[会長ブログ ― ネコの目]
被ばく医療の研修

先日、原子力規制委員会が、原発などの事故時の対応の中心となる「原子力災害拠点病院」の医師らを対象とした新たな研修制度を平成31(2019)年度に導入するとのニュース産経毎日がありました。【なお、平成は30年で終わるのですが・・・・】

また、その計画では、放射線医学総合研究所(千葉市)を「基幹高度被曝医療支援センター」に指定し、人材育成や内部被曝対応の中心的役割を担わせるとあります。当然、これらの計画は、先の東北大震災時に生じた東京電力福島第1原発の事故で、いわゆる被曝医療が十分機能しなかったからですが、すでに2015(平27)年に、原発関連施設の30Km圏内にある24道府県には、原子力災害拠点病院を指定することを義務化しています。が、なお8府県が未指定だそうで、しかも原子炉施設等を立地しているにもかかわらず、指定していない自治体が、神奈川、新潟、石川、静岡、岡山の各県と大阪府だそうです。ただし、各自治体が指定している原子力災害時の拠点病院や原子力災害医療協力機関は258もありました。

災害とは、人智を尽くして備えていた対策を凌駕するから災害なのです。どれほどの対策を講じていても、必ず、それでは間に合わないというか、想定外の事態がおこります。東北大震災以来、堤防や耐震免震対策は進みました。が、物理的構造的対策ができたからと云って、ノホホンとしていても良いということではありますまい。同様、指定された施設があるから良い訳でも、専門家がいるから良いのでもありません。

私たち住民自身が、海に近い、火山がある、峻険な崩れやすい山の傍だとか、何度も氾濫した河川に近いなどなど、それぞれの地域の特性を知っておく必要がありましょう。最近では、各地でそれぞれのハザードマップ(危険地図)が用意されています。

いずれにせよ、放射線災害は、きわめて稀である一方、生じた時の対応はとても困難を伴います。その意味では、いくら準備しても十分ではないとも申せますが、他の自然災害に比べて、全国的な統一された対策、一定規格の研修を繰り返し行う意味は大きいと思います。

遅きに失することはない、是非にと思いつつニュースを読みながら、私ども笹川記念保健協力財団が行ってきた学生研修へ思いを馳せました。私どもは、2014年から、福島医大、長崎大学の協力を得て、福島県で保健医療系および工学系の大学・院生対象の、1週間の研修を行っています。東京電力福島第二原発発電所の見学(事故があったのは第一)他、川内村、富岡町、飯館村の被災地実習をはじめ、それぞれの専門家のコンパクトな講義からなります。詳しくは、私どものホームページをご覧頂きたいのですが、4年間で78名の学生諸氏が、基本的実習を含め、放射線災害対策に触れてくれました。その多くは、既に大学を卒業して、実社会で専門家の道を歩んでいます。彼らの得た知識が役に立つ日が無いことを願いますが・・・今年は8月6日からです。ご関心の向きは是非ご参加を。

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[会長ブログ ― ネコの目]
スーパーの閉店、JRの廃線・・・地域の活動を維持するには・・・

自宅近傍のスーパーマーケットが閉店!
新宿から急行20分弱の居住地の駅には、おにぎり、とんかつ、串カツ、お寿司の店、有名スーパーの小型支店があり、いずれも、比較的遅くまで営業していますし、駅前には、大きなショッピングセンターがあり、さらに駅両側にコンビニが3軒もあり、困るのはどの店に入ろうかと迷うことです。そして駅から100m範囲に限っても、チェーンの薬剤店やレストランが林立し、自宅までの10分弱の道中にもコンビニが一軒、自宅50m横にもう一軒、そして閉店したスーパーから500m先には、より大型のショッピングセンターがあります。これ以上の便利さはない地域です。

が、独居のご高齢者には、慣れた100mは歩けても500mとなると辛い・・・確かに、行きはよいよい帰りは怖い、です。これは私も同様、手ぶらで出かけられても、買い物後、いざ、荷物を持つと、100mを戻るのも大変な思いです。最近では、しゃれたシルバーカーもありますが、大概の道路は意外とデコボコしています。

