[会長ブログ ― ネコの目]
民主主義-Democracyデモクラシィ

アメリカ大統領が替わりました。民主的な制度で選ばれたはずなのに、世界中で反対デモが広がっています。が、それも民主的な行動です。

1月20日夕刻、港区赤坂の職場の前で、手に手にプラカードを掲げたデモ行進がありました。何の?と思いましたら、反トランプのそれ、やや外国人が多いようでした(「トランプ次期大統領に対し 東京で女性の権利訴えるデモ」)

高校時代、医学部に行くか歴史を勉強するか迷ったほど、歴史には関心がありましたが、世界史とは、さまざまな対立の記録のように思います。領地や資源をめぐる、今から申せば侵略戦争も沢山あり、武力武器行使によって生命が失われ続けてきました。宗教や思想、民族の違いがきっかけとなって始まった闘争も多数ありました。戦争の世紀とも云われる20世紀の二つの世界大戦は、それまでの戦争の規模を変えると同時に、戦争を憎む風潮も高めたと思います。昨年のオバマ前アメリカ大統領の広島訪問、そして先日の安倍首相のパール・ハーバー訪問は、憎しみから和解へが如実に示されたものと理解できます。

第二次世界大戦の終結は、いわゆる武器行使を伴う熱いhotな大規模戦争の終焉・・・と思われました。戦争を起こさないことを目的とする新たな国際連合も創設されましたが、間もなく、西側自由主義と東側社会主義の思想対立が45年間の冷戦cold war状態を作りました。

1980年代末、一方の雄ソビエト連邦が自壊し、その傘下にあった東ヨーロッパ諸国にも民主化が続きました。世界は、平和で自由主義市場経済が栄えるとの幻想が生まれました。が、間もなく、東西の大国に支配されていた多数の中小国の中で、民族や宗教などの違いがきっかけとなる権力闘争が始まりました。現在に続く地域武力紛争(国際分野では、CHE<complex humanitarian emergency複雑な人道的危機>)の幕開けでもありました。その過程で生まれたのがアル・カイーダであり、タリバンであり、ボコ・ハラムであり、そしてイスラム国でもあると申せます。

東西冷戦の最後の戦線だったアフガニスタンからの難民支援に従事したのは、もう30年近く前になりますが、武器を身近に、ある種権力闘争に明け暮れている人々(必ずしも男性だけではありませんでした)の意識は、とても20世紀のそれとは思えない、民族の独自制とは異なる独特の、あえて申せば勝手な独善性があったように思います。勿論、会ったことはありませんが、15世紀の織田信長もこんな考えではなかったのかナと思うようなゲリラのボスもおいででした。彼らは、近代科学の中から、都合の良い武器と自動車・・・ほとんどはトヨタでしたが・・・だけを取り入れ、考え方は伝統的なまま、と申すより、都合よくそれを利用しているように思えました。不都合は、伝統や民族性、時には神様の所為にして、武力を振りかざすして勢力を維持しようとしているように見えました。ですが、武力に頼るものは、武力で倒れることも事実です。

ご承知のように、民主主義democracyの語源は、古代ギリシャ語にルーツがあります。民衆を意味するdemosと支配権力を意味するkratos=cracyの合成語で、民衆による支配、人民が持つ権力を意味します。

この度の大統領選挙では、基本的には民主的ではありましたが、大国アメリカにしては見苦しいゴタゴタが多くあり、一方に、経済格差の拡大が争点であったことから、アメリカの民主主義と市場経済主義が失敗だったとの意見を持った国もありました。でも、世界の歴史をみても、真に国が安定するに、民主主義に替わる理念や思想あるいはそれに基づく制度以上のものは、まだ、生まれていない・・・とされていますし、事実もそうではないでしょうか。民主主義が機能しないとすれば、それは民である私たちの勉強不足、民力の行使が不足しているからだと、私は思っています。今、世界が変わろうとしている、いえ、世界は変わらなくては存続できない事態に差し掛かっているのかも知れません。民主主義をどう活用するべきでしょうか?

アメリカは、自由と民主主義を旗印に建国された国であり、世界の民主主義の旗頭でもあるべき国でしょう。「すべての人間は平等につくられ、創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含む侵すべからざる権利を与えられている。」と独立宣言にはあります。そして「これらの権利を確保するために、人は政府という機関をつくり、その正当な権力は被支配者の同意に基づいていなければならない。もし、どんな形であれ政府がこれらの目的を破壊するものとなった時には、それを改め、または廃止し、新たな政府を設立し、人民にとってその安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思える方法で、新しい政府を設けることは人民の権利である。」ともあります。被支配者の同意は民主主義の基本ですが、その政府が持つべき権力は被支配者の同意に委ねられ、それがまっとうされなければ政府を改める・・・ともあります。

聴衆の数を気にされ、democracyでは重要な役割を持っているメディアとけんか腰に対決される大統領は庶民性があるのだと思いますが、英語にも“Agree, for the law is costly.(直訳は、「和解せよ。法を頼る=訴訟はお金がかかる」)とのことわざがあります、つまり金持ち喧嘩せず・・・民主的に話し合ってほしいものですが、もう相当にこじれています、ね。4年間、どうなるのでしょうか?