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新たな脅威 ニパウイルスと・・・・

今週の月曜日の産経ニュースにも出ていましたが、インドの最南部のケララ州で、コウモリが宿主(病原体を持っている生物)とみられるNipah Virus(ニパウイルス)感染が発生しています。ヒトへの感染は、コウモリからブタそしてヒトと考えらえていますが、コウモリからヒトもあるのでしょう。

最初、疑い例報告(発症は19日頃)があたったのは5月21日ですが、翌日には、州保健局がニパウイルス感染と発表し、必要な隔離手段を講じましたから、大きな広がりは防げています。はっきりした感染者数は不明ですが、6月6日には17人が亡くなり、90人が隔離され、18人の血液検査で12人に感染が証明されています。3人が亡くなったご一家の井戸から死んだコウモリが見つかり、ケアにあたった看護師が感染したらしいとか、油断は禁物です。

ニパウイルスは、1998年3月、マレーシアの養豚農家たちに発生した脳炎から確認されました。ニパというのは、最初の感染が起こった村の名前です。

症状は、発熱や頭痛ついでめまい、意識障害、けいれんなど脳炎症状で、死亡率が高いとされています。世界保健機関(WHO)やアメリカの疾病対策・予防センタ―(CDC)によると、多少の差はありますが、感染者の40~75%が亡くなると推定されています。最初のマレーシアでの流行では、300人が感染し100人が亡くなり(致死率33%)ました。そして、流行の広がりを遮断するため、100万頭の豚が殺処分(安楽死)されたそうです。

2001年にはバングラデシュとインドの北東部、シッキムに近いシリグリに発生、その後、大きな流行はありませんが、インドやバングラデシュでパラパラ発生しているそうです。

問題は、このような新興ウイルス感染を防止するワクチンがないことで、必然的に、感染防止は隔離と危険な生物や地域に近づかない、治療は対症療法(熱には解熱剤といった各症状に対する治療)で、(ウイルスを殺す)根本療法はありません。

ブタでは、呼吸器系症状が主体で、中程度から激しい咳を繰り返し、鼻水を垂らし、呼吸困難をきたす、時には、痙攣もあるそうです。【私どもは、ポークと呼び名を変えたブタサンは身近ですが、ピッグ(ブタ)はあまり見慣れない、まして、咳をしているブタは見たことがありません。ニパでは養豚家が、鳥インフルエンザでは養鶏家がご苦労されるのです・・・感謝しなければなりません。】ブタでニパウイルス感染が始まると、広範に広がるそうですが、人間と違って致死率(罹った中で死亡する個体の比率)は低いそうです。が、ヒトへの感染防止で殺処分される・・ブタサン、ごめんなさい。

もう一方の関係生物はコウモリです。わが国にも相当数存在するのですが、めったにお目にかかることはありません。コウモリ研究者が少ないから、実態が判らないとも云われていますが、このニパウイルスだけでなく、先般、再び三度の流行発生が起こっているアフリカ中央のコンゴ民主共和国のエボラウイルス病でも、その宿主はコウモリらしいとされていますし、確か、わが国では、愛玩動物としてのコウモリの輸入は禁じられています。

わが国では、2003年11月に改正された感染症法で、二パウイルス感染は、四類感染症(動物、飲食物などの物件を介してヒトに感染し、国民の健康に影響を与えるおそれがある感染症。媒介動物の輸入規制、消毒、物件の廃棄などの物的措置が必要)に分類され、診察した医師は直ちに届け出る体制になっています。

アフリカでは、まだ、コンゴ民主共和国のエボラ流行が収束していない中、東隣のウガンダで、同様の感染症が発生していると報じられています。あちこちでおこる感染症・・・との戦いは、未来永劫続くような気がします。

わが国でのキチンとした制度、生活環境、特に衛生状態の整備、維持といったことは、私どもには当たり前のようですが、そのことが実は、色々な感染症の広がりを防いでいます。そして、インドの、コンゴの、ウガンダの・・・感染症は、私たちと関係がないのではありません。アフリカからわが国への直行飛行機便はありませんが、インドは近い・・・どこかで感染して、症状が出る前に帰国する、あるいは訪日する人々はいずれ出るでしょう。

人体に潜り込んで、あるいは荷物に潜り込んだ生物にくっついた病原体(ウイルスや細菌、寄生虫)が、こっそりと国境を越えてくることは、十分、予測されます。侵入を防ぐことだけでなく、それらの病原体が存在する他の国の感染症対策も大事です。生活環境整備も他人事ではなく、出来る関与はすべきだ、情けは他人(ヒト)のためならず、と思っています。

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今年も始まりました!!

