村の人々が開く朝市の当番でした。夜明け5時頃からの市では、Farmers’ Market(農民市)と染められたお揃いのポロシャツを着て、色々な農産物を売りました。家主は、パイ作りが趣味で、毎日、アップルパイを食べさせられたこともありますが、何処ででも手に入るトイレットペーパー、洗剤、日常用のナプキン、サランラップや日常的なプラスチック製品は、わざわざ徒歩7, 8分のスーパーに廻って求めました。わざわざ回り道するのです。ある日、私は、「同じ値段なのに、どうして、郊外のショッピングセンターで買わないの?」のと尋ねました。

家主曰く。「年を取って、遠くに行けなくなった時、また、高級ショッピングセンターに行く余裕がなくなった時、ともかく、一応のものが手に入るスーパーが近くにないと困るでしょう。だから、この店が継続していて欲しいから、幾らかはここで買わなくっちゃ、ね」

地域社会communityが成り立つためには、私たち住民の自主協力が必要です。すべて国が、地方の行政つまりお上がやってくれるのではなく、自分の住む街をどう維持するか、ひとりひとりが、少しは長期的展望を持つことも必要なのだと教わりました。便利さだけ、しゃれたもの、欲しいものをどこかで自由に入手することだけでは地域社会は成り立たないのです。

時折、JRの廃線が話題になり、最後の列車に沢山のカメラマンが押し寄せます。でも、その地に暮らし続ける人々にとっては、それからの生活はどうなるのでしょうか・・・

災害の多いわが国では、ある地域に達する何本もの複数道路の整備は必要です。が、今後の高齢社会、何時までも誰でもが車を運転できる時代でも地域ばかりでもありません。

出来れば、たった2輌の列車でも、1輌でも、毎日、決まった時間に列車が走り続けてくれれば、地域の生活は安心ではないでしょうか。

車がなければ、毎日が成り立たない地域も増えました。が、地方のJRには、なるべく乗って、廃線予防に貢献することも、必要ではないか・・・と、流れゆく地域、地域の村落を眺めながら思いました。

鳥取