[会長ブログ ― ネコの目]
Palliative Care緩和ケアとEnd of Life Care 終末期ケア

先般発行されたLancet誌コメント欄に、「緩和ケアを国際保健の議題に」(Putting palliative care on the global health agenda) という記事が出ていました。

WHOは緩和ケア(Palliative care)とは、「生命を脅かす、つまり重篤な病気に伴う問題に直面する患者、家族の苦痛/難儀を予防軽減し、生活の質を改善するための取り組み(Palliative care is an approach that improves the quality of life of patients and their families facing the problems associated with life-threatening illness, through the prevention and relief of suffering.)」と定義しています。

同時に、緩和ケアと並列的に話されることも多いEnd of Life <Care>(終末期<ケア>)も目につきます。例えば、Lancetと並ぶNew England Journal of Medicineには、終末期医療は、単に患者の権利の問題ではなく家族や友人知人のみならず、すべてのレベルの医療保健専門家をも巻き込む制度的取り組みが必要(Forty Years of Work on End-of-Life Care — From Patients’ Rights to Systemic Reform)との大きな問題提起をする論文や、終末期ケアへの意向を事前記載しておく、いわゆる「事指示書(advanced directive)」の事例検討がありました。また、アメリカ国立保健研究所(NIH)の高齢者保健(Senior Health)では、「終末期(のケア)について話しておきましょう」など、一般住民への啓発記事もあります。

さて、Lancet誌のコメントに対し、長年、国際保健分野で仕事をさせて頂いてきた私としては、多数途上国の保健状態の実態は、まだ、子どもの感染症、足りない方の栄養障害が問題であると同時に、公衆衛生や医療看護制度の基本的整備や人材育成の不備とも関係していることから、両極端の問題をどう扱うか、とても難しいのです、と申したい気がします。発生以来、一年が経過した西アフリカのエボラ大流行のような事態もいわゆる保健医療インフラの不備と関連しているのです。ですが、確かに、著者らが指摘する緩和ケアの必要性を否定するものではありません。もし、私がどこかの途上国に生まれていたら・・・ね。

著者らは、これまでの国際保健の中から、緩和ケアの概念がすっぽり抜けていること、つまり援助供与国側の優先順位が問題だとも述べています。が、現場では、先進国ではありえないような不備の中で、沢山の子ども、そして大人が無為に亡くなることに目が向いてしまい、個々の人々の死に至る過程への配慮が欠落している・・と云われたら、その通り、ではあります。

2000年に始まった、いわゆる国連ミレニアム開発目標UNMDGsは今年がゴール年ですが、その後、つまりPost-MDGsのための持続的開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)は次の15年、つまり2015-30の間に何を為すべきかを議論しています。
2000年9月に193ヵ国が合意したMDGs8目標の内、3項目(4.乳幼児の死亡率削減、5.妊産婦の健康改善、6.HIV/AIDS、マラリアその他の疾病の蔓延防止)は直接的な保健問題の改善であり、他の4項目(1.極度の貧困と飢餓の撲滅、2.普遍的初等教育の達成、3.ジェンダー平等の推進と女性の地位向上、7.環境の持続可能性の確保)は間接的な保健状態の改善を目指すことから、最後の1項目(8)の開発協力の仕組みを除いて、過去15年の間、世界は人々の健康状態の改善を目指してきたとも申せます。そして、確かに、その中にはquality of life(生活の質)やpalliative care(症状緩和)は見えていませんでした。つまり、ドナー国の国際保健改善における健康の質、病者の生活の質の改善に対する優先順位が高いものとは申せませんでした。

そして、これを取り上げることに何の異論もありません。これから始まるSDGsに緩和ケアが取り入れられることも必要です。著者らは、SDGsに、症状緩和も、がんや心疾患他、緩和ケアを要するような疾患についてほとんど何も触れていないと、チョット文句をつけながらも、世界の進歩を次のように述べています。
過去15年間、国際保健上、緩和ケアには何ら関心や投資もなされなかったが、2011年、世界の234ヵ国の58%(136ヵ国)には、最低ひとつの緩和ケア施設があり、これは2006年から21ヵ国の増で、主にアフリカで増えた、また、世界的に3大進歩があった。まず2000年には、緩和ケアがInternational Covenant on Economic, Social and Cultural Rights(経済的社会的文化的権利に関する国際規約)に取り上げられ、2013年WHO総会では、緩和ケアに必要な医薬品が第18次WHO必須医薬品に含まれ、さらに2014年WHO総会では、すべてのWHOメンバー国は(緩和ケア用を含む)必須医薬品を必ず使用できるようにすることおよび一生を通じて緩和ケアを集約的ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage注参)の一環として強化し、緩和ケアは保健制度の倫理的責務と明言することを合意した、ことだとしています。

しかしながら、著者らも指摘するように、毎年、世界では、終末期(End of Life)緩和ケアを必要とする2千万人の人々の大多数は途上国住民、つまりそのニーズは満たされてはいないのです。今後の15年を律するSDGs案の17ゴール164目標にも、現在のところ緩和ケアは入っていません。

私が途上国と呼ばれる地域で働いたのはもう一昔も二昔も以前ですが、古典的感染症の繰り返す発生、蔓延する非衛生、保健知識の不足、訓練を受けた保健専門家や必要な保健医療資材不足、脆弱な保健制度などなどが著しく改善されたとは思えない中で、これらの新しい問題にどう取り組むのかが問われているのです。そしてそれは途上国の人々の問題であるだけでなく、先進国のすべての死に行く人間の問題であると同時に、ドナー国の問題でもあると改めて認識した次第です。皆さまは、どうお考えでしょうか?

注 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(universal health coverage、universal coverage):わが国の国民皆保険のような(誰でも何処でもほぼ等しい医療の恩恵を受けられる)制度を目指す考えから、普遍的保健制度普及、あるいは国民全員に(何らかの)保健医療サービスが提供されること、または医療費補助を提供できるような保健制度の整備など、国々によって、少しづつ意味が異っていますが、WHOは、すべての社会の構成員に特定福利厚生パッケージを提供し、医療費不足(のリスク)から保護し医療利用を改善し、保健状態の向上を図ることを目的とした制度としています。