[会長ブログ ― ネコの目]
思い出のスイス

WHO(World Health Organization、世界保健機関)総会にあわせ、公衆衛生分野に貢献著しい人や組織を顕彰する笹川健康賞授与と、ハンセン病対策のために各国保健大臣らとの面談をかねて、WHOハンセン病制圧特別大使である日本財団会長は、例年、この時期、ジュネーブを訪問されます。そのお伴で、先週、かつての勤務先に参りました。
スイスのイメージは、アルプスの山々とハイジ、レマン湖と大噴水、チョコレートと時計と製薬、永世中立国、国際機関、そして昨年までその末席に身を置いた者として忘れられない赤十字発祥の地など、いくらでもありましょう。宗教改革や傭兵、直接民主制などを想定される方もおいでかもしれません。

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スイスは、独仏伊、オーストリア(かつてのハプスブルグ家)という大国と世界一のお金持ち国リヒテンシュタインに囲まれています。多数国際機関と観光の基地的位置にあるジュネーブはフランス語圏ですが、首都ベルン他、チューリッヒ、バーゼルを含む国の大半はドイツ語圏、そして南部にはイタリア語圏と少々のロマンシュ語圏があり、この4言語が公用語、英語は含まれていません。通常、外国人と接する人々は、たいてい英語を解されますが、あまりしゃべりたくない感じ、地域によって断固フランス語あるいはドイツ語もあり。
まずは、お粗末な思い出話。WHO勤務時のフランス語学習です。当時、仕事の大半はアフリカ大湖沼地帯の紛争諸国、毎朝毎夜、フランス語メイルに悪戦苦闘して必要に迫られての学習でした。会議での挨拶など、つたない発音ながらこなせた(と自分では思っていた)ものの、先生との対話は出来ても、それ以上にはなりませんでした。ついでに、さらにその昔、中国勤務時、日本風には外国語大学にあたる語言学院の高名な先生に教わる機会がありました。老師(ラオシ=先生)のとても美しい中国語とともに、毎週かよった京劇でも特徴のあるイントネーションや抑揚を堪能しただけでなく、漢字が使えることから、検査学や血液学の講義までやったものの、今は中国語はいずこへ、です。日常話す日本語しかり、言葉は必要に応じて身につきますが、美しい標準語を身につけるべし、ある時期、基礎を真剣に学び、それを維持する努力が重要だと痛感しています。
さて、スイスの各公用語国名は、ドイツ語でSchweizerische Eidgenossenschaft、フランス語でConfédération Suisse、イタリア語でConfederazione Svizzera、ロマンシュ後でConfederaziun Svizraですが、もう一つ、古代ラテン語によるConfoederatio Helvetica(ヘルウェティ族の国)があります。車のナンバーの前や、あちこちで見かけるCHはこれ基づいています。
短期間の在住経験から多くを語る資格はありませんが、フーンと思った印象を二つ。
ひとつは、永世中立国という平和なイメージですが、国民皆兵制度で18歳から34歳の男性は一定期間の兵役義務があること。大きな催しなどでは、軍務についている方々が会場整備などにも関与されるとうかがいましたが、非常時は、数時間で数十万兵士の動員が可能。徴兵経験者は予備役とすれば、さもありなんですが、人口800万ほどの国の規模からすると、外からの表面的なスイスとは大いに異なるイメージでした。そして、国連PKOへの参加は熱心ですが、決して武器を使わない方針だそうで、ここでも平和国家主義を発揮していると、うかがいました。
さて、昨年10月の「国民皆兵制度中止」についての国民投票で、中止が否決されましたが、この国は、何かを決めるのは国民投票など直接民主主義です。建国は13世紀末、ウリ、ウンターヴァルデン、シュヴィーツ3州が、自由と自治を守る同盟を組んだことに始まりますが、その二つは今も重要な事項なのでしょう。
もひとつは国連加盟です。
国連欧州本部、かつての国際連盟Palais de Nation通称パレでは、毎日、何十もの国際会議が開かれ、数えられないほどの国連事務所が存在するジュネーブを擁するスイスですが、私が住んだ1990年代末には国連メンバーではありませんでした。この国の中立は、1815年ウィーン会議で認められ、第一次世界大戦後の1920年には国際連盟にも加盟し、その本部を置くまでであったのに、第二次世界大戦後に新たに設置された国際連合加盟は、(日独伊以外の)連合国に中立維持のままの参加が認知されず、不参加のままでした。国民投票の結果を得て、190番目の国連加盟国となったのは2002年なのです。序でに申せば、女性参政権は1971年に確立したものの、90年まで実施しなかった準州もあります。これで、民主主義と思うのは、外部人間なのですね。私のフランス語の先生は、政治ナンゾというものは品の良くない仕事なので、女性はそんなモンに関わらない方が良い、と公言しておられました。スイスのイメージとして如何かと思いましたが、ご本人は、真面目でした。
とまれ、頑固にEU入りせず、まだスイスフランを用いるこの国も、何か少し変化が起こりそうな気配でしたが、集団的自衛権でゆれている感ありの昨今の日本は、この国の方にはどう映っているのかと思いつつの1週間でした。