が、都市部で文句は申せません。

先日、東洋経済のオンライン版に、『JR三江線に続く「廃線危機」の路線はどこだ?』という記事が出ていました。

三江<サンコウ>線は、瀬戸内側の広島の三次<ミヨシ>と日本海側の島根県江津<ゴウツ>を結ぶ全長108.1Kmの路線です。私は、50年以上昔ですが、学生時代に神話にのめり込んで、2,3度、大国主命<オオクニヌシノミコト>、素戔嗚尊<スサノオノミコト>、伊弉諾尊<イザナキのミコト>・伊弉冉尊<イザナミのミコト>のおわしました島根県めぐりをしました。その際、この線を少し楽しみましたが、今回、その歴史を読んでみてびっくり。1930年ですから昭和5年に着工されたこの路線が完成したのは1975年、45年もかかっています。そして、繫がった二つの都市間の直線距離はたった60Kmほどなのです。ウネウネと流れる江の川添いの三江線は、実は、既に車時代に突入していた完成時頃から、山陽と山陰を短絡する役目は果たせていなかったとか・・・

さてさて、最後日には、カメラ片手の人々が駅にあふれていたようですし、廃線が決まって以来は、かなりの数の乗客もあったようですが、2016年度の一日平均通過人数つまり利用者数は1km当たりわずか83人だったそうです。ちなみに、1987年の458人当たりが最大のようです。そして、83人という数字を、最近、他の廃線予定路線でも目にしました。1年後の2019年4月に廃止が決まった北海道の石勝線夕張支線(新夕張―夕張間)です。2016年度の一日あたりの利用者数が83人と報告されています。

上記記事には、かつてJRが国鉄と呼ばれていた時代ですが、平均利用者数が4,000人以下になると、鉄道が持つ大量輸送機関としての任務を存分に発揮できないとして、バス輸送に転換するのが妥当とされていたとあります。それが今では、全JR路線の4割は一日あたりの利用者数が4,000人を下回っているそうです。

鉄道がなくなるのとスーパーが閉店するのは大いに違いますが、その地域の人々にとっての生活環境が変わることは共通しています。殊に、高齢化した地域の、足であり、胃袋でもある交通の手段や買い物の場がなくなることは、大いに気持ちが沈みます。

常々申し上げていることですが、私ども笹川記念保健協力財団では、地域社会の人々に安心と安全をお届けできる「日本財団在宅看護センター」網を広げています。事業開始後4年、35カ所が稼働し、約3,000所帯をカバーできる体制に、やっとなりました。

が、健康を護るには、地域の足も胃袋も必要です。生活環境上の地域の便利さと、多少の人的交流は、高齢者の自立継続に必須です。そして、今やメールで注文すれば、何でも配送される時代です。が、この制度も、経済効率から考えれば、何カ月に1回しか注文のない地域への配送を維持できるのでしょうか?

あまり流行っていない路線も、無くなったら困る・・・と考えるのなら、毎週1回は利用することも必要でしょう。地域は、その地域に住む住民がまもらねばならないと、つくづく思います。

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沈黙は金-銃社会の中での勇気 エマ・ゴンザレスさんのスピーチ

紛争地だけでなく、「武器あるところでは、必ず、それは使われる」と、その昔、仕事上のお付き合いを余儀なくされていたアフガニスタンのムジャヒディン(聖戦士)ドノは髭をなでながら、のたまいました。「武器は、使われるためにつくられるものだから」とも。

紛争地への文民派遣で、パキスタンのペシャワールに赴任し、ようよう家が見つかった後、現地の方々から護身用の銃を貸してあげると、私には、ありがた迷惑なお申し出を頂きました。初めて、中国製のピストルやロシア製のカラシニコフライフルを手にしました。どちらも、重くて、映画で見るように格好よく、一発で敵を倒すことはできないな、というのが私の素朴な感想でした。それでも、やはり何らかの護身具は必要との職場の勧告もあり、結局、スタンガンを持つことにしました。英語でstunは一瞬気絶させるほどのショックを与えることで、それにgun銃が付いている通り、銃のように理解されていましたが、実際は、現在の携帯電話程の大きさで、着衣の上から、相手の身体に押し付けて、強力電力を放出するものでした。最近では、各所に設置されている心停止時の電気ショック、通称AED(Automated External Defibrillator自動的体外式除細動器)も理屈は同じです。

