[活動レポート ― 公衆衛生の向上]
2つの国からハンセン病を見つめる〜2017年度ハンセン病医療従事者フィリピン研修を終えて

2014年度にスタートしたハンセン病医療従事者フィリピン研修も4回目となり、今年は2017年12月6日から13日の8日間で、セブ島・クリオン島・ルソン島(マニラ)の3島を訪れ、フィリピンの療養所、病院、皮膚科クリニック、患者会、保健省で、治療やケア、研究や教育(医師の養成)、政策決定の場を視察しました。また、療養所に付随する資料館では、ハンセン病の歴史を保存する試みが活発に行われている様子も見ることができました。

今年度の参加者は、医療従事者のみに止まらず、ハンセン病資料館ご所属の方や、療養所の社会福祉士としての経験から療養所内の歴史の保存に関わる方が2名いらしており、医療面だけでなく、人類の遺産としてのハンセン病の歴史をいかに保存するにも焦点を当てた訪問となりました。非常に興味深かったのは、エバースレイ・チャイルズ療養所で、歴史保存を担当しているスーザンさんも、実は、もともとは社会福祉士でいらしたこと。「なぜ、ハンセン病の歴史を保存する役割を担うようになったのですか?」との問いに、「ここ(療養所)で出会った人が好きで、目の前にいる人々の歩んできた道を残したいとの思いがあった。すると、見えない糸に導かれるように、私の前に歴史保存の道が拓けて行った。私はただ、その自然の流れに従っているだけ」と。スーザンさんは、現在、おびただしい数のカルテの整理や、楽器や本など、残された品々がもつそれぞれの物語の編纂に尽力しています。

ご承知の通り、すでに日本ではハンセン病の新規発症例はほとんどなく、ハンセン病療養所に勤務する方であっても、急性期にあるハンセン病の症状に触れたご経験のある方はまれで、そもそものこの研修の出発点というのは、そんな日本のハンセン病医療従事者の方に、現在進行形の疾病としてハンセン病と対峙しているフィリピンの医療を体験していただくことでした。研修を受けた皮膚科クリニックでは、様々な病症をもつハンセン病の症例の紹介のために、お子さんからご老人まで、20名近い患者さんがわざわざやって来てくださっていました。症状を見せてくださっている間、うつむき、じっと一点を見つめる人、症例紹介が終わると、真夏の暑さだというのに、頭からすっぽりと目出し帽をかぶりそそくさと立ち去る人。また、患者会で出会った、顔にはっきりとハンセン病の斑紋のある、4ヶ月の赤ん坊を抱いた若い母親。ハンセン病を発症して、親兄弟からも絶縁されたと涙ながらに語る青年。市の保健所で投薬治療をほぼ終えたという少年は、ハンセン病による神経のダメージで、小指と薬指に障害が残っていました。研修に同行して私たちの滞在をサポートしてくれたアランさんは、今回訪問したホセ・レイエスメディカルセンターの患者会のハンセンズ・クラブの元会長で、現在はCLAP(Coalition of Leprosy Advocates in the Philippine/ フィリピンハンセン病回復者・支援者ネットワーク)の事務局として、積極的にハンセン病に苦しむ方々の支援をしていますが、折々に、ハンセン病を発症して、全く変わってしまった自身の人生について、体験を交えつつ語ってくれました。そんなフィリピンで出会った方一人一人の姿に、日本の療養所で普段接している入所者の方々の在りし日の姿を重ね、それはまるで現在と過去のパラレルワールドを体験しているような気がしたとは、表現は違えど、多くの参加者から聞かれた声でした。ご参加の方々の研修報告は、ただいま、報告書として取りまとめを進めていますが、アンケートに寄せられた参加者の方々の声の一部を抜粋でお届けして、事務局からのご報告の結びといたします。なお、フィリピン研修報告書は3月末頃、財団HPに公開予定です。

  • フィリピンの療養所を見学することで日本の40年~50年前の療養所の姿が想像出来ました。厳しい状況の中を乗り越えられてきた高齢化した入所者の方の残りの人生を充実させることができればと思いました。
  • なによりも各訪問先の皆様に暖かく迎え入れてくださり、丁寧に質疑に応じてくださったことに感謝申し上げたいです。その中でもクリオンがとても印象に残っています。日本のハンセン病療養所は子供がいないところが一部を除きほとんどですが、クリオンは隔離された方々の子孫が島民の半数以上を占めているとのことでした。隔離の島としての悲しい歴史だけでなく明るい島の歴史を残していくという言葉に未来を感じました。
  • 入所者様に対して改めて敬意をもって接することができます。ハンセン病の啓発活動を自分なんかがおこがましいと思っていましたが、この研修で学んだ事で今後啓発活動の必要性を感じ、少しはできるのではと思っています。
セブCLAPの事務所にて、回復者の方々と一緒に

セブCLAPの事務所にて、回復者の方々と一緒に

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち4―茨城県茨城町の民家 在宅看護センター和音(わおん)

事業所名:一般社団法人ハーモニーナース

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在宅看護センター和音(わおん)

場所:茨城県水戸市の隣の茨城町

HP:http://www.harmony-nurse.jp/

TEL:029-303-8780 FAX:029-303-8781

開業:2016年4月1日

代表理事:黒澤薫子(看護師)研修2期生

 