2018年度の「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」が6月11日に始まりました。今年は男性3名を加えた17名、皆、「看護師が社会を変える!!」に情熱をかけようと意気軒昂です。

開講式には、超ご多忙の中から駆けつけて下さった日本財団笹川陽平会長の、いつもながら的確で暖かく、後でじんわり利いてくるお話、昨年までの日本看護協会会長というご要職時から、本事業をご支援下さっている坂本すが東京医療保健大学副学長の激しくも勇気づけられるご祝辞に加え、既に開業している先輩2期生の直江礼子氏の激励の言葉を頂きました。

駆けつけてくれた先輩の他に、全国の先輩が激励をこめた祝電も送ってくれました。

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看護師というだけでなく、在宅でのケアに目を向け、更に開業というきわめて高いハードルを越えた、あるいは越えようとしている仲間意識が日本中に広がっています。決して、閉鎖的なサークル活動を目指しているのではありません。が、看護、特に在宅/訪問看護という、見える化のしにくい活動を、科学的に適正に評価できる形としたい、看護師なら、誰でも一定研修を終えれば、どこでも一定レベルの在宅でのケアの管理できる・・・それを目指して、日々、切磋琢磨しています。この事業を企画し、お世話させて頂いているものとしては、とても嬉しい、そして勇気づけられることです。開業者が増えるにつれ、看護が、看護師が、在宅の、地域の人々の安心を保証できる可能性が確実に根付いていること実感しています。

開講式の詳細は、日本財団ブログに詳しいので、そちらをご覧ください。

6月12日から講義が始まりました。今年の初日の外部講師は、「全国在宅療養支援診療所連絡会」会長、「NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク」理事として、また、東京都北多摩地区の複数医師会の重鎮として、地域医療を推進されている新田國夫先生でした。「在宅医療と看護」というタイトルの90分2コマの時間が、実に短く感じられました。在宅でのケアの在り方、その背景をなす理念、受講生の姿勢がピッと定まりました。

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 2日目は、東京都豊島区で、「葵の空」訪問看護ステーションを開業し4年目を迎えた1期生入澤亜希氏と、藤沢市で「在宅看護センターLanaケア湘南」を開業している岡本直美氏、ともに、そう甘くはなかった経営の道の失敗を含め、実践的解説をして下さいました。先輩たちには、また、実習でお世話になります。

こうして8ヵ月の長くも短く、難しくも心躍らせる研修を通じて、来年には、さらに17人の新たな在宅/訪問看護センターの管理者が生まれます、17人は目下、新たなご自分形成の旅に出ました。ご支援をお願い致します。

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紫陽花

街のあちこちで、さまざまな色の紫陽花をみます。

なぜ、この漢字でアジサイと読むのでしょうか?語源辞典によりますと、語源は「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が変化したものとされるとあります。が、紫陽花は藍色だけではありませんね。

他にもいくつか説があるようですが、紫陽花という漢字を、この花に当てはめたのは、平安時代のプリンセス勤子内親王(904 – 938、醍醐天皇の第5皇女)の命により『和名類聚抄<ワミョウルイジュウショ>』という辞書を編纂した学者 源順<ミナモトノシタゴウ>が、中国の詩人白居易<ハクキョイ>の詩にある紫陽花という別の花の名前を現在の紫陽花に当てはめた・・・勘違いだった・・・ことによるとされています。

では、中国の紫陽花は何?ライラックという説もありますが、確認はしていません。ただ、この花は、日本原産とされますが、なるほど、『万葉集』にも詠われています。調べてみると、「味狭藍」と「安治佐為」が使われているのだそうです。また、源順の編んだ記『和名類聚抄』には、「阿豆佐為」とも記載されているそうですから、何時、ミスター源順が、紫陽花としたのか・・・ですが、きれいな文字、花をイメージさせていますから、これを無理してアジサイと読むことに異論はありません。

さて、花といえば花言葉。

紫陽花にはオールアジサイとしての花言葉以外に、沢山の色があるがゆえにですが、色ごとの花言葉があります。花が咲いている間に、色が変わるがためでしょうか、「移り気」「浮気」「無常」!!

