[財団ブログ ― ハンセン病]
ブラジル 心に残る言葉

10月24日、25日に開催された歴史保存ワークショップには、ブラジルから7名が参加してくれました。
ブラジルのポルトガル語は軽やかでのびやか。聞いているだけで楽しくなる言葉です。
7名の中の1名は、ブラジルの全国回復者ネットワークMORHANの全国副コーディネーターのクリスチャノ・トレスさん。73歳です。ドバイ経由で長い長いフライトの末に東京に着いた頃は、疲労のあまり顔色も冴えませんでしたが、日本滞在を楽しんだようです。
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(トレスさんは左。右はMORHANの全国コーディネーター アルトゥール・クストディオ・モレイラ・デ・ソウサさん)
トレスさんをはじめ、ブラジルでハンセン病を体験した人がこれまでに残してきた力強い言葉をご紹介します。
「いろいろな人と話すことによって、その人の中の偏見をなくしていこうと思っています。
”なんてかわいそうな自分”なんていう人間にはなりたくありません。どんな体験をしたのか人に知ってもらいたいとは思いますが、”かわいそうな人”とは思ってもらいたくないのです」
  アントニオ・デ・オリヴェイラ・ボルヘス
「自分自身が苦しんだことによって、他の人を思いやる心を持つようになりました。もしもパンを1つ持っていて、おなかをすかした子どもがドアを叩いたら、その子とパンを分け合うでしょう。
人は困難や痛み、苦しみから成長し、学ぶものです。それがなければ今の私はありません」
  テレジンハ・プルデンシオ・ダ・シルヴァ
「ハンセン病は他のどの病気とも同じ、ただの病気です。この病気にかかったからと言って、私の人間性は損なわれてはいません」
  フアド・アブドゥラ
「私たちの多くにとって、病気よりも辛いのは病気に伴う偏見なのです。病気になったとたんに、フランシスコ、ジョー、マリアなどという名前で呼ばれることがなくなり、一まとめにらい病者、らい、ハンセン病患者などと呼ばれるようになるのです。
私たちの最大の目標は、名前を失い個人としてのアイデンティティを失った何百万人という人々が、また自分たちの名前で呼ばれるようになることです」
  フランシスコ・A.V.ヌーネス(MORHAN創設者)
「もううなだれまい。背筋を伸ばしていこう。目指すものに対するこの強い想いのおかげで、もはや恥ずかしいとも後ろめたいとも思わない。もう人権を無視されるまい。自尊心と尊厳を持って歩もう」
  フランシスコ・A.V.ヌーネス
「生きることの美しさは、生きて行く中で巡り合うさまざまな困難や苦難を、他の人と助け合いながら乗り越え、それによってより良い人間になれることだと思います」
  ジルダ・ボルヘス
「私は”菌”であることをやめました。そう。私はらい菌やらい菌感染者ではなく、一人の人間なのです話すことも投票することもできる一人の人間なのです。自分が自分であるために闘い続けてきました。その結果、いま、私は胸を張って言えます。私の名前はフランシスカ。自分自身と、その他多くの人の権利のために闘う市民なんだ、と」
  フランシスカ・バロス・ダ・シルヴァ・ビコスキ
「ハンセン病にかかった私たちに必要なのは、慈善や哀れみではない。自分の能力を発揮する機会が欲しいのだ。それによって社会も変わっていくだろう」
  クリスチャノ・トレス