[会長ブログ ― ネコの目]
終戦記念日、日本人としての私

しばらくその内容が話題になっていた、終戦70年を期する安倍首相の「内閣総理大臣談話」が発表されました。50周年、60周年の、時の首相の発表を踏襲する形ではありましたが、「必要とされた文言」が網羅され、それぞれ関係修復を要する近隣諸国からそれほど激しい批判はなく、私如きが申すことではありませんが、ちょっと安堵しました。

内外のコメントをチラチラみました。

必要な言葉は入っているとはいえ、以前のものの引用の形で、自分の言葉ではないと指摘するものがありました。確かに、主語としての「私」が、(斯く斯く然々に対し深く) 「反省し、お詫びします」といった直裁的述語はありません。が、首相官邸にある英語版をみますと、例えば“On the 70th anniversary of the end of the war, I bow my head deeply before the souls of all those who perished both at home and abroad. I express my feelings of profound grief and my eternal, sincere condolences.”と云った風に、主語は私=I になっています。日本語では、いちいち私は・・、私が・・という言い回しはやや煩雑に聞こえる・・・表現の微妙さでしょうか。

東洋経済ONLINEに興味深い記事があります。

【米国の学者8人、「私なら70年談話をこう語る」 アジアの平和のために何を語るべきか】で、スタンフォード大学の8人の日本研究者方が、「自らが(日本)首相であれば何を述べるか」をテーマに「太平洋戦争終結70周年を考える」というブックレットを作成公表されたという紹介です(2015年5月16日)。研究者の談話は英語700語、日本語なら1300語以内の条件だったそうですが、日本、韓国生まれと思われる二人を含め、皆、英語で書かれ、それらが日本語訳されています。多くの主語は、Japan=日本またはわが国か、We=われわれ、です。日本語英語両方から、また、これらの言葉の微妙な表現の違いも判るような気もします。そして8つの研究者談話の共通事項は、日本が世界の平和と繁栄にどう貢献してゆけるか(ゆくではなく、ゆけるか)、第二次世界大戦前から戦中にかけてのわが国の行為への反省の形、そして歴史の直視、謝罪の表明でしょうか。これらは国のレベルの話です。

他のインターネットブログの中に、「もし親兄弟が殺されたら、一生忘れられないだろう。だから侵略された国、蹂躙された人々には、日本(人)がなしたことを忘れられないだろうことを、私たちは忘れてはならない」という言葉もありました。

確かに戦争の第一線は修羅場、異常事態です。端的には、兵士は敵を倒すこと、つまり他人を殺める仕事を実践しているのです。私自身、1980年末から90年代の途上国の紛争地勤務で、そのような状況を垣間見ています。それが他人の命であれ、勝っても負けても、いつまでも、過去の思い出にするわけにはいかない事態があります。70年経った、今はあなたも平和に暮らしているから良いではないか・・・それは私の想いであっても、ある人の言い分にはなりえません。ずっと謝り続けることとは違いますが、忘れてはならない…ように思います。

閑話休題。

7月末から18日間、いくつかの所用をかねて、ブラジルに参りました。目的地まで片道35時間、帰り着くまで10回のフライト、かの国の地方便で、チラチラ子どもの目線を感じる折、何人であれ子どもにとっては異邦人の私はどう見えているのだろうか、と思いました。ちょっとニッと笑ってくれる子もいました。ホッとします。

帰路の長いフライトの出来事です。

通路を挟んだ隣席の顧客が、突然、備え付けの雑誌のグラビアを、派手派手しくビリビリと破りました。それが、延々と数冊の、主にファッション誌ですが、続きました。相当数のページが次々と破り取られるのを、私は唖然と、ただ眺めているばかりでした。傍観者としても気持ち良いものではありません。たかが雑誌ですが、私物ではありません。

一人の人間、それはなにびとであっても、また、老若男女を問わず、国の外では、その国を背負っているような気になるのは、私の年の所為かもしれません。モチロン、外見で国籍を諮ることはできません。しかし、です。ある国の人が、自分が良しとしないこと、他人からして欲しくないことしたら、その人を通して、その人の国に少し気持ちがネガティブになることは否定できないような気がします。

戦後70年、戦争を知らない日本人が増えた中、いつまでもそれを引きずっていることは不可能であるにしても、私たちの両親、祖父母、もう一代遡った時代のわが家のご先祖たちは何をしていいたのか、日本はどうだったのかを、終戦記念の日、8月15日のお盆に思い起こすことは別に難しくはないとも思います。と同時に、今を生きる日本人として、ひとり一人が、他を思いやるこころ、個人として恥じることのない姿勢をとることが、未来志向の日本人のモラルとしてあって欲しいと思いました。