[会長ブログ ― ネコの目]
東京の大雪

先日、その昔お世話になった先生のメモリアルで、寒波の余波あるアメリカ東部ボルチモアに参りました。あちこち、かき集められた雪は固まったまま、凍結防止剤のまかれたハイウエーは独特の白っぽさ、車はすべて泥だらけ。恰幅の良い人々がさらに厚着で往来される街角は、凍った歩道とともに、見通しわるく、やや歩きにくい感ありでした。かの地は華氏表記ですが、連日、摂氏でマイナス2、3℃でした。「今日は、トッテモ暖か、あなたは運が良いわね」とおっしゃる方が多かったのですが、直前、30度近いインドネシアだったこともあって、緩んでいた肌は一瞬で引き締まりました。時折、まだ、激しく横殴りの雪が降る時もあり、そんなアメリカから戻ってやれやれと思った矢先、20年来の大雪の警報。実際には、東京都心は45年ぶり27㎝の積雪、千葉は、1966(昭和41)年の観測開始後、最大の38cmの積雪、とは申せ、雪国の方々には、何サ、その程度で・・・と云われることは確実でしょう。
雪に弱い都会は、わずかの積雪でも、交通事故や滑って転んでの骨折打撲が発生します。それも含めるかどうかは議論の余地ありですが、雪による災害(雪害)は、自然災害の中で気候災害のひとつです。わが国では、それほど高頻度でなく、また、大災害化することも稀ですが、世界的には、広域吹雪による視覚障害、積雪(と雪崩)による死亡外傷、交通停滞、落雪や屋根の積雪の重量による建物損壊と、雪崩そのものによる事故が含まれます。昨年でしたが、雪によるホワイトアウト(whiteout‐雪や雲で周辺が白一色化し、方向、地形、高度、距離感を失う現象)による事故がありましたが、時に航空機墜落の原因でもあります。
「雪は天からの手紙である」という、素敵な言葉を残された中谷宇吉郎先生のご本は、中学生の頃に熱中した科学者の著書にありました。そして、ベルベットの布切れに雪片を受け止め、虫眼鏡で、一瞬消えてゆく雪の結晶をみたものです。つまり、5,60年前には、大阪と神戸の間の郷里宝塚でもかなり雪が降っていました。地球温暖化でしょうか、いつしか、郷里で雪の便りを聞くこともなくなっていました。
しかし、2014年になってからも、北米アメリカでは、東部の寒波積雪と西海岸カリフォルニアの渇水、南米では、アルゼンチンの猛暑とペルーの寒波、同じく南半球のオーストラリアでは真夏の降雪、ヨーロッパでは、ノルウエー海岸部の海の魚が凍るほどの低温、イギリスではロンドンの洪水と海岸部へのスーパーストーム、中東に近い南ヨーロッパのスロべニアの超寒波、中東ではイランの豪雪。そしてアジアでは、インドネシアのジャカルタでは洪水、スマトラで火山爆発、マレーシアの降雪、タイの異常低温、時ならぬ台風が来襲したフィリッピン。そして今回の日本の大半を覆った大雪です。何だか、天が怒っているような気もします。すべて、地球温暖化の影響との説もありますが、万物の長たる人間として、地球上での生き方を、今一度、謙虚に見直すべき時期かもしれません。