[会長ブログ ― ネコの目]
まぶしい在宅看護の仲間たち ~訪問看護サミット 2018から~

2018年11月11日、「ともに支えあう地域づくりへのチャレンジ」をサブタイトルとする『訪問看護サミット2018』が開催されました。 私ども笹川記念保健協力財団が実施する「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」のテーマ「看護師が社会を変える!」と一脈通じると、私は一人で悦に入っていました。

熱心に講演に耳を傾ける皆さん。

熱心に講演に耳を傾ける皆さん。

訪問看護サミットは、各地の訪問/在宅看護のエキスパート、あるいはこれからイザッ!!の方もおいでだったでしょうが、各地の住民の傍に拠点を置かれた、つまり地域にしっかりと根を張っておいでの看護エキスパートの集会でありましょう。故に、公益財団法人日本訪問看護財団理事長 清水嘉与子先生の迫力あるご挨拶も、ナルホドでした。

光栄なことに、私は、この道の先覚者にしてベテラン、広く深く多様な地域看護力を発揮なさっている秋山正子先生の後でお話する時間を頂きました。大いにビビりました、ホント。が、秋山訪問看護学で、恐らく、頭が一杯になられるであろう皆様の脳みそほぐし役、と勝手に決め、「世界のプリマリーヘルスケアと日本の在宅/訪問看護」との題名で、開発途上国で見聞きした看護師たちの活動をご紹介し、目下の事業経過をお話ししました。

「世界のプリマリーヘルスケアと日本の在宅/訪問看護」

「世界のプリマリーヘルスケアと
日本の在宅/訪問看護」

実は、この会でお話しすることをお引き受けしたのは、サミット前日に開催された「看護職起業家交流セミナー」での仲間の講演とペアでした。こちらの実践発表では、「日本訪問看護財団事務局次長にして、あすか山訪問看護ステーション統括所長」として高名な平原優美先生に続いて、上記の私どもの研修修了者二人が、いえ!二人もが、すばらしい発表をしてくれました。

「開業4年目看護師の報告~コツコツ訪問2000件/月、ナントカ離職率0%のステーションの取り組み~」を株式会社在宅看護センター横浜代表取締役 山本志乃氏が、そして 「在宅看護という仕事に魅せられて~これからの訪問看護の価値について考える~」を一般社団法人ハーモニーナース 在宅看護センター和音 代表理事/管理者 黒澤薫子氏が堂々と話してくれました。

堂々としたスピーチをした3名

素晴らしい発表をしてくださった3名。

裏話です。日本訪問看護財団常務理事の佐藤美穂子先生から要請を受け、二人に依頼した際、二人とも「ハイッ!!」と了解してくれませんでした。何十回とは申しませんが、何度も、何度もお願い、説得、嘆願、泣き落としし、最後は脅迫して、やっと受けてもらいました。が、平原先生ともども、地域での看護力を存分に発揮しているからこその実体験に基づく実のある発表でした。

講演後皆さんと

講演後皆さんと

2013年、笹川記念保健協力財団に雇われて、直ぐに企画したこの事業の成果が、こうして、日本最大の訪問看護師の集まりで発表出来た・・・私には感無量の一日、二日でした。

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各地の在宅の仲間

少しさわやかな季節になりましたが、朝夕の涼しさ、肌寒さに比べると、日中は、けっこう暑いですね。でも、今年の酷暑を思えば、随分楽になりました。

 

さて、先週末、所用で福岡市にまいりました。時同じくして、開催される「第9回 九州在宅医療推進フォーラム in福岡」への参加を、副大会長の「たろうクリニック」院長内田直樹先生からお勧め頂きました。内田先生には、私どもの日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修の講師をお願いいたしております。

「第9回 九州在宅医療推進フォーラム in 福岡

「第9回 九州在宅医療推進フォーラム in 福岡

所用の後、初日プログラムの最後の懇親会の会場に参りました。びっくりしました。

私どもの研修を終えた40名中、九州地区で開業しているのは、福岡県4名と佐賀、熊本の各1名です。そのうちの一人、福岡市東区で、訪問看護 レイルを開業している野崎さんが本大会のスタッフであることは知っていました。が、ロビーでウロウロし始めた私を見つけて、次々と仲間が声をかけてくれました。宗像市の日本財団在宅看護センター ミモザの長澤さん、北九州市で開業後、まだ、3カ月の在宅看護センター 北九州の坂下さん、そして他の一人は、現在5期生として研修中の佐賀県の馬場さんです。

考えてみれば、5期生にも九州出身者は多く、研修終了後1年以内の開業を目指すとすれば、来年度末には、沖縄、鹿児島、熊本、福岡各1名と、佐賀2名が、「日本財団在宅看護センター」の仲間入りをします。「びっくりしたなぁ、もう・・・」と云いながら、各地各地で、仲間が活躍していることを実感し、とてもうれしくなりました。

在宅看護の仲間たち

在宅看護の仲間たち

大会長のあおばクリニック院長伊藤大樹先生のご挨拶をうかがいながら、これからの地域医療では、ますます、看護が重要になる、看護師が果たすべき役割がある、地域の医師、歯科医師、リハビリ専門家、薬剤師、栄養士、介護士、そしてケアマネージャーや、ソーシャルワーカー、行政との連携も重要と思いました。

2日目は、オランダの在住の比較教育学、社会学者リヒテルズ直子先生の「成熟市民社会オランダに学ぶ~福祉における自律的選択と自立的当事者意識を育む教育」と、大阪大学名誉教授で、哲学者浜渦辰二先生 の「当事者抜きの医療にならないために~エンド・オブ・ライフの現状に焦点をあてて」と、九州の8県からの色々な取り組みの発表をうかがいました。

