[財団ブログ ― ハンセン病]
啓発活動は人を変えられるか ~ガーナの事例から~

ハンセン病にかかった人は、厳しい偏見や差別の対象となってきました。
治る病気となってもなお、ハンセン病にかかった人は、差別のために家族や友人を、仕事をする機会を、教育を受ける機会を失い、自信と希望を失っています。
ハンセン病の正しい知識を持つこと、偏見や差別をなくすことを目的として、これまでに世界中で啓発活動が行われてきました。
ハンセン病にかかった人が社会で暮らしていくためには、家族やコミュニティの人たちの理解と受け入れが必要です。そのためにも、啓発活動は欠かすことができません。
さまざまな場所で、さまざまな啓発活動が行われました。
紙芝居、路上劇、ラジオ放送、テレビドラマ、トークショー、啓発冊子などなど。
しかしハンセン病に関する偏見や差別は根強く残っています。
各国で偏見と差別が根強く残る中、ベトナムは1982年から約30年にわたり、保健省と文部省が大規模な国レベルの保健教育を行いました。学校でハンセン病を含む保健教育を行ったことにより、ベトナムでは他の国と比べると、ハンセン病に対する偏見や差別が少ないと言われています。
ベトナムは国を挙げての大規模かつ長期的な保健教育の成果と言えますが、これまで何回かこのブログでも紹介してきたガーナの啓発活動は、ごく小規模ながら大きな成果を上げている啓発活動です。
ガーナの回復者団体のIDEA(アイディア)ガーナが、啓発活動に取り組み始めたのは2003年。
ハンセン病と言う病気によって、人間としての基本的な権利や自由を奪われている状況を変えたいという思いでした。
IDEAガーナのメンバーは教会や教会付属学校で、自分たちの経験を話し始めました。
最初は自分たちの住んでいるセントラル州から、徐々にイースタン州、アッパーイースト州、ヴォルタ州など、「ハンセン病キャンプ」があるところを訪れました。
「ハンセン病キャンプ」は、ハンセン病にかかったために家族と住むことができなくなった人たちが集まって暮らす集落です。ハンセン病の治療をしている病院や団体、教会などの近くにあることが多く、定着村とも呼ばれます。ガーナの定着村には、ガーナ全土の回復者だけではなく、マリ、トーゴ、ブルキナファソなどから治療や支援を求めてやってきた人たちも暮らしています。
ガーナにいくつの定着村があったかは、正確には分かりませんが、数年前には21の村があったそうです。
IDEAガーナが啓発活動を行った後、この村に住んでいた人たちの多くは、故郷に戻り始めました。そのためにIDEAガーナは家族が住む村でも啓発活動を行い、その家庭も個別訪問します。これまでにIDEAガーナの活動のおかげで故郷に帰ることができた人の数は305人。
しかも、家族のもとに帰った人のうちで、そのまま家族とともに暮らすことができず、定着村に戻った人の数はわずか3人だそうです。
IDEAガーナは啓発活動を行った村に、フォローアップとして訪れ、その後に問題が生じていないか確認をしています。村を再訪すると、何十年もの後に家族のもとに戻った回復者は、声をそろえて言うそうです。
「まさか、故郷に、家族のもとに戻れるとは!長くつらい年月が続いたけれど、
生きていて本当によかった!」
多くの人が故郷に帰り始めたため、数年前に21あった定着村は、現在では8村しか残っていません。
長い年月の後に故郷に戻った人たちが、故郷で肩身の狭い思いをしないように、村のチーフや教会が親身になってくれるそうです。
コミュニティが変わる。
家族が変わる。
回復者も変わる。
ガーナの啓発活動は、着実に人を変えています。
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