[会長ブログ ― ネコの目]
黒死病(ペスト)とハンセン病

Science(サイエンス、訳すれば「科学」)誌は、日本式に申せば、明治13年にあたる1880年創刊された、世界で最も権威ある学術誌の一つです。厳しい査読制度を経た原著論文(著者<たち>固有の発想による、独自性あるいは斬新な研究成果を発表する論文)だけでなく、科学全般の新しい発見や現象、それらについての議論、異論に加えて、時には確立している理論の解説もあって、難しいのですが、興味深い雑誌です。その英語版2016年4月26日号に、「How Europe exported the Black Death(ヨーロッパから、黒死病(ペスト)はどう広がったか)」という、短い評論がのっていました。

ペスト(ペストは、ドイツ語のPestで、英語はPlagueだが、この単語は疫病、伝染病とか、困ったことの意味にも使われる)という病気は、ハンセン病と同じように、紀元前から知られています。そしてハンセン病は、決して大流行を来たさないものの、折々、所々で人々にしつっこく取りついてきたのに対し、ペストは何度か大流行(outbreak)を繰り返し、多数者に死をもたらしましたが、長く続く偏見や差別の原因にはなっていません。例えば、14世紀には、中国あたりからの貿易船に乗ったネズミとそのノミと共に、その頃の商都ベネチア付近に至り、数年内にヨーロッパ全体に広がり、当時約8,000万強と推測されているヨーロッパの総人口の1/3から半分近くの命を奪っています。たったひとつの病気が、世界に死を撒き散らしたのです。

ハンセン病がらい菌(Mycobacterium leprae)の感染症であるように、ペストはペスト菌(Yersinia pestis)の感染によって起こります。ペスト菌の発見には、日本の北里柴三郎もからんでいますが(注)、症状が重くなり、死に到った場合の多くには皮下出血が起こるので、特に肌の白い人々の場合、遺体が黒く見え、黒い死(black death)と呼ばれたのでしょう。

Science誌の話です。

2016年4月、アメリカフロリダ州のオルランド(ディズニーワールドがある)で開催された考古学会での発表です。ドイツのマックスプランク研究所の人類歴史研究家ヨハネス・クラウス博士らが、14世紀にペストが大流行した、それぞれロンドン、バルセロナ、ヴォルガ(ロシア)の犠牲者の遺体から同定したペスト菌は、ほぼ同じ株(ばい菌の細かい種)であることを確認し、このペスト菌の株が、その後の19, 20世紀の東ヨーロッパや、現在、マダガスカルで流行しているものの原因らしいと発表しました。グルジアのメルセー大学のエリック・クリンゲルフォッファー考古学名誉教授は、素晴らしい!と賞賛した一方、元々中国にあったペストが、はるばるヨーロッパに伝わり、何百年も生き延びて、また、東にもどるなんて、と批判的意見はドイツのブンデルスベール研究所の分子微生物学者ホルガー・ショルツ博士、ミュンヘンのルードウィッヒマクシミリアン大学の研究者リザ・ザイフェルトのように、ヨーロッパのペスト菌は、ペスト菌をもつシラミを抱えたネズミ以外に、何らかの自然宿主がおり、多分、中国由来ペスト菌は、少なくとも、数世紀はヨーロッパには存在していただろうとする意見もあります。また、1722年にマルセイユでの大流行時の遺体からの分析も、14世紀の菌に類似しているから、やはり、ペスト菌は数百年はヨーロッパに潜んでいた可能性があると、同じくマックス・プランク研究所のクリスティン・ボスらの意見もあります。

研究者らは、ロンドン塔近くのお墓やバルセロナのお墓を掘り返し必要な試料を得ており、ちょっとホラー映画のような気もしますが、そもそも、このような研究は、遺体を焼かないまま埋葬する文化圏でないと成り立ちません。いずれ、大冊の報告書がでるそうですので、それを待ちたいと思いつつ、現在、世界の年間新患数は20万強まで減少したものの、回復した方々、家族を含め、ハンセン病の場合には、まだまだ、生々しい偏見や差別という問題が、菌の種類や変異以上に、人々を苦しめています。墓場を「あばく!!」前に、ハンセン病制圧に立ち向かっている私どもの仕事は、生きている人々、感染者、発病者だけではなく、その周りで差別を作っている人々、そして無関心のまま、それを許している大多数の生きた人間と向きあうことが大事なのだ・・・そんなことを思いながら、読みました。

注: ペスト菌はスイス系フランス人(あるいはフランス系スイス人)で、パリのパスツール研究所所属の医学者/細菌学者アレクサンドル・イェルサンが、1894年、香港で発見し、同時期、ドイツの医学者ローベルト・コッホ門下の日本人細菌学者北里柴三郎も、別個に菌を発見しています。が、病気としてのペストの原因がペスト菌と初めて証明したのが、イェルサンであったため、最初は、パスツールの名にちなんで、Pasteurella pestis(パスツーレラ ペスティス)と命名された菌の、正式学名は1964年、イェルサンにちなんでYersinia pestis(エルシニア ペスティス)に改められています。ペスト菌は、3種の亜種があり、いずれも歴史的大流行の原因となっています。