リヒテルズ直子先生

リヒテルズ直子先生

脳みそへの栄養は、ちょっと詰め込みすぎた・・・満腹感無きにしも非ずですが、勉強になりました。

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地域における看護の役割-第77回日本公衆衛生学会シンポジウムから

先週、福島県郡山市で、第77回日本公衆衛生学会が開催されました。福島県・・・東北大震災時の東京電力福島第一発電所の事故による、放射線災害の地です。学会場になった通称「ビッグパレットふくしま」は、1998年10月に開館し、本年20周年を迎えた正式名「福島県産業交流館」です。あの災害時、最大2,500人以上の被災された方々が数カ月を過ごされたと記憶しています。

それから、7年半が経ちましたが、福島県では、未だに放射能の影響が色濃く残っています。そして、この学会も、テーマを「ゆりかごから看取りまでの公衆衛生~災害から考える健康支援~」とされています。会長講演や、特別講演、優秀発表などにも、災害関連が多く見受けられましたが、そのいずれもが、かの災害が、未だに終わっていないことを示していました。外部にいる私どもが、何もできない、しないではなく、最低限、しっかり関心を持ち続ける必要があると、改めて痛感しました。

共同座長 遠藤弘良先生と質疑応答

共同座長 遠藤弘良先生と質疑応答

5期生と会場前で

1期生と会場前で

さて、日本財団在宅看護センター起業家育成事業は、只今、5期生が先輩や関連施設で、実習中ですが、この学会では、1期生が公募シンポジウムにチャレンジしました。すったもんだの挙句、「在宅看取りの多様性と看護師の役割」のテーマ、共同座長には、財団理事であり、聖路加国際大学公衆衛生大学院研究科長の遠藤弘良先生をお願い致しました。

そもそも、公衆衛生分野は、当然ですが、パブリックヘルス関係の専門家の学会であり、実地の在宅看護のテーマが馴染むだろうか・・・、それに同時並行でいくつものシンポジウムがあるので、相当広い会場に、ポツポツの聴衆かと心配しましたが、180名程度の方々参加下され、そして質問も沢山頂き、地域保健の中の看護師の役割が必要とされ、また、認知されてきていることを実感し、そして、責任の大きさを痛感した次第です。

おまけは、発表者の一人の経営する福島市の看護小規模多機能型居宅介護事業所(看多機)「結の学校」を、発表者全員が突然見学に押し寄せました。きびきびと働いている仲間の姿、学会発表と同じように眩しく見えました。

結の学校

結の学校

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日本のお詫びは、ややこしいアートだそうです。 BBCの記事から

少し前ですが、8月の初めのBBC(英国放送協会 British Broadcast Company)のネット情報で、面白い記事をみました。(BBC 20180806)

タイトルは、日本の「お詫び」はややこしいアートである(The Complex art of apology in Japan)というのです。著者は、観光や旅行関係のコメントを書いているEmma Cookeです。

出だしは、ホントにあり得ないような外国人の経験です。「12時間のフライト後、成田空港から新宿まではバスで移動し、夜中の1時に、ネット予約したAirbnb(エアビーアンドビーとよむ。民宿など各地で宿泊施設を提供する人向けのウェブサイト。世界190カ国以上の33,000都市で80万以上の部屋を提供しているアメリカ サンフランシスコを本拠地とする非公開会社)で選んだアパートに着いた。番号合わせで開く郵便受けに鍵を入れておくと知らされていたが、その番号では郵便受けは開錠できなかった。で、チャールズ・ディケンズの「オリバー・ツイスト」に出てくるスリのように、狭い隙間から手を入れて鍵を取り出した。」

事は夜中の1時過ぎ・・・続きです。

「鍵でドアを開けると、寝間着姿の女性とその娘が、驚いて私たちを凝視していた。」間違った部屋でした。

あなたなら、こんな時どうしますか?

「その親子は、私たちを怒鳴ったり、警官を呼んだりする代わりに、20分間も、なんとかして、私たちの探しているアパートの正しい住所を探す手伝いをした・・・・私たちは一言の日本語も話せず、二人は一言の英語も話せなかったのに」結局、予約したアパートの住所が分からなかったので、日本人親子二人は、礼儀正しく、私たちに謝った。夜中に、部屋に押し入った外人に対して!」

以下、日本語の謝罪の言葉についての論評です。

日本語の謝罪の言葉は多様で、日本に滞在する外人にとって、謝罪とは、ある種の生活様式のようなものに見えているのだそうです。

日本には、非常に多数の謝罪の表現があり、一説では、少なくとも20はある・・・・

スミマセン。ゴメンナサイ。アヤマリマス。ユルシテクダサイ。オワビシマス。モウシワケナイ。カンベンシテ。カンニンネ。ワルカッタ。シツレイシマシタ。ドーモドーモ。これで11個ですが、後9個!!