茨城県東茨城郡茨城町といえば、県のど真ん中に位置すると想像されそうですが、この町のホームページには、ささやかに「ほどよい田舎 いばらきまち」とあります。日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修二期生黒澤薫子が代表理事をつとめる「和音(わおん)」は、その茨城町の住宅地に2016年4月に開設しました。茨城町・・・と云ってもピンとこない方も、水戸黄門・・・通称ご老公で名高い水戸光圀の居城があった水戸市は、そのいばらきまちの隣と云えば、大よその位置は想像されましょう。

どっしりとした日本家屋が和音の事務所です

どっしりとした日本家屋が和音の事務所です

茨城県は、全国魅力度ランキングが、何と4年間連続最下位でした。が、そうは言っても「住めば都」と申します。この町、食べ物は美味しく景色も美しく、車さえあれば非常に暮らしやすい地域、と、黒澤は自負しています。

代表理事の黒澤は、その看護師人生25年を水戸市内の500床を有する総合病院で過ごしました。この間めぐり会った膨大な数の患者さんたち。「私の人生観も死生観も変わってしまうような貴重な経験をさせていただきました。」と振り返る。が、医療制度改定が続き、入院期間を短縮せねばならなくなった病院。そのような時代の曲がり角、施設での看護に限界を感じるようになっていた一方、不治の病におかされた方、終末が近い患者さんから、「家に帰りたい!」と切ない表情で訴えられることも増えました。どうにかしてさしあげたい・・・と思う気持ちが強くなっていました。

そして、地域包括ケアという言葉を耳にすることが増え始めた頃、悶々としつつ、開業・・・を決意するかどうか揺れていた頃、偶然にも「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を知ったのです。周囲の人々に、「今まで、あなたが看取ってきた人たちが、今、あなたを導いているんだろうね。」とも言われました。迷わず、この研修に飛び込みました。何かが私を後押ししていると思うようなご縁でした。2015年春、私の人生は別の方面に広がりました。

8ヵ月の研修は、看護学的な研修はわずか、根幹は経営者になるための意識変革を求めたものでした。現状から未来を想像し、社会のニーズを先駆的に把握し、それを一つの企業体として組織し、そして看護を実践する。そのための経営者に生まれ変わることが必要でした。見かけの黒澤薫子は同じですが、中身は生まれ変わらねばならない、そんな内面的葛藤を断ち切るに必要な、多士済々、多様なご経歴の第一線講師陣たち、たった8ヵ月でしたが、その濃い中身は、この上なく、刺激的、本当に生まれ変われたと思える学びでした。

開所式には同期生全員が出席してくれました

開所式には同期生全員が出席してくれました

在宅看護は、個々人の生命力を拡大し、生き様を変化させるという魔法の力を秘めています。

人間は自分の好きな環境に置かれれば、自ずと生きる力が沸き、たとえ病気や障がいがあっても許される範囲の健康を享受できることを改めて感じます。だから、個々人の生活の場を訪問しケアを行う看護師は、その個人の生き方を出来る限り把握し、支援すべきことと過剰な介入や邪魔をしないことの見極めを付けられることが最も重要な鍵だと実感しています。

どんなに科学的に正しくとも押し付けではいけません。病気あるいは障がいをも許容しつつ、それぞれの生活をどう維持あるいは少しでも向上できるのか、外部からの訪問者である看護師はどんな立ち位置におればよいのか、それらが収まるべきところに収まることが、在宅看護の始まりです。そして、私はいつも考え続けています。今ある辛い症状はどうすれば落ち着くのか、どうすればより楽な日々となるのかを。主治医たち、医療施設の退院調整を担う看護師、ケアマネージャー、福祉関係者などなど、多職種とのチームワークも実に重要です。

利用者様宅にて、ご家庭の様子が分かるのは在宅/訪問看護ならでは

利用者宅にて、家庭の様子が分かるのは在宅/訪問看護ならでは

ご自宅に伺います!

ご自宅に伺います!

退院直後のある期間は、病院で強いられた安静の所為もあって、筋肉は衰え、思うように動けません。が、食べ慣れた自宅の味と、使い慣れた我が家での行動によって、また一歩一歩自分の足で歩けるようになることも少なくありません。たとえ、がんの終末期で何も食べられないという状況であっても、ご家族と一緒のお食事で少しずつ食欲が戻り、短期間でも元気を回復される方もおります。在宅看護は、まさにミラクルをもたらします。こんなに楽しい看護があったなんて・・・と、癒されているのは私自身です。

起業して1年半、まだまだ駆け出しの在宅看護センターではありますが、地域の方々に支えられて「和音」も、ここまでやって来る事ができました。社会は激しく変化しています。そして、在宅看護は、ますます必要になります。

 

「和音」は、社会のニーズを確実にキャッチし、皆さまの信頼を得られるような良質な看護を、365日24時間、ご自宅にお届けできる「いばらきまち」の在宅看護の担い手であり続けたいと願っています。

(文責 黒澤薫子)

 

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち3―福島 看多機と在宅/訪問看護センター 結の学校

事業所名: 一般財団法人  脳神経疾患研究所 看護小規模多機能型居宅介護事業所
在宅看護センター結の学校 南東北福島訪問看護ステーション結
場所: 福島県福島市南沢又字曲堀東23-2
福島駅から車で10分強の住宅地のはずれ
責任者(所長): 沼崎美津子 研修1期生
スタッフ:所長他計21名の大所帯(看護師・保健師・助産師は、非常勤2名も含め9名。スピリチュアルケア認定、ベビーマッサージ、アロマセラピスト、保母や精神保健福祉士・介護支援主任等々の資格をもつ者他、社会福祉士、作業療法士、管理栄養士、介護士・・・事務、運転手と、ウルトラ多職種です)

