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年の瀬のご挨拶

ご近所に、11月末から、二階建て建物と塀に、サンタクロースも含まれたイルミネーションを飾られるお宅があります。日暮れて帰る時、「アア、もうすぐ12月だ!」と思いながら、点滅にあわせて歩調をとって、ちょっと楽しくなります。

12月22日は冬至<トウジ>でした。

北半球からみると、太陽がもっとも低くなる日、一年で一番昼が短い日です。関西では、「トウジ(冬至)、トウカ(10日)タテバ、アホ(馬鹿)デモ ワカル(判る)」という言葉があります。この日をきっかけに、日々、日照時間が長くなるので、10日も経てば、少々疎くても、日が長くなったと気づくはずだ!と、世情に疎いことを戒める言葉です。

今年、この日を福岡は朝倉市杷木という山家で過ごしました。

もうこの地でも、無病息災を祈る星祭はないようですが、柚子<ユズ>風呂を楽しみ、俗に申す「ボケ封じ」のかぼちゃをいただきました。先般、財団では「認知症」の公開講座を行いましたが、ご近所から、丹精のかぼちゃを、それはそれは美味しく調理して、届けて頂きましたので、当面、私の認知症は封じられたと思っています。

何故、柚子風呂にかぼちゃなのかは、諸説あるようですが、博多動物園の猿が島のプールも柚子入りぬるま湯温泉化され、来年の干支<エト>の出番を前に、お猿ドノたちは柚子もしっかり食べたとか。

こうして2015年も終わりに近づいています。

本財団では、事務所内整備もあって、本12月25日から新年4日まで、少し長いお休みを頂きます。

本年のご支援、ご交誼を感謝致します。

どうか、良い新年を。

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「待労院の歩み」 国立ハンセン病資料館2015年度秋季企画展

企画展「待労院の歩み」 今週いっぱいで終わりますが、先週、所用の折に、表記の催しに参りました。

ご承知のことですが、ハンセン病はらい菌による感染症です。が、この細菌は、感染力(他人にうつる能力)がとても弱く、滅多なことでは感染(ある生物に、他の小さな微生物、病原体が侵入し増殖すること)しません。また、たとえ感染しても、滅多なことで発症(病気として固有の症状を示すこと)しません。つまり、感染-発病は極めて稀でありますが、その潜伏期(病原体が他の生物に侵入し増殖し、症状を示すまでの期間)がきわめて長く、10年以上も稀でないとされています。しかし、現在では、複数薬剤をきちんと服用すれば、1週間もしない内に感染力はなくなり、後遺症としての身体変形をきたすこともありません。

わが国では、身体的疾患としてのハンセン病は概ねきちんと対応されてはいますが、それでも年間数名程度の感染者が見つかりますし、世界では、まだ、毎年、新規発症者数が20万を超えています。1,000名以上の新たな患者数の国も13もあります。つまり、身体的にも、この病気が過去のものと云うには程遠いのです。加えて、わが国では、徹底的で、長期間の隔離政策もあって、かつての感染者や発病者とその家族またその後は回復者に対する偏見や差別が今も消えていません。そしてどの国、どの地域にも、偏見や差別は根強くみられます。

などと偉そうに云えるほど、私はこの分野のベテランではありません。世界のハンセン病対策のため、41年前に設立された笹川記念保健協力財団理事長職に就いて、間もなく3年になります。この間、回復者の方々を含む内外関係者のご指導、また、膨大な資料や論文からつまみ食い的に知見情報を吸収しつつある、まだ、見習い途上、折々、お訪ねする内外療養所やコロニーでの見聞は大いに勉強になります、という付け焼刃知識であります。

さは、さりながら、エボラウイルスのごとき強烈でも致死的でもない、実に弱い病原体が、何故、有史以前から人間に取り付いてきたのか、そんなに弱い微生物なのに何故簡単に消えないのでしょうか。病原体そのものをめぐる医学生物学的性質は、恐らく、地球上の生物界の機微でもあろうかと、理屈にならない理解を抱く一方、社会的に、斯くもヒトを、人々を苦しめる疾患の対応の難しさに非力をおいて、ため息をつくばかりです。

そんな中、多磨全生園に併設されている国立ハンセン病資料館の秋季企画展です。資料館には、わが国のハンセン病関連の歴史が詰まっています。それも是非ご覧頂きたいものですが、「待労院<タイロウイン>の歩み」展も興味深いものでした。

ほんの少しだけ、感じたことを申します。待労院は、2013年1月、115年の歴史を終えた熊本市島崎に存在した、わが国に開設された私立カトリック系ハンセン病療養所のひとつでした。

熊本には、ハンセン病関係では、忘れてはならないところとして、現在も二百数十名の回復者がお住まいの菊池恵楓園、強制的な隔離以前、地域や家族から追われた、あるいは自ら本来の居住地を離れざるをえなかった発病者が参道で喜捨を求めていた本妙寺(ハンセン病との関係は菊池恵楓園 HP参照)や、それらの人々をみたことから、明治24(1891)年に熊本に派遣されていた英国聖公会宣教協会の宣教師ハンナ・リデルの開設した回春病院もあります。

脱線しますが、熊本には、開明の考えがあったのでしょうか、明治の早い時期から外国人を招いています。西南の役(1877)の際の官軍本部となり、ここで日本赤十字社が生まれることになったジェーンズ邸は、熊本洋学校教授として、早くも明治4(1871)年にアメリカから招かれた南北戦争の北軍大尉リロイ・ランシング・ジェーンズ氏のための住いでした。