ですが、色別には、青は辛抱強い愛、ピンクは元気な女性、白は寛容と、いい言葉が並びます。紫陽花の学名は、Hydrangea macrophyllaですが、江戸時代の長崎に鳴滝塾と云う蘭学(西洋医学)の研修所を作ったフィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト(1796.2.17  – 1866.10.18 神聖ローマ帝国、現在のドイツバイエルン州生、医師、博物学者、一家が植物学に強かった)は、新しい種を見つけたとして、妻となった楠本滝の名前「おタキさん」からのオタキサン → o・ta・ki・san → otaksaを挿入した Hydrangea otaksaと命名したのですが、実際はHydrangea macrophyllaと同じものであったので、学問的には認知されてはいません。が、花の学問的命名に、妻の名前をつけるって発想は素晴らしいと、私は思います。

長崎には、欧風銘菓「おたくさ」がありますが、シーボルトとお滝さんの間の娘楠本イネ(1827.5.31  – 1903.8.26)は、日本人女性として初の西洋医学としての産科学を学んだ通称「オランダおいね」さんです。

紫陽花から、色々連想しますが、梅雨の期間を彩る美しい紫陽花を堪能致しましょう。毎年、あちこちの紫陽花寺に参りますが、今年はいずこに・・・

アジサイ

 

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60、81、1173、240万

タイトルの数字は、240万人の赤ん坊を救った60年にわたる1,173回の献血を行った81才のミスター ジェームス・ハリソン氏のお話です。Final donation for man whose blood helped save 2.4 million babies.

偶然、目に留まったメイルジャーナルの写真に、赤ちゃんを抱いた5人の女性に囲まれて献血している老紳士の写真がありました。ムムム!と思って、本体を読んでみました。

写真

抗D(抗体を持った)ベビーとそのママたちに囲まれ
最後の献血をするジェームス・ハリソン氏(81才)
Photo:Steven Siewert

元記事はThe Sydney Morning Herald(シドニー・モーニング・ヘラルド)なるオーストラリアの新聞でした。

血液型は、良く知られているA、B、O型とRh型のほか、MNSs型とか、P型とか、何百種以上もあり、それらの組み合わせを考えると、すべての血液型がまったく同じという人は、いないといわれるほど複雑なのです。その中でABO<エービーオー>とRh<アールエイチ>型だけが注目されてきたのは、輸血をめぐって致命的な問題が生じるからですが、輸血ではありませんが、血液成分の交流の特殊な場合が妊娠です。この場合の問題のほとんどはRh型です。で、ややこしい話をふたつ、みっつ。

まずRh血液型です。血液型とはある形質<遺伝などで伝えられる性質>があるかないかで決まるのですが、細かくは色々なRh型の中の重要なひとつが“D”という形質です。通称Rh+<プラス>とかRh-<マイナス>とよぶのは、赤血球の表面にDという形質物質があるかないかを云います。

次に妊娠です。ヒトでの妊娠とは、女性の子宮の中で次世代のヒトが形成成長する過程です。生物学的には、一つの精子が一つの卵子と合体(=受精)し、その受精卵が子宮内のちょっと厚くなった内膜に定着(着床)し、それを護り育てるための胎盤(母体-胎児の連絡「器官」)が形成され、受精卵は胎芽(妊娠10週未満、骨形成はない)から胎児になって出生を待つ期間と申せます。この間、特殊な医療的操作を除けば、外からは何一つ胎児をかまってはいないのに、形だけでなく機能的に、両親からの形質を受け継いでゆきます。ホント、毎日毎日奇跡の発育成長を遂げて、私たちは私たちになっているのです。

脱線しましたが、胎盤という特殊な器官は複雑精密な装置で、母親の血液と胎児の血液は入り混じらないのに、栄養分や酸素はちゃんと胎児側に移送され、また、胎児からの老廃物は受け取っているのです。胎児は、空気中に居ないのに、ちゃんと酸素を補給されていますし、オシメも当てていないのに、ちゃんと老廃物を処理できているのです。

さて81才のハリソン氏が、60年間にわたり、1,173回も献血されたのは、氏の血液型がRhDに対する強い抗体を持っておられたからです。なぜ、そのような血液が必要だったのでしょうか?

