[会長ブログ ― ネコの目]
The Great Escape大脱出


エスケープなどというと、授業を抜け出して・・する、といった懐かしくも、チクリと胸の痛い思い出があります。また、「大脱出」というと、数年前にシルベスター・スタローンとシュワちゃんことアーノルド・シュワルツェネッガー主演のアクション映画がありました。こちらは、刑務所を脱出するための経過が主題で、原題は“Escape Plan”でした。

最近読んだ「大脱出」は、プリンストン大学のアンガス・ディートン教授による“The Great Escape”の翻訳です。出版社の解説には、『世界はより良くなっている―より豊か、より健康になり平均寿命も延びた。が、その反面、貧困という収容所から「大脱出」を果たせずに取り残された国や人々がいる。産業革命以来の経済成長は大きな格差も生んだのだ。経済発展と貧しさの関係について最先端で研究を続けてきた著者が、250年前から現在までを歴史的にたどりながら、「成長」と「健康」の関係を丹念に分析することで、格差の背後にあるメカニズムを解き明かす。』とあります。この本、実はかなり前に開発と健康について調べている時に購入したのですが、400ページ近い大冊に、ちょっとたじろいで、積読していました。が、ディートン教授が2015年度ノーベル経済学賞を受賞されたときいて、あわてて読み出しました。

「貧困」と「開発」と「格差」、それらと「健康」の関係を、各国政府や各種国際・民間機関の統計や資料の収集、分析、また時には国際機関報告の背後にあるトリックにも目を配り解説した本です。それは、それは興味深い大著であり、各章を読み終える毎に、章をなす主題については、ある種の納得感は得られました。が、そうであるが故に、(私は)簡単に読みこなせませんでした。行きつ戻りつ読み終えて、ではどうしたら良いのか、やっぱり判らないという不完全燃焼の思いと、そうはいってもノーベル賞級のデッカイ経済学的大著を読破したという満足感はありました。

長年、いわゆる国際保健に従事してまいりました中で、国や地域の開発のためには、人々が健康であること、また開発の目的は人々が心身ともに健康(というよりは安寧well-being)であることを目指すべきと考えてまいりましたので、本書が、経済発展と貧困だけでなく、それらと健康、さらに幸福(あるいは満足と感じる気持ち)を考察していることには十分感銘を受けました。

開発には必ず格差が生じます。著者は、格差が生じる原因は、産業革命以来、勝ち組と負け国には機会が均等でなかった、最近では、先進国でも同じ理由で格差が深刻化していると指摘しています。

また、著者は、貧困つまり最底辺からの脱出が困難な理由として次の4つを指摘してきます。

・(外部の金持ちの)道徳的無関心

・(気にかけても、どうして良いか判らないので手を出せないという)関与方法の無理解、

・(援助は有用であっても、やり方が間違っているという)方法の間違い

・(そもそも援助は役に立たないかかえって有害という)方法の是非

印象的な言葉は「援助の錯覚」です。これは、「私が貧乏で、金持ちのあなたが私にお金をくれたら(もっといいのは、毎年安定した額をくれたら)、私は貧乏でなくなるはずだ。」という直感をそのまま援助フレームに当てはめて失敗することです。実際、特に国際的な援助の仕組みは複雑で、援助国の恣意的な介入もあり、何処でも、何時でも、こうやればうまく行くという、援助のゴールデンルール(黄金律)はありません。

現在、主に従事しているハンセン病対策も単なる疾病対策ではありません。過去だけでなく、現在も、なお、多くの途上国で、ハンセン病は貧困に加え、差別、偏見という社会的格差と一体化しています。私たちは、知らず知らずのうちに、この病気にかかった人やその家族だけでなく、回復した人をも格差の向こう側に追いやってきたのでしょう。このような人々に、どのような大脱出の手立てがあるのか、本書が「貧困」からの脱出は単に金銭的なものだけではないと指摘するように、ハンセンという問題からの脱出は単に医学的なものだけではないと考えます。

私どもは、感染者の治療と共に、患者や回復者そしてその家族の身体的、精神的、社会的な健康、更には自由に活動できる機会をも獲得できる協力を目指しています。世界に広がる格差社会において、これらの協力はより意義深くなってきていると思いました。

image「大脱出」――健康、お金、格差の起源
アンガス・ディートン(著),松本裕 (翻訳)
みすず書房
ISBN-10: 4622078708
ISBN-13: 978-4622078708