以下、Emma Cookeさんの日本のお詫び文化の論評に引用されている例です。

コーネル大学で日本語学の学位を受け、JALで15年働き、日本に通じていると思われるローリー・イノクマによれは、「すみません」は「ありがとう」の代わりではなく、「『ありがとう』の意も含んでいる表現とみなされているようです。ですから、「すみません」のうち、本当のお詫び(謝罪)の意味で用いられるのは、精々10%程度、90%は、何と尊敬や礼儀正しさや正直さを示すために用いられており、thank youやsorryというのと同じように「すみません」は、だれかに何かをしてもらったときに、その行為に対して頻繁に用いる。「謙遜の意味が込められ、状況に応じて、謝罪になったり感謝になったりする」と。

『ジャポニスム』の著者で、日本の伝統が、どのようにより思いやりある暮らしを創り出したかに注目するエリン・ニイミ・ロングハーストの言葉の引用です。

「謝る文化があり、また感謝の文化がある。私の好きな逸話の一つに、英国人のおばが会議できた日本人女性の話がある。おばは、この女性を家族の夕食に招いた。女性は、きれいに包装された土産を日本から持参していた。私の幼い弟や妹への土産まであった。夕食への招待は直前にきめたのだが、この女性は、このような場合を想定して、(はるばる日本から)お土産と包装紙を持ってきていた。まったく信じられないことだった。」そうです。

「今年は、ワールドカップが開催され、このような礼儀正しさのすばらしい例が示された。決勝トーナメントの1回戦で敗退した日本チームが、試合の後でロッカールーム全体をきれいに掃除したことは大きく報じられた。さらに、チームはロシア語で「ありがとう」というメモを残していた。」

「もし、謝ることが日本人の礼儀正しさという大きな車の一つの歯車にすぎないのであれば、(日本人の)包括的な文化的概念はどこからくるのであろうか?」

「日本では、近所の人とうまくやっていくために、礼儀正しさが必要で、それは他人への敬意である、とイノクマはいう。東京では、新宿御苑に入るために、あるいは、桜の季節に目黒川岸に向かって、人々が礼儀正しく何マイルもの長い列に並んでいる。それを見ると、礼儀正しく並ぶことの大切さが納得できる。」

日本は、世界でももっとも人口の都市集中が進んだ国で、都市人口率は93.93%である。例えば、ロンドンの人口密度は5,729人/㎢に対し、東京は6,150人/㎢だ。しかも、住民の大多数が首都圏に集中し、毎日、240万人が都心に通勤している。首都圏で暮らす人の平均生活空間22㎡で、文字通り肘がぶつかるような狭さだが、東京中心部ではたった19㎡とさらに狭い。が、この現実を私たちは旅行中に泊ったアパートで実経験済みだ。アパートの部屋は塵一つなく居心地はいいが、信じられないぐらい小さい。限られた空間のなかでは、できるだけ思いやりのある振る舞いをするようになるのは自然なことであろう。」

「『だから、他人の空間への配慮が生まれるのだ』とロングハーストは確信をもって言う。日本の家庭を訪問するときには、必ず靴を脱ぐ。それは、外と内の区別だ。また、『お邪魔してスミマセン』『あなたの空間に入って来てスミマセン』という「迷惑」の気持ちがある。」

「しかし、このような礼儀正しさは、住環境への対応だけでは説明できない。都市を離れて、日本アルプスの静けさのなかにいても、人々は礼儀正しさを失わないどころか、より礼儀正しい。冬場は閉鎖されている上高地の谷を2時間もかけて歩いて登ったことがある。バスが運行している季節なら10分で行ける距離だった。歩いたことを後悔はしなかったが、作業員が車を止めて、乗りなさい、と言ってくれたときには、ほんとうにうれしかった。その前日、奥飛騨旅館へ向かうバスに携帯電話を忘れたことを長時間気付かなかった。携帯を見つけたバスの運転手が、「iPhoneを探す」という携帯の機能を使って、何時間も後に、旅館の住所を探して、わざわざ届けてくれた。」

「ジャパニズム」でロングハーストは、現代日本の文化と伝統の関係を探り、一般的な礼儀正しさの一部としての日本人の謝罪の文化が、気配りに由来すると述べている。『日本人の慣行の多くが、個人と自然界との気配りの関係で説明できる。例えば、茶道では、ある瞬間に人がどこに位置するかを認識することが大切だ。茶を点てるのだが、その行為はお茶を楽しむことだけではなく、部屋に飾られた生け花が季節を表し、壁の掛け軸が一年のうちのどの時期だかを示す。大切なことは、特定の瞬間に人がどこに入るかに気配りすることで、それが、人と人の交わりを通して認識される』という。」

「日本の観光地にある茶室は、このような考えの表象だ。京都の大河内山荘を散策し、竹の格子が入った窓からの景色を楽しみながら抹茶をいただく。自撮りカメラをもった人が群れる嵐山の人気スポットの竹やぶと比べて、大河内山荘には静寂のときがある。」

「東京では、Bar High Fiveのオーナーの上野英嗣が、日本では謝罪が気配りの一部だという考えをさらに掘り下げ、それは共感を相伴うものだという。『必要がなければ、日本人でも謝りたいとは思いません。でも、他人の身になって申し訳ないと思うから、声に出してその気持ちを表すのです。気配りには、身の回りの人に注意を傾けることが含まれますが、謝罪には、他人の気持ちを理解するという、より大きな情緒的な能力に由来します。』」

「日本の犯罪率の低さが、この点を証明している。日本は世界でも、もっとも殺人率が低い国である。上野によると『日本にも犯罪はある。私たちは聖人君子ではない。しかし、道に財布が落ちているのを見付けたら、たいていの日本人はそれを交番に届ける。財布を失くすとどんなに困るかを知っているからだ。もし、自分が財布をなくしたらと考えると、どのような行動をとるべきかが分かる。このことを私たちは幼い子どものときに学校で学ぶ。』 これは鶏と卵の話だ。他人の気持ちを思いやる文化は道徳から生まれるのか、その逆なのか。日本では1958年から、子どもたちに学校で「道徳教育」をして、みんなのために協力することの大切さを教えている。この概念はサムライに由来すると言われている」。