待労院は、1898年、「パリ外国宣協会」司祭ジャン・マリー・コール師と、「マリアの宣教者フランシスコ修道会」のアニック、ピュルテ、ベアタ、コロンブ、トリフィンの5人の修道女によって始められたそうです。当時の日本人には、仰々しく見えたであろう修道衣、しかし凛としたシスターたちの姿、郷に入っては郷に従われた正座での挨拶、また患者の足を洗い、手術の補助をし、臨終を看取られる姿を眺めますと、120年前という、さぞや閉鎖的であったであろう日本の地域社会で、見捨てられた人々の中に溶け込むだけでなく、病める人苦しむ人々に奉仕するという確固たる姿勢、今のような衛生や医学の知識もなかった時代に、不治、業病とされ、偏見の対象とであったこの病気に立ち向かった若いフランスの修道女の姿に圧倒されました。

ハンセン病に関しては、日本各地だけでなく、世界にもこのような宗教者が設立した療養所が沢山あります。保健医療分野の国際協力に携わった間、それらを訪問しても、あまり気にも留めなかったのですが、不自由な環境の中でこそ、それに対応されてきた人々を支えた宗教に、改めて、想いを馳せざるを得ない想いです。師走の気忙しい時期ですが、是非、ご覧頂きたいものです。

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戦火の三匹

久しぶりに本の感想です。

表紙にネコがいると無意識に本を手に取り、そして大概は買う、という下らない習慣を持っていますが、この本はインターネットで見つけました。第二次世界大戦が始まろうとするロンドンの仲良し一家に飼われている、仲良しの犬2匹とネコの話。

第二次世界大戦は、1939年9月1日、ナチスドイツのポーランド侵攻から始まります。この物語は、先の大戦、つまり20年前に終わったばかりの第一次世界大戦(1914-19)の名残さめやらぬロンドン、またもや防空壕掘りや毒ガスマスクの配布と不穏な様子が描かれます。戦争を心配しながら、それは避けられないと思っている大人、何だか不安なこども、そしてまだ何も知らないペットたち。

9月3日、ポーランドを侵攻したドイツに即時撤退を勧告する最後通牒を送ったイギリスのチェンバレン首相の開戦を告げるラジオ放送が物語の始まりでもあります。空港基地勤務の父、テムズ川に浮かぶ船上病院の看護師である母、間もなく遠方の祖母の家に疎開する兄と妹、その家族同様の犬とネコ、これらの人々とペットの長い、長い避難と再会の物語です。

出版社の解説には児童戦争小説とあります。確かに、戦時下勤務のために家を空ける両親と疎開のために遠くに送られる子どもの生活は戦争小説であり、あまり親切でない家に預けられたために脱走し、その内の一匹がかつて暮らした田舎を目指して放浪する3匹の動物の、逞しい避難行は児童小説でもありましょう。しかし、大大人<オオオトナ、なんて言葉はないでしょうが、十分年とった人という意味>の私にはとても面白く読めましたが、児童とよばれる世代では、ちょっと難しいのではないかと思いました。でも、途中で、茶色の縞ネコを可愛がり、遺言で自分の死後もネコの生活が安定するよう書き残した、かのウィンストン・チャーチルが出てきて、主人公のネコを可愛がったりするなど、歴史読み物としても面白いでした。

物語は、本当のような・・・しかし、小説ですからフィクションでしょうが、へぇぇ、1930年代のイギリスにはこんなことがあったのだと意外に思うことごともたくさんありました。例えば、戦場に出る飛行機とそのパイロットの安否を知らせるのが伝書鳩であり、一般にペットが盛んだったにもかかわらず、安楽死させられる動物の多さ、そして動物虐待もチョットびっくり。さらに驚いたのは、厳しい体罰を科する先生や子ども同士のいじめ、冷たいご夫婦の関係など、今、問題になっている諸事が、既にこの時代にも蔓延とは申しませんがあったらしいことです。そう申せば、第一次世界大戦で息子を亡くした、主人公の子どもたちのおばあちゃんの認知症らしき様子、それに反して、そのような人を支える善意の人々、時代が変わっても人間は変わらない、変われないのかもしれないのですね。

白いジャックラッセル犬(イギリス原産の小型狩猟犬、キツネ狩りなどに活躍、先日、あるペットショップで26万円を見ました!!)のバスター、ボーダーコリー犬(これもイギリス原産で、もっとも知能指数の高いとされる犬、牧羊犬は、大概この種類)のローズ、トラネコのタイガー(ネコに虎という名前!!)が、3匹一緒に苦難を越えて、地図上では400Km近い距離を異動する・・・そしてめでたしめでたしとなるのは、やはり小説でしょうか。

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「戦火の三匹: ロンドン大脱出」

ミーガン リクス著  尾高 薫訳

徳間書店

ISBN-10: 4198640505

ISBN-13: 978-4198640507

 

 

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アメリカからの便り

「ご無沙汰しております」という書き出しのE嬢の便りがアメリカからまいりました。私が期待するグローバルな考え方をもつ看護師です。

「お変わりございませんか。連絡が遅くなり大変申し訳なく思っております」と続きますが、アメリカに渡って約1カ月半、たったその数週の間に、実に興味深い経験と申すより、観察をした様子です。ご本人の了解を得て、【解説付き】で紹介いたします。

