[活動レポート ― ホスピス緩和ケア]
在宅の仲間―番外編

暑中お見舞い申し上げます。

この度の西日本豪雨禍で亡くなられた方に哀悼の意をささげますと共に、まだ行方のわからぬ方々とそのご家族や避難を余儀なくされている多くの方々に、心からお見舞い申しあげます。

先般の大阪の地震に続く広域大災害もあって、ホームページ連載中の「在宅の仲間たち」が足踏みしております。

言い訳がましいのですが、夏休み・・・させて頂きます。

2014年度から始まった笹川記念保健協力財団が実施する「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の2018年度は、猛暑の中、熱い研修の日々が続いています。この5期生17名を含めますと67名の仲間となります。

が、下の地図をご覧いただきますと、白抜きの、未だ仲間のいない地域も沢山あることは歴然です。各地域の人々に安心を保障できる看護師の拠点を、さらに増やしてまいりたいと思っていますが、開業済の仲間は、今次の災害でも応援体制を考えてくださっています。精神論は好みませんが、日々の緩やか連帯とともに、イザ!!の際の強固な在宅看護師魂をうれしく感じています。

皆様、猛暑の日々、ご自愛下さい。

日本財団在宅看護センター開業地図
日本財団在宅看護センター開業地図

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち8-近代化の歴史の町 田川で生まれた「むゆうげん」

事業所名:NPO法人 むゆうげん無題

日本財団在宅看護センター ホームホスピス「わこの家」

所在地:〒822-1406 福岡県田川郡香春町香春84-1

TEL/FAX:0947-32-7511

副理事長:原 享子 研修1期生

開業:2015年4月1日

HP: http://muyuugen.org/wako

 

「香春岳(かわらだけ)は異様な山である。けっして高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ。」

無題2五木寛之の「青春の門筑豊篇」の冒頭に出てくる田川郡糸田町にあるカラスオ峠から見た香春岳の描写です。

私たちNPO法人「むゆうげん」は、福岡県筑豊(ちくほう)の田川市で2015年4月1日に産声をあげました。筑豊の由来は、その昔の前国と前国の頭の字をとったものですが、「ちくほう」と聞くと、ある種感慨を覚える方は沢山いらっしゃると思います。

「むゆうげん」が事業展開している、その田川地域は、かつて国の基幹産業だった炭鉱で栄え、そして1960年代以降のエネルギー革命により衰退を余儀なくされました。人口減少と過疎化が進み、2017(平成29)年3月末現在の人口は約12万9千人、高齢化率は40%に限りなく近づいています。高齢化に加えて、炭鉱に代わる地場産業が乏しいこともあって、介護関係事業がかなり多いことも特徴かもしれません。訪問看護事業所も、実に26ヵ所のステーション、みなし指定の訪問看護も精神科病院を含めるとかなりの数にのぼります。

さて、私たちNPO法人の理事6人は、高校の同級生仲間。事務所探し、NPO法人設立登記、指定居宅サービス事業者申請、スタッフ募集等々、何もかも6人の新米理事たちにとっては初めての体験でした。数々の失敗談は語りつくせないほどあります。

2013年12月のことでした。ちょっとした興味から、私どもは、福岡県久留米市の「ホームホスピスたんがくの家」の見学に参りました。NPO法人「たんがく」の理事長樋口様の熱いご案内と説明に一同感動の極みでした。その理念はもちろん、そこに住まわれる方たちの明るいまなざし、日本家屋の佇まい、お庭、介護スタッフが醸し出す明るく優しい空気といった環境にも魅せられ、定年退職後にやるなら「これ!!」と、仲間全員が想いを一つにしたのでした。

樋口理事長の強い勧めもあり、翌年2月には、宮崎市のホームホスピス第一号「かあさんの家」にも伺い、理事長市原美穂様のご説明を聞き、ますます熱く感じるものがありました。

志高く設立を目指したNPO法人ですが、理事6人の中で保健医療従事者は私1人、訪問看護ステーション管理者の経験があるとは申せ、病院付きのぬくぬく環境での仕事であったこともあり、起業のノウハウなど全くの素人でした。