4月4日、アメリカカリフォルニア州サンプルーノにあるYou-tube本社で銃乱射があり、犯人の女性は自殺したと報道されました。またもや、です。

去る3月14日、同じくアメリカでは、フロリダ州南部ブロワード郡パークランドというところにあるマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で、元生徒が銃を乱射、17人が亡くなり、十数人がけがをさせられました。その後、アメリカ各地では、100万人以上の学生、生徒と教員が銃規制のための「私たちの命のための行進(March For Our Lives)」を行いました。3月24日にはワシントンD.C.で20万人規模の集会が開かれ、フロリダの高校での銃乱射事件を生き延びたエマ・ゴンザレスさん、生徒代表としてスピーチをしました。彼女は、こんなことが起こっているのに、なお、銃規制に取り組まない政治家を非難し、亡くなった17人の名前と誰それは二度と何々をすることができないと涙ながらに訴えました。そして突然の、少し長い沈黙が始まりました。ほとんど瞬きもせず前方を凝視、時折、涙をぬぐうエマさん。そして沸き起こる「二度と起こすな!(Never again!)」の大合唱。

最後に、沈黙を含む6分20秒の後、くしゃくしゃに顔をゆがめた彼女はこう締めくくりました。「このたった6分ちょっとの間に、私の友人17人の命が奪われたのです。」そして、「誰かの仕事と他人任せにする前に、自分の命のために戦いましょう(Fight for your lives, before it’s someone else’s job)」と。

素晴らしいスピーチでした。沈黙が始まった時、何?と思いました。

少し状況は違いますが、諺を思い出しました「沈黙は金、雄弁は銀(Silence is gold, eloquence is silver)」

BBCの要約日本版 には翻訳が付いています。

 

世界的注目を集めた銃規制運動の中心的存在となったエマさんたちは、表紙を含め、アメリカ版Time誌2018 April 2号fakeニュース にも取り上げられるなど、ひとつの運動のリーダーとして、多事多難の様にも思えます。けど、例え、大統領が「教師が銃を持って戦え!!」などとおっしゃっても、自分たちの将来を真剣に考える若者が力を持っているなら、揺るがない開かれた民主主義社会が存在しているのだと信じられます。

 

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[会長ブログ ― ネコの目]
3冊の本 その3

そして、3冊目は、「AI vs 教科書が読めないこどもたち」です。

国立情報学研究所教授新井紀子氏の、衝撃的な近著です。前半、AIつまりartificial人工のintelligence知能とは何か、難しそうなことを、実に判り易く解説されていますので、丁寧に読めば、ちゃんと判る。そしてAIとは何者かを理解できれば、ちょっとホッとします。

新井紀子先生は、有名な東ロボくんプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のリーダーです。それに興味をそそられ、取っつき難い先入観もありましたが、数学ご専門の新井先生のご著書に手を出しました。最初は『生き抜くための数学入門』2011年出版、それに触発されて2009年出版の『数学は言葉』も拝読。もっと若い時に、いえ、もっともっともっと若い時に読めば、私の人生は変わっていたかも・・・と思いました。

 

