[会長ブログ ― ネコの目]
あの日から5年 災害について思う

今年も、3月11日がめぐって参ります。
あの「災害」と「事故」によって生じたことは、亡くなられた方、いまだに行方のわからない方、そしてそのご家族や知人だけの問題ではなく、私たち全体が受け止めねばならないことです。

改めて、犠牲となられた方々を悼み、ご家族や、なお、避難を余儀なくされている方々にお見舞いを申しあげます。

もう5年と申すべきか、まだ、5年というべきか。
各種メディアの特集では、初めて目にする映像や耳にする話もたくさんあります。徐々に復帰復興されているとは申せ、決してあの日、あの時が過去になっていることないでしょう、などと申せるのは外部者故でしょうか。そんな人間が、あれこれ云うのは、まだ、話したくないではなく、話せないことだらけの方々に対して不躾であろうとは思いつつ、災害について少し書いてまいります。

災害は大きく、自然災害と人為災害があります。
自然災害には、地震(と津波)、火山爆発、大規模地滑りなどの地殻変動や、台風(日本付近)・サイクロン(ベンガル湾あたり)・ハリケーン(アメリカ近く)と呼び名は違いますが、基本的には暴風雨である事態や、豪雪・霧、豪雨、また反対に干ばつといった気象変動によるものに大別されてきました。(乾燥や落雷による)大規模森林火災なども自然災害に入れます。また、感染症の大流行も、生物学的な自然災害とすることもあります。いずれにしても、原因となる事態、その発生を人間が制御できないものとも云えます。稀なものに、隕石落下があります。

逆に、人為災害は、何らかの人間の関与あるもので、船舶や航空機を含む大型交通事故や(化学)工場の事故、放射線施設の事故が含まれます。戦争も人為災害のひとつです。が、第二次世界大戦後の世界を二分していた冷戦構造(cold war 1945-1989/90。武器を使う戦争に対して、アメリカを盟主に資本主義・自由主義を奉ずる西欧と、ソビエト連邦を盟主とする社会主義・共産主義陣営の対立をいう。アフガニスタンは、その代理戦争の場とされた)が、崩壊した1990年頃以来、大国の庇護の下に潜在していた地域対立が顕わになり、アフガニスタンやアフリカ諸国で国内紛争が増えました。加えて、イラクへの国連や国際社会による武力介入、また、最近のシリアなどでは、一国内で、同じ国の住民同士が武力紛争に走ってしまう例が加わりました。これらは、人道的危機(Humanitarian Emergency)と、少し、別扱いされるようになっていますが、要は、国民の居住地が戦場化しているのです。加えますと、戦争は国と国が、語弊のある云い方ですが、戦いのプロである軍隊を投入して戦うものです。そして、日本は、戦争を放棄していますが、主権国には、戦争をする権利があります。などと申すと、戦争賛成!!に聞こえるかもしれませんが、戦争は、国際的なルールの下に開始される一つの外交の手段とも申せます。
歴史的には、まだ、解明されるべきことが残っているようですが、日米戦争の初めであったパールハーバー(真珠湾)という地名は、国際的には、日本がアメリカに宣戦布告なく不意打ちした(真珠湾攻撃の30分以上前に、宣戦布告すると決定されていたが、実際には、日本時間1941年12月8日未明、ハワイ時間12月7日に始まった攻撃後に通告された)との意味でつかわれているのは、それに抵触すると思われているからです。

幼児期、空襲警報におびえ、長じて紛争地近傍に勤務した私は、戦争であれ、地域紛争であれ、戦い、武力行使は、生命の喪失、物的破壊のみならず、地域社会を壊滅させ、生き残った人間の精神をも破壊するもの以外の何物でもありません。どんな戦い、戦争も、破壊以外の何物ももたらしません。が、交通事故もそうですが、自分だけが注意していると安全が確保される・・という訳には行かないことは、わが国近隣でも起こっています。

災害は、また、人間の生活に負の影響をもたらすものとも定義されています。火星や月世界、また、大砂漠の真ん中で、火山が噴火しても、周囲に人が住んでいなければ、それは単なる自然現象にしぎません。人為災害である戦争や紛争では、地域社会の破壊が必至です。湾岸戦争(1990年8月2日、イラクのクウェート侵攻に対し、国連が35カ国名からなる多国籍軍派遣を決定、91年1月17日からイラク空爆開始、同年3月3日停戦)以来、軍需工場や軍事基地へのピンポイント爆破ということも知られるようになりましたが、ほとんどの場合、住民の生命、生活圏が巻き込まれています。2001年9月11日同時多発テロ以降、そのイラクに生物学的兵器があるとの理由で、今度アメリカ中心の国際有志連合がイラクを侵攻しました(2003年3月20日開始)。正規軍同士の戦闘は、当時のブッシュ大統領によって、同年、終了が宣言されましたが、国内不穏は継続していました。1日、1兆円の戦費を費やしたとか・・・イラクからの完全撤退を掲げて後を継いだオバマ大統領は、2010年8月31日、確かに米軍撤退させました。が、イラクは、決して治安安定していません。

「災害は、忘れた頃にやってくる」とは、物理学者にして俳人でもあった寺田寅彦(1878-1935)の言葉とされていますが、こと地震だけも見ても、2015年に世界で発生した人的被害を生じた地震は28、マグニチュード7以上は33です。平成 27 年 12 月 地震・火山月報(防災編)から、毎月、どこかで2つか3つのかなりの地震が発生しているのです。

わが国の防災は、世界トップクラスではありますが、それでもなお、災害はそれを凌駕します。めぐりくる日を期して、秋の防災の日とともに、春の防災の日として、こころしたいものです。