[会長ブログ ― ネコの目]
日野原重明名誉会長の特別講義~「在宅看護の新しい役割は真のケア」~

6月2日に始まった「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業も6週間が終わりました。先週、聖路加国際メディカルセンター理事長/聖路加国際病院名誉院長で、そして弊財団名誉会長の日野原重明先生の特別講義がありました。
先生のご講義のタイトルは、「在宅看護の新しい役割」。
ご自身の若き日々、学生時代の闘病生活や留学時代に想いを馳せつつ、まず、「今求められている看護とは、これまでの医師主導の『疾患disease』の診断と治療における看護だけでなく、介護なども含む『ケア』全体を引っ張ってゆけるダイナミックな、生まれ変わった看護でなければならない」と断言されました。そして、医療であれ、看護であれ、「病気(illness)」をもった個々の人に対する「ケア」とは、「『生き甲斐』が感じられるよう、患者に『寄り添う』人が、いつもそばにあるというシーンこそが本当のケア」とするシシリー・ソンダース(1918-2005)の言葉を解説されました。良く知られている、このホスピス運動の先駆者は、哲学、経済学を勉強したのち、ナイチンゲール看護学校で看護を修め、そして後に医師になっています。ホスピスそして緩和ケアを唱道された背後には、人を丸ごと看る看護の概念があったことを、改めて思いました。
日野原先生は、さらに医師としては、「臨床医に本質的に要請される大切な資質の一つは、その医師が人間性に関心を持つと言うことだ。というのは、患者のケアの秘儀は患者をケアする中にある」という、“The Care of the Patient(患者のケア)”という、臨床医学の古典ともいえる著書を1927年に書いたフランシス・ウェルド・ピーボディ(1881-1927)を引用され、「ケア」という言葉の始まりを解説されました。そして、カタカナではありますが、私どもの日常言葉になっているケアに相当する日本語として、福沢諭吉の「学問のすすめ」には「世話」が、正岡子規の「病床六尺」には「介抱」があることを解説下さいました。日々、ケアと云う言葉を乱発気味の私どもには、少し、トーンを下げて、しっかりケアの本質を考える機会でありましたが、この言葉のもつ概念を肝に銘じておくべきと自戒しました。
さて、看護については、「自分自身は決して感じたことのない他人の感情のただ中へ自分を投入する仕事はほかに存在しないのである。・・・そして、もしあなたがこの力をもっていないのであれば、あなたは看護から身を退いたほうがよいであろう。」と、ナイチンゲール(1820-1910)の『看護覚え書』補章「看護婦とは何か」を引用された後、先生が深く尊敬されているウイリアム・オスラー(1849-1919)が、ジョンズ・ホプキンス大学の看護師に解説したという、「清楚、快活、優しさ、同情、寡黙、気のきくこと」を包括する「愛の心」の7つの資質を説明下さいました。 こんなところに私論を加えては申し訳ないのですが、私は、ここに科学するこころも欲しいと思いました。
最後に、在宅看護に必要なことは、1) 病歴の重要性、生活環境の把握、2) 診断の明確化、3) 治療(与薬と処方)、4) リハビリテーション、5) 介護指導、6) 予防医学(生活習慣の改善) をあげられ、医学・保健・看護は、自然科学、人文科学そして心理学など、膨大な範囲の学際的知識の総括でもあると、研修生一同を大いに鼓舞して下さいました。
間もなく103歳の誕生日をお迎えになる先生の、深く、広く、そして人道的で科学的なご講義をしっかりと受け止めた一同と先生の写真、ご高覧下さい。

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