閑話休題。

本の前半の論旨は明快。AI(人工知能)と云えども、本質的には計算機に過ぎない。だから、皆がはやし立てるシンギュラリティ(<Technological> singularity:<技術的>特異点)は到来しないし、AIが人類を滅ぼすこともないし、ましてAIが神になることはないと、キッパリ断言されます。シンギュラリティとは、いわゆる人工知能の出現により、人間の知性が完全機械化され、さらにその機械自身が自律的進化を遂げ、加速度的成長から人間が築き上げた文明を凌駕し、それまでの人間と知能でやってきたことが限りなくゼロに見える程大きな変化が生じる日が来るという、幸いにして、まだ、「仮説」です。シンギュラリティを信奉する?マレー・シャナハンによれば、意識や知能は、デジタルで完全再構築可能という説(『シンギュラリティ』マレー・シャナハン NTT出版)ではどうなるのかと思っていましたが、ホッとしました。ところがどっこいです。

MARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)と呼ばれるレベルの大学の合格ラインを突破しているものの、東ロボくんは東大は無理とされた同プロジェクトから導き出された結論、それが後半部分、震撼させられました。

中学や高校の教科書の文章が意味することを、正しく読み取れない子どもが少なからず存在することです。この教科書が読み取れない、つまり基礎読解力が修得できていないと他の教科も無理というエビデンスが並んでいます。暗記や山勘で点を稼ぎ、受験を終えたでは、AIに負けます。読解力の不備がどれほど負の効果を示すかの事実が解説され続けます。数学者ですから、論理的なグラフや相関係数で示されますので、納得です。

結論的に申しますと、AIに勝つには、論理的基礎読解力をつけることに尽きます。それが、単に、国語の問題でなく、すべての教科、学問において、記載されている科学的事実や問題を正しく読み取れなければ先はない、当たり前と云えば、当たり前ですが。

暗記やまぐれ当りで稼いだ良い成績には継続性はありません。そして、AIは、計算機に過ぎないにしても、いったんプログラミングすれば、文句も言わずに、延々とやり遂げます。基本的な読解力が無い人が、惰性で流しているような仕事は、近い将来AIに取って代わられると、ある意味、恐ろしく、そして当然な未来を、この本は示しています。

女性は、右脳型で、感覚的で、共感型で、非理性的との俗説?もありますが、これら論理的で理路整然の3冊の本の3人の著者は、特別なのでしょうか・・・

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[会長ブログ ― ネコの目]
3冊の本 その2

2冊目は、=あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか=という、ちょっとドッキリする副題の付いた「10万個の子宮」村中璃子氏の著書です。知る人ぞ知るではありますが、2017年のジョン・マドックス賞の受賞者です。

まず、ジョン・マドックス賞は、サー ジョン・ロイデン・マドックス(Sir John Royden Maddox 1925.11.27-2009.4.12)に由来します。この方はイギリスの生物学者であり、また、サイエンスライター(科学作家)です。マドックス先生が計22年間も編集者を務られた“Nature(ネイチャー)”という総合的科学雑誌は、1869年に、天文学者ノーマン・ロッキャーが創刊したものですが、マドックス編集長は、これを世界的権威ある科学雑誌にしたと評価されているそうです。ネイチャーの日本語版にも、その追悼記事があります。

さて、マドックス氏が2009年に亡くなった後、その功績を鑑みて、氏の友人たちが、「たゆまぬ努力と熱意で科学を護り、多くの人々が、困難な議論にも関与できるように勧めた人を顕彰する(The John Maddox Prize recognises the work of individuals who promote sound science and evidence on a matter of public interest, facing difficulty or hostility in doing so.)ために、この賞を創設しました。

その6人目、日本人で初めてが村中璃子氏というわけです。この賞そして日本人女性が受賞したことは、昨年11月末から12月初頭にかけ、所用で訪問したロンドンで、かつて勤務した看護大学の卒業生Sayoさんから教えられました。日本では、ニュースにはなっていなかった時期でした。

で、出版前予約とともに、かつて親戚の若い女性たちから、このワクチン接種の是非を問われたりしたこともあって、改めて、子宮頸がんワクチン接種のその後を調べてみました。割合華々しく始まった予防接種だったが、接種後、多様な神経症状を訴える若い女性たちが「多数」でたことで、政府は積極的接種を進めなくなったと記憶していました。それは、間違っていませんが、世界の多数国では、接種が常識的になってるのに、何故、日本だけが・・・という意見、それでもワクチン接種が原因と考えられる症状に苦しむ若い女性が存在するという研究者や医師・・・の対立。