「『この考えは、歴史的にサムライ文化と結びついているが、集団力学を大切にすることに由来し、他人のためになることをするという考えとも関連する』とロングハーストは説明する。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の際に福島第一原子力発電所の対応業務に従事していた人員のうち、同発電所の事故が発生した後も残った約50名の作業員の集団「フクシマ50」について考えるだけで十分だ。」

「日本では、謝ることは万能薬で、独自の複雑な言語に洗練された形で組み込まれている。しかし、言語は日本のより広範な文化の鏡でもある。日本では、『すみません』は、礼儀正しさ、尊敬、道徳の複雑な混合物への窓であり、人口過密な島国での暮らしの現実によって、ある程度説明することができ、また、自分がしてほしいと思うように他人に接するという生き方で説明することができる。文化と言語は複雑に絡まり合っている。『夫によると、礼儀正しさと尊敬は日本人のDNAに組み込まれている』とイノクマはいう。」

とても面白い論評ですね。

なるほど、私たちは、外からはこんなふうに見られているのか、と思います。が、

Emma Cookeの結論は、以下のとおりです。

「しかし、私には上野の説明が分かりやすい。『人は正直で親切で誠実でなければならない。』そうじゃないですか?」。

最後までお読み下さって、有難うございました。

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『シエラレオネの真実』   遠い国の話のようですが・・・

長らくUNICEF東京事務所広報官として活躍され、また、私の国際保健稼業時代のブレイン兼ご意見番的知人の澤良世氏が、『シエラレオネの真実 父の物語、私の物語』を亜紀書房から出版されました。

シエラレオネ、国際分野の人間なら、最悪の保健状態と最短平均寿命の国、紛争関連に関わったものなら、長い内戦と子どもたちの四肢切断という醜悪な報復で、または数年前のエボラウイルス病が猖獗を極めた西アフリカ3か国のひとつとして、あるいはレオナルド・デカプリオ主演映画「ブラッドダイアモンド」の国としてご存知の方がおいでかもしれません。

15世紀半ば、この地に寄港したポルトガル人に、ライオンが吠えているような声?音?が聞こえたため、ポルトガル語で「ライオンの山」と呼んだのが国名の由来です。その後、奴隷制廃止を進めたイギリスが、元奴隷の居住地とし、1808年にイギリスの植民地となりました。以来、イギリスとの縁は深く、著者の父、後に財務大臣になるモハメド・フォルナが留学するのも英国スコットランドのアバディーン大学、そこで著者の母親と結婚します。

第二次世界大戦後の混乱が一段落した1960年代、アフリカは希望の大陸ともよばれ、多数の国が独立しました。シエラレオネは1961年です。しかし、現地人の養成に意を用いなかった宗主国が去った後、西欧型の社会制度は機能せず、国を担うべき人材は育っておらず、しばしば「同じ肌の色の・・」と形容される現地の新興為政者が権力をふるいます。豊富な自然資源が見つかった国々では、外部資本に取り込まれ、不正取引が当たり前、そして汚職、資源からの利益は権力維持と武器輸入に回り、武力行使・・・内戦時代が始まりました。

私は、本の後半を主に「父の物語」と読みましたが、改革派の父が権力者に抹殺される経過を追跡している中、付和雷同する知人や大衆の弱さ、無責任さが際立ちます。一方、「私の物語」的に読めた前半には、留学先の白人女性との結婚、3人の子ども、希望に満ちた帰国、開業、途上国エリートの華々しい成功譚の中で育った混血の少女の話でもあります。その間をつなぐのは、アフリカの黒人の父と、先進国白人の母のDNAを受けた著者でありますが、その芯の通った生き方は父が再婚したアフリカ女性に共通すると思いました。一面、特異な環境下の家族の物語でもありますが、ある国の内部崩壊に巻き込まれた家族がそのエビデンスを明らかにしてゆくドキュメンタリーでもあります。

1964年生れの著者アミナッタ・フォルナは、現在、英国拠点の作家、ジャーナリストですが、やはりシエラレオネのエリート家族の一員、そして今は生母の国イギリス国籍ではないかと思います。

残念なことですが、今でも、途上国には、形は西欧式だが、中身はこてこての現地の伝統が生きています。後半の父の裁判に絡んだ人々の追跡は、国家反逆罪として絞首刑にするための証言をした人々へのインタビューでもありますが、ハンナ・アーレントが『イスラエルのアイヒマン』で述べている「陳腐な悪」でもあります。つまり、どこにでもいる朴訥なシエラレオネの人々が、流れを作ったように、このような事態は、いつでも、どこでも起こりうる、誰でもやりかねないことを示しています。

「父の物語、私の物語」と副題がついているこの約450頁、厚さ約3㎝の大冊は、大いに興味深い一方、なじみない地名、人名、政治グループ名などなど、読み切るのは相当シンドイでした。が、それを超えて読める面白さを私は感じ、週末1日半をかけて、一気読みました。ここしばらく読んできたイギリスの歴史と明治維新との対比もしながら・・・イギリスと日本は、シエラレオネと本質的に何が違うのでしょうか。どの国も国造りの歴史には、武力あるいは権力にしがみついて横暴を極める為政者や権威と戦う改革者が生まれます。そして、いったん権力掌握すると・・・・歴史は、また、繰り返される。