2014年「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の8カ月研修に参加時、沼崎は、「結の学校」の最大かつ最も近い連携先南東北福島病院看護部長でした。なぜ、それなりに遣り甲斐と責任もあった地位を置いて、先行き不明な仕事に挑戦したのか・・・

少子高齢化・多死社会に向けた政策は、随分以前から、論じられていました。「治す」=治療の場である病院に加え、地域の中で「治し支える」=ケアが必要との想いは、退院なさる方やご家族が抱かれるもやもやした不安を察知するたびに強くなっていました。

看護師が支えるケア、それは厳しく決められる入院の日々だけでなく、長く暮らし退院後も、死まで続くであろう「地域」「在宅」を看ること、看護ることではないか・・・退院が完全な治癒とならない事態が増え、治らないまま、徐々に下降する健康、回復が見込めない障がいを抱える人々を支えるケアの場が欲しい。そして人々の思いがかない、地域全体にホンワカした安心感があるような社会をつくることに看護師がかかわれないか、かかわるべきだと思うようになりました。

クリスマス会(ALS患者さん)

クリスマス会(ALS患者さん)

介護員とのレク

介護員とのレク

「結の学校」の前は葡萄畑でした。豊かに実るブドウ、その一粒一粒が豊かな房になり、それが立派な葡萄の樹になり、葡萄畑になっていたように、ひとりひとりがつながりあって家庭があり、それ連帯して邑となり、地域社会です。病院で、診療所で、クリニックでと同じように、看護師は、何処にあっても、人々の健康を支えられる存在でありたい。

私の、そして「結の学校」の夢、いえ、為さねばならないことは、地域の若い世代が安心して子供をつくり、産み、育てられる環境を、一日も早く整備することです。

「結の学校」の特徴は、最初から在宅/訪問看護センターと看護小規模多機能型居宅介護事業所を同時開業する意気込みでやってきたことにつきます。福島市は、人口約28万、2016(平26)年度に、全地域が超高齢化となりました。病を得た人々が医療施設で治療を受け、退院できたとしても待っているのは老々介護です。「結の学校」が、24時間365日、「泊り」と「通い」と「在宅/訪問看護」「訪問介護」の4つのサービスを提供しよう、せねば地域のニーズを満たせないと思った理由です。2025年問題などと、遠い先の話のように語っていた課題は、目の前でした。

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全国に300余りとなった看護小規模多機能型居宅介護事業所(看多機)は、

  •  一体的かつ柔軟なサービスとして緊急時にも対応可能であり、
  •  入院の適応はないが、医療ニーズが高く在宅対応は困難な方の受け入れが可能であり、
  •  医師の指示下に、看護師が「通い」・「泊り」・「訪問看護」を適宜使い分けて医療処置が可能であり、したがって、
  •  効率的で効果的な質の良いケアが実現、できます。

「結の学校」では、看護と介護の各職員が、緊密に情報とケア方針について意見交換し、方針を共有することで、どなたにも真に必要はケアを提供できていると自負しています。

地域包括医療のコアともいえる在宅での看護と介護だけに比べ、看多機を活用することで、スタッフはより多くの時間を利用者と共有出来るが故に、心身の状態を健康と体調面のみならず、生活面や精神そしてスピリチュアルな面も把握できていると思っています。これらの包括的なケアによって、利用者の自立性が高まり、病状悪化の防止、他の健康障がいの予防も期待できそうに思っています。

少し、日常を述べてみます。
目下、看多機「結の学校」では、ケアマネージャーが登録29人のケアプランを作成します。泊りは9人まで、通いは18人までの利用者ニーズに応じ、柔軟なサービスを一元化して提供しています。自宅(在宅)でも看多機「結の学校」泊まりでも、連携している医師の往診は可能、つまり自宅では困難であっても、同じスタッフが看取ることが出来ますし、必要に応じて、医師の指示下に医療処置も可能です。介護・医療保険のどちらでも算定できるため、厚労省大臣が認める疾患および重篤な状態(ターミナル・急性増悪等の特別指示)での医療保険スライドが可能、そのような場合の介護保険は減算しますので、診療報酬(訪問看護料)算定となり、利用者の経済的負担への配慮もできます。人生の終焉を、制度にあわすのではなく、それぞれの個人のニーズにあわせたケアと看取りの経過を経験することは、スタッフのモティベーションを高めます。

さらに、制度上では、医療施設での滞在日数を短縮できるため、アッ!も少し医療介入が必要かな・・・という方を看多機が引きうければ、在宅生活に向けた退院指導とともに、ご本人やご家族の不安を軽減しつつ、在宅移行が可能、つまり病院では早期退院が、患者や家族では不安を解消しつつ在宅への準備ができるという双メリットがあります。また、このような介入が、病院と老健施設との連携をも強化できることから、利用者の安心の上に、将来の再入院と再入所を円滑化する仕組みも可能で、看多機を中心に、地域のcureとcareの効果的効率的連携が可能で、継続的看護が行えていると確信しています。