2018年1月13日、日本産婦人科学会が「HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)接種勧奨の早期再開を求める声明」を発出していますが、政府(厚生労働省)のホームページの情報を読んだ限りでは、「積極的」に受けるかどうかは大いに迷います。

村中本も、やはり、evidence証拠とは何か、ある事象を、科学的にどう評価するかという、根幹の問題を冷静にご覧になっているのでしょう。けど、子宮頸がんワクチンそのものを含め、賛否両論、色々な意見があることは事実。マドックス賞にも、ワクチンにも、その予防接種にも、そしてこの書籍にも反論がある!!誰もが、何に対しても、自由に発言できることは大いに是とすべきですが、その中で、正しいあるいは適切な科学的根拠に基づいた自分の意見を持つことの難しさ、そしてさらにそれを適正に発信することの難しさをつくづく感じさせられる、しかし興味深い科学書です。

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3冊の本 その1

昨今、電子ブック、Kindleなど、場所を取らない書籍が当たり前になりました。が、私は、やっぱり紙の本が好きです。とは、単にオールドファッションなのでしょう。けれども、同時に2、3冊を並行して読むことが多いので、周りに本を侍らせ、うたた寝するのは、春眠暁を覚えずの頃の至福です。

昨年来、手にした本の中で、何度も行きつ戻りつしながら楽しんだ、チョット苦しんだ3冊をご紹介させて頂きます。いずれも、女性の研究者の解説書とでもいえる、とても興味深いけれども、ちょっと深刻にもなる、つまり少し難しいというか、深刻な問題をはらんでいる書です。たった数行に紹介するのは僭越にして傲慢ですが、ご容赦を。

1冊目は、『学力の経済学』中室牧子慶応大学総合政策学部准教授の著書です。

2冊目は、=あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか=という、ちょっとドッキリする副題の付いた『10万個の子宮』村中璃子氏の著書です。

3冊目は、『AI vs 教科書が読めないこどもたち』国立情報学研究所教授新井紀子氏の、衝撃的ながら、ちょっとホッとする著書です。

まず、今日は、『学力の経済学』中室牧子慶応大学総合政策学部准教授についてです。

タイトルからは、勉強したらお金持ちになる・・・のかと思いそうですが、この一見とっつき難い題名の本は、医療分野でいうエビデンスに基づいたケアの考え同様、良い教育は科学的合理的な証拠(エビデンス)に基づくべきだと解説されています。実は、このベストセラーには多くの反論もあります。つまり、教育を経済的観点で論じるのは如何かという意見です。が、この本は、新しい教育論が提言されているというのではなく、メディアなどに取り上げられる教育論の多くが、評論家の個人的経験に基づいているに過ぎないが、その主張に「なぜ、それが正しいか」の説明、つまり証拠が必要だと指摘されているとは申せます。それは、医療分野のEBM(Evidence Based Medicine <科学的>証拠に基づいた医療)やEBN(Evidence Based Nursing <科学的>証拠に基づいた看護)とも同じ考え、つまり教育の効果を云々するにエビデンスが必要、EBE(Evidence Based Education <科学的>証拠に基づいた教育)が必要ではないかと解説された・・・と私は読めました。ただ、確かに、保健医療分野も教育も人が人を扱うという共通性をもっており、そこを経済性でのみ断じることは如何かな、という気持ちは否めません。

中室先生は、昨年の日本財団主催の「ソーシャルイノベーション・フォーラム」にもご参加でした。

ググってごらんになれば、賛否色々なご意見があります。あなたはどう考えらえますか?

