[会長ブログ ― ネコの目]
ブルカ アベンジャー Burka Avenger

イスラム圏では、女性が他人に肌を見せることを慎む文化が強く生きているところがあります。かつて働いたパキスタンのペシャワールもそんな地域でした。間もなく30年になりますが、そのような習慣、文化は変わりない様子だそうです。
で、そのような社会では、女性の外出時にまとうのがブルカ、チャドルが正式の呼び方らしいですが、頭からすっぽりかぶる、ちょっとテルテル坊主的な一枚布のマントというか、コートでしょうか。

頭部分は帽子状に工夫され、多少、サイズがあります。顔の上半分、つまり目の部分はメッシュになっていて、外を見えやすくはしてありますが、それでも交通頻繁なところでは危ないです。身体部分は、沢山のプリーツが入っていますので、幼児まで抱きかかえても窮屈ではありません。が、ハンセン病や結核などは、ブルカの中で母児濃厚感染があってもおかしくありません。

時には、頭にだけのデュパタとよばれるショールや、外国人などは首に何かショールをひっかけるだけも許されていましたが、本来は、女性の髪の毛を覆うこととも関係しているとか。そうなら、日本の花嫁さんの角隠しとも関係するのでしょうか。

一時、イスラム原理主義者タリバン勃興後に強制されたことから、女性迫害のしるし的にみられたてきたことも事実ですが、実際、荒々しい自然が広がる辺境の地で、何も乗り物がなく、砂漠や山岳近いところを女性が出歩く際、特に厳しい陽射しや砂嵐時には必需品でもあると思いました。

さて、先般、毎日新聞に、このブルカをまとったスーパーヒロインが活躍するアニメ「ブルカ・アベンジャー」の話がのっていました。パキスタン、アフガニスタン、インドで人気だそうですが、ブルカをまとった女性教師が、ペンを投げ、悪役と戦うアクションアニメのお話です。YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=r_d-NMni0n8)でもご覧になれます。ノーベル平和賞を受賞したマララさんを髣髴させますが、作者は有名な歌手だそうです。

たまたま同じ頃に読んだForeign Affairs誌に、「アフガニスタンのオンナ息子 伝統的バチャ ポシュ(Afghanistan’s Female Sons The Tradition of Bacha Posh)」と云う記事が載っていました。

アフガニスタンなどパシュトゥーン民族地域の言葉はパシュトゥ語ですが、ちっちゃな子どもを「バチャイ」とよぶと教わりました。地域の長老が一帯の若者を「ワシのバチャイが・・・」とよんだり、大物政治家や学者が弟子をそうよんでいるのも耳にしたことがあります。愛情を込めた呼び方でしょうか。ここでいうバチャbachaとはバチャイbachaiの複数形かな、とも思います。

記事によりますと、一人で外出かなわない少女たちが、男の子の姿をしたならば、街で物を売ったり、通常、オンナの子には許されないスポーツや作業もゆるされたりする、この伝統は、オトコの子に恵まれなかった家庭に許されており、生後間もなく、あるいは学童期など、しかるべき時期の娘を格好も立ち振る舞いも息子風にして育てることだが、思春期がはじまると終わるのだそうです。
実際、どれくらいの数の少女がこんな生活にあるのかは判らないが、少なくとも一世紀は続いている習慣だともしています。

この記事の著者は、1970年、両親が移住したアメリカで育ったアフガン人女性Nadia Hashimiで、ワシントンDCの小児科医です。2002年に、初めてアフガンを「訪問」したそうですが、昨年、“The Pearl That Broke Its Shell”を、そして今年は“When The Moon Is Low”を出版しており、共にベストセラーだそうです。

著者は、アフガン文化特に女性やジェンダーについても活発に発言しています。

祖国アフガンで男児が好まれるのは、元来、農業国であるため、激しい労働に耐える男性が必要、また、オンナは大人になったら嫁いでイエを離れるが、オトコは妻をめとって家庭を大きくする・・・つまり家族の発展にはオトコの子が必要だからともしています。 ウ~ン! そうでしょうか?時代が古すぎますが、私は、日本の田舎の伝統的家庭に育ちました。ちょっと、アフガンと似た雰囲気もあった中、両親は、医学部に行くことを支援してくれました。その頃を思うと、激しい労働=オトコ、家庭の発展=オトコと、そうきっぱり、納得はできません。社会の半分を占める女性が、その役割の半分を担って良い、担うべきだと思うと同時に、ひとり一人は同じ価値をもつヒトだと私は考えます。

 同じForeign Affairsの記事には、bacha poshuのまま大人生活に入り、旧ソビエト軍侵攻時には兵士として戦ったアフガン女性の例も出ています。格好だけで出来るのなら、やってみようとする人が増えても良いような・・・・いずれにしても、この伝統文化の国にも、女性のタクシードライバーやヒンズークシュ山脈への女性登山家も現れています。

どの国にも固有の、そして多様な文化がありますが、未来永劫、変化しないものはありません。

良きにつけ、悪しきにつけ、文化が変わるのは、外部の影響と人々の意識の変化によりましょう。しかし、本当に、誰にとっても有用なものは、例え、最初は押し付けであっても、人々が、それは良いことだと理解しない限り、根づくことはありません。しばらく訪れていないアフガニスタンですが、30年前、ペシャワールでめぐりあった、あの少女たちはどうなっているか、と思いつつ、この記事を読みました。

15-04-22

   

 

 

 

 

  

 

パキスタン ペシャワール

ユニバーシティタウンのNGO小児病院で出会ったアジザイ(8歳) とても利発だった・・
1989夏