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目の前に来た平成30年度診療報酬&介護報酬同時改定を踏まえ、地域包括ケアシステムは地域共生ケアシステムに変換すべきです。「結の学校」は、「医療」・「看護」・「介護」そして「福祉」の隙間を埋め、新しいケアの体制とそれを支える人材の育成に邁進します。しかし、かつてのイギリスの「ゆりかごから墓場まで」政策が破たんしたように、放漫な医療・福祉政策は破たんします。「結の学校」は、シームレスな医療・福祉体制を、民間レベルの効率的な看多機+在宅/訪問看護を行政や異業種(たとえば葬儀社)との効果的な連携の仕組みを工夫し、住民意識の変革をも含む、官民一体型の地域共生をモデルを福島市から発信したいと願っています。

実際、開業には、鉄壁のような制度に悩まされました。が、以前から務めさせて頂いてきた看護連盟役員のお陰で、実践の看護は制度を作る政治と連携することの重要性をいささかでも理解できていたこと、連盟や看護協会関連の方々のサポートも得て、さらに政治サイドからの支援も頂けたと持っています。皆さまへの感謝を込めて、今後も努力してまいります。ホームページだけでなく、ぜひ、現場にもお立ち寄りください。歓迎いたします。

文責 一般財団法人脳神経疾患研究所 看護小規模多機能型居宅介護事業所
「在宅看護センター結の学校」 南東北福島訪問看護ステーション結 責任者 沼崎美津子

[活動レポート ― ハンセン病]
世界のハンセン病の今とこれから ~官民パートナーの協力による制圧に向けて~ 

世界保健機関 (World Health Organization: WHO) は、世界のハンセン病対策に熱心に取り組んでいます。笹川記念保健協力財団は1974年の設立以来、日本財団と共にその活動を40年以上にわたって支援してきました。かつては世界で推定1千万人以上の患者がいたハンセン病ですが、1980年代初めに開発された治療薬(MDT)と1991年の世界保健総会での数値目標を伴う制圧決議により、官民が同じ目標に向かって努力をした結果、今日までにその数は20万人台まで減少しました。しかし、皮肉な事に、患者の減少により、社会におけるハンセン病への関心が急速に薄れてきています。関心の薄れは、対策活動をするNGOへの寄付の減少、政府や研究機関での予算削減を招き、世界のハンセン病対策を指導・監督するWHOは大きな困難に直面しています。

WHOのガイドブック 「2016-2020世界のハンセン病戦略 ~ハンセン病のない世界をめざして」

WHOのガイドブック 「2016-2020世界のハンセン病戦略 ~ハンセン病のない世界をめざして~」

WHOは5年毎に対策活動の評価を行い、新たな戦略を発表しています。現在の戦略「2016-2020:ハンセン病のない世界を目指して」は、患者を減らすだけでなく、ハンセン病に伴う障がい(特に子供の障がいをゼロとする)、偏見・差別を無くすと共に、各国政府の対策活動への更なる努力とNGOとの協働の強化を大きな目標としています。

一目でわかるハンセン病戦略: 自転車の前輪は病気を治すこと、後輪は社会的烙印や差別のない社会の実現を示し、両輪がかみあってはじめて、ハンセン病のない世界に向かって走ることができる

一目でわかるハンセン病戦略:
自転車の前輪は病気の治癒、後輪は社会的烙印や差別のない社会の実現を表し、両輪がかみあってはじめて、ハンセン病のない世界に向かって走り出すことができる

日本財団はWHOのハンセン病対策活動に対して資金援助をしており、笹川記念保健協力財団は日本財団からの要請により、回復者を含むハンセン病の世界的専門家からなる諮問委員会を編成し、毎年WHOの活動評価を行っています。今年は、12月11-12日の2日間、インド、デリーのWHO南東アジア地域事務所で委員会を開催しました。WHOの6つの地域事務局のうち、ヨーロッパを除く5地域のハンセン病担当官と世界全体を統括するチームリーダーが出席し、現状と問題点、次年度の計画に関する議論に加え、今年は、過去10年間新患数に変化が無いという停滞を突破するための新しい対策手法に関する研究開発状況などを含む、中長期的対策活動に関する突っ込んだ議論がなされました。

民族衣装サリーを着た南東アジア地域事務局長、「RDマダム」(中央)の挨拶民族衣装サリーを着たシン南東アジア地域事務局長(中央)の挨拶

長く、医療的な側面のみ捉えられてきたハンセン病問題ですが、その根源的な解決には、患者数を減らすだけではなく、偏見と差別の問題に取り組む必要があります。ハンセン病にかかったから、そしてハンセン病にかかった家族がいるから、何千万、何億という人々が偏見と差別の対象となってきました。差別のために社会生活が送れず、早期に診断を受けることができず、治療を完了することができないという現状を変えるためには、今後一層の努力が必要です。ハンセン病の問題は、社会と病気、病気と人生についての普遍的、かつ根源的な問いを投げかけてくれています。

南東アジア地域事務所入口。近年デリーの大気汚染はすさまじく、予防マスク姿の参加者もちらほら。

南東アジア地域事務所入口。近年デリーの大気汚染はすさまじく、予防マスク姿の参加者もちらほら

 

二日間の会議中、お昼やコーヒータイムには事務局内の食堂で一息。豆カレーやサモサ、スイーツが美味でした。写真は世界一甘いと言われる「歯が溶けそう」なスイーツ、グラブジャムーン

