[会長ブログ ― ネコの目]
世界で一番危ない国

正確には紛争近傍地ですが、ライフルやミサイルの音が稀でない地で働いたことから、今も幾つかの国や地域で紛争状態が続いていることに胸の痛い想いがあります。オマエの胸が痛んで、どうなの?と云われたら一言もありませんが・・・・

最近もシリアやイラク、またアフリカのいくつかの国で、激しい攻防があり、「XXX軍の空爆で何人が殺され、その中に子どもが何人含まれ・・・」といった報道がなされています。もちろん、空爆であれ、戦車を含む地上攻撃であれ、本来、戦いには関係ない地域住民が犠牲者となっているのですが、紛争そのものによる、いわば直接紛争死以上に、その影響による間接的死亡や健康障害といった見えない影響の深刻さに胸が痛みます。

かつての戦争が国と国の戦いであったに対し、現在は、住民が武器を持って相戦う地域武力紛争と、それを解決することを目的にした国際的武力介入がほとんどです。住民が武器を手にするのは、戦いに関与しなければ生きてゆけない状況があるためですが、誰でもが、簡単に兵士になりうるということは、誰でもが、容易に殺される機会を持つことでもあります。あるいは、シリアからの避難民のように、一斉に逃げ出すしかありません。

そんな紛争地では、医師や看護師その他の保健専門家が亡くなる頻度も増えますし、時には、これら専門家とよばれる人々が避難して地域からいなくなることや、病院など医療施設や学校など専門家の養成施設が破壊されることもあります。当然ですが、戦いに明け暮れているところでは、予防接種、妊産婦検診といった制度は劣化するか途絶し、結果として、病気を防ぎ、健康を護る仕組みは崩壊します。つまり、紛争地では、緊急人道援助に目が向きがちですが、同時に、基礎的な保健制度や教育訓練の維持がとても、とても重要なのです。そんな仕事に従事してから間もなく30年、残念なことに、かつて関与したどの地域、国も、まだ、紛争が勃発しています。胸の痛みは消えません。

さて、世界だけでなく、日本でもそうですが、災害や外国では紛争が起こる毎に、今まで知らなったかあるいは馴染み薄かった地名が、記憶の中にしっかり入り込んできます。自分の無知をさらけ出すことでもありますが、例えば、奥尻町青苗地区の地名を記憶したのは、死者行方不明者230名を数えた1993年7月の北海道奥尻地震(マグニチュード7.8、震度6)でしたし、江戸時代以前、在郷武士団の興味深い歴史があり、富士山がきれいな上九一色村(現在は甲府市と富士川口町に編入)の名前は、1995年3月20日の地下鉄サリン事件に端を発するオウム真理教事件からでした。そして、5年半が経過した東北大震災では、岩手、宮城、福島の東北3県の色々な地名に触れることが多く、特に、現在もまだ決して一件落着とは云えない、東京電力福島第一原発「事故」による放射能被災地の幾らかは、訪問する機会が増えるにつれて、とても馴染み深くなっています。

しばしば、紛争に関する情報に目を通しますが、興味深いというより、ちょっとびっくりの情報に当たりました。「Travel and Leisure(旅行とレジャー)」というHPに、世界で最も危険な国 というスライドショーがあります。

アメリカ政府の海外旅行警告の一環をまとめたものですが、例えば今年5月に出された28の旅行警告中、12はアフリカの国々から、7は中東とあります。ご覧になれば判りますが、1位パキスタン、2位スーダン、3位ジョージア(かつてのグルジア)、4位レバノン、5位北朝鮮。以下、シリア、イエメン、ウズベキスタン、イラン、アルジェリア・・・私には馴染みの国々です。観光や旅行をすすめるが、テロや地域紛争が止まらないこれらの国々へ旅することはそのリスクに値するか?とあります。それぞれ、美しいあるいは豪快な自然や遺跡もあるのですが。

わが国での個々人へのリスクは、自然災害によりますが、国の周辺では、何やら危ないサインが増えています。が、それでも、わが国が世界で一番安全という「神話」は今も生きていると思いますし、何としても護り抜かねばなりません。・・・どうすればの答えはないのですが。