こちらの生活にも大分慣れ、今は、近くの語学学校に通っており、2016年2月からは、目的とする大学へ入学予定です。【着々と目指す道をまい進していますが、E嬢が目指しているのは、IT分野です。看護の経験、看護学を学んだことをどう活用するのか、楽しみです。】

何からご報告したら良いか、環境が変わって毎日が新しいことの発見、感動の連続です。まず、語学学校がとても面白いのです。【TOEICは最高レベルの得点、高校時代の留学経験もあり、E嬢の英語は相当レベルであります。学生時代の海外研修や私的な渡航でも、何不自由なく英語を駆使していたというのに、何で今さら語学学校が面白いのかしら、は私の素朴な疑問。】

生徒のほとんどは高校を卒業したばかりの18歳くらいで、大学卒、短期間とはいえ就労経験もある私はクラス最年長であることが多いのです。授業は、色々な国からの生徒からなる20名以下、つまり少人数で、授業中、さまざまな意見が飛び交い、発言しやすい環境はとても楽しいものです。私は最上級マスターコースですが、1カ月経ってみて面白い発見がありました。【E嬢は、実は大変好奇心が強く、対話していると、次から次に疑問を投げかけるタイプですが、ハテハテ、どんな発見なりや?】

まずは語学力、やはり英語が上手いのはフランス人、文法も単語も英語に似ているので、アジア人やアラブ人に比べ簡単なようです。次に上手なのは中国人です。文法が似ているのと、言葉にイントネーションを付けるという点で発音などもはっきりしていて、アジア人なのにうまいなぁと感心します。【なるほど、ね。ただ、国際機関では、presentationをプリゼンタシオン、globalizationをグロバリザシオンなどと発音する独特フレンチ英語も沢山耳にしますがね。中国、確かに四声という独特のイントネーションがあります。中国語は、唇だけでなく舌、口蓋、喉の奥の軟口蓋まで震わす発音、さらに鼻音もあり、発音には口鼻あたりの身体パーツをフル活用しますので、他のどんな語学の発音も、すぐに取り入れる素地があるのでしょう。かつて、北京で働いた時、四声を間違えて、話が混乱したことは一度や二度ではなく、この観察は納得です。】

また、留学しているのは進学クラスにいた中国人が多いようで、聞いてみると、高校は朝7時から夜10時頃まで授業があるそうです。【最近、日本の学生の学習時間が少ないとの報告が散見されます一方、中国や韓国の受験戦争の激しさを耳にしますが、実感させられました。】

面白いのが中東某国の方、すらすら話せるのに、英語は全く書けない、読めない・・・人が多い。文法を読むことができないのに、どうして話せるのか?と疑問に思います(笑)。日本人と真逆だナァと思います。【これは初耳というか、初めて知る情報です。これまで、少なからぬ中東諸国との仕事も経験させて頂きましたが、その際の書類を相手の方々は、ちゃんと読んで下さっていたのかしらん、今頃、ちょっと気になりました。】

さて、日本人はというと、書く、読むはできてもやはりspeakingは苦手。【そうですか、やっぱり。E嬢をして、そう思わせる…日本の外国語学習、本当に何とかしないといけません。】

そして、高校卒業後、すぐにアメリカに来る日本人がとても少ないと思います。私のように、何年か働いてこちらに来たとか、大学を休学して来ている人がほとんど、つまり、アメリカの大学への進学が目的の日本人が少ないということです。【これは、文部科学省も認識されている事態ですが、一朝一夕には変わらない・・・でしょう。また、11月に発表されたアメリカ国際教育研究所Institute of International Education)「(アメリカへの)留学生に関する報告書 Open Doors 2015」 でも、残念なことですが、日本からの留学生のさらなる減少が記録されています。居心地が良い日本から出たくないという以上に、若者が内向き志向になっているのでしょうか。】

勤勉さについては、やはりアジア人(日本、韓国、中国)はまじめ、課題もしっかり取り組みますし、competitiveな面も見られます。一方でフランスやサウジアラビアの方は、やや、のほほんと見えます。(が、サウジアラビアは留学生に毎月18万円程支給しているとか、やはりリッチな国ですね。)ただ、日本人と韓国人とフランス人の性格はとても良く似ているとも思います。恥の文化と言うか、shyでプライドが高い所が似ているなぁと思います。【日本人、韓国人とフランス人の共通性!! E嬢はどうなのでしょうか?と、思いましたが、今どきの若者風に、気に入ったことはメチャ熱心、後は平均点を下がることはありませんが、要領よく・・・だったかなと拝察していました。たぶん、勤勉なのでしょう。】