二日間の会議中、お昼やコーヒータイムには事務局内の食堂で一息。豆カレーやサモサ、スイーツが美味。写真は世界一甘いと言われる「歯が溶けそう」なスイーツ、グラブジャムーン

[活動レポート ― ホスピス緩和ケア]
ホスピス緩和ケアにおけるチームビルディングを考える ~第13回ホスピスドクター研修ネットワーク情報交換会~

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 2017年11月11日、関西在住者を中心に、32名のホスピスドクターが、大阪市東淀川区の淀川キリスト教病院に参集しました。

 ホスピスドクター研修は、2001年、ホスピス緩和ケアに従事する医師養成を目指して本財団が開始した事業で、既に資格を有するホスピス緩和ケア医の指導下に、この分野を目指す若手中堅医師の1年間のコースです。

 事業開始後数年、研修修了者が一定数に達した頃、その後の新たな知見を共有し、さらに高きを目指すためにも、また、事業の経過をフォローアップするためにも、研修修了者と指導医のみならず、当該年の研修医も参加しての情報交換会が生まれました。
 外部講師また指導医の講演、仲間の経験や工夫のご披露、見学などなど情報交換会と云いながら、多彩な交流が続いています。13回目の今年、初めて東京を離れ、大阪に場を移し、日本初のホスピス緩和ケアチームが置かれた淀川キリスト教病院で、チーム開設者の柏木哲夫先生のご参加、ご講演も得ました。

 講義は、ふたつ、まず今回の交流会をお引き受け頂いた淀川キリスト教病院緩和ケア部長池永昌之先生による故日野原重明先生(笹川記念保健協力財団名誉会長で、この研修事業の発案者)への追悼の祈りから始まりました。続いて、同池永先生より「緩和ケアにおけるチームビルディング」と題し、チーム作りに必要なこと、コツなどを考えるグループワークをご指導頂きました。

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グループワーク

 続いて、柏木哲夫先生から、「ホスピス緩和ケアのこれから」として、この分野の歴史、ご自身が通り過ぎられた経緯を含むチームアプローチについて、ユーモアを交えた講演を頂きました。参加者とのフリーディスカッションでは、参加者各位がこれから経験するであろう困難な事例に立ちむかうヒントと勇気を頂けたとのコメントがありました。

 最後の「ブラッシュアップセミナー」は、神戸医療センター山川宣先生(本研修2005年修了生)よる「チームコンサルトの“相手先”を意識した せん妄対策」が論じられました。また、講演に先立って、目下研修中の医師からの中間報告に対し、先輩諸先生方が初心を思い出されたとの声もありました。

 また、講演やグループワークの合間に、「全人医療」を掲げたホスピスケアの老舗施設として、細部まで配慮が行き届き、それに加えて細やかなケアが実践されている淀川キリスト教病院も見学させて頂きました。

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子どもホスピス見学 中央は池永部長

 本事業修了者は、既に100名近くになりました。ひとつの節目でもありますが、この分野の先導者であった私どもの名誉会長故日野原重明を始めとし、これまでご指導頂きました先生方や関係者、さらに個々の研修者にご協力下さったであろう多数の患者やご家族にも、この場をお借りして感謝申し上げます。
 笹川記念保健協力財団では引き続き、ホスピス緩和ケア専門の医師の数と質を増強するための支援を続けてまいります。

[活動レポート ― ホスピス緩和ケア]
笹川記念保健協力財団 看護師研修 in 北海道 日本財団ホスピスナースネットワークチーム+日本財団在宅看護センター起業家育成事業4期生 ~地域医療・保健の実際とスピリチュアル・コミュニケーションを学ぶ~

 2017年10月27日~29日、日本財団と笹川記念保健協力財団は、これまで行ってきたふたつの看護人材育成に参加下さったメンバーの合同チームで北海道に参りました。

 この例年の地方研修も5回目、秋深まる北海道は帯広と札幌での研修兼旧交を温め、未来を語る集まりに全国から60名を超える看護師がご参集下さいました。

 多様なプログラムは、初日の帯広「市民活動プラザ六中」見学から。廃校になった中学校舎をリニューアル活用し、障がい者や高齢者が住み慣れた地域で生きがいや役割を持って暮らせる地域社会を目指す「地域の支え合いの拠点」です。多数自治体が本施設見学をされるのは、どこでも廃校舎問題を抱えているためでしょうとのこと。続いて、今や池田町の主要産業となっているワイナリーを見学し、宿舎に到着しました。

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教室がだれもが利用できる格安食堂に変身

 初日の講演前、日本財団尾形武寿理事長から、「複雑な問題を抱える日本の地域医療に必要なのは看護師である」と力強いエールを頂きました。続く研修その1は「地域の在宅看護センターの現状」日本財団在宅看護センター起業家育成事業3期生で、本年4月、帯広郊外音更町で「在宅看護センターちせ」を開設した片岡順子氏、同1期生沼崎美津子氏「看護小規模多機能型居宅介護施設『結の学校』」(福島市)、同2期生岡本直美氏「つかさ 在宅看護センター Lanaケア湘南」(神奈川県藤沢市)と同長澤祐子氏「在宅看護センターミモザ(福岡県宗像市)が、それぞれの地域の特徴や困難、看護の力が活用された例を発表下さいました。続いて研修その2は、医師4年目で村唯一の医療機関を任された後、総合診療医として地域医療を改革してきた更別村国民健康保険診療所長山田康介医師の「地域医療の実際と看護師の役割」でした。看護師の地域への貢献とともに、広域分散型の地域特性や積雪寒冷が厳しい十勝地区の実際と取組みと対策、そして地域医療や地域包括ケアにおける看護師のとるべき姿を解説いただきました。