さて、私たちは、幸か不幸か、国造りに関与する機会はほぼありませんが、新しい組織を作ることは日常茶飯事ではないでしょうか。西欧のまねをした形だけのシエラレオネの裁判が機能しなかったように、新たに導入する仕組みをきちんと稼働させるには、制度、用語、言葉の意味を、全員がとは申しませんが、多数者が理解できていない、理解しようともしないでは、うまくは行きません。

自分の国、いえ組織は皆で作り、皆でまもるもの。

その他大勢の無責任モブ(大衆)になって、誰か良いことをしてくれるのを待っていても、あるいは露骨に勝ち組に乗って甘い汁を吸うだけ…では、何も変わらない、とそんな卑近な感想も抱きました。

澤さんと懇意な黒柳徹子氏の推薦の言葉、最後に、しっかり読みました。

シェラレオネの真実 アミナッタ・フォルナ/澤 良世=訳

シェラレオネの真実
アミナッタ・フォルナ/澤 良世=訳

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高齢者の健康と孤独・孤立

「この世で一番強いのは孤独な人間だ」とは、確か、劇作家イプセンの言葉です。威勢の良い言葉です・・・でした。

診療と同時に、まがりなりにも研究に時間を割いていた日々をはなれて、もう30年は経ってしまったこともありますが、近頃は、インターネットで要約が読めることもあって、きちんと論文を読まなくなっています。でも、いじましく、読んでみたいとネットを渉猟しています。そんな中で、ここしばらくloneliness(孤独)という文字が目につきます。そのような論文が急増しているのではなく、独居高齢者特有の気分によるのかもしれませんが、ちょっとあさってみました。

最初に、目についたのは、行動医学紀要(Annals of Behavioral Medicine)という雑誌の論文要約でした。

社会的に孤立して孤独でいることは、特に年寄りの健康と幸福(well-being)にとって危険との認識は世界的に広がっていると、この論文は指摘しています。ただし、自ら独居を望み自立を楽しむ人もいるので、「孤独」と「独居」は、必ずしもイコールではないとしています。なるほど!!独り者の勝手気ままな生活もあり、ですね。が、逆に、感情的に孤独!!と感じるのは、(たとえば、家族の中にいても)「さみしい、一人ぼっち・・」と思う個人の精神的状態によるのだと指摘しています。確かに、いっぱい、人がいることと、誰かが誰かに気を付ける(英語ではconcernという言葉が該当する)は、大いに違います。

この論文の著者らは、50才以上のイギリス人3,000人に行った調査について述べています。結果は、当然のような気もしますが、孤立しておらず孤独でない人は、メタボ傾向がなく、喫煙せず、より健康的な行動をしている・・・そうです。

孤立している、あるいは孤独だと感じている年寄りは、家族や友人のことを思って、健康であろうとする意欲がない、あるいは健康でいようと努力することを助ける人がいない・・・のかもしれないとも指摘しています。(たくさん時間があってやろうと思えばできるのに)独居者が健康的な行動を行わないのは、実際に、社会とつながっていることこそが健康的な行動を続ける理由なのだろうとも推測しています。

さらに、今後、高齢者の健康にとって、どのような社会とのつながり方が必要か、たとえば、家族や知人との顔を見て話す、あるいは電話でもよいのか、などなど考えるべきと述べています。そして、現在は、ソシアルメディア蔓延だが、高齢者の健康に対するオンラインの影響は、まだ、判っていないとしています。なるほど!!私に関しては、携帯は、色々な方とのつながりの最大のツールです。国籍、性別、肌の色、社会的立場、職業を問わず、8才から92才までのメル友がいます。

その他、以下の論文を斜め読みしながら、思うことあります。

現在45カ所になった「日本財団在宅看護センターネットワーク」の仲間たちが、各地で始めている「XXXカフェ」や「YYYサロン」の効果です。それらは、その地の人々の健康や社会とのつながりにどうかかわっているのか。各地の高齢者のお顔はいかならん?イザ!!見学にまいるべし。

20181012-2

20181012-1

目についた論文

社会との関係と健康 Social relationships and health Science241: 540-45,1988

ヒトも動物も、群れ/社会と連携していないと健康の質や量(寿命)が悪く、死亡率が高いそうで、そのメカニズムは不明と述べている。古い論文。

・なぜ孤独はあなたの健康に悪いのか?Why Loneliness Is Hazardous to Your Health. Science 331:138-140, 2011 http://science.sciencemag.org/content/sci/331/6014/138.full.pdf

大学入学、就職など人が孤独を感じることは沢山あるが、長期間の孤独は、心血管、免疫、神経系に悪影響を及ぼし、独居者が短命であるかについての研究を解説。

・ 高齢者の孤独 Loneliness in Older Persons Arch Intern Med. 172:1078-1083. 2012 doi:10.1001/archinternmed.2012.1993

60才以上のアメリカ人1,604名について調べた結果、孤独はADL(日常生活動作)の低下を来たし死亡の危険性を高めていることを報告。

・死亡リスク要因としての孤独と社会関係 Loneliness and social isolation as risk factors for mortality. a meta-analytic review.  Perspect Psycho Sci 10:227-37, 2015

1980~2014年の孤独、社会的孤立、独居生活の影響と死亡に関する論文のメタ解析。初期健康状態の影響はあるが、性別、追跡期間、世界の地域によらず、社会的孤立は他の確立死亡リスク同様に危険。特に65才未満ではより危険。