そんなときに飛び込んできた情報が「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」だったのです。定年前に病院を早期退職し、しばらくは母には親孝行、夫や孫にも時間が作れるなどと考えていたのですが、神様は休む間を与えては下さいませんでした。

笹川記念保健協力財団現会長喜多悦子先生が企画された「看護師が社会を変える!」とのスローガンの下の「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の一期生になるべく、2014年6月、期待と不安をないまぜに上京しました。翌2015年1月までの8カ月間、第一線でご活躍のご高名な講師の方々による座学のほか、起業家としての心構えや行動学などなど、徹底的に学ぶことが出来ました。

これまで看護師、ケアマネジャーなどに携わってきた私ですが、ことがおカネのこととなると頭の中でシャッターがガラガラと大きな音をたてながら降りてきます。そんな私に「おカネに弱くってもあなたには仲間がいるでしょ、大丈夫だよ。」と励ましてくださった喜多先生の言葉が今でも蘇ります。

法人名「むゆうげん」には不思議な響きがあります。無限の友→無友限→むゆうげんと命名しましたが、ホームホスピスの理念でもある「とも暮らし」にも懸けられています。

共に働く仲間たちと

共に働く仲間たちと

2015年10月1日、多くの方々のご協力もあって法人最初の事業である「日本財団在宅看護センター訪問看護一会<いちえ>」を開所致しました。2人のスタッフも、私同様還暦前の熟年看護師、ゆっくり、じっくり在宅医療や介護保険について学びながら利用者ゼロ(0)人からのスタートでしたが、24時間365日、いつでも相談可、必要と判断すれば訪問も進んで行う、安心丁寧のケアを行うことを貫いてまいりました。

起業4期目の現在、常勤看護師5名、登録契約の非常勤看護師2名、PT2名、常勤事務職員1名と、やや大所帯に近づいています。ゆるゆるがモットーではないのですが、利用者数もかなり緩やかな曲線を描きながら、ようやく右肩上がりとなってきました。2018年4月のレセプト請求数は36名、うち医療保険20件、介護保険17件、訪問件数455件でした。

利用者様自身が自立した生活を過ごせるようになること、あるいは亡くなられたり施設に入所されたりなどで、訪問終了になった方々の転帰は様々ですが、折々に感謝の言葉を頂くと、老体に鞭打ちながらも「またがんばろっ!」と前を向いて進んでいくことができます。

田川地域は、介護施設の数も充足されており、人々は在宅介護より施設入所を選択できる事情から訪問看護も必然的に施設に赴くことが多くなっています。

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わこの家入居者様とのお花見

当法人が運営している「ホームホスピスわこの家」もそのなかの一つであり、この「わこの家」を運営発展させていくことが、私たちの最大の目標でもあります。2018年4月で開所2周年を迎え、とも暮らしの住人の方々もようやく定員7人となり、満室状態です。2年の経過の中、まだ、看取り経験のないホームホスピスですが、実は、現在、まさにお看取りに向けてのおひとりとそのご家族に医師やケアマネなどとともに心のこもった対応を心掛けさせていただいているところです。(この原稿推敲中2018年5月25日、最初のお看取りをさせていただきました。)

これまで、入居者が3~4人という期間が続いたことで、介護職員への教育には時間を十分にかけられたのではないかと思っています。

苦手なおカネ、帳簿は赤色!ずっと赤・・・これは経営者にとって最大頭を悩ませる問題です。事実、スタッフのお給料が払えなくなるのでは・・・という恐怖で夜も眠れぬ日々を過ごしました。開所から度々襲う体の不調・・・おカネのことをよく判らないが故の不安は思っているより大きいのでしょう。

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お誕生日には大きなケーキで

それでも、1日は24時間、どんな出来事があろうと明日はやって来ます。新しい1日が始まると気分も一新されます。が、また、別の新しい課題をつきつけられる・・・この繰り返しが人生なのでしょう。しかし、最近は、どんな困難な課題にも神様は「ちょうどいい具合」に折り合いをつけてくださるものなのだと悟れるようにもなりました。