それから、もう一つ。日本人にとって、アメリカは一時的に英語の勉強や仕事のために来る国との印象もあるように思うのですが、他の国からの(語学学校の)生徒は、こちらに永住したいと考えている人が多いようです。意外なのが、フランス人。自国で仕事を見つけたい、働きたいという人は一人もいません。自分の国の話をする時も、それぞれが自国の独特な文化や面白いテーマ、有名企業について話しますが、フランス人が、積極的に自分の国について話すところを聞いたことはありません。日本人からすると、フランスはクールなイメージですが、ちょっと違う印象を受けました。一方、日本は島国であることや、個々人の性分もあると思いますが、日本に帰って働きたいという人が多いように思います。何といっても、日本人にとって日本は住みやすい国だと思います。【外国にわたった日本人が、その地に<日本族>として独特の地域社会を作ることが良いか悪いかは別として、アメリカにも南米にも日本人コミュニティはありますし、沢山の研究者、実業家、芸術家がそれぞれの国に根付いて活躍もされていますので、この項の、日本人の説明を全面的に是とはしませんが、なるほどなぁと思うことはありますね。折しも、ヨーロッパでは、中東特にシリアからの避難民が激増しています。どの国も、その受け入れに苦慮する反面、高齢化や人口減少と関連付けての対応を検討している国もあるやに聞いています。かつての文化の中心、ヨーロッパからみて、近東、中東そして日本は極東なのです。人種、国の成り立ち、文化、経済発展・・・次の時代はどうなるのか、E嬢が帰国の暁に、感想を聞いてみたいと思います。】

こちらカリフォルニアでは、また日本ブームがやってきています。とりあえず、店の名前に日本語を付けていれば儲かる!と誰かがいっていましたが、日本製のクオリティーの高さが全てにおいて信頼を得ています。こちらに来て、そのことを私もしみじみと感じますし、日本人に生まれたことを誇りに思います。これからも進化し続ける日本であって欲しいと強く思いますし、その一因になれるよう私も頑張りたいです。(先日、プレゼンテーションクラスで、日本のハイテクトイレの話をしました。一票差で2位になりましたが、とても面白かったです。【サンフランシスコには、リトル東京があったかと思いますが、全州日本ブームなのでしょうか?和食は、世界遺産ですしね。】

以下、今後の学習と、その成果を将来どう生かすかの抱負が書かれていました。

E嬢のように、日本での専門教育をきちんと受け、なおかつ、外国で、他分野の研鑽を受け一味も二味も違う専門家となった保健医療者が、日本のさまざまな分野で活躍できる時代になって欲しいと願います。

最後に、「まとまりのない長文、お許しください。昨日、こちらは気温30度まで上がりました。東京は日毎に寒くなる頃かと思います。お身体にお気をつけてお過ごしください。」と。

次の時代を担ってくれるであろう、このような意欲的で行動的で、しかしクラシックな若者とのめぐり逢いを、私は本当にうれしく思っています。E嬢の発展と活躍をこころから期待しています。

 

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Cats’ index ネコ指数 2

少し間があきましたが、先のフィリッピンのネコ写真に、2,3の旧知から、少しやせていますね、との便りをいただきました。そうです。「ネコ指数」的には、フィリッピンの保健医療状態は、まだ、万全ではありません。

ネコ指数=Cats’ indexとは、かつて、色々な国の保健医療関連の仕事に関与させて頂いていた頃、各地でネコ写真を撮り、大胆にも、ネコのやせ具合=栄養状態から、世間一般に使われている保健指数になぞらえていたことを思い出しました。

半世紀前の医学部学生の頃、かすかに記憶する衛生学や、後に専攻することになった小児科の講義で、「乳児死亡率(Infant mortality Rate/IMR. 生きて生まれた赤ん坊1,000人が1歳になるまでに亡くなる比率、通常はX(人)/1,000(出生数)で示す。)はその国の生活文化水準を現す」と教わりました。つまり、赤ん坊がたくさん亡くなる状況にある国では、保健医療サービスはもとより、各種の社会インフラが不備で、人々の生活水準も高くはないと、当たり前と云えば当たり前すぎることも示す、という次第です。

国際保健分野では、これに代わって5歳未満児死亡率(Under 5 Mortality Rate/U5MR)をよく用います。これは、1歳未満を5歳未満にまで広げたこどもの死亡数です。年齢の幅を広げると、それだけたくさんのこどもの経過を見ることになりますので、悪化してもあるいは改善しても、数字の動きが大きくなり、行った対策の成果が判り易くなります。

ちなみに、日本の乳児死亡率は、近年2程度、つまり千人の赤ん坊がうまれると、その内の二人は1歳までに、命を失う・・・世界で最悪なののはシエラレオネでで117、つなりこの国の赤ん坊は、生きて生まれてきても、1歳までに117人、10人に一人はなくなっている・・・のです。

ついでに申しますと、最も頻用される保健関連の指数は平均寿命です。世間一般に言われている「平均寿命」とは、その年に生まれた人が「社会情勢や大災害などの変化が無い限り」何歳まで生きられるかを示したものですが、何となく、自分たちは何歳位で死ぬのだと、誤解されている向きもあります。日本は、2014年に、男性は80.50歳、女性は86.83歳ですが、これは2014年、つまり去年生まれた人々は、社会の大変化がない限り、男性は80.5年、女性は86.83年生きるであろうとの推計で、今70歳の女性があと86.83-70=16.83年で死ぬ、というのはありません。

また、女性には妊娠・分娩・授乳という重要な役割がありますが、その女性特有の指数に、妊産婦死亡率があります。これは、妊娠中または分娩後42日以内の母体=女性の死亡数で、出産数(正確には生きて生まれた赤ん坊の数)10万に対して、年間何人の女性が妊娠や分娩を理由に命を落としているかの数で示されます。(少しややこしいのですが、日本など正確な分娩数がある国では、妊産婦死亡率として正確に率を見ていますので、英語ではMaternal Mortality Rate(MMR)が用いられます。Rateとは正確な比率ですが、色々な統計が正確でない開発途上国では、日本語では同じ妊産婦死亡率に対し、Maternal Mortality Ratio(こちらもMMR)とする、やや大雑把な割合を用いています。)そして日本のMMRは2か3に対し、世界ではまだ100の桁の国も多いのです。