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[会長ブログ ― ネコの目]
Nursing now!<<今こそ看護!!>>

先週2月の終わりですが、Nursing Nowという、時宜を得た、そして世界が待っていただろうキャンペーンが盛大に執り行われました。場所は、ロンドン、WHOとICN(International Council of Nurses)の共催、参加国は、WHOのサイトには英国、スイス、ジャマイカ、アメリカ、ヨルダン、南アなど30ヵ国以上とあり、ICNのサイトには16ヵ国とありますが、期間は、3年間、ま、発展すれば延長もあるでしょうが、今のところ日本の関与は、ちょっと見えていません。

華やかなセレモニーの様子は、Nursing Nowそのもののwebsiteにありますので、是非、ご覧下さい。1時間35分です。そしてその最後の1時間32分頃から、このキャンペーンのパトロンとなられたケンブリッジ公爵夫人であられるキャサリン妃殿下がスピーチされています。Nursing Nowのホームページには、共同代表をつとめる高名な政治家ナイジェル・クリスプ卿、昨年就任されたICN会長アネット・ケネディ、看護にご造詣の深いヨルダンのムナ・アルーフセイン妃殿下、ウガンダのダイアン・アトウィン大臣、そして昨年着任したWHO本部看護専門官エリザベス・イロらと並ばれた妃殿下のお姿がありますので、スピーチなどなさったのであろうと、1時間35分のビデオを聴きました。

日本式には、恐らく、最初のご挨拶・・・と思いました、何と最後の1時間32分目でした!!

その内容を、英語に堪能な友人に訳してもらいました。

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キャサリン妃のお言葉

「祖母と曾祖母は共に『ボランティア・ナース』だった。二人は、ボランティア組織や赤十字で、ときには看護師にしか提供することができないようなケアと想い(compassion)を実地に学んだ。その後何10年も経て、看護師の仕事は変化し、非常に大きな役割を担うようになった。全国各地の病院やホスピスを訪ねると、いつもそこには看護師がいる。

看護師は、人生のはじめから私たちをケアする。もっとも幸せなときにも、もっとも悲しいときにも、いつもそばにいてくれる。看護師は私たちを生涯にわたってケアする。その専門性と献身には、いつも勇気づけられる。今日、私は、看護師が担う、非常に大きな責任について学んだ。看護師はヘルス・ケアを提供するだけでなく、身体的な健康と同時に精神的な健康に対してホリスティック・アプローチで取り組む。

看護師は、健康を促進すると同時に感染症も予防する。世界には、看護師だけが、唯一の資格のある保健専門家である地域がある。そのようなコミュニティーでは、看護師の役割はさらに重要になる。悲しいことには、世界の多くの人がヘルス・ケアへのアクセスがない。このような状況では、世界全体で看護師の仕事(profile)と地位を向上させる必要がある。

世界の看護師の需要に応えるためには、2030年までに新たに900万人の看護師を育成する必要があると聞いて驚いた。単純に計算すると、毎日2,000人の看護師を12年間、育て続けなければならないということである。このような事実からも、直ちに行動を起こさなければならない。将来の世界的なニーズに応えるために、スキルとタレントを供えた看護師を育てることが急務である。」

素晴らしいスピーチですね。

そしてNursing NowのTwitterでは、早、にぎやかな意見が飛び交っています。いわく、キャサリン妃がこのような活動をすることを、ダイアナ妃が喜んでいるだろうと。長いビデオですが、是非、ご一見を。

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3月デス!!お雛祭り

ここ東京の、弥生3月最初の日は、夜来の雨風も収まり、うららかですが、先般来の豪雪が残っているところも少なくありません。厳しい状況下、人々の日常生活維持のために、多様な仕事を担って下さっている方々が沢山おいでです。私たちの仲間の在宅看護センター/訪問看護でも、今日もコチコチの凍て道をそろそろと走り、あるいは新雪をギシギシと踏みながら、看護を待つ人々のお宅を訪問してくれていることでしょう。地域の健康を、看護師が護る!!よろしくお願いします。