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外は寒い・・・会場では、熱気あふれる意見交換が

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記念撮影・中央日本財団尾形武寿理事長とその左山田康介医師
白いジャンパーは世話役たち

 2日目は札幌に移動。道中、壮大な北海道を堪能する景色でしたが、厳寒期、深い積雪の際には、発病者、けが人や障がい者だけでなく、高齢者のケアにも多大な時間、エネルギーを要することは容易に察せられました。研修その3は、当財団ホスピスドクター研修修了者で、現在、洞爺湖で訪問診療に従事されている岡本拓也医師による「医療者のためのスピリチュアル・コミュニケーション」で、本年3月のホスピスナース研修会(東京)「看護の現場におけるスピリチュアルケアとは?」の続きでもあります。岡本先生は、スピリチュアルケア関連書籍も数冊出版されています。ここでは、マインドフルネスのエクササイズを通し、自分自身とグループワークによる他者理解を体験学習する機会でもありました。

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研修中の参加者たち

 世界では、UHC (Universal Health Coverage, 国民皆保険) が大きなうねりとなっています。今回の研修では、少子高齢化がピークを迎える2025年問題を前に、そのUHCの先頭を走ってきた日本全体の保健医療制度と体制の維持、人口密集した首都圏や都市部と地域社会と云う言葉では括れないほど広大な北海道や高齢者だけになりつつある過疎集落の問題などなど、地域各地の継続的存在を、わが国全体がどう支えられるのか、その中で看護は何が出来るのか、看護師の力で何が為せるのかを考える機会でもありました。

 財団は、ホスピス・緩和ケア、在宅看護を通じて、社会全体の安心と安全に貢献できる看護師活動を、引き続き、支援してゆくべきことを再確認しました。講演頂いた山田先生、岡本先生、沼崎様、岡本様、長澤様、そして地元の片岡様、お世話になった方々、ご参加の各位、ありがとうございました。

[活動レポート ― ハンセン病]
インドネシア 州レベル制圧活動促進 ~WHOハンセン病制圧大使のゴロンタロ州訪問~

笹川会長が誰と一緒にいるか、わかりますか?

ここは、インドネシアのスラウェシ島北部・ゴロンタロ州の空港です。ゴロンタロの民族衣装に身を包んだ男女の青年が、州知事書記官や州保健局長等とともに、歓迎してくれました。

1_ゴロンタロ空港にて

ゴロンタロの風景

ゴロンタロの風景

インドネシアの状況 - 未制圧州(赤)

インドネシアの状況 – 未制圧州(赤)

州レベル制圧達成ロードマップ(保健省作成、2014年時点)

州レベル制圧達成ロードマップ(保健省作成、2014年時点)

インドネシアは、インド、ブラジルに次ぎ、世界で3番目に患者が多い国で、年間17,000人ほどの方が病気を発症しています。「人口1万人あたり登録患者数1人未満」という病気の制圧基準を、2000年に国レベルで達成しているものの、州レベルでは全34州のうち、未だ12州が未制圧です。政府は、2020年までに全州での制圧達成を目標に掲げました。笹川会長は、WHOハンセン病制圧大使として、この政府の目標達成への試みを支援すべく、2016年末、全未制圧12州を訪問することを保健大臣に約しました。本年7月、北マルク州、北スラウェシ州を訪問し、先月11月には、ゴロンタロ州を訪問しました。

2_リンボト第12小学校での検診活動を視察激励 (※体育の授業前、体操着に着替える際に、学校の先生が体に斑紋がないかチェックしている)


リンボト第12小学校での検診活動を視察激励
(※体育の授業前、体操着に着替える際に、学校の先生が体に斑紋がないかチェックしている)

 

ゴロンタロ州は、未制圧12州のうち、明年2018年に制圧達成を目標とする3州の1つで、政府戦略の中で非常に優先順位の高い州です。年間の新規患者数は200人ほどですが、人口1万人あたりの患者数は2.29を示し、未だ1.0未満という制圧基準の達成は厳しい状況にあります。そこで、WHO、保健省と協働し、同州のハンセン病対策活動の一層の推進を念願して、蔓延地における患者発見活動を視察し、現場担当官等を激励するとともに、特に制圧達成の課題となっている偏見差別を是正するため、病気の正しい知識を伝えるための啓発活動に参加し、一般市民の理解の促進に努めました。

(※ハンセン病という病気と社会からの差別の双方への怖れから、初期症状に気が付いても病院へ行かず、診断が遅れるケースが多い。)

3_ジャカルタ州知事との会見(左から、笹川会長、PerMaTa代表Paulus Manek氏、副代表Al Kadri氏、アニス州知事、ジャカルタ州保健局長)

ジャカルタ州知事との会見
(左から、笹川会長、PerMaTa代表Paulus Manek氏、副代表Al Kadri氏、アニス州知事、ジャカルタ州保健局長)

 

出国前には、ジャカルタにて、ジャカルタ州知事アニス・バスウェダン氏、副大統領ユフス・カラ氏と会見し、回復者組織PerMaTaの代表を紹介しつつ、政府レベルでの病気への理解と、当事者と連携したサービスの重要性、ハンセン病対策活動への一層の支持を訴えました。

 

 

 

これから、残る9つの未制圧州訪問と、回復者組織PerMaTaによる行政と連携した活動について紹介してゆきます。どうぞご期待ください!