「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の、いわば卒業研究発表でしょうか、研修の最後の2015年1月に発表した「事業計画」に沿って、一つずつゆっくりではありますが、目標に近づけていることを実感する今日この頃です。

「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」という研修受講が、私の人生の別の扉を開いてくれたと同時に、その後のあと押しや、また、多くの仲間たちの励まし、その全てが今の私の財産であり、私の中の核として誇りに思っているところでもあります。

2017年3月末までの6年間、福岡県看護協会職能Ⅱ委員としての経験や昨年受講の機会を得られた「エンド・オブ・ライフケア援助者養成基礎講座」での学びから、微力ながら地域貢献を目的として住民レベルでのディグニティセラピーやアドバンスケアプランニングの普及に向けてケアカフェの企画を計画しているところです。

今まさに苦しみの中にある利用者さまにとって、何が穏やかに過ごせる条件になり得るのか、「苦しみを分かってくれる人」としての私になれるよう、日々努めて参りたいと考えています。

地域のハブとなる在宅看護センターとして認められることを目標に「むゆうげん」は無限の友とともに邁進してまいります。これからも末永くご指導よろしくお願い申し上げます。

文責 原 享子

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
2018年度「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業 開講式を開催しました

今年で5年目を迎える「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業は、17名の受講者を迎え、6月11日に開講致しました。

開講式では、日本看護協会前会長/東京医療保健大学副学長の坂本すが氏、2期生で都内で開業し活躍中の在宅看護センター本郷(http://home-carenurse.com/) 代表の直江礼子氏より激励の言葉をいただきました。

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受講者代表の三浦比呂子さんからは「研修に参加した同じ志を持つ仲間と、様々な学習を通じてこれまでの経験を言語化し、普遍化するとともに、仲間として礼節を重んじ、絆を深め、助け合いながら切磋琢磨して、全員でより高い目標に向かって歩んでまいりたいと思います」と力強い決意表明が述べられました。

式の最後には、日本財団の笹川陽平会長より「これからの老人医療、終末期医療の在り方の革命家」 である受講者へ向けて、「目配り、気配り、心配り」を大切にするという経営者の心得が送られました。
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本事業の受講者は、2019年1月までの8ヶ月間、多方面で活躍される講師を迎えての講義の他、現場経験を養う為の実習、国際機関や企業の見学、学会参加、起業計画の立案を経て、全国での起業を目指します。
1~4期生の50名に加え、5期生17名の今後の活躍にご期待ください。
当日の模様は、日本財団ブログ ソーシャルイノベーション探訪にも掲載されております。あわせてご覧ください。

[活動レポート ― ホスピス緩和ケア]
「老化に伴うこころとからだの変化」学習会のご案内

当財団では、ホスピス緩和ケア、終末期ケアおよび在宅医療等の必要性を、保健医療関係者から一般市民まで幅広い層を対象に周知啓発する活動、または地域における生活・療養・医療・介護・看取りを支えるための多職種間連携強化等に対する助成をおこなっています。今年度は、医師、看護師、介護福祉士など、18名が助成活動中です。

ご紹介する鈴木晶子さんは、地域の方々が自ら在宅医療や介護について考え、病気や障がいを持っても「自分の選んだこの町で暮らしていける」と思える機会を作る活動をしています。この度、活動のひとつとして、6月2日(土)に東京都足立区北千住で学習会「老化に伴うこころとからだの変化」が開催されます。どなたでもご参加いただけますので、関心のある方とお誘い合わせの上、ぜひご参加ください。

本会に関するお問い合わせ・お申し込みは

北千住訪問看護ステーション 電話03-3882-8386 FAX03-3882-8581

まで直接ご連絡ください。

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[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち7-桜の遊歩道に面したお屋敷が在宅看護の拠点 群馬の華佳(はなか)

