[会長ブログ ― ネコの目]
CareとCure

その昔、国際保健と臨床医の活動を並行した時代も多少ありましたが、軸足を「国際」において以来、徐々に専門医学ジャーナルを読むことから遠ざかってしまいました。しかし、近頃のITジャーナルの発達で、有難いことに要約のみならず、相当数の文献も渉猟出来るようになり、不謹慎ながら、時に頭の体操的に拝読し、驚いたり、うなずいたりすることが増えました中、昨日来、JAMA(Journal of American Medical Association)2014;174(3)で、展望/Perspectiveと要約Abstractですが、を興味深く読んだ2つの資料がありしました。
ひとつは、家族思いで、クリスマスを台無しにしたくないとの念願通り、その直後に亡くなったお父上の穏やかな最後を書かれた医師のLESS IS MORE(この言葉は、ドイツのモダニズム建築家ミース・ファン・デル・ローエの「少ないほどless、より豊かmore」に由来するそうです。私は、過ぎたるは及ばざるが如し、でもよいかと思います。 記事へのリンク)。
好きだったことや食物への興味から、食べることにも関心を失ってゆく父をさびしく見守りつつも、検査優位の医療チームによるcureから、患者優位の主治医と看護師によるcareにゆだね、家族の見守りの中での最後についての短い寄稿です。その父上の受けられた医療から一転、一般的に体力低下の著しい高齢者に思いを及ばせ、互いに対話も乏しいような専門家集団からなる医療チームでは、繰り返し、侵襲的だけど情報は乏しい高度検査が繰り返される一方、患者サイドは知識不足もあって、情報をうまく吸収できないまま、過剰な(more)医療を受けさせられているとし、医師が善意でやっていることは事実だが、脆弱な高齢者への過剰医療は慎むべきだ。その昔、医学生時代に学んだはずの「患者の話をちゃんと聞くこと」を思い出して、われわれ(医師)は、どうすればより良い対応が出来るのかに、もっと意を用いるべきではないかと書かれています。
他は、1995~2010年の間、67歳以上の慢性腎疾患466,803名が透析または移植をうけねばならない最終段階end-stage renal diseaseに到る前の貧血治療の検討です(記事へのリンク)。赤血球造血刺激剤erythropoiesis-stimulating agent(ESA)、鉄剤の静脈注射、輸血を比べています。ESA使用は、1955年の3.2%から2007年の40.8%を最高に、2010年は35%に落ち着き、初期には使用後120日で、end-stageに到っていたが、2010年には337日に伸びている(つまり、赤血球造血刺激剤投与で、透析や腎移植に到る間隔が337日、約1年に伸びている)こと、鉄剤投与は、95年の1.2%から12.3%、輸血は、95年の20.6%から2010年には40.3%に増えており、貧血の指標であるヘモグロビン濃度は、9.5g/dlから、2006年に最高10.3%となった後、9.9g/dlに低下している(つまり、治療の変化によって貧血はそれほど変化していない)としています。こちらは、ESRDレジストリーデータ国家レベルの治療効果に関する大規模疫学調査ですが、cureに関するものとも読めます。でも、明確な数字は参考になります
高齢者だから、何をやってはいけないとは申せませんし、前者は、関わる少数者の意思で可能ですが、後者は、病者を含む、膨大な数の関係者の関与が必要で、しっかりした企画と継続性があって、初めて可能なことでした。これからcureとcareのバランスが大事になる時代に、興味深い文献でした。