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち2―福岡県宗像市ミモザ

事業所名:一般社団法人ミモザ
場所:福岡県宗像市日の里、JR東郷駅前
電話:0940-37-0046
E-mail :mimoza.hinosato@gmail.com
開業:2016年8月1日
代表理事:長澤祐子(看護師) 研修2期生

福岡県の2政令都市福岡と北九州の真ん中に、住宅地として発展してきた宗像市(人口96,730人 高齢化率22.5%)があり、その中央部に40年の歴史をもつ九州随一、人口2万弱の日の里団地(高齢化率34%)があります。

日本財団在宅看護センター「ミモザ」の開設は、その日の里団地入口にあたるJR九州本線東郷駅に隣接して開設された地域センターと同時でした。

今年、わが国21番目のユネスコ世界遺産に登録されました宗像大社は、車でなら10数分、天照大神の娘とされる三柱の女神様をお祭りしています。「ミモザ」は、昨年、世界遺産登録の大詰めが迫る頃にオープンしましたが、それとこれは関係ない・・・残念ながら。が、福岡市が拠点だったのに、何故、宗像?ですね。

在宅活動中、東郷駅前再開発計画を耳にした長澤は、以前から温めていた多世代交流拠点としての在宅看護センター構想を提案、地元の方々と行政の賛同を得て採択された提案が「ミモザ」となった次第です。地域センターは、地元住民の様々な集会、活動の場であり、隣は駅密着の保育所です。「ミモザ」にスタッフがいる時間帯は、地域センターとの間のドアは開けっ放し、お隣の保育所を含め、老若男女の交流を眺めつつですので、世代交流の雰囲気プンプンです。

リハビリ1しかしながら、提案はウエルカムだったものの、地盤なき地での旗揚げは厳しいものもありました。総合病院集中ケア室(ICU)、障がい児/者施設、教育職の後、在宅看護に転じ、十分経験を積んで、満を持して開業したものの、在宅看護そのものに対しても、日本財団在宅看護センター「ミモザ」に対しても認知度はすこぶる低く、真っ白な予定表の前で、大きなため息も出ました。

が、『地域センターで、多世代交流と在宅看護の啓発、今までなかった多職種連携を創出し、高齢者も障がい者も、地域の人々がまるごと住み慣れた街で、それまで通りの生活を続けられる支援を確立したい・・・「あなたがいてくれたから良かった」と喜んでもらえる看護を確実に提供できる』ことを忘れず、地道な地域交流の結果、今や多忙な日々となっています。病院での急性期医療cure、生活の場での医療施設や行政の中の保健分野各専門家と協働、住民ニーズの把握と可能な調整、病気や障がいだけでなく、その他諸々悩みを抱えた人々を支え癒す看護care、それが目指してきたものだと自負しています。

先日、肺がん末期の女性の一人娘の高校最後の演奏会参加を、主治医との調整下に看護師、理学療法士、そしてご家族(夫、両親、姉)の付き添いで実現しました。やればやれる!なせば成る・・のです。関係者は、皆、長時間の緊張を強いられましたが、在宅看護師冥利に尽きます。ご本人は、1か月後に去られました。が、ご家族には沢山の思い出を、私どもにはたくさんの学びを残して下さいました。

最近、お看取りも増えています。人生最後の道をゆるゆると歩まれる伴走です。しっかり関わることで、最後に残っていたご希望をかなえられることも多く、在宅看護/訪問看護の力・・本質を実感いたします。

無題

開業1年、地区コミュニテーセンターからの講演依頼も増え、地域住民の方々への学習会やリハビリ体操教室も定例化しています。行政と地域からの信頼を基に、「ミモザ」は「街の健康と保健の相談室」としての機能を充実しつつあります。一層の努力を致しますが、皆さまのご支援もよろしくお願いします。

一般社団法人「ミモザ」
長澤祐子記

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち1―一般社団法人街のイスキア 訪問ナースステーション

20171109_イスキア_石川さん

事業所名: 一般社団法人街のイスキア 訪問ナースステーション
場所:東京都目黒区中目黒5-1-19 1階
電話:03-6303-4894
E-mail:kango@isukiatokyo.com
Web : http://isukiatokyo.com/
開業:2016年4月
管理者(所長):石川麗子 研修1期生

「街のイスキア訪問ナースステーション」は、目黒区を拠点に、主に高齢者への訪問看護・リハビリテーションを行っています。

「出会いを大切にするとともに、よく話を聴き、その方にとってのニーズを大切にしながら、丁寧なケアを行う。
”食はいのち”としてとらえ、最期まで”口から食べられる”ことを支援する。
介護する家族の心と身体の健やかさを護る。」

このことを理念に掲げ、2016年4月より事業を開始いたしました。

開所式

ステーション名の由来は、青森県で「森のイスキア」を拠点に、慈善活動をされていた故佐藤初女氏から頂きました。
それ故に、「イスキア」の名に惹かれ参加してきたスタッフも多く、昼食にはおむすびを握ったり、炊き込みご飯をつくったり、豚汁を作ったり・・・・一同共に食卓を囲むことも多いのです。「同じ釜の飯を食う」ことで、チームとしての繋がりを保っているように思います。