ややこしい最後の話。私たちには、抗原<ある人にとって異物となるもの>をやっつけようとする物質=抗体を作る能力があります。例えば、昨今、流行が心配された麻疹<ハシカ>では、一度麻疹に罹ると、抗原である麻疹ウイルスに対抗する抗体とよばれるガンマグロブリン(タンパク質の一種)を作る能力を得ます。再度、麻疹が侵入した場合、それを自分でやっつける力(免疫力)を獲ているので、二度目の発病はありません。予防接種は人工的にその力=抗体産生能力をつけることです。

ややこしい話の三つをつなぎます。Rh-<マイナス>の女性が妊娠したら、必ず問題が起こるのではありません。しかし最初の赤ちゃんがRh+<プラス>で、妊娠あるいは分娩中に、赤ちゃんのRh+血液がRh-のママの血流に紛れ込むと、ママはRh抗体を作る能力を得ます。

二人目の赤ちゃんもRh+なら、どうなるでしょうか? Rh形質は赤血球上にありますから、Rh+赤血球を攻撃する能力を得たママの血液は、赤ちゃんのRh+赤血球を攻撃する抗体を産生します。妊娠中は、直接の接触はありませんが、抗体はタンパク質なので、胎盤通過して、胎児の中に入り込み、胎児の赤血球を攻撃します。最初の妊娠でなく、Rh-女性の2回目以降の妊娠が問題なのは、このような「感作<反応の場>」が済んでいるからなのです。胎児が重い貧血状態になったり、生まれてからも重症の黄疸になったりする機序はこのような次第です。

ところが、Rh-女性の妊娠中の適切な時期に、ハリソン氏のような強烈なRh抗体を持った血液から精製した含Rh抗体製剤をほんの少し投与することで、その後の免疫反応を防ぐことが可能なのです。ハリソン氏は、ご自分の血液の特異さを認識した上、60年にわたり、1,173回年平均約20回も献血されたことで、240万人の赤ちゃんが重篤な状況を避けられたのです。

追記しますと、日本ではRh-は人口の0.5%という僅かさ、オーストラリアは15%だそうですから、問題が生じる頻度は高いのですね。私も、約50年昔、Rh-のママからの赤ちゃんの治療に、夜を徹して交換輸血などしたことを懐かしく思い出しました。

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老いを生きる ~『昏い水(The Dark Flood Rises)』を読んで

街を歩くと年寄りがあふれていると云うと、いささか偏見っぽい言い方に聞こえます。が、れっきとした後期高齢者である私自身が、自らの存在を含めて、日々、実感しています。そして、周りからは、あなたも一員だよとみなされていることも十分認識しています。

しかし、同世代と思われる方々でも、背筋をピンと伸ばして、さっそうと、とはいえなくともスタスタと歩まれる姿も少なくはありません。よほど突発的でないかぎり、死ぬ時には、必ずどなたかのお世話になることも判っていますし、若くみえてほしいのではありませんが、暦年齢にこだわらず自らの実働年齢をいささかでも壮健に維持し、なるべく余計なお世話はお掛けしないようにとは心がけています。

さてさて、しかし、わが国の真の問題は、超高齢化ではなく少子化です。社会の活性を担う若者層が少なくなっていることからすると、年寄りだといって、年齢をダシにしてのほほんとしておれる時代ではないですね。

そんな中で、なかなかに面白い、読み応えある本に行き当たりました。連休はじめに立ち寄った書店で、本の帯にあった「わたしは死ぬのは怖くない。いつだって心配なのは生きること」・・・に目が止まりました。著者マーガレット・ドラブルの名前は一瞬「??」

この高名な英国女性作家は、私と同年生まれでした。そして、私が医学部を卒業した頃、『碾臼<ヒキウス>』という、たしか「未婚の母」-今となっては懐かしい言葉ですが-になった若い優秀な研究者を主人公にした小説を発表し、一世を風靡しました。が、その本のこともドラブルの名前も、すっかりわすれていましたが・・・

今回の『昏い水』は、とっくに引退世代に達しながら、福祉関係の半分ボランティア的仕事を活発に続けているフランという女性とやり手の外科医だった最初の夫、この二人と、その後の再婚離婚をふくむ人間関係にかかわる人々、そして二人の間の、現代風で型にはまらぬ生き方をしている二人の子どもをめぐるフィクションですが、まるでドキュメンターのように読めました。つまり、実感できるのです。が、小説の中の人々は、大体金持ち、そしてインテリで、悠々自適風の生活を送っている、いわゆる名士的な方々のやや怠惰な暮らし・・・高級マンションやカナリア諸島の高級別荘住まいと云った点は、やはり小説です。

二組のいずれも若い男性に世話を焼かれている、死に近いゲイの老人たちの死ねない生活の一方、あっという間になくなってしまった若い女性のジャーナリストの話。生と死の物語でもありますが、主題は、いくつかの死への道をたどりつつも、なかなか死ねない高齢者の生きざるを得ないEnd of Life物語りです。