・孤立と孤独者における過剰死亡リスクの影響。英国バイオバンクのコホート研究によるデータの分析 Contribution of risk factors to excess mortality in isolated and lonely individuals: an analysis of data from the UK Biobank cohort study. Lancet Public Health 2: 260-266, 2017 https://www.thelancet.com/journals/lanpub/article/PIIS2468-2667(17)30075-0/fulltext

孤立、孤独による死亡率上昇は既知だが、何が真のリスクか、約47万人を6年半追跡して分析。

社会的孤立、孤独と死亡の関連性の解明Unravelling the associations between social isolation, loneliness, and mortality Lancet Pub. Health e249-250, 2017

孤立、独居が死亡リスクとされるが、健康状態の劣化が孤立や独居をもたらすのではないか、また、喫煙や社会的不平等も影響するのでは・・

増えている孤独問題 The growing problem of loneliness. Lancet 391,426, 2018 https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S0140-6736%2818%2930142-9

イライラや死亡率増加が孤独と関係する。

高齢者における社会的孤立、孤独と健康行動Social isolation, loneliness, and health behaviors at older ages: Longitudinal cohog study. Ann Behave.Med. 52:582-592, 2018  doi:10.1903/abm/kax033

52歳以上のイギリス人3,392人についての10年間の経過観察。孤立は健康行動と関係するが、禁煙とも関係している。

・1/3が孤独なアメリカ人、どうすれは良い?One in three older Americans is lonely. Here’s what can help. TIME Sept. 24, 2018 http://time.com/5404616/older-adults-loneliness/

アメリカでは18~22才と高齢者が最孤独。45歳以上の1/3は孤独と申告。物理的孤立や社会活動がないのが最悪。信仰グループに属するか、結婚しているか、定期的性活動があればそうでない。

・睡眠不足が社会からの逸脱と孤独を作るSleep loss causes social withdrawal and loneliness. Nature Communication.(2018) 9:3146 https://www.nature.com/articles/s41467-018-05377-0.pdf

孤独は睡眠障害を起こすが、逆に、不眠や睡眠の質が悪いと社会性を損ない孤独、孤立をきたす。

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ブログ番外編 ご機嫌おうかがい、台風お見舞い、そして「在宅の仲間たち」再開のお知らせ

皆さま

台風一過とは申せ、また、猛暑が戻るとの予想、いかがお過ごしでしょうか?

災害続きですが、つつがない日々であることを祈念しております。

さて、東京では、今朝ほど通りかかった赤坂離宮/迎賓館横に、倒れた大木が道をふさぎ、すべての車は回り道を余儀なくされていました。人命にかかわる被災の少なからんことを、切に祈ります。

近頃は、すべての災害が、それまでに比べ、規模を強めていますが、今回も、「非常に」と形容詞がついた強い台風24号でした。当初北西に進路を取っていたのに日本列島に近づくと東北に向きを変えました2018年9月30日午後8時頃頃、和歌山県田辺市付近に上陸し、近畿圏から東海、北陸を暴風圏に巻き込み、日本列島を縦断する最悪のルートをとって、東北に抜けつつあります。当然、広範囲が暴風雨圏となり、空や海の便は申すに及ばず、新幹線や各地の鉄道、海の便で運休や欠航が続きました。でも、今年は災害続きだったせいか、各地の避難も、いち早く行われたように思いました。

とは申せ、台風は、まだ、東北から北海道に向けて進んでいます。各地の被災の小さからんことを!!

高齢者の多い地域…と申しても、日本全体がそうですが、取り分け、自宅療養者がおいでのご家庭では、気がもめることも多いと思います。私どもの仲間の在宅/訪問看護センターでは、災害に際して、いち早く、利用者やそのご家族、スタッフの安全確認をする体制が取れていますが、ご近隣に孤立されているお宅がないか、目配り気配りをお願いします。

さて、7月に予定していた大阪の仲間からの投稿が、6月18日の大阪北部地震で中断し、そのまま夏休み?になってしまっていました。

10月1日、気持ちも新たに、再開致します。引き続きのご愛読をお願い致します。

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私たちはアジア人!!  財団開祖の「人類は、皆、(兄弟)姉妹」を思い出した第5回日中韓看護学会

3連休に、第5回日中韓看護学会が、国連大学で開催されました。

三つの国の看護協会会長のご講演も基調講演も、参加できた特別セッションも、皆、興味深いものでしたが、まず、私の受けた、的外れな印象です。

かつて国際保健業に携わっていた頃、砂漠近くの、日干し煉瓦造りの要塞のようなお住まいで、ターバン風のかぶりもの、黒々と伸びた髭の、いかめしい顔つきのアフガニスタンの部族長老が、「ワシらアジア人は(We Asian are・・・)・・・」と仰せになった際、ちょっとギョッとしました。当時の仕事柄、“We”と仲間に入れて頂くのは、ありがたいことでしたが、精悍だっただろうその長老とその遺伝子を継がれたであろう鷲のような容貌の一族たち(女性は姿を見せない)と、軟弱で平坦な顔つきの私のどこに、あるいは何が「アジア人」としてくくれるのか、と思いました。

第5回日中韓看護学会で、参集された約300名の看護専門家を拝見していて、久しぶりに、「私らアジア人!!」と思いました。黙っておれば、どなたがどの国からか、まったく判らないほど、雰囲気は類似していました。国籍や年齢を超え、ユニバーサルに共通する看護という責務が、そのような感じを与えるのか、あるいは、この三カ国には、国籍、人種、専門性をも超えた共通の趣があるのか、定かではありませんが、一見では、「コンニチハ!」、「你好(ニィハオ)!」、「안녕하세요(アンニョンハセオ)!」のどれを使うか、ほんとに戸惑いました。おしゃれや、私のような白髪隠しの毛染めもありましょうが、皆、髪の毛はマッ黒。アフガンのような厳しい容貌ではなく、ややフラットな鼻梁、穏やかなお顔つき、まさに“We Asian nurses!”でした。そして皆、キラキラ輝いて見えました。