昨年来、#MeTooムーブメントとでも申しましょうか、いわゆるセクハラの被害体験を共有する声が高まりました。相手が誰であれ、不快感を催す身体的接触や言葉の暴力は、明らかにハラスメント=嫌がらせです。多くは男性からの女性へのそれが問題になっていますが、権力者の弱いものいじめ、大多数者の少数者いじめや無視、言葉だけでなく、また、実際に身体を触らなくともしぐさでのそれもあります。ひとつひとつの小さな地域が、大きくなり多様な人間が社会を構成するようになったことは、当然、自分と同じ考え、好みとは異なる人が増えることでもあり、また、権威を笠に着て事を進めるやり方が生まれてしまった・・・そして多様な嫌がらせの原因も生まれてきたのかと思います。

動物はお互いに生存をかけて戦いますが、嫌がらせってあるのでしょうか?もし、嫌がらせが、人間だけなのだったら、チョット飛躍しますが、罰則が必要なハラスメントもありますが、広く、長い人間性涵養の場、教育というより環境が必要なのではないかと思っていますが、如何でしょうか?寝言でしょうか?

さて、さて、3月3日はお雛祭り。

この雅やかなお祭りが何時から始まったかは定かでないものの、ルーツ的なものは平安時代に遡れるそうです。ハラスメントといえば、男性から女性へのセクシュアルなものがおおもとのように思います。が、日本では、かくも古くからオンナの子のお祭りがあった稀有な国です。世界に伍して励むことは大事ですが、ほめられない行為や活動まで取り入れることはありません。今年の3月3日は土曜日、週末お休みの方も多いかと思います。100円ショップにもお雛さまがあります。男女老若、日本人もその他の国の方々も、お互いの違いを理解しあうことに、ホンの少しの時間を割いては如何でしょうか。

最近、あちこちのホテルやレストラン、時には公共施設で雛飾りをみます。男雛の内裏<ダイリ>様と女雛のお雛様の位置が左右違っていることがあります。その昔は、最高の地位とされる左に男雛の内裏様だったが、近代、女性を高い位置におかれた皇室の伝統から変わったという話、武家文化の東日本と公家文化の西で違うという説もあるそうです。私が妙に納得するのは、通常右利きの男性が左側なのは、攻撃された時、左手で女性を護り、右手で剣を取って戦うに便利だから、オトコ雛は左だった。今や女性が強くなって、(草食系の)優男<ヤサオトコ>を護るため、女性が左に変わったのではないかという真贋??の説です。

でも、赤い毛氈<モウセン>のお雛様、きれいですね。春の到来嬉しいですね。

ひな人形

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2月22日は猫の日でした。

ネコ派のワタクシとしては無視できない日が2月22日。昨日は、日本だけですがニャン・ニャン・ニャンとネコの日でした。

これは、日本の猫の日実行委員会が、「ネコと一緒に暮らせる幸せに感謝し、ネコとともにこの喜びをかみしめる記念日」として、一般社団法人ペットフード協会とともに、1987年に制定したそうです。世界各国のネコの日を見てみると、もっとも早くに制定されたように思います。30年前のペットの数からすると、当然、犬の日もあるでしょう・・・と思いますが、こちらはワン・ワン・ワンと英語読みですが、同年、同じくペットフード協会が制定した11月1日です。では、ミン・ミン・ミンは蝉の日で3月33日・・・はありませんし、蝉の日もありません。

各国ネコの日は、それぞれの理由、因縁があるようですが、2、3の付け焼刃を。

アメリカNational Cat Day(全国ネコの日)会ホームページによりますと、2005年に、10月29日と制定された「アメリカのネコの日」は、最初、保護救済すべき野良ネコ(homeless cat)に対する住民の関心を惹起し、あわせてネコたちが、われわれ人間に無償の愛を捧げてくれることへの感謝のために決まった、とあります。この日は、同時に「ペットと家族のライフスタイル」に関する専門家で、ペットの養子縁組奨励NPOの主宰者でもあるMs. Colleen Paigeの尽力と、動物虐待防止をめざすアメリカの人々の支持もあってこの日が決まったとあります。蛇足ですが、このアメリカネコの日会HPは、なかなか見ごたえがあります。美しいし、カワイイし・・・ネコ中毒になります。