だからといって、暗い話ではなく、とにかくヨーロッパのインテリたちの話でもあり、チョーサー、シェークスピア、イェーツ、コンラッド、トルストイ、チェホフ、T.・ハーディなどなどや、ヨーロッパ全体とスペインの歴史、特にいくつもの小説の材料になっているスペイン内乱とカナリア諸島をめぐる世界史的エピソードや火山爆発、津波などの災害・・・と盛りだくさんの話題が、これでもか、これでもかというほど続きます。ちょっと、高校時代の世界史と英語の時間を思い出させました。

タイトルの『昏い水(Dark Flood)』は、主人公のフランが、福祉の仕事で訪れようとした低地の住宅地で遭遇した洪水被害からのようですが、実は、私自身、ジワジワと迫りくる昏い水を感じている日々でもあり、この邦訳タイトルにはちょっとドキドキしました。

読み切るには時間がかかりますが、退屈しない本でした。

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被ばく医療の研修

先日、原子力規制委員会が、原発などの事故時の対応の中心となる「原子力災害拠点病院」の医師らを対象とした新たな研修制度を平成31(2019)年度に導入するとのニュース産経毎日がありました。【なお、平成は30年で終わるのですが・・・・】

また、その計画では、放射線医学総合研究所(千葉市)を「基幹高度被曝医療支援センター」に指定し、人材育成や内部被曝対応の中心的役割を担わせるとあります。当然、これらの計画は、先の東北大震災時に生じた東京電力福島第1原発の事故で、いわゆる被曝医療が十分機能しなかったからですが、すでに2015(平27)年に、原発関連施設の30Km圏内にある24道府県には、原子力災害拠点病院を指定することを義務化しています。が、なお8府県が未指定だそうで、しかも原子炉施設等を立地しているにもかかわらず、指定していない自治体が、神奈川、新潟、石川、静岡、岡山の各県と大阪府だそうです。ただし、各自治体が指定している原子力災害時の拠点病院や原子力災害医療協力機関は258もありました。

災害とは、人智を尽くして備えていた対策を凌駕するから災害なのです。どれほどの対策を講じていても、必ず、それでは間に合わないというか、想定外の事態がおこります。東北大震災以来、堤防や耐震免震対策は進みました。が、物理的構造的対策ができたからと云って、ノホホンとしていても良いということではありますまい。同様、指定された施設があるから良い訳でも、専門家がいるから良いのでもありません。

私たち住民自身が、海に近い、火山がある、峻険な崩れやすい山の傍だとか、何度も氾濫した河川に近いなどなど、それぞれの地域の特性を知っておく必要がありましょう。最近では、各地でそれぞれのハザードマップ(危険地図)が用意されています。

いずれにせよ、放射線災害は、きわめて稀である一方、生じた時の対応はとても困難を伴います。その意味では、いくら準備しても十分ではないとも申せますが、他の自然災害に比べて、全国的な統一された対策、一定規格の研修を繰り返し行う意味は大きいと思います。

遅きに失することはない、是非にと思いつつニュースを読みながら、私ども笹川記念保健協力財団が行ってきた学生研修へ思いを馳せました。私どもは、2014年から、福島医大、長崎大学の協力を得て、福島県で保健医療系および工学系の大学・院生対象の、1週間の研修を行っています。東京電力福島第二原発発電所の見学(事故があったのは第一)他、川内村、富岡町、飯館村の被災地実習をはじめ、それぞれの専門家のコンパクトな講義からなります。詳しくは、私どものホームページをご覧頂きたいのですが、4年間で78名の学生諸氏が、基本的実習を含め、放射線災害対策に触れてくれました。その多くは、既に大学を卒業して、実社会で専門家の道を歩んでいます。彼らの得た知識が役に立つ日が無いことを願いますが・・・今年は8月6日からです。ご関心の向きは是非ご参加を。

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スーパーの閉店、JRの廃線・・・地域の活動を維持するには・・・

自宅近傍のスーパーマーケットが閉店!
新宿から急行20分弱の居住地の駅には、おにぎり、とんかつ、串カツ、お寿司の店、有名スーパーの小型支店があり、いずれも、比較的遅くまで営業していますし、駅前には、大きなショッピングセンターがあり、さらに駅両側にコンビニが3軒もあり、困るのはどの店に入ろうかと迷うことです。そして駅から100m範囲に限っても、チェーンの薬剤店やレストランが林立し、自宅までの10分弱の道中にもコンビニが一軒、自宅50m横にもう一軒、そして閉店したスーパーから500m先には、より大型のショッピングセンターがあります。これ以上の便利さはない地域です。