食のイスキア

所長石川は、緩和ケア認定看護師です。
緩和ケアや看取り・グリーフケアに力を入れたいという想いもあり、在宅でお亡くなりになる方やご家族へのケアも、心を込めて行わせて頂いています。開業1年半の現在、毎月1~2件のお看取りをさせて頂けるようになりました。ご遺族の希望に応じて、遺族訪問も行い、それぞれのご家族の悲しみが、時間とともに変化していくのを見守らせて頂けるようになりました。お亡くなりになった後をも支えることができるのは、在宅ならではのケアの妙だと感じています。

本年は、禅茶の先生をお招きして遺族会を行いました。
お集まりいただいたご遺族に献花・献菓子をして頂き、共にお茶をいただきました。自分の想いを話し、静かにお茶のお点前を観るという厳かな会は、それぞれの悲しみを癒すひと時となったようでした。会の後半では、スタッフお手製のおむすびを食べ、あたたかな気持ちとなってそれぞれが家に戻られたように思いました。

遺族会

こうして、「街のイスキア訪問ナースステーション」が生まれて1年半が経過しました。
一年365日毎日24時間のカバーを心がけ、寸時も休まず、在宅でのケアをなさっておいでのご家族の気持ちと、そしてお身体の負担を少しでも軽くできることを目的に「快護塾」をなるものも行っています。ここではケア・介護する人もケア・介護をうける人も、互いが心地よく共存できるためのちょっとして技術が知識を提供します。時には、アロマテラピーなども取り入れ、簡単にリラックスできる方法、秘伝!を工夫したり伝達したりしています。

「街のイスキア」が、どなたかの心とお身体の支えになれるように、日々、雨にもマケズ風にもマケズ、私たちは自転車をこいでいます。

お気軽にお声をおかけください。
「街のイスキア訪問ナースステーション」ホームページはhttp://isukiatokyo.com/

毎月イスキア通信を発行しています。最新のイスキア通信はこちらから
http://isukiatokyo.com/2017/10/04/isukiatuushin-17/

2017.11.07 石川麗子記

[活動レポート ― 在宅看護センター]
神戸研修 2017年7月13日~15日

「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業4期生を対象とした研修旅行として、2泊3日の日程で神戸市内のホームホスピス、リハビリセンター、医療検査機器メーカーなどを訪問しました。

第1日目(7月13日)

お昼ころ新神戸駅に集合し、まずWHO神戸センターを訪問しました。

WHO神戸センターでは、サラ・ルイーズ・バーバー所長から感染症に関するWHOの活動についてお話しいただいた後、野崎上級顧問官より「これからの保健医療課題~高齢化」というタイトルのご講義をいただきました。

サラ・ルイーズ・バーバー所長の講義

サラ・ルイーズ・バーバー所長の講義

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つぎに40分ほどバスで移動し向かった先は、医療検査機器等の国際的なメーカーであるシスメックス社。
シスメックス社の歴史、事業内容について説明を聞いた後、広い敷地にある研究や開発の現場、働きやすそうなオフィス、各地の顧客からの問い合わせやトラブル対応のためのヘルプデスクに加えて、健康や検査に関する啓蒙のためのブックレット、廊下の壁の絵画、茶室なども見学し、独創性の高い企業文化を感じました。

整えられた展示室の見学

整えられた展示室の見学

 

 

 

 

 

 

 

 

茶室でのお点前

茶室でのお点前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2日目(7月14日)

この日は、兵庫県立総合リハビリテーションで丸一日過ごしました。
国内における先端的なリハビリテーションの実践を長年にわたってリードされてきた、澤村誠志名誉院長から、リハビリテーションセンターの設立までの経緯、リハビリの理念、および地域包括ケアと地域リハビリテーションの比較等についてご講義いただきました。また篠山次長と岸看護部長に率いられ、病棟、PT/OT等のリハビリ現場、福祉用具や介護ロボット等を見学して回りました。

施設の見学

施設の見学

 

 

 

 

 

 

 

 

福祉用具の説明に聞き入る4期生

福祉用具の説明に聞き入る4期生

 

 

 

 

 

 

 

 

澤村誠志名誉院長を囲んで

澤村誠志名誉院長(中央左)を囲んで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3日目(7月15日)

最終日はまず、ホームホスピス神戸なごみの家雲雀ヶ丘に行きました。経営者である松本京子氏から施設の沿革、現状についてご説明がありました。また人員構成、看多機に関するお考え、ネットワーク拡大等さまざまな観点での質疑応答が活発に行われました。

松本京子氏(左)との座談

松本京子氏(左)との座談

 

 

 

 

 

 

 

 

「なごみの家」の前で記念撮影

「なごみの家」の前で記念撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、人と防災未来センターを見学しました。ここは阪神・淡路大震災の災害を映像/ジオラマ等で追体験し、また災害へのさまざまな備えを啓蒙する施設で、災害救援・災害医療に関して学ぶことができました。

3日間の間に、優れた病院経営者、優れたホームホスピス経営者、優れた企業経営者に身近に接することができ、学ぶことの多い有意義な研修旅行になりました。また4期生同士でゆっくり語り合い、絆を深めることもできました。


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