[財団ブログ ― ハンセン病]
年の瀬

年の「瀬」の瀬はどんな意味なのか、何となく判りますが、出典などがあるのでしょうか。また、「年の瀬」とは何時から何時までをいうのでしょうか?
「瀬」は、広辞苑では、[湍]とともに、①川などの浅くて徒歩で渡れるところ。②水流の急なところ、③(渡るための狭い所の意から)㋑事に出会うとき。おり。場合。㋺その場所。立場。㋩点。ふし。とあります。広辞林でも同様ですが、なぜ、これが「年の暮れ」を意味するのでしょうか・・・その昔、特に、しっかり支払を済まさねばならない節季(セッキ。季節の終わり、盆と暮れの支払いは特に大事)の辛い時期を示したらしい、ようです。そう申せば、思い出があります。若かりし頃、無理して買いこんだ医学書や購読していた洋雑誌の支払いを溜め込んで、12月のボーナスで支払いました。代わりに、書店のカレンダーや手帳を頂いて今年も終わったなぁ・・・と思いました。私の年の瀬だったのですね。懐かしいです。今は、無理して本を買うという意欲がなくなっているのですが、この「年の瀬」ですが、ぜひ、読みたい数冊があり、早々と買い込みました。
年の瀬の一日、12月23日は天皇誕生日でした。
陛下は、お言葉の中で、「昨日(22日)は冬至でしたが、これから、段々、日が長くなる」と仰せでした。「今年も、さまざまな自然災害が日本をおそい、決して安泰であったとはいえない」とも仰せでしたが、日が長くなる・・・と希望を述べられたことに勇気付けられました。
そして、今年は、太陽歴では、その起点とされる冬至と、欠けていちど姿を消す月が復活する新月が重なる朔旦冬至という稀な現象の年でした。朔旦冬至って、産経新聞のマンガ「ひなちゃんの日常」で、ひなちゃんがたくあんポリポリ・・・と、取り上げられていましたが、難しい言葉です。この現象は、地球が太陽の周りを一巡する1年と、月の満ち欠けの約1カ月の微妙な時間差から、おおよそ19年に一度発生するそうです。ただし、次回は暦上の齟齬から、38年後になるそうです。後期高齢者に足を踏み入れた私には、残念ながら、もう一度、この稀な事象を経験することは無理ですが、そんな風に考えると、日々、折々の暦、自然の移ろいも、二度とめぐりあわない貴重な一瞬と思います。
冬至には、かぼちゃを頂くと、いわゆる中風にならず長生きするとか、小豆粥を食べると病気しないとか、お風呂に柚子を浮かべるとか・・・優雅な習慣を実践しようとすると忙しいですが、関西地方では、ちょっと周りの移り変わりに疎い方に、少々嫌味をこめて、こんな風に申します。「冬至、十日経てば、馬鹿でも(日が長くなったことは)わかる」
さて、太陽が新たに蘇るこの日、月が再び満ちてゆくこの日を期して、新年を待たずに、新たな計画を立てては如何でしょうか?