法人名:一般社団法人 安寿
事業所名:日本財団在宅看護センター華佳(はなか)

所在地:群馬県前橋市石倉町2丁目14番地5
TEL:027-226-1102  FAX:027-226-1103
代表理事・管理者:高橋 佳子(緩和ケア認定看護師)研修2期生
開業:2017年4月1日
HP:http://www.kangocenter-anju.com/

 

「在宅看護センター華佳(はなか)」は、群馬県前橋市にあります。県庁が望める利根川沿いの自然豊かな住宅地の一角、桜の遊歩道脇の風格のあるお屋敷が事業所です。無題

一般社団法人「安寿」代表理事、日本財団在宅看護センター「在宅看護センター華佳」管理者をつとめる高橋は、伊勢崎市民病院をはじめとする病院勤務が30年、一般的にはベテランと呼ばれる域に達していた看護師です。が、それがどうして在宅・・・です。

たまたまですが、20代の頃から訪問看護にかかわる機会があり、いずれはこの道に入ろうと決めていました。主に、緩和ケアチーム専従看護師として働いた頃、「家に帰りたい」と望む患者さんを在宅につなぐ役割と、病院窓口として訪問看護師の相談に乗ることや主治医につなぐ役割を果たす機会がありました。退職前の数年間は管理当直も担当しましたが、その都度、孤独死が増えている状況を実感し、胸のざわつく想いが致しました。

どのように在宅での医療・看護に関与するか、一歩を踏み出せずに悩んでいた時、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を知り、『これだ!』と確信しました。

振り返れば、岐路に立った時、いつも日本財団研修とのご縁がありました。初回のホスピスナース養成研修、2回目の緩和ケア認定看護師、そして導かれるように3度目の研修に満を持して勇躍応募しました。

「在宅看護センター華佳」は、博愛と社会貢献を理念に、「病気があっても、認知症があっても『自分らしく』『穏やかに』『住み慣れた地域』で暮らせるお手伝いをする」ことをモットーに開業して1年を迎えました。

この1年、医療保険対応が6割、介護保険が4割程度でやってまいりました。看取りは11件でした、想定内でしょうか。一方、予測通りというには、ちょっと悲しいことは、独居と老々介護が利用者の5割を占めることです。日々の暮らしは介護サービスのサポートで何とかなってはいますが、「話を聴いてくれるのが嬉しい!」と。不安を抱えながらの日々を過ごしておられる方々がいかに多いかを肌で感じると共に、訪問を待ち望んでおられる様子と拝見する笑顔からは、私どもの介入がお役にたっていることを実感させられます。

無題22018年2月、群馬緩和医療研修会で発表の機会を得ました。
看護師起業家として「時々病院、ほぼ在宅」の担い手となる為に、専門職の多職種間だけでなく、隣人知人ご親戚など、インフォーマルなサポーターの関与につなげていくこと、看護を必要としている住まい(小規模多機能居宅や有料老人ホームなど)へ柔軟に細やかに介入していくこと、さらにアドバンス・ケア・プラニング(Advance Care Planning:ACP)をも、日頃の会話から汲み取れる機転と包容力ある人材育成に努力することなどを発表しました。

この1年間は大波小波の連続でした。職員の突然の退職、がん経過中の利用者が多いこともありますが、クライアント数が不安定、さら前橋市内の訪問看護事業所が40カ所を超えたことなど、2年目プロジェクト名を「生き残り大作戦!」とし営業、研修会、何にでも顔を出してのアピールです。

スタッフは4名。2018年春、小児医療センターの定年退職者とPCU(Palliative Care Unit、緩和ケア病棟)勤務経験者が入職、対象者の幅の拡大と質の高いケア提供に向け精進します。

今年度は、緩和ケア認定看護師としても「QOL・QOD」の質向上に向けて、近隣市を含めた研修会を行い、地域全体の訪問看護ステーションの質の向上に貢献してまいりますが、前橋市の特長は全国屈指の開業医の多いところ、開業医とのより良き連携のチャンスを増やすためにも、医師会主催研修会へも積極的に参加したいと考えています。