が、独居のご高齢者には、慣れた100mは歩けても500mとなると辛い・・・確かに、行きはよいよい帰りは怖い、です。これは私も同様、手ぶらで出かけられても、買い物後、いざ、荷物を持つと、100mを戻るのも大変な思いです。最近では、しゃれたシルバーカーもありますが、大概の道路は意外とデコボコしています。

が、都市部で文句は申せません。

先日、東洋経済のオンライン版に、『JR三江線に続く「廃線危機」の路線はどこだ?』という記事が出ていました。

三江<サンコウ>線は、瀬戸内側の広島の三次<ミヨシ>と日本海側の島根県江津<ゴウツ>を結ぶ全長108.1Kmの路線です。私は、50年以上昔ですが、学生時代に神話にのめり込んで、2,3度、大国主命<オオクニヌシノミコト>、素戔嗚尊<スサノオノミコト>、伊弉諾尊<イザナキのミコト>・伊弉冉尊<イザナミのミコト>のおわしました島根県めぐりをしました。その際、この線を少し楽しみましたが、今回、その歴史を読んでみてびっくり。1930年ですから昭和5年に着工されたこの路線が完成したのは1975年、45年もかかっています。そして、繫がった二つの都市間の直線距離はたった60Kmほどなのです。ウネウネと流れる江の川添いの三江線は、実は、既に車時代に突入していた完成時頃から、山陽と山陰を短絡する役目は果たせていなかったとか・・・

さてさて、最後日には、カメラ片手の人々が駅にあふれていたようですし、廃線が決まって以来は、かなりの数の乗客もあったようですが、2016年度の一日平均通過人数つまり利用者数は1km当たりわずか83人だったそうです。ちなみに、1987年の458人当たりが最大のようです。そして、83人という数字を、最近、他の廃線予定路線でも目にしました。1年後の2019年4月に廃止が決まった北海道の石勝線夕張支線(新夕張―夕張間)です。2016年度の一日あたりの利用者数が83人と報告されています。

上記記事には、かつてJRが国鉄と呼ばれていた時代ですが、平均利用者数が4,000人以下になると、鉄道が持つ大量輸送機関としての任務を存分に発揮できないとして、バス輸送に転換するのが妥当とされていたとあります。それが今では、全JR路線の4割は一日あたりの利用者数が4,000人を下回っているそうです。

鉄道がなくなるのとスーパーが閉店するのは大いに違いますが、その地域の人々にとっての生活環境が変わることは共通しています。殊に、高齢化した地域の、足であり、胃袋でもある交通の手段や買い物の場がなくなることは、大いに気持ちが沈みます。

常々申し上げていることですが、私ども笹川記念保健協力財団では、地域社会の人々に安心と安全をお届けできる「日本財団在宅看護センター」網を広げています。事業開始後4年、35カ所が稼働し、約3,000所帯をカバーできる体制に、やっとなりました。

が、健康を護るには、地域の足も胃袋も必要です。生活環境上の地域の便利さと、多少の人的交流は、高齢者の自立継続に必須です。そして、今やメールで注文すれば、何でも配送される時代です。が、この制度も、経済効率から考えれば、何カ月に1回しか注文のない地域への配送を維持できるのでしょうか?

あまり流行っていない路線も、無くなったら困る・・・と考えるのなら、毎週1回は利用することも必要でしょう。地域は、その地域に住む住民がまもらねばならないと、つくづく思います。

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沈黙は金-銃社会の中での勇気 エマ・ゴンザレスさんのスピーチ

紛争地だけでなく、「武器あるところでは、必ず、それは使われる」と、その昔、仕事上のお付き合いを余儀なくされていたアフガニスタンのムジャヒディン(聖戦士)ドノは髭をなでながら、のたまいました。「武器は、使われるためにつくられるものだから」とも。

紛争地への文民派遣で、パキスタンのペシャワールに赴任し、ようよう家が見つかった後、現地の方々から護身用の銃を貸してあげると、私には、ありがた迷惑なお申し出を頂きました。初めて、中国製のピストルやロシア製のカラシニコフライフルを手にしました。どちらも、重くて、映画で見るように格好よく、一発で敵を倒すことはできないな、というのが私の素朴な感想でした。それでも、やはり何らかの護身具は必要との職場の勧告もあり、結局、スタンガンを持つことにしました。英語でstunは一瞬気絶させるほどのショックを与えることで、それにgun銃が付いている通り、銃のように理解されていましたが、実際は、現在の携帯電話程の大きさで、着衣の上から、相手の身体に押し付けて、強力電力を放出するものでした。最近では、各所に設置されている心停止時の電気ショック、通称AED(Automated External Defibrillator自動的体外式除細動器)も理屈は同じです。