笹川記念保健協力財団の開祖笹川良一翁の「世界は一家、人類は皆兄弟姉妹!」を実感した一日でした。

講演会場でも、ちらほら、旗袍(チイパオ)をお見かけしましたが、懇親会での中国組は、概ね民族衣装、残念ながら、韓国のチマチョゴリや日本の和服は皆無でしたが。

これもその昔、部族が多い国では、それぞれの言語の統一ではなく、植民地化された場合、英語やフランス語といった外来語が「共通言語」つまり「公用語」になりました。中韓の専門家では、日本語の堪能な方もおいででしたが、対話は英語・・・もし、3カ国が一つにまとまったら、公用語は英語…しっくりこないですが。

さて、笹川記念保健協力財団では、日本看護協会の要請にこたえて、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」一期生で、岡山市で「訪問看護ステーション 晴」を経営している赤瀬佳代氏が、特別セッション「高齢者ケア」で、発表しました。典型的でもあり、また、多様な問題を抱えた在宅療養者の経過を述べつつ、今後、ますます必要度が高まる地域包括医療サービス制度における看護の役割、あり方を述べました。

予想通りとも申せますが、高齢者ケア、就中、在宅に関して、世界の先頭を走っているわが国の第一線在宅/訪問看護師の、vividな(実際に目で見るような)発表に、中韓両国から、実際の看護、家族への対応、経費、保健制度、人材育成のあり方等々、多数の質問がでました。そして、すでに在宅看護事業所を経営している韓国の看護師とShin看護協会長から、是非、視察に!!とのお言葉も。「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」は、開始当時から、国際展開を想定してはいますが、実際に訪問したり、受け入れたりすることが予測よりも早く動くかもしれないと、ちょっと焦り、ちょっと興奮しました。いずれにせよ、中国の65歳以上人口は既に2億4千万と日本と韓国の総人口よりも多く、何よりも世界最大の人口を抱え、最速高齢化過程に入った、日・中・韓3カ国です。

「われわれアジア人」として、世界の高齢者ケア、在宅ケアの適正なモデルを構築したい、しなければならないと痛感しました。赤瀬さん、ご苦労様でした。

中国、韓国の発表者と質疑に応答する赤瀬氏

中国、韓国の発表者と質疑に応答する赤瀬氏

われらアジア人の日中韓の看護師諸氏 記念撮影

われらアジア人の日中韓の看護師諸氏 記念撮影

 

[会長ブログ ― ネコの目]
十日の菊 重陽の節句は昨日でした。

中国ではゲン(験=縁起)の良い最大の陽の数「9」が重なる9月9日を重陽(チョウヨウ)の節句として愛でてきました。菊の節句でもあります。その日に間に合わずに、10日に咲いた菊や、10日に届ける菊は、時宜を外した、役立たずの例えに使われます。

節句と云えば、1月7日人日(ジンジツ 七草かゆを頂く)、3月3日上巳(ジョウシまたはジョウミ 桃の節句、女の子のためのお雛祭ですが、これはわが国では平安時代頃にもあった習慣から)、5月5日端午(タンゴ 昔は男の子のためでしたが、現在は子どもの日)、7月7日七夕(タナバタ)とあわせて、それぞれ季節的な催しをする目途(メド)でもありました。

十日の菊と同じように、端午の節句は、菖蒲(アヤメ)なので、六日のあやめという云い方はありますが、3月3日の桃・・四日の桃とか、7月8日七夕に用いる笹をもじって、八日の笹とかはありません。今日は、9月10日ですから、本日のチョウヨウの節句と題するブログも十日の菊的であります。

陰陽思想(オンヨウシソウ)では、奇数が陽の数で、その陽数最大が9、その9が重なるから「重陽」なのです。では、なぜ、奇数が重なった時に節句なのでかです。奇数が重なると陽の「気」が大きくなりすぎて不吉になるから、それを打ち消すための行事が節句という考えだったそうです。が、またまた、陽の「気」が大きくなると、なぜ、不吉なのか・・・
中国の奥深い習慣です。
陰と陽の数といえば、 その昔、北京で働いたとき、京劇によく参りました。劇場では、右半分は偶数席が2、4、6、8・・・と並び、左半分は、1、3、5、7、9でした。最初、知らずに25,26などと買うと、友人は彼方という次第でした。並んだ席を買うには、連続数ではなく、飛び飛びの座席番号を求めねばなりませんでした。

まぁ、それはおいて、中国の重陽の節句ですが、南の方では、長寿祈願や健康を願い、菊を飾ったり、お酒に菊の花びらを浮かべたりする習慣がありました。日本では、確かに、9月頃から菊のシーズンです。その昔、各地の遊園地などで、菊人形が展示されていました。私も、若い頃は、毎年、祖父を車に乗せて、ひらかたパーク(関西では、ユニバーサルスタジオ以前、最大の遊園地だった。)の菊人形見物に参ったものでした。テーマは、しばしば、NHKの大河ドラマからとられており、さしずめ、今年なら、菊まみれの「西郷(せご)ドン」でしょうか。

久しぶりに枚方パークのホームページを拝見しましたが、高齢者向きイベントではないものがならんでおりました。時間と多少の小金を持った高齢者、ふらりと行ける遊園地もあってもよいかと思いますが・・・フラワーの欄はバラと桜・・・菊は若向きではないのですね。

12年間お世話になった宗像市では、昨年世界遺産となった沖ノ島につながる宗像大社 で、毎年11月に西日本菊花展が開催されます。これは菊人形ではなく、各種各様に工夫された菊そのものの展示ですが、なかなかに見応えがありました。毎年、11月初めの展示開始時と中頃に見て回りました。沢山の屋台も出て、学生諸氏と廻ると、色々な食べ物を一口ずつ堪能できる余得もありました。もちろん、もっぱら、会計係を期待されていた気も致しましたが。

日本の国花をご存知でしょうか?

