[会長ブログ ― ネコの目]
ソロクト

朝鮮半島の最南西端に、小鹿島ソロクトがあります。1916年、韓国を統治していた頃、日本が設立したハンセン病療養所、現在の国立ソロクトハンセン病院の100周年記念事業の「ハンセン病の100年の歴史を振り返り、現在の問題を論じる」シンポジウムに参加致しました。
現在、500余名の回復者が在住されているというソロクトは、文字通り、鹿がいる島のようですが、島全体が、しっくりと落ち着いた趣ある公園でもあります。

1930年代の赤煉瓦の建造物の幾らかは、まだ、使われているものもありますが、1945年、日本の敗戦に終わった第二次世界大戦役後、打ち壊されたものが多いとか。戦争は、何ももたらさない・・・と、つくづく思いました。

日本のハンセン病療養所のいくつかが島にあることもあって、松の大木、穏やかな海辺を眺めていると、何だか、見たようなところとも感じましたが、それらとの最大の違いは、ソロクトには、近代韓国を象徴するようなモダンな装置を備えた大型建物が追加されていることでしょうか。今シンポジウムも、小粒ながら、韓国語、中国語、英語そして日本語の同時通訳付きの充実したものでしたし、新たに開設された博物館は、ITの粋をこらした興味深いものでした。

地図でみますと、ソロクトは団子の串刺しのように、両側にそれぞれ1Km強、2Km弱の立派な高速道路的橋がかけられ、付近が活気ある漁港と海浜リゾート地であるせいもあってか、とても賑やか、ゾロゾロという表現では足りない程、沢山の人々が往来しておられます。しかし、ここに暮らしてこられた方々は、日本の療養所同様、閉鎖された長い年月もあったのでしょう。電動四輪車を駆って移動されている回復者方の姿は、日本の療養所同様、高齢化が進んで様子を彷彿させます。その意味では、短期間の訪問で、趣ある自然公園と云った穏やかな印象を受けるだけでは、ハンセン病をめぐる、真の問題を見ていない気もします。

たまたま、レセプションで隣り合わせた姜氏は、私と同い年、8歳からソロクトにお住まいですが、島の小、中、高校を卒業後、3年制医療専門学校を終えられ、島の外で、健常人の治療にも従事された、韓国のハンセン問題、特に人権問題についての重鎮でした。

日本と韓国の間には、また、越えがたい、消し難い、政治的経済的問題があります。それらを解決できるまでには、まだ、長い年月がかかるのかも知れませんが、姜氏の少し曲がった手指を握っていると、ハンセンと云う病気が私たちをひとつにしてくれたと、実感しました。

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姜氏との記念撮影。中央はカソリックメディカル大学のチェ・ギュテ先生