[会長ブログ ― ネコの目]
ジカ熱

メディアでジカ熱の話題がない日はありません。一昨年来、西アフリカで猛威を振るったエボラウイルス病の終息宣言は、つい先頃の2016年1月16日でしたが、今度は、南米ブラジルから、また、あまりなじみない感染症です。

ジカ熱は、ジカウイルスの感染症です。学術的にフラビウイルスに属します。この仲間には、いずれも輸入感染症(外国で感染し、日本に持ち帰えられた感染症)以外、日本に存在しないデング熱や、野口英世(千円札の肖像です)が研究した黄熱のウイルスなどがあります。ジカウイルスは、デング熱やマラリアと同じように蚊によって媒介されますが、その蚊、ヒトスジシマカは日本にも生息します。未だ、特効薬やワクチンがない現在、有効な予防法は蚊に刺されないことにつきます。

そもそも、ジカウイルスは、本来、感染しても気づかないことが多い、それ程、悪さをしない病原体と思われてきましたのに、なぜ、急に大騒ぎになったかと申しますと、ブラジルにはじまった新生児の小頭症(microcephaly)【注 1】の多数の発生です。

2015年4月、ブラジル東北部バイーア州で、発疹、結膜炎、関節痛、微熱を伴うジカウイルス感染症数例が報告されました。10月、同じく東北部のペルナンブコ州で生まれた新生児に、異常な数の小頭症の赤ちゃんが見つかったと報告されました。12月15日、ブラジル政府保健省は、「ジカウイルス感染と関連すると信じられる」新生児小頭症が134人見つかっている他、20州549県で生まれた2,165人の赤ちゃんも検査中だと発表しました。その際、限られた情報だとの断りつきですが、最も沢山の小頭症が見つかった北リオグランド州では、2014年の1例に対し、2015年には35人もの小頭症が発生したと報告されました(The lancet Infectious Diseases)。

今年に入って、小頭症の赤ちゃんの報告が続々と増えている他、南米のジカウイルス流行地では、ギラン・バレー症候群【注 2】も増えているとの報告(WHO Disease Outbreak News)もあり、一気にジカウイルス感染症が、世界の公衆衛生問題としてWHOだけでなく、国連で議論されるまでになりました。2016年2月5日、WHOは、世界の33カ国でジカウイルス感染が広がり、そのような国/地域では、赤ちゃんの小頭症やギラン・バレー症候群も増えていると発表しました。そして、妊婦が感染地に入らない方が良いとの勧告もみられました。

このような際にいつも思うのは、外部から、あえてリスクのある流行地に入ることは避けるべきでしょうが、そもそも沢山の妊娠可能世代女性や妊婦が生活しているところで流行しており、すべての人が避難はできない。当然、蚊に刺されないようにすることは必要ですが、ホント、どうすれば良いのか、と思います。蛇足ですが、紛争地勤務時、治安が悪くなると、外からの救援者は撤退しますが、逃げられない現地の人々を置いて…自分だけいなくなって良いのか、ジレンマがありました。ジカも同じ、だと思います。

妊婦が感染し、胎児に影響することで知られているのは風疹です。妊娠10週までの妊婦が風疹ウイルスに初めて感染すると、90%という高い頻度で、胎児に異常が生じます。代表的な異常は、心臓の奇形、難聴、白内障ですが、もう少し後の妊娠中でも、頻度は低いながら、やはり胎児に異常が起こることが分かっていますが、妊娠20週より後は心配ないとされています。胎生期の前半・・・つまり次世代の人間の基本的な部分が出来つつある時期に、小さな、小さなウイルスであっても、極めて重篤な悪さをする力をもっているということですね。

今回のジカウイルスと小頭症の関係はすっかり解明されてはいません。小頭症は、ジカウイルスによるのではなく、ほかのウイルだとか、蚊対策に散布された殺虫剤の影響との意見も見られましたが、流行地から欧米に帰国後、流産あるいは中絶した女性の胎盤や、胎児の脳内からジカウイルスが証明され、既に小頭症の症状を示していたとの報告など、発症の機序は不明ながら、ジカウイルスの関与を強く示唆する論文や報告(CDC Report, New England Journal of Medicine )も増えています。

少し長くなりますが、ジカウイルスの歴史です。

エボラウイルスの名前は、最初の患者が見つかった地域のそばのエボラ川に由来しますが、ジカウイルスは、アフリカのウガンダにあるジカの森で検出されたことによります。ジカの森(Zika forest)は、アフリカの地図で東側1/3あたりを南北に走る大地溝帯(Great Rift Valley、アフリカ大陸を南北に縦断するプレートの境界)の、さらにいくつかの湖があることから大湖沼地帯(the Great Lakes Region、通称GLR)とよばれる地域のウガンダ共和国にあります。この国は、アフリカ大陸最大のビクトリア湖(68,800㎢、琵琶湖の100倍)に面していますが、その湖の半島に、ジカの森が位置します。

ウガンダの首都はカンパラですが、外国からの飛行機は、首都から3, 40Kmほどのエンテベ空港に着きます。エンテベは、イギリスの植民地であった時代(1894-1962)の首都、つまり英国政庁が置かれていたところであり、20世紀前半のアフリカ東部では、最も開けた街だったのでしょう。ここには、1936年にロックフェラー研究所によって開設されたウガンダウイルス研究所(Uganda Virus Research Institute)があり、ジカの森も管理していますし、アフリカ大陸のウイルス感染症の原因のいくつかを最初に報告しています。

ジカウイルスは、1947年、この研究所が管理するジカの森に生息するアカゲザルから見つけられ、ヒトでの初感染はナイジェリア(1954)で報告されました。その後、アフリカ、東南アジア、太平洋の島々を経て、アメリカ大陸に渡ったとされています。人への感染には蚊が必要ですが、ウイルスを持った人と蚊がペアで移動したのですね。今まで、大問題になるような流行は皆無でした。日本人での報告も少数ありますが、小頭症のようなものはありません。

ブラジルでは8月にオリンピックが控えています。軍隊22万人が蚊対策に動員されていますが、一時BRICSとはやされた、この南米の大国は経済状態が芳しくなく、政権もあまり安定していな中でのジカ熱騒ぎなのですが、早く対応が進んで欲しいものです。

注1 小頭症:人間の頭は、多数の骨がかみあって、柔らかい脳を包む頭蓋を作っています。中身の脳は、生下時350~400gですが、成長に従って大きくなります。それに伴って、頭を形作っている骨と骨も大きくなり、骨と骨のかみ合わせ(頭蓋骨縫合<ヅガイコツホウゴウ>も閉じます。

大胆に申せば、小頭症には、中身の脳自体が発達できないものと、胎児期に頭蓋骨縫合が早くくっついてしまい、入れ物の大きさが決まってしまったために、脳が発達できないことによるものがあります。

注2 ギラン・バレー症候群:フランス人医師ジョルジュ・ギランとジャン・A・バレーが、詳しく報告した運動麻痺で、急性・多発性の脊髄根神経炎の一種、主に筋肉を動かす運動神経が障害され、手足に力が入らなくなり、重症では呼吸不全を起こすこともある。予後はそれほど悪くないとされますが、日本では特定疾患に認定された指定難病。女優大原麗子氏が罹患。