さて、過去1年、利用者さんから頂いた応援の声々・・「訪問看護は正直期待していなかった。でも、華佳さんは全く違う、愛がある。」「華佳さんという、素晴らしい在宅看護センターのお世話になれた母は幸せ者・・・」「次に起こること、次に起こることを丁寧に教えてもらいながら、自分も1日1日覚悟を決められた。こんなケアをしてもらえて、有り難い。」から、「他の方々の為にも、これからも、良い仕事をして下さいよ。だから、身体を壊さないように!」などのお気遣いまで、多々励ましのお言葉も頂戴しています。今一歩が欲しい「華佳」ですが、必ずや確実な軌道を描けることを信じて2年目、頑張ります。

春は桜、夏はあじさいと四季折々の自然に癒され、元気を頂いています。今年は、取分け見事な満開を楽しみました。利用者様とのお散歩もご覧ください。

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文責 高橋佳子

[活動レポート ― 公衆衛生の向上]
放射線災害医療サマーセミナー2017報告書が出来ました

2017年8月22日~27日の6日間、医学部、看護学部、薬学部等の多職種学生対象のセミナー「放射線災害医療サマーセミナー2017」を福島県立医科大学、長崎大学と共催で実施しました。
全国から15名が参加、前半3日間は福島市内で講義と演習、4日目以降は福島第二原発見学後、川内村、楢葉町を拠点にフィールド実習をしました。今回は受講生OB/OG5名が、フィールド実習のチューターとして参加、川内村、富岡町、飯館村の3グループに分かれ、震災後の取り組み、仮置き場見学、語り部による町内視察等を通じて、福島とそこで暮らす人々の思いや現実を自身の目で見て考える機会となりました。
セミナーの概要をまとめた報告書が出来上がりましたので、ご覧いただければ幸いです。

サマーセミナー2017報告書

HPアイコン

 

[活動レポート ― 公衆衛生の向上]
国立ハンセン病療養所医療従事者フィリピン視察2017報告書を公開しました

cover_Philippines2017_s2017年12月、第4回 国立ハンセン病療養所医療従事者フィリピン視察では、8日間でセブ島・クリオン島・ルソン島(マニラ)の3島を訪れ、フィリピンの療養所、病院、皮膚科クリニック、患者会、保健省で、治療やケア、研究や教育(医師の養成)、政策決定の場を視察しました。2017年度は医療従事者に加え、ハンセン病の歴史保存に関わる方にもご参加いただき、医療面だけでなく、人類の遺産としてのハンセン病の歴史をいかに保存するにも焦点を当てた訪問となりました。

ご参加頂いた方々に、視察のレポートをまとめていただきました。

フィリピン視察2017報告書

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち6-早春の十和田市 名は体を現わす 緑の杜

事業所名:一般社団法人緑の杜
日本財団在宅看護センター「みどりの風訪問看護ステーション」
所在地: 青森県十和田市西十二番町10-20石倉荘1
日本道100選にも選ばれた官庁街通りに面する十和田市立中央病院北側の住宅地、その一角にある古い小さなアパート
TEL: 0176-58-6727 FAX:0176-24-3989
代表理事・管理者(所長):太田緑(緩和ケア認定看護師)研修3期生

開業: 2017年4月1日
HP:https://midori-mori.jimdo.com/
Facebook:みどりの風訪問看護ステーション

 

十和田市と云えば、皆、奥入瀬と十和田湖を思い浮かべられましょう。
「みどりの風訪問看護ステーション」は、その青森県の十和田市を中心に、病気や障害があっても、人生最期の時を住み慣れた処、自分らしく生き続けられることを支える訪問看護を目指して開業し1年が過ぎました。

2018040602一般社団法人「緑の杜」代表理事、日本財団在宅看護センター「みどりの風訪問看護ステーション」所長をつとめる太田は、事務所に近い十和田市立中央病院に30年の長きにわたって勤務してきた緩和ケア認定看