[会長ブログ ― ネコの目]
スーパーの閉店、JRの廃線・・・地域の活動を維持するには・・・

自宅近傍のスーパーマーケットが閉店!
新宿から急行20分弱の居住地の駅には、おにぎり、とんかつ、串カツ、お寿司の店、有名スーパーの小型支店があり、いずれも、比較的遅くまで営業していますし、駅前には、大きなショッピングセンターがあり、さらに駅両側にコンビニが3軒もあり、困るのはどの店に入ろうかと迷うことです。そして駅から100m範囲に限っても、チェーンの薬剤店やレストランが林立し、自宅までの10分弱の道中にもコンビニが一軒、自宅50m横にもう一軒、そして閉店したスーパーから500m先には、より大型のショッピングセンターがあります。これ以上の便利さはない地域です。

が、独居のご高齢者には、慣れた100mは歩けても500mとなると辛い・・・確かに、行きはよいよい帰りは怖い、です。これは私も同様、手ぶらで出かけられても、買い物後、いざ、荷物を持つと、100mを戻るのも大変な思いです。最近では、しゃれたシルバーカーもありますが、大概の道路は意外とデコボコしています。

が、都市部で文句は申せません。

先日、東洋経済のオンライン版に、『JR三江線に続く「廃線危機」の路線はどこだ?』という記事が出ていました。

三江<サンコウ>線は、瀬戸内側の広島の三次<ミヨシ>と日本海側の島根県江津<ゴウツ>を結ぶ全長108.1Kmの路線です。私は、50年以上昔ですが、学生時代に神話にのめり込んで、2,3度、大国主命<オオクニヌシノミコト>、素戔嗚尊<スサノオノミコト>、伊弉諾尊<イザナキのミコト>・伊弉冉尊<イザナミのミコト>のおわしました島根県めぐりをしました。その際、この線を少し楽しみましたが、今回、その歴史を読んでみてびっくり。1930年ですから昭和5年に着工されたこの路線が完成したのは1975年、45年もかかっています。そして、繫がった二つの都市間の直線距離はたった60Kmほどなのです。ウネウネと流れる江の川添いの三江線は、実は、既に車時代に突入していた完成時頃から、山陽と山陰を短絡する役目は果たせていなかったとか・・・

さてさて、最後日には、カメラ片手の人々が駅にあふれていたようですし、廃線が決まって以来は、かなりの数の乗客もあったようですが、2016年度の一日平均通過人数つまり利用者数は1km当たりわずか83人だったそうです。ちなみに、1987年の458人当たりが最大のようです。そして、83人という数字を、最近、他の廃線予定路線でも目にしました。1年後の2019年4月に廃止が決まった北海道の石勝線夕張支線(新夕張―夕張間)です。2016年度の一日あたりの利用者数が83人と報告されています。

上記記事には、かつてJRが国鉄と呼ばれていた時代ですが、平均利用者数が4,000人以下になると、鉄道が持つ大量輸送機関としての任務を存分に発揮できないとして、バス輸送に転換するのが妥当とされていたとあります。それが今では、全JR路線の4割は一日あたりの利用者数が4,000人を下回っているそうです。

鉄道がなくなるのとスーパーが閉店するのは大いに違いますが、その地域の人々にとっての生活環境が変わることは共通しています。殊に、高齢化した地域の、足であり、胃袋でもある交通の手段や買い物の場がなくなることは、大いに気持ちが沈みます。

常々申し上げていることですが、私ども笹川記念保健協力財団では、地域社会の人々に安心と安全をお届けできる「日本財団在宅看護センター」網を広げています。事業開始後4年、35カ所が稼働し、約3,000所帯をカバーできる体制に、やっとなりました。

が、健康を護るには、地域の足も胃袋も必要です。生活環境上の地域の便利さと、多少の人的交流は、高齢者の自立継続に必須です。そして、今やメールで注文すれば、何でも配送される時代です。が、この制度も、経済効率から考えれば、何カ月に1回しか注文のない地域への配送を維持できるのでしょうか?

あまり流行っていない路線も、無くなったら困る・・・と考えるのなら、毎週1回は利用することも必要でしょう。地域は、その地域に住む住民がまもらねばならないと、つくづく思います。