実は、公的な国花というものはないのだそうですが、桜も菊も日本を象徴する国の花であることは否定できません。桜前線とか開花日が報じられますが、秋の菊は、その点、ちょっと地味。しかし、皆様のパスポートの表紙、皇室のシンボルが十六葉八重表菊であることも、国をあらわす花としての菊の価値を示していると思います。春の桜とともに本来のシーズンが秋の菊も大いに愛でたいものですね。

[会長ブログ ― ネコの目]
橋を架ける

「橋をかける」 突然、皇后陛下のお著書・・・ご講演を本にされた際の題名・・・が思い浮かびました。

二つのハンセン病療養所があるが故に、長らく「離島」状態だった岡山県瀬戸内市の長島と本州を結ぶ橋が架けられたのは1988(昭63)でした。「人間回復の橋」とも呼ばれる邑久<オク>長島大橋の開通30周年を迎え、かつて、島に強制的に隔離された人びとからお話をうかがい、隔離政策とは何だったのかを考え、架橋によって象徴される解放への思いを共有するために、2018年9月1日、瀬戸内市保健福祉センター ゆめトピア長船で開催されたシンポジウムに参加しました。

シンポジウムは、野の花診療所院長 徳永進先生の基調講演と、邑久光明園 青木美憲園長司会のリレートークからなりました。どちらも興味深く、胸にズシンと響くものでした。ここでは、なぜ、皇后陛下のご著書を思い出したかを記します。

リレートークは、司会者の淡々とした歴史事実の説明後、登壇者が、それぞれ発言を繰り返すやり方でした。島側の長島愛生園から石田雅男氏、邑久光明園からは山本英郎氏が、おそらく、何十度も何百度も繰り返されたであろう当時の状況や困難、そして想いを語られました。

実際の橋の長さは185m、島と本土の間の海峡はたった30m、ひと泳ぎ・・・もないほどなのですが、越えねばならない空間は何と長く広かったのかとの思いが、両サイドのお話で痛感されました。

本土側からは、瀬戸内市裳掛地区コミュニティ協議会の服部靖会長と、NPO法人むすびの家 柳川義雄副理事長がコメントされました。そして、その後、当日の司会進行も担当された岡山県立邑久高等学校の佐藤朱里さんが、前の世代の想いを、どう受け止めるかを、若々しいハリのあるお声で話されました。それをうかがっている時、突然、私は皇后陛下の「橋をかける」を思い浮かべたのです。

「橋をかける」は、1998(平成10)年、第26回IBBYニューデリー大会(The 26th Congress of The International Board on Books for Young People New Delhi, 1998)においての皇后陛下の基調講演の書籍化の際のお題です。この「子供の本を通しての平和--子供時代の読書の思い出(Peace Through Children’s books ― Reminiscences of Childhood Readings―Keynote Speech by Her Majesty Empress Michiko of Japan)」基調講演の全文は、宮内庁のホームページに、日本語英語があるので、ぜひ、拝読下さい。

以前にも書いたのですが、私は、このビデオ講演を南米のボリビアのホテルの、少し寒い部屋で拝聴しました。WHO本部勤務時に出張した際のことでした。部屋に入ってTVをつけたら、柔らかい日本語が流れたのです。ボリビアなど南米では、日系人が多く、日本語放送が多いのですが、アレッ、皇后陛下のお声?と思った時、画面が現れました。コートも脱がないまま、長いご講演をうかがいました。日英二か国語なので、何人もの外国の友人にも進呈しましたが、皆、異口同音に感動を伝えます。

若い高校生佐藤さんの、この地に起こった歴史を受け止める責任を担って生きる!との、凛としたご発声を聞きながら、私は「橋をかける」の中で、陛下がかかれていたケストナーの「絶望」という詩の節を思い出しました。貧しい一家の少年が1マルクを持ってパンとベーコンを買いに行く、気が付くとお金がない、・・・いつまでも帰らぬ少年を心配して探しにきた母親に、少年は激しく泣く・・「彼の苦しみは、母親の愛より大きかった・・・」

 隔離された人々の世代には、隔離した側の人間も存在したはずです。あるいはシンポジウムの参加者の中に、そのような記憶のある人もおいでかもしれないとも思いました。そして、物理的に橋が架けられて30年を経た2018年のシンポジウムが、それらの人々の間にも、さらに、それらのすべてを含め、過去の世代と今、未来を生きる若者の間に大きな橋が架けられた・・・そう思いました。

当日の参加者は、登壇者や主催者同様、この一帯の歴史的存在と、シンポジウムの副題でもある~過去、現在そして世界遺産へ~の想いを共有されているのでしょう。

美智子皇后の「橋をかける」  すえもりブックス、文春文庫など。

美智子皇后の「橋をかける」 
すえもりブックス、文春文庫など。

 

シンポジウム・壇上の様子

シンポジウム・壇上の様子