[会長ブログ ― ネコの目]
ティキレシュティ in ルーマニア

既に財団のFacebookに写真が出ていますが、昨日、ルーマニア東南部の、ドナウ(川)デルタ(注1)に近いTichilestiという地にある古いハンセン療養所を尋ねました。

約3年前、日本財団の笹川陽平会長が訪問されて以来、この聞きなれない地名も、私どもが記憶しておくべき一つ、かつて200名近いハンセン病を罹患した人々や回復者が住んでこられたのですが、現在はあえて申しますと、「最後の」10名となっています。が、すべての方々が、笹川会長の訪問を、まるで昨日のように語られました。うれしいとともに、ジンときました。

静かな、美しい自然の中で、ゆるゆると時が流れ、人々は、穏やかに、和やかに暮らしておられます。が、その状況、お一人お一人の過去、これから立ち向かわれるべき施設と、個々の人々の最終の日々、それらの記録を作る計画に私どもがお手伝いする可能性を話し合うためでした。そのことはまた別の機会に・・・

ルーマニアという国そのものに馴染み深い方々は少ないのではないでしょうか?私は、1989年、この国に政変、いわゆるルーマニア革命(注2)が起きた頃、アフガン難民支援で滞在していたパキスタンのペシャワールで、たまたまドイツからの訪問者と、TVやラジオを聞いたことが記憶にあります。また、その後、その革命に関与した若者の一人と結ばれたのが、私の若い友人であったことなど、極めて断片的なものでした。今回、改めて調べてみたのですが、実態は、まったく異なりますが、「吸血鬼ドラキュラ」のモデルになった王様が実在したこと、昨今は、若返りの薬で有名なこと、そして観光的には、古き中世ヨーロッパが残っていることなどでした。が、今回、走破したこの国の首都ブカレストから東方向への3~400Kmは、この国の主産業の一つが農業であることを実感させるほか、確か、原子力発電所も持ちながら、延々と続く風力発電の風車?に、大いに感動しました。

そのような風景への感動以外に、ティキレシュティ療養所で感じたことがあります。そこでは、10名すべての方々とお話しできました。この国の宗教はキリスト教、ルーマニア正教というカソリックだそうですが、どの方のお部屋にも宗教的な雰囲気がありました。私自身は、禅宗の一派である曹洞宗の家に生まれ、お盆などの行事にも馴染みました。それ程宗教心が強いとは申せませんが、年齢と共に、また両親や親しい知人が亡くなって行く中で、少しづつ、心境に変化があることは事実です。とりわけ、紛争近傍地で働き、昨日、会議したした方が殺されたり、子どもたちが血まみれになったり、わが国なら、絶対に命を落とすことがないような、ありきたりの病気で、いとも簡単に生を終えることを如何ともしがたい中で、運命ということを思わずにはおれませんでした。

ティキレシュティの方々を、安易な同情心で、おかわいそう、などと思うことは最大に失礼だと思います。が、おそらく後10年前後で生を終えるだろう後期高齢者の私が、「はるばる」日本から来て、同じく、その位の期間でやはり生を終えられるであろう人々と手を握りあっていることの不思議さに、何ともいえない運命を感じました。

一点の曇りもなく真っ青の空、はらはらと散る木の葉、療養所の傍の墓地には、比較的新しいお墓もありました。人は生まれ、そして死ぬ。すべての人に、ひとしく与えられている生と死・・・

ドナウ川、別名ダニューブ川は、今では17カ国のヨーロッパ(ハンガリー、オーストリア、セルビア、ドイツ、スロバキア、ブルガリア、ボスニア・ヘルツゴビナ、クロアチア、ウクライナ、チェコ、スロベニア、モルドバ、スイス、イタリア、ポーランド、アルバニア)を流れ抜いて、ここルーマニアで黒海に流れ込みます。かつて、東欧が工業化を進めた時、排水路となったために膨大な範囲で汚染が広がりました。今は、対策が講じられて改善していると聞きましたが、宿泊しているホテルの前のドナウの旅の船乗り場は、チョットにおいます。人の一生も、国のそれも色々ある、それも運命でしょうか?

注1)ドナウデルタ: ドナウ川の黒海流入地域の三角州。ルーマニアのドブロジャ地区とウクライナオデッサ州にまたがるヨーロッパ最大の自然が保持されている地域。3,446平方km。ほとんど人の手が入っていない。無数の湖沼があり、淡水魚45種、鳥類300種、植物1,200種があり、ユネスコ世界遺産であり、また、生物圏保護区。

注2)ルーマニア革命: 1989年12月、20年以上、権力の座にあったチャウセスクが倒され、ルーマニア社会主義共和国が確立された一連の終わった政治変化。

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