いくつもの国をめぐり歩くようになって、沢山のネコ写真を撮るようになった気が付いたのは、激しい紛争が数年以上も続いているような地域では、ネコだけではありませんが、動物の姿を見ることが少ないのです。もちろん、ネコは夜行性動物ですから、気温40度以上の砂漠地帯で、マッ昼間に猫がウロウロすることはありません。が、夕暮れ時や朝方でもネコの姿を見かけることはほとんどないのです。そして、2, 30年前、U5MRが数百という国が稀ではなかった時代ですが、ガリガリのネコが、ふらふらとさまよっているのを見るのは、そのような国でした。そして、先週のフィリッピンネコのような状態がみられる場合は、U5MRが100~200といった様子でした。つまり、治安の補償されない状態では、ネコはいない、ガリガリネコがいるところでは、1,000人の赤ん坊のうち、2, 300人は5歳までに命を失う…という次第です。

ネコと一緒にするな!!とおしかりを受けそうですが、実は何か一定のものに焦点を当ててみていると、少しずつですが、それぞれの国や地域の違いに気が付きます。

ワタクシ的な評価水準がネコの栄養状態でありますが、もちろん、これをもとに交渉したり企画したりすることありませんでした。久しぶりに、知人の指摘から、懐かしいネコ指数お思い出した次第です。

“Cat’s index ネコ指数” 2015/2/23のブログはこちら

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Cats in the Philippines

2015年11月の1週間、ハンセン病を担当されている国立療養所の医療従事者ご一行と、第2回目のフィリッピン視察研修にまいりました。

ご承知のことですが、わが国では、毎年のハンセン病の新しい感染者数は1名とか2,3名のレベルです。そして初期段階できちんと診断され治療を供されますので、完全に治癒し、身体の各所に障害を残すことは皆無です。笹川記念保健協力財団は、日本財団創設者笹川良一翁により、41年前、世界・・つまり諸外国のハンセン病制圧のために設立されて以来、その親財団と共に活動いたしてまいりました。設立当時は千数百万人ともされていた世界の年間新患数は、今や年間二十数万まで減りました。が、わが国での毎年の新患の内には、必ず、ミクロネシアなどからの来訪者が含まれるように、物や情報とともに、人の移動が激しくなっているグローバル化時代の感染症対策は、一国だけでは真の解決にはなりません。

わが国での新たな発症者がほぼ皆無ということは、幸いなことではありますが、一方、この病気を担当される保健専門家は患者を診る機会がないことになります。特に体表に症状が明らかなこの病気は、ご参加下さった医師が異口同音におっしゃいますが、百聞は一見に如かずだそうです。

そんな事情を知ったことから、厚生労働省のご指導を得て、財団では、ハードスケジュールな一週間のフィリッピン訪問を企画致した次第です。第1回目の報告同様、間もなく、第2回の報告書も予定していますので、乞ご期待です。

ここでは、私なりに感じた日本とフィリッピンという、ハンセン病に関して一見異なる次元にある国の共通点として感じた2点を申します。一つは隔離をめぐる問題です。毎回訪問するクリオン島は、1906年に、フィリッピン中の患者隔離のために当時の為政国アメリカによって設置され、わが国の長島愛生園のモデルになったところです。ここでは、比較的早く結婚や出産が許されましたが、赤ん坊を手許に置くことはかなわず、日本とは異なる隔離の悲哀がありました。人間の、特に親子の情を踏みにじるのはどこにあっても共通で最も痛ましい問題です。

もう一点は高齢化。日本の療養所ご在住の回復者の平均年齢は84歳です。一方、フィリッピンでは、まだ、小学生や中学生の発症者も見うけられますが、新たな感染者の隔離はありません。ハンセンの原因であるらい菌が極めて感染力が弱い上に、いわゆる多剤併用療法により、多数の菌保持者であっても、服薬後旬日にして他人への感染力を失するからです。で、結局、かつての感染者で治癒してはいるが高齢化した障害者や身寄りのない方が療養所に残っておられるのです。国全体では、まだ、高齢社会でないフィリッピンの高齢化を先取りしている感ありの、かの国のハンセン病対策は、ある意味、日本と共通しています。ご参加下さった看護系の方のご関心も、この面にあるように見えましたので、何らかの協力も考えてみたいと思っています。

さてさて、今回は、そのフィリッピンの療養所各地でお目にかかったニャンちゃんの写真をご覧ください。

写真 (1)  写真 (5)

写真 (3)

写真

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エコノミスト「2015 QOD(Quality of Death 死の質)指数」

先のブログに、死を迎える場所と死の(過程についての)質について触れました。その時の述べたQOD指数について、The Economist(エコノミスト誌)のIntelligence Unit(情報部門。Intelligenceは諜報でもありますが、ここは大人しく・・・)が、シンガポールのLien 財団と協力して行ったQOD指数報告について、概要を。

