[会長ブログ ― ネコの目]
私は何を見ているか?何が見えているのか?? 

現在在席している笹川記念保健協力財団は、私にとって17番目の職場です。大学時代の医局や、国際保健時代には、異なる施設に出入りしましたので、移動の回数は多いのですが、そんな中で、物が紛失したり、時には同じものを何度か購入したり・・がありました。

ピエール・ブルデューというフランスの社会学者に凝ったことがあります。この方、金持ちのこどもは教育や生活に有利であるだけでなく、伝統的で正統で品格ある習慣や教養、文化などを習得保持することにも有利で、だから高学歴になりやすく、それらは相続されやすいことを証明した方です。現在の親の貧困が子どもにも影響することのルーツでもありましょうか。そんなブリュデュ―の本が一冊出てきました。

その出版社藤原書店の【「機」2006 2 No168 】という小冊子が挟まれていました。パラパラとみて、愕然としました。14ページに、【「ハンセン病とともに」 岡部伊都子】 とあり、「ハンセン病患者のくるしみにあたたかい眼ざしの四十年】と副題がついています。

岡部伊都子(1923-2008)さんは、大阪のご出身ですが、京都的な随筆を沢山書かれており、高校時代から大学にかけては愛読していたことも思い出しました。「機」には、その岡部さんが、青松園(国立療養賞高松青松園)にお住まいだった吉田美枝子さんのおかげで、「ハンセン病にたいする日本社会の残酷な仕打ち」を知ったと書かれています。そして岡部さんは、「ハンセン病とともに」を2006年に上梓されています。

活字貧乏…とでも申しましょうか、どんな小冊子であれ、手に入った書籍の類は、隅からすみまで読みますので、必ず、この岡部さんのお書きになったものは読んでいるはずなのです。が、まったく記憶に無かった・・・ということに、愕然としました。

私は、何を読んできたのだろうか?

自分の関心のないものは、読んでも、読めていない、見ても見えていない、のです。そして表面的に、文字をなぞっただけで、本を読んだ気になっていた・・・のでしょう。何の印象もなく、何一つ、記憶の中にも入れていない。そして、そして、何事もなく、何事もなかったかのごとく平然と生きている・・・生きてきた。

ご縁があって、などと申すことははばかられますが、人生の終わりに差し掛かった私が、笹川記念保健協力財団に職を得たことに対して、私は(何教でもありませんが)、神さまのご意志というか、抗いがたい運命を思います。それは、世界中のハンセン病者、回復者とその家族の中に、極々当たり前に身とこころを置かれている笹川陽平日本財団会長/WHOハンセン制圧親善大使の影響があることも否めませんが、17回も転々した自分の居場所、やっと居場所が見つかったという感じもない訳ではありません。

3年が過ぎた頃、思い出したように、手にしたブリュデユーの本の中に、静かに存在しつつけてくれた岡部さんの、関西弁の話し言葉でかかれたハンセン病者への想い、早速に、2006年出版された「ハンセン病とともに」を購入しました。一気読みします。しっかり読み、記憶に入れます。

参照

ハンセン病とともに 岡部伊都子 藤原書店 2006

ホモアカデミクス ピエール・ブルデュー 藤原書店 1997