[会長ブログ ― ネコの目]
無視された熱帯病

Neglected(顧みられない)Tropical(熱帯の)Diseases(病気)、略してNTDsと呼ばれる17の感染症のほとんどは熱帯地方に残っており、今でも、大勢の人々の健康を脅かしています。

2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞された北里大学特別栄誉教授大村智先生とアメリカ・ドリュー大学ウィリアム・キャンベル博士のご貢献は、大村先生がゴルフ場の土から発見された放線菌(これも細菌のひとつ)が作り出す化学物質エバーメクチンを改良し、「イベルメクチン」という薬剤を創られたことです。
「イベルメクチン」は17NTDsの中、特にオンコセルカ症/河川盲目症の特効薬として、アフリカでは広く使われていますが、大村先生ご受賞の報を号外で見た時、私は18年前、WHO本部勤務の初日を思い出しました。

オンコセルカ症は、熱帯特にアフリカの失明の大きな原因です。
河川付近で繁殖するブユ(日本のイエバエの1/3位のちょっとゴツゴツした姿の昆虫)で、体内にオンコセルカ(回旋糸状虫、学名 Onchocerca volvulus )を保持しているメスが人を刺す際に感染します。カユイといったありきたりの皮膚症状から始まり、人体内で成長する幼虫(ミクロフィラリア)が体表面に腫瘤をつくり、やがて眼の網膜に集中して増殖し失明させるのが、別名河川盲目(失明)症と呼ばれる理由です。現在も、1千万の感染者が存在すると云われますが、大村先生らの創生された薬剤の著しい効果を教えてくれたのは私の「アフリカのお兄さん」ことDr.サンバでした。

当時、WHOアフリカ地区事務所(AFRO/African Regional Office)代表だったDr.サンバとのおかしな遭遇は、WHO本部に新設された緊急人道援助現場支援部のヘッドに着任した私の初日のことでした。

スタッフとの打合せ中、「アフリカ地区担当者Dr.サンボから面会申し込みです」と秘書サンが伝えました。打合せが終わり、「Dr.サンボをお呼びして下さい」と秘書サンに指示して、なお、スタッフと雑談していました。ノック、ドアが開いて、威風堂々とした姿が見えるや否や、スタッフ一同、一斉に緊張気味に立ちあがりました。あわてて私も立ち上がろうとしたところ、そのDr.威風堂々は、「そのまま、そのまま、会議を続けなさい」とちょっとでっかい態度で仰せ。すでに雑談だったので、皆はそそくさと部屋を出ました。

私 「お待たせしました。で、何の御用でしょうか?」
Dr.威風堂々は、一瞬、言葉をのんだ後、何とも言えない、しかしちょっと憮然とした顔で「あなたが呼んだンじゃない!?」
私 「エッ!あなたが会いたいとおっしゃったのでしょう?」
Dr.威風堂々「???」

面会を求めたのは、当時、AFROの緊急人道援助担当Dr.サンボ、お出ましになったのは、AFROトップのDr.サンバという次第。紛らわしい名前のお二人がおいでとは知らなかった私が、「Dr.サンボをお呼びして」と、最初の秘書サンとは別の秘書サンにお願いした際、お名前の発音はどうだったか、です。

ともあれ、ひたすら謝る私に、Dr.威風堂々ことAFRO代表Dr.サンバは、「いやいや、今の会議は面白かった。アフリカにも関心があることも判った。これから一緒にやって行こうヤ!!」とおおらかに仰せ。駆けつけた本物のDr.サンボと似ても似つかぬDr.サンバ、私は、しっかりとお二人を鑑別しました。

初日の大間違いで、アフリカのヘルスをリードするDr.サンバの知遇を得た私のアフリカ学は大いに発展したのですが、何度かお目にかかる間、ある日、“Now, my sister (なぁ、妹よ)!”と呼びかけが替わり、私は、Dr.サンバの妹分となりました。

お兄さんは、西アフリカに位置するガンビアという国の生まれ。この国は、セネガル国の南1/3を東西に横切るガンビア川の狭い流域からなりますが、オンコセルカ症/河川盲目症が蔓延したところでした。
Dr.サンバら、現在、80代前半のアフリカ世代は、植民地時代に医師となる際、当時の宗主国為政者だけでなく、古い考えの親世代からも、「医者になどなれない、なるな!」と圧力や偏見が押し寄せたそうです。

Dr.サンバは、ガーナ、アイルランド、イギリスで勉強し、西アフリカのオンコセルカ症対策に従事し、そしてWHOアフリカ地域代表に就任し、2005年、2期10年を務めた後、Dr.サンボにその職責を譲りました。引退後、ご自分のNPOを作られ、折にふれ、お目にかかると、“Dear my sister(なぁ、妹よ)!”と、しっかり寄付を求められました。

何時だったか定かな記憶がないのですが、「オンコセルカ症だけでなく、アフリカの熱帯病の特効薬は、日本人が開発したンじゃよ」と教えてくれました。大村先生の栄誉をお祝い申し上げるとともに、懐かしい日々を思い出しました。

顧みられない熱帯病NTDsは、エボラのように派手ではなく、また、エイズ、マラリア、結核のように広域に蔓延しているのでもなく、ある地域毎に存在していることもあって、国際社会からの関心が小さいのです。それを「neglected=顧みられない」と総称しているのは、私どもの傲慢さですが、結果として、対策は十分でなく、ジクジクと続いています。実は、これら17熱帯病に注目を与えたのは、1997年の北海道洞爺湖サミット、ここにも日本の関与はあったのです。現在、150程の国/地域、つまり地球上の人の居住地の3/4にNTDsが存在していますが、必ずしも、1地域1疾患ではなく、複数NTDsが併存する国/地域も約30あります。そしてそのような国/地域は、不備な保健施設、脆弱な保健対策、数も質も不足している保健人材もあって、先般来のエボラウイルス病大流行のように、常に新たな感染症大流行の恐れもあります。

私ども笹川記念保健協力財団が取り組んでいるハンセン病もNTDsの「細菌」感染症ですが、多くのNTDsは、原虫(細菌より少し大きい病原体)や寄生虫によって発病します。また、体表に異常な症状や腫瘤を作ったり、失明を含む障がいを残したりしますので、例え生き延びていても、いわゆるQOL(quality of life/生活の質)を損なうこと著しいのです。最近は、何故だか分りませんが、デング熱や狂犬病のようなウイルス(細菌よりうんと小さな病原体)があちこちで広がっています。

これらの病気は日本ではほぼ制圧されたとはいえ、国境を越え、激しく人やモノが移動するグローバル時代、また先進国の一員として世界の健康に無関心でいることは許されないと思います。私の健康に個人的に注意する、隣人のそれに気を付ける、そして彼方の人々の健康にも思いを馳せられる日本人でありたいと思いませんか?

なお、WHOがいう17NTDsは以下の病気です。
1.デング熱  2.狂犬病  3.トラコーマ  4.ブルーリ潰瘍
5.トレポネーマ感染症(イチゴ腫含) 6.ハンセン病
7.シャーガス病(アメリカトリパノソーマ)  8.アフリカトリパノソーマ(睡眠病)
9.リーシュマニア症 10.嚢尾虫症  11.メジナ虫症(ギニア虫症)
12.エキノコックス(包虫症) 13.食物媒介吸虫類感染症
14.リンパ系フィラリア症(象皮病)  15.オンコセルカ症(河盲症)
16.住血吸虫症(ビルハルツ住血吸虫)  17.土壌伝播寄生虫症(腸内寄生虫)