ルシアン・ブルーの国、ロシアのネコの日は3月1日です。モスクワのネコ博物館が、2004年に制定していますが、詳細は不明です。でも、見ごたえのある展示がありそう。

ついでに、ヨーロッパでは、2月17日がネコの日の国が多いそうですが、ポーランドは2月19日なので、2月18日がないか探しましたが判りませんでした。ベルギーの5月9,10日とイタリアの11月17日は、共に中世来、黒猫を迫害したことに対する贖罪的意識が由来のようです。

アジアでは、台湾が4月4日、クチン=ネコという地名もあるマレーシアは8月1日。中国は、2009年から8月27日に、北京で「猫祭り」が開催されているとか。

世界全体の国際ネコの日(International Cat Day/World Cat Day)は8月8日です。

その他、日本では9月29日が「招き猫の日」日本招猫倶楽部制定、アメリカには10月16日の「野良猫の日」もありました。ま、ネコ好きご同輩には、毎日がネコの日です。

先日鑑賞したネコ展・・・

先日鑑賞したネコ展・・・

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表彰式典

ドキドキしながら、冬季オリンピックを見ています。

実況は、あまりにハラハラしますので、実は、結果が出てから見るという意気地ない応援団なのですが、男子フィギュアスケートの羽生、宇野選手の金、銀、そしてスピードスケート女子500メートルの小平選手の金、後から思えば、確実でした。

それにしても、男子フィギュアスケート3位のフェルナンデス選手や、祖国での3連覇がかかっていたスピードスケートの李相花<イ・サンファ>選手の笑顔やコメントも素敵でした。表彰式での優勝者の晴れやかなお顔、ちょっと複雑な2、3位のお顔も・・・色々な政治的な思惑を否定はできませんし、ビジネス性もありましょうが、素直に平和の、スポーツの祭典であって欲しいと思います。

表彰式と云えば、2週間ほど前、とても印象的なそれに参加しました。2月6日に、都内のホテルで行われた日本モータ―ボート競走会の年次事業である優秀選手表彰式典です。

最優秀選手、最優秀新人選手、最多賞金獲得選手、最高勝率選手、最多勝利選手、優秀女子選手、記者大賞、特別賞・・・とありましたが、これは既に1月に上記競走会のホームページに出ています。

式典は、華やかで大きな、大きなホールにイッパイのご関係者が列席するなか、中央のレッドカーペットを踏んで、紹介された選手が入場されますと割れんばかりの拍手でした。壇上に並ばれた後、表彰の理由が説明され、レース中の凛々しい・・・雄々しい姿が、ステージ両側の大きなスクリーンに映し出されます。水上の闘いですから、激しい水しぶきなどと云う表現では足りない豪快なボートの疾走振り、見ているだけで、スカッとします。が、それは見ているだけだからで、実は、財団着任時の5年前に、試し乗りさせて頂いて、もちろんレースのようなスピードではなかったのですが、とても怖かったことを思い出しました。

スクリーンに映る表彰選手たち

スクリーンに映る表彰選手たち

さて、表彰の理由は、上記ホームページをご覧頂くとして、私は、お一方ずつ功績が紹介される中で、ちょっと特別の感慨を覚えました。私ども、笹川記念保健協力財団は、レーサーの皆様には、殊の外お世話になっています。特別のレースなどがあった時に、優勝者様から、ご寄付を頂戴していますが、その都度、お礼状は差し上げていますものの、直接にお礼を申し上げたことがないことを、ちょっと恥ずかしく思いました。といって、お礼にうかがうのも、何とも格好イイ選手たちを拝見していますと、気恥しい気もするだろうとも思いました。

モーターボートの選手は、全体でおよそ1,600名、内女性が約200名と覚えていますが、まったくジェンダー差別がない、つまり駆使されるボートや競技の在り方にまったく男女区別がないそうです。

その中から選ばれた壇上の皆様は、スポーツ選手らしく、きびきびとなさっていて、そして何より、姿勢が美しい。男性はタキシード風、女性は和服の、レース中とは異なるお姿も、しかし、ぴったりでした。ご健勝とご活躍を切に祈ります。


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