この指数は、正確には、2010年に同じくエコノミスト情報部門が初めて提唱し、同じくLien財団と実施しています。

先に申しましたが、この週刊誌の発行元イギリスは、ホスピスというケアのあり方を創出確立され、同時に緩和ケアの元祖ともいうべき方でもあるシシリー・ソンダース先生(1918.06.18-2005.07.14)の祖国でもあります。ソンダース先生は、正式には”Dame” Cicely Mary Saundersと呼ばれる爵位をお持ちで、学術的タイトルもズラズラと OM, DBE, FRCSFRCP, FRCNと並び、どこから眺めても偉い先生ではあります。が、生から死への移行期にあって、実に、実に人間的と申すか科学的ではありましても、あくまでhumanなケアのあり方をひとつの仕組みとして確立された背後には、技術的に発展著しい医学に先立ち、ある意味では徒手空拳でケアに当たるための看護学を修められたことがあろうからかと、私はそのご経歴とご業績をまぶしく眺めます。余談はさておいて・・・・

2010年の最初のQOD指数は40ヵ国で、いわゆる欧米西欧系以外では、台湾14位、シンガポール18位、香港20位、そして日本23位、韓国32位、インド40位ですが、アフリカからは南ア30位とウガンダ39位も調べられています。

2015年版では、イギリスのNo1は変わりませんが、日本は別添グラフのように14位、そして国の数は80ヵ国に増えました。

基本的には、QODを計算しうる基礎情報がある国が網羅されていることになります。それらの情報とは、1) 緩和ケアと(その他全般的)保健医療状況/palliative care and healthcare environment、 2) (保健医療分野)の人材(human resources)、3) 保健医療のための経済負担力(the affordability of care)、4) ケアの質(the quality of care)、5) 地域社会のかかわり程度(the level of community engagement)という5項目についての⑳の質的量的指数から算出されています。

概要には、一般的に、どの国でも高齢化が進み、心疾患やがんといった感染症以外の疾患が増ており、緩和ケアのニーズが高まっているとしていますので、これらのNCD(Non Communicable Diseases 正確には非感染症ですが、ここでは生活習慣病)の増え方、高齢者の比率、次の15年間の高齢者増の割合などから、緩和ケアの需要分析も行ったとしています。そして緩和ケア分野の研究は進んではいるけれども、まだまだなすべきことは沢山あるとして、特に文化的な違いとともに、治癒優先の対応から、死を自然の経過として受容する緩和ケアは、死に至る個人とその家族のquality of lifeに価値を置く考えを大事にすることだと述べた上、以下をまとめています。

  •  イギリスが最良のQODだが、金持国は概ね高順位。イギリスでは、緩和ケアがNHS (National Health System日本の国民皆保険に相当する保険制度) に統合され、またホスピス運動が確立している。一般的には、収入と緩和ケアの利用や質は強く相関する。
  •  高いQODを持つ国には共通事項として以下がある。
    ・ 強固で効果的な国家レベルの緩和ケア政策がある。
    ・ 保健医療ケアに十分な公的資金が提供されている。
    ・ 一般的また専門的にも、保健専門家に広範な緩和ケア訓練が行われている。
    ・ 緩和ケアをうける患者に経済的補助がおこなわれている。
    ・ 多様なオピオイド(モルヒネ系)鎮痛剤が使用可能なこと。
    ・ 一般住民が緩和ケアについてよく知っていること。
  • それほど金持ちでない国でも、標準的緩和ケアが急激に進行している。
    この例として、PHCと緩和ケアを統合したパナマ、ホスピスとそのための訓練を整備しているモンゴル、鎮痛剤使用を進めているウガンダをあげています。
  • 緩和ケアの拡張には、国家レベルの政策が不可欠。
  • 拡大する緩和ケアのニーズに応えるには、医師看護師への訓練が必須。
  • 緩和ケアが行き渡るためには、これを受ける際の補償が必要。
  • 緩和ケアの質は、オピオイド系鎮痛剤が使えることと心理が専門家の支援があることによる。
  • 死というものを意識し、それについて話せるようになるためには地域社会が積極的に関与することが重要。
  • 緩和ケアは、投資も必要だが、保健医療経費削減にも有用。
  • 緩和ケアに対して十分対応できていない国においてもそのニーズは急増する。

です。

ゆっくり読んでみる必要があるものではありませんが、何でも数字にする西欧文化とややどんぶり的にことを把握する東洋文化(と断じてはいけませんが)を思うと、生や死のありかたにもっと東洋の考えが反映されてもよいのではないか、と思います。

QOD指数

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死を迎える場所と死の質

Quality(クオリティ 品質)と云う単語は、Quantity(クァンティティ 量)と対比しますが、この言葉が日本で広がったのは、1950年代、アメリカの統計学者William Edwards Deming博士による企業製品の品質管理が始まりかと思います。デミング博士は、第二次世界大戦後、日本を統治したGHQ(General Head-Quarter 連合国軍最高司令官総司令部)にも属されていたそうですが、日本企業に統計学的手法を用いた設計・企画、製造、(製品の)品質検査そして流通という、今ではマネイジメント界の常識とのなっているTQC(Total Quality Control 統合的品質管理)やTQM(Total Quality Management 総合的品質管理)の概念を植え付け、その実践指導されました。現在、毎年、TQMの進歩に功績ある団体や個人に与えられるデミング賞の所以です。

