[財団ブログ ― ハンセン病]
JIAメンバーと一緒に回復村を訪問しました

JIAの総会に引き続き、8/25から2泊で南寧近郊のBaguan村というハンセン病回復村を訪問しました。JIAの中国人キャンパー5名、ベトナム人キャンパー3名、インドネシア人キャンパー3名、そして日本人はJIAの事務局長原田さんと私の総勢13名の一行です。

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今回の回復村訪問一行

南寧の市街部から、電車とバスを乗り継いで約3時間、幹線道路から25分ほどサトウキビ畑になっている丘を登ったところにBaguan村はあります。

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回復村周辺の緑美しい景色

乗り物から降りる度、今まで乾いていた町が雨に襲われ、まるで雨雲に追いかけられているような道中。極めつけには、最後の徒歩区間で雷雨となり、雷鳴とどろく中、夕刻Baguan村に到着しました。キャンパー達が借りている部屋に入った途端、雷が落ちたのか床に電流が走り、一同悲鳴の大合唱でした。

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雷におののきながらも談笑

Baguan村には現在24名(男性17名・女性7名)のハンセン病回復者が生活しています。
JIAでは、2005年からこの村でワークキャンプを行い、今年の夏には25回目のワークキャンプを実施しました。今夏のBaguan村でのワークキャンプのリーダーを務めたキャンパーも今回一緒に来てくれました。

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家屋手前が今夏にキャンパーが舗装した通路

日がとっぷり暮れてからの到着、しかも事前に村人には一切訪問することを知らせていなかったにも関わらず、手早く料理を作ってくれて私たちを歓迎してくれました。
今回、特にワークの計画はなく、村人のお宅を訪問してお話することが主な目的となりました。
どのお宅にお邪魔しても心からの歓迎を受け、しかも決して余裕のある暮らしをなさっているわけではないのに、精一杯のご馳走を振る舞って頂き、恐縮するほどでした。滞在中、毎食ごとに何件かのお宅にお呼ばれし、なんと1日に7~8食も食事を頂きました。

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飼っている鶏を私たちのために絞めて振る舞ってくれました
鶏さん、ごめんなさい・・・

村人を「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼び、満面の笑みで駆け寄る中国人キャンパーたち、そして「よく来たね!さあ入って!ご飯食べて行きなさい!!」と、まるで孫を迎えるように相好を崩す村人の姿を見ると、小さい頃、遊びに行く度にお祖母ちゃんが食べ物を沢山用意してくれて、話しの端々に「食べなさい!食べなさい!」と勧めてくれたことが懐かしく思い出され、胸の奥にぎゅっと熱いものがこみあげて来ました。
私たち8人の外国人と5人中国人学生が滞在中、保健局のお医者さま、鶏の様子を見に来た獣医さんらしき方(この方、なんと鶏に手術らしきものをしていました)、豚肉を売りに来た女性、この辺りの特産でライチに似たロンガンというフルーツの収穫に来た人々10名ほど、そこに私たちも加わり、村はとても賑やかでした。

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ロンガンの収穫を皆でお手伝い

かつてこの村もハンセン病患者・回復者の隔離村として、近隣の人々から避けられ、ひっそりと暮らしていた歴史があります。1950年代から取られたこの隔離政策により、凝り固まった人々の心を少しずつ溶かして来たのは、温かくて柔らかい心を持った少年・少女達でした。そして、国家間では歴史的問題を未だに引き摺っている、日本・中国・ベトナム・インドネシアの若者が肩を並べ、中国のおじいちゃん・おばあちゃんを囲んで冗談を言いあい笑い転げています。
若者が持つ「変革」のパワーを肌で感じた、私の回復村訪問となりました。