[会長ブログ ― ネコの目]
鯉のぼり

五月晴れの空に泳ぐ鯉のぼり・・・都会では、まれになりました。

地方では、早春ともいうべき時期から、立派な佇まいのお宅の庭先に、先端にカラカラと音を立てる矢車をつけた柱が立ち、真ごい、緋ごいの下に、時には二、三匹の子ごいを連ねた鯉のぼりを見かけます。

江戸時代の武家社会に始まった習慣だそうですが、端午の節句は、男の子の出世を願うものだったことや、一番上は、断じて勇壮な真鯉・・など、いささかジェンダー的な想いもなきにしもあらずです。が、そもそも、節句は、中国陰陽説に始まる暦の節目、人日(1月7日)、上巳(3月3日)、七夕(7月7日)、重陽(9月9日)と5節句のひとつで、3月3日の上巳<ジョウシ>の雛祭りもあります。

間もなく1カ月の4月14日以来の熊本地方を中心とする地震。いまだに震度3、4が続きます。12年間の福岡暮らしもあって、私には、郷里を襲った阪神淡路大震災に続き、沢山の知人が被災した二つ目の地震です。地震発生は、1年前のネパールでの地震救援のフォローアップにカトマンズ近郊の被災地を訪れる途中で知りました。後期高齢者の私は、もはや被災現地での救援に従事する体力や能力はありません。それ故に焦る気持ちは大きく、知人たちの安否が気になりました。

ネパールの被災地は、天に届きそうな山々の中腹辺りに続く、七曲どころか、七十曲がりの地道の両側、あるいはそれから少しけもの道を下った、あるいは上ったあたりの集落でした。家々の跡…とも見えない小さな赤土の山の中に、1,2個の煉瓦のかけらがあることで、かつては家があったと云われ、そうなのかと思うようなところでした。さすがにそのような地域では、メイルも途切れましたが、インターネットを通じて、内外のかつての災害医療仲間から、次々と熊本・大分の情報が入り、時には海外からの長い見舞いメイルや、問い合わせが続きました。

災害は、何時も新しい顔を見せます。

前震ともいえない強烈な震度7後、わずかな時間後の再度の震度7、今までにないことでした。
いわゆるエコノミー症候群が多かったように思いますが、連休中にお訊ねした現地の多くの方々は、電気、水やガスといったインフラの途絶もあるが、取りあえず、家屋が無事であっても、絶えず襲う揺れが、時に激しく長かったことが、自動車への避難につながり・・・そして特に高齢層の多くは、避難と云う事態や不安もあったが、トイレを心配するあまり、水分補給を控える傾向にあった…と仰せでした。

被災地のひとつ、阿蘇郡小国町にある杖立温泉では、毎年3月頃、3,500匹のこいのぼりがたてられます。今年は3,000匹だそうですが、5月末まで延長とか。
被災をお訊ねした福岡への帰路、小さな川にかけられていた30匹ほどの鯉のぼりをみました。

進行中の地震が、一日も早くおさまりますように、そして被災された方々の、一日も早い生活復旧を祈りました。

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