保健医療分野でqualityと申せば、その昔、私も身をおいた検査関係の精度管理(quality control)が早いものでしょうが、ここしばらくはQOL(Quality of Life 生活の品質、実際には、生活・生存状態の質的レベル)があります。これに加えて、近頃はQOD(Quality of Death死の質、実際には死の過程の在り方でしょうか)が加わりました。死に方・・・ではありません。どのように死の過程を経るのか、と云った方が適切でしょうか。超高齢社会に突入し、生まれるより亡くなる方が多いわが国だけでなく、世界各地でも、一生の最後(End of Life)を対象とした新たな取り組みや研究が始まっていることから、EOLとQODは軌を一にするように見えます。人は死すべきものです。私もあなたも、皆、必ず、生を終えます。EOLはその生の最後に重点を置いた見方であり、QODは、死の在り方、死への過程に重点を置いた見方と申せましょう。

手前味噌の話。笹川記念保健財団は、誰であれ、どんな原因で生を終えるのであれ、どこであれ、人々が望むなら、住み慣れた家、居住地で心安らかに人生をまっとうできるよう、治療と生活力支援の両面に専門性を発揮できる看護師の力=看護力を活用すべきと、昨年から、親財団の協力を得て「日本財団在宅看護センター」を運営する看護職のための研修を始めています。

そのような中で、面白い(日本語ではゲラゲラ笑うも、興味深いも同じ言葉ですが、ここでは後者の意、つまりinteresting)な論文を読みました。

ひとつは、「治癒見込みのないがん患者の在院死は家庭死よりましか?また、どんな要因が影響するか。集団ベースの研究。(Is dying in hospital better than home in incurable cancer and what factors influence this? A population-based study. DOI 10.1186/s12916-015-0466-5)」です。調査では、がん患者は自宅、病院を問わず、それまで長く過ごした所で最後を迎えること、ほとんどの例(91%)で、何処で亡くなるかは、本人と家族の考え、在宅緩和ケアの有無、在宅看護の可否が、最後の看取りの場を決めているとしています。特に、家族が回復不能と思い、本人の意思が強いと在宅での死につながるとしています。一方、病院死は、在院日数の長さにも関係するが、家庭医の往診が少ないこと、家族が多くかかわれないことが理由だそうです。そして、在宅、病院を問わず、痛みは同じレベルだが、家庭での看取りは、本人のこころがより平穏であることと家族の悲嘆がより和らげられる、としています。

二つ目は、「死をむかえるに、家庭は、常に最良のかつ望まれる場所か?(Is home always the best and preferred place of death? DOI: 10.1136/bmj.h4855)」です。これは、発表者の研究でなく、ANALYSIS分析の項にあるよう、多数の報告や資料を基にした著者の見解です。本文は2頁弱ですが、47もの論文などが引用されていますが、今や死を迎える場所、看取りの場所、終末期(End of Life、EOL)はどこでも問題になっていることが判ります。面白い(interestingな)論評ですが、そもそも、何処で死を迎えるかより、人は痛みや苦しみなく、予期せずパッと死にたい―日本風にピン・ピン・コロリを望んでいるとか、多数者が家庭で死にたいと云いながら、実際には病院で亡くなる人が多いとか、質問のしかたで答えは変わるとか、死の場所は大して問題でなく、疼痛管理、症状対策が大事とか、在宅死を良い死(good death)と云ったら、他は悪い死(bad death)なのか、などなど。要は、まだ、固まった見解がないことが判ります。さらに、EOL(終末期)のケアの質指標に看取り場所ばかりを取り上げると、本当に問題とすべき、本人や家族が思う死の過程における問題が曖昧になるとし、結局、症状管理、特に痛みのコントロールと家族つまり愛する人が一緒にいることが、(何処で死ぬにしても)重要だとしています。それにしても、実際には多くの人が亡くなる施設つまり病院には、多々、改善の余地があるともしています。

まことにinterestingな論評ですが、さまざまな国でのピン・ピン・コロリ願望を調べてみたいなどと、自分の死に場所云々をさておいて、余計な妄想が膨らみました。

ついでですが、Economist エコノミストという週刊誌は、数年来Quality of Death Index(死の品質指数)を発表しています。英国は、1960年代、彼のシシリー・ソンダース医師によるホスピス運動が始まった国ですが、その所為もあって、常にこの指数のトップにあります。2015年版には、祝うべきことかどうか判らないが、と書きながらも、End of Lifeが充実していることをちょっと誇らしげに記載しています。次回、その内容をお知らせしましょう。

quality of death index

[会長ブログ ― ネコの目]
身近になった「認知症」~あなたはどう付き合いますか?

