[会長ブログ ― ネコの目]
紫陽花

街のあちこちで、さまざまな色の紫陽花をみます。

なぜ、この漢字でアジサイと読むのでしょうか?語源辞典によりますと、語源は「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が変化したものとされるとあります。が、紫陽花は藍色だけではありませんね。

他にもいくつか説があるようですが、紫陽花という漢字を、この花に当てはめたのは、平安時代のプリンセス勤子内親王(904 – 938、醍醐天皇の第5皇女)の命により『和名類聚抄<ワミョウルイジュウショ>』という辞書を編纂した学者 源順<ミナモトノシタゴウ>が、中国の詩人白居易<ハクキョイ>の詩にある紫陽花という別の花の名前を現在の紫陽花に当てはめた・・・勘違いだった・・・ことによるとされています。

では、中国の紫陽花は何?ライラックという説もありますが、確認はしていません。ただ、この花は、日本原産とされますが、なるほど、『万葉集』にも詠われています。調べてみると、「味狭藍」と「安治佐為」が使われているのだそうです。また、源順の編んだ記『和名類聚抄』には、「阿豆佐為」とも記載されているそうですから、何時、ミスター源順が、紫陽花としたのか・・・ですが、きれいな文字、花をイメージさせていますから、これを無理してアジサイと読むことに異論はありません。

さて、花といえば花言葉。

紫陽花にはオールアジサイとしての花言葉以外に、沢山の色があるがゆえにですが、色ごとの花言葉があります。花が咲いている間に、色が変わるがためでしょうか、「移り気」「浮気」「無常」!!

ですが、色別には、青は辛抱強い愛、ピンクは元気な女性、白は寛容と、いい言葉が並びます。紫陽花の学名は、Hydrangea macrophyllaですが、江戸時代の長崎に鳴滝塾と云う蘭学(西洋医学)の研修所を作ったフィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト(1796.2.17  – 1866.10.18 神聖ローマ帝国、現在のドイツバイエルン州生、医師、博物学者、一家が植物学に強かった)は、新しい種を見つけたとして、妻となった楠本滝の名前「おタキさん」からのオタキサン → o・ta・ki・san → otaksaを挿入した Hydrangea otaksaと命名したのですが、実際はHydrangea macrophyllaと同じものであったので、学問的には認知されてはいません。が、花の学問的命名に、妻の名前をつけるって発想は素晴らしいと、私は思います。

長崎には、欧風銘菓「おたくさ」がありますが、シーボルトとお滝さんの間の娘楠本イネ(1827.5.31  – 1903.8.26)は、日本人女性として初の西洋医学としての産科学を学んだ通称「オランダおいね」さんです。

紫陽花から、色々連想しますが、梅雨の期間を彩る美しい紫陽花を堪能致しましょう。毎年、あちこちの紫陽花寺に参りますが、今年はいずこに・・・

アジサイ