4月4日、アメリカカリフォルニア州サンプルーノにあるYou-tube本社で銃乱射があり、犯人の女性は自殺したと報道されました。またもや、です。

去る3月14日、同じくアメリカでは、フロリダ州南部ブロワード郡パークランドというところにあるマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で、元生徒が銃を乱射、17人が亡くなり、十数人がけがをさせられました。その後、アメリカ各地では、100万人以上の学生、生徒と教員が銃規制のための「私たちの命のための行進(March For Our Lives)」を行いました。3月24日にはワシントンD.C.で20万人規模の集会が開かれ、フロリダの高校での銃乱射事件を生き延びたエマ・ゴンザレスさん、生徒代表としてスピーチをしました。彼女は、こんなことが起こっているのに、なお、銃規制に取り組まない政治家を非難し、亡くなった17人の名前と誰それは二度と何々をすることができないと涙ながらに訴えました。そして突然の、少し長い沈黙が始まりました。ほとんど瞬きもせず前方を凝視、時折、涙をぬぐうエマさん。そして沸き起こる「二度と起こすな!(Never again!)」の大合唱。

最後に、沈黙を含む6分20秒の後、くしゃくしゃに顔をゆがめた彼女はこう締めくくりました。「このたった6分ちょっとの間に、私の友人17人の命が奪われたのです。」そして、「誰かの仕事と他人任せにする前に、自分の命のために戦いましょう(Fight for your lives, before it’s someone else’s job)」と。

素晴らしいスピーチでした。沈黙が始まった時、何?と思いました。

少し状況は違いますが、諺を思い出しました「沈黙は金、雄弁は銀(Silence is gold, eloquence is silver)」

BBCの要約日本版 には翻訳が付いています。

 

世界的注目を集めた銃規制運動の中心的存在となったエマさんたちは、表紙を含め、アメリカ版Time誌2018 April 2号fakeニュース にも取り上げられるなど、ひとつの運動のリーダーとして、多事多難の様にも思えます。けど、例え、大統領が「教師が銃を持って戦え!!」などとおっしゃっても、自分たちの将来を真剣に考える若者が力を持っているなら、揺るがない開かれた民主主義社会が存在しているのだと信じられます。

 

20180405

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3冊の本 その3

そして、3冊目は、「AI vs 教科書が読めないこどもたち」です。

国立情報学研究所教授新井紀子氏の、衝撃的な近著です。前半、AIつまりartificial人工のintelligence知能とは何か、難しそうなことを、実に判り易く解説されていますので、丁寧に読めば、ちゃんと判る。そしてAIとは何者かを理解できれば、ちょっとホッとします。

新井紀子先生は、有名な東ロボくんプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のリーダーです。それに興味をそそられ、取っつき難い先入観もありましたが、数学ご専門の新井先生のご著書に手を出しました。最初は『生き抜くための数学入門』2011年出版、それに触発されて2009年出版の『数学は言葉』も拝読。もっと若い時に、いえ、もっともっともっと若い時に読めば、私の人生は変わっていたかも・・・と思いました。

 

閑話休題。

本の前半の論旨は明快。AI(人工知能)と云えども、本質的には計算機に過ぎない。だから、皆がはやし立てるシンギュラリティ(<Technological> singularity:<技術的>特異点)は到来しないし、AIが人類を滅ぼすこともないし、ましてAIが神になることはないと、キッパリ断言されます。シンギュラリティとは、いわゆる人工知能の出現により、人間の知性が完全機械化され、さらにその機械自身が自律的進化を遂げ、加速度的成長から人間が築き上げた文明を凌駕し、それまでの人間と知能でやってきたことが限りなくゼロに見える程大きな変化が生じる日が来るという、幸いにして、まだ、「仮説」です。シンギュラリティを信奉する?マレー・シャナハンによれば、意識や知能は、デジタルで完全再構築可能という説(『シンギュラリティ』マレー・シャナハン NTT出版)ではどうなるのかと思っていましたが、ホッとしました。ところがどっこいです。

MARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)と呼ばれるレベルの大学の合格ラインを突破しているものの、東ロボくんは東大は無理とされた同プロジェクトから導き出された結論、それが後半部分、震撼させられました。

中学や高校の教科書の文章が意味することを、正しく読み取れない子どもが少なからず存在することです。この教科書が読み取れない、つまり基礎読解力が修得できていないと他の教科も無理というエビデンスが並んでいます。暗記や山勘で点を稼ぎ、受験を終えたでは、AIに負けます。読解力の不備がどれほど負の効果を示すかの事実が解説され続けます。数学者ですから、論理的なグラフや相関係数で示されますので、納得です。

結論的に申しますと、AIに勝つには、論理的基礎読解力をつけることに尽きます。それが、単に、国語の問題でなく、すべての教科、学問において、記載されている科学的事実や問題を正しく読み取れなければ先はない、当たり前と云えば、当たり前ですが。

暗記やまぐれ当りで稼いだ良い成績には継続性はありません。そして、AIは、計算機に過ぎないにしても、いったんプログラミングすれば、文句も言わずに、延々とやり遂げます。基本的な読解力が無い人が、惰性で流しているような仕事は、近い将来AIに取って代わられると、ある意味、恐ろしく、そして当然な未来を、この本は示しています。

女性は、右脳型で、感覚的で、共感型で、非理性的との俗説?もありますが、これら論理的で理路整然の3冊の本の3人の著者は、特別なのでしょうか・・・

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[会長ブログ ― ネコの目]
3冊の本 その2

2冊目は、=あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか=という、ちょっとドッキリする副題の付いた「10万個の子宮」村中璃子氏の著書です。知る人ぞ知るではありますが、2017年のジョン・マドックス賞の受賞者です。

まず、ジョン・マドックス賞は、サー ジョン・ロイデン・マドックス(Sir John Royden Maddox 1925.11.27-2009.4.12)に由来します。この方はイギリスの生物学者であり、また、サイエンスライター(科学作家)です。マドックス先生が計22年間も編集者を務られた“Nature(ネイチャー)”という総合的科学雑誌は、1869年に、天文学者ノーマン・ロッキャーが創刊したものですが、マドックス編集長は、これを世界的権威ある科学雑誌にしたと評価されているそうです。ネイチャーの日本語版にも、その追悼記事があります。

さて、マドックス氏が2009年に亡くなった後、その功績を鑑みて、氏の友人たちが、「たゆまぬ努力と熱意で科学を護り、多くの人々が、困難な議論にも関与できるように勧めた人を顕彰する(The John Maddox Prize recognises the work of individuals who promote sound science and evidence on a matter of public interest, facing difficulty or hostility in doing so.)ために、この賞を創設しました。

その6人目、日本人で初めてが村中璃子氏というわけです。この賞そして日本人女性が受賞したことは、昨年11月末から12月初頭にかけ、所用で訪問したロンドンで、かつて勤務した看護大学の卒業生Sayoさんから教えられました。日本では、ニュースにはなっていなかった時期でした。

で、出版前予約とともに、かつて親戚の若い女性たちから、このワクチン接種の是非を問われたりしたこともあって、改めて、子宮頸がんワクチン接種のその後を調べてみました。割合華々しく始まった予防接種だったが、接種後、多様な神経症状を訴える若い女性たちが「多数」でたことで、政府は積極的接種を進めなくなったと記憶していました。それは、間違っていませんが、世界の多数国では、接種が常識的になってるのに、何故、日本だけが・・・という意見、それでもワクチン接種が原因と考えられる症状に苦しむ若い女性が存在するという研究者や医師・・・の対立。

2018年1月13日、日本産婦人科学会が「HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)接種勧奨の早期再開を求める声明」を発出していますが、政府(厚生労働省)のホームページの情報を読んだ限りでは、「積極的」に受けるかどうかは大いに迷います。

村中本も、やはり、evidence証拠とは何か、ある事象を、科学的にどう評価するかという、根幹の問題を冷静にご覧になっているのでしょう。けど、子宮頸がんワクチンそのものを含め、賛否両論、色々な意見があることは事実。マドックス賞にも、ワクチンにも、その予防接種にも、そしてこの書籍にも反論がある!!誰もが、何に対しても、自由に発言できることは大いに是とすべきですが、その中で、正しいあるいは適切な科学的根拠に基づいた自分の意見を持つことの難しさ、そしてさらにそれを適正に発信することの難しさをつくづく感じさせられる、しかし興味深い科学書です。

無題


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