12/12・13 公開講座「認知症対応を考える」=に向けて。

タイトルをどうお読み下さいましたか?まず、身近に認知症の方がいて、どう接するか、どう対応すべきかとも読めますが、あなた自身が認知症になったら、その状態とどう折り合うか、とも読んで頂けましょうか?ちょうど、そんなふたつの問いに相応しい回答が得られる調査がありました。

多くのメディアが報じていますが、2015年9月に、内閣府が初めて行った認知症に関する世論調査の概要が発表されました。日本国籍を有する20歳以上の3,000人を対象とする個別面談聴取で、回答有効数は1,682(回収率56.1%)です。

認知症の人との接触の有無については56.4%の方があると回答、二人に一人は認知症と接した経験があるのです。今や、認知症はごくありふれた病態となっているのですが、あると答えた949人中43.5%は、家族にいる(いた)と回答されています。少し、多すぎるような気がしますが、現実はそうなのでしょう。

認知症に対するイメージ、「認知症なっても」、あるいは「認知症になったら」との設問では、認知症になっても、「自ら工夫して、今までの居住地で、今までどおり自立的生活ができると思う」は6.8%にすぎませせんが、「医療・介護などサポートを利用して、今までの居住地で生活していけると思う」は33.5%、つまり、「自らの工夫や保健・医療支援を得て、それまでの生活の場で暮らして行ける、あるいは行きたいと考える」人は約40%に上るのです。注目すべきは、前設問で、認知症に接した経験がある人の38.1%(10人中4人)はサポートあれば、今までの居住地での生活が可能と回答しているに対し、認知症を見たことない人は25%(4人に一人)しかそう回答していないことです。つまり、経験からの学習がかなりあるように思えます。

一方、認知症になると、「身の回りのことができなくなるため、介護施設でのサポートが必要」と考えるは35.9%、「暴言暴力などで周りに迷惑をかけ、今までの暮らしが難しくなると思う」人も7.6%おられる上、「症状が進むと何もできなくなると考える」も10.9%でした。

さらに、自分が「認知症になっても、自ら工夫して、今までの居住地で今までの自立的生活を望む」が13.4%、「医療・介護を利用して、今までの生活継続を希望する」は30.3%つまり、「何とか今までの生活の維持を望む」は40%以上ですが、認知症になると、身の回りのことができなくなるから(20.2%)あるいは周りに迷惑をかけないよう(27.5%)に介護施設で暮らしたいと回答、この設問でも、認知症接触経験者はより多くサポートを得ても、今までの居住地での生活を望んでいます。

しかし、仮に認知症になったら、何が不安か(複数回答)では、「家族に身体的・精神的負担をかけるのではないか」が74.9%と最高、次いで「買物、料理、車運転など、今までできていたことが不可能になるのではないか」が56.8%でした。

そして、国や自治体に望む認知症の取り組み(複数回答)では、「利用できる介護施設の充実」が62.2%「早い段階から医療・介護などサポートを利用できる仕組み作り」が61.2%、「家族の負担を減らす取り組み」が60.3%「認知症の相談窓口・体制充実」が57.9%と拮抗しています。

閑話休題。

私どもは、昨年から、地域の保健医療サービスの一翼を担える「日本財団在宅看護センター」を企画運営できる看護師人材育成支援を始めています。2015年1月に最初の8ヵ月研修を終えた一期生の内10名が既に各地で開業し、地域の皆様との連携を深めています。

この度、各地の「日本財団在宅看護センター」でも、上記のように身近になった認知症をささえる看護力を強化するため、来る12月12、13日に「認知症対応を考える」と銘打った公開講座を開催します。2015年12月12日午後から13日午後までの1泊2日です。

認知症チラシ

まず、12月12日(土)午後には、国内外で、長く地域保健のあるべき姿を求めてこられた医療社団法人聖桜会サクラビアクリニック院長堀内正先生からは、「高齢社会の認知症を考える(仮)」と題して、超高齢社会に突入したわが国の、高齢者対象の地域保健医療施設として、認知症とその前段階をどう把握されているのか、そして看護師として、どのような介入が可能か、プライマリーケアの範疇で、また、生活者の視点を入れた解説を承ります。

ついで、最初は障害児に始まり、現在は高齢者をも含む介護保険を必要とする多様な人々と、そのような人のために働く家族やケアワーカーに、時宜を得た、的確な情報を発信し続けてこられた市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰小竹雅子先生には、「認知症の人と介護保険」と題して、如何に適正で、効果的な介護の在り方や介護保険の活用法、そしてますます進行する高齢社会における市民福祉の在り方をうかがいます。

12月13日(日)には、認知症や軽度認知障害の人々のための専門クリニック「のぞみメモリークリニック」訪問看護師水谷佳子先生から、「認知症があっても、今を豊かに過ごし、希望とともに生きる・・・認知症とよりよく生きる」というクリニックの方針に沿い、認知症や軽度認知障害をもつ人々のケアに専従されている中から、「認知症のケア(仮)」の具体例とともに、ご関係の認知症当事者団体様「日本認知症ワーキンググループ」の当事者の方からのお話もアレンジ頂きます。

最後に、「精神科医が脚光を浴びたり、多忙であったりする世の中は、幸せな社会とは思えない」と仰せながら、研究、臨床そして何より人材育成が大事とされ、文字通り東奔西走の認知症の第一人者熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野教授/同大学医学部附属病院神経精神科科長池田学先生から「認知症:その病態と対応(仮)」と題して、社会問題にもなっている認知症についての、科学的医学的な最新の知見を、判りやすくご解説頂きます。

これからますます増える認知症、その対応に看護師は何が出来るか、皆様とともに「看護師が社会を変える」意気込みで、検討してまいりましょう。

多数の皆様、奮ってご参加下さいますよう、お願い致します。

※申込はこちらから⇒ https://system.smhf.or.jp/event/151212/

[財団ブログ ― 在宅看護センター]
日本財団在宅看護センター起業家育成事業 ホームページリニューアルしました

日本財団在宅看護センター起業家育成事業をより分かりやすくご案内するため、ホームページをリニューアルしました。


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