[財団ブログ ― ハンセン病]
啓発活動は人を変えられるか ~ガーナの事例から②~

2003年から始まったガーナの回復者団体IDEA(アイディア)ガーナの啓発活動。
その活動がIDEAガーナのあるセントラル州を始め、最もハンセン病の差別の問題が大きいと考えられる北部諸州で活動を始めたのは、笹川記念保健協力財団が啓発活動の支援を開始した2009年からです。
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村や地域、州のチーフや女系チーフも動かして行う啓発活動が行われ、定着村で何十年も暮らしていた人たちも故郷に帰っていっています。
Foriwaaさん
「IDEA!不可能を可能にしてくれたIDEA!
故郷に帰ることができるなんて考えてもみませんでした。
定着村で何年も何年も過ごしたんです。
でも私が今いるのは、故郷の家族のもと。
生きているうちに、これほど幸せになれるなんて考えてもみませんでした」
Foriwaaさんの妹
「何年もの間Foriwaa姉さんは定着村で過ごしてきたんですもの。
これからは絶対に私たちが幸せにしてあげるわ。ずっとね」
Foriwaaさんの甥
「おばが帰ってきてくれて本当にうれしいです。
会ったこともなかったんですから!」
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Kwamenaさん
「コフィ(IDEAガーナの代表)、IDEAの皆さんにどうやったらこの気持ちを伝えられるかな。
私が故郷を離れたのは32年前。
この32年間、いつも考えてた。
この定着村で死んで、ここで埋葬されるんだって。
故郷で暮らすことができなくなって32年。
また家族のもとに戻れるなんて、考えたこともなかった。本当にありがとう」
Kwamenaさんの故郷のチーフ
「IDEAガーナについてはいろいろと聞いていました。
Kwamenaさんが戻ってきて本当に喜んでいます。
Kwamenaさんは、この村で一番の長老で、村の昔の話についても教えていただきたいし
それ以外にも長い年月で蓄えられた知恵をお借りしたいと思います。
Kwamenaさんが戻ってこられたのは、私たちにとって大きな喜びです。
これからは私たち一人ひとりがKwamenaさんを支えていきます」
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Owusu Mensahさん
「私が故郷を出たのは13歳の時。いま64歳です。
50年以上たって私を迎えてくれたのは、村のチーフ、長老、そして家族でした。
チーフの家の前で、帰郷のお祝いに正装をもらいました。
定着村で暮らした51年。自分には価値のない人間だと思っていました。
でもここに戻って、家族、チーフ、長老がこうやって私のことを迎えてくれたのを見て
思ったんです。
IDEAの啓発活動のおかげで、私は価値のない人間から、価値のある人間、尊厳のある人間になることができた。
自分が生きる価値のある人間だというこの想いを、ずっと胸にしていきたいと思います」
Owusu Mensahさんの村のチーフ
「Owusuさん、お帰りなさい。長いこと闘ってきたんですね。
ハンセン病のためにさまざまな問題に向き合ってきましたが、いま
あなたは私たちのもとに戻ってきました。
あなたは私たちのヒーローです。
これからはこの村で、家族と村人と一緒に穏やかな人生を送れるようにすることを、
チーフとして私がお約束します。
先ほど私の家の前であなたに正装をお渡ししたのは、チーフ、長老を始め、
村の全員があなたを心から歓迎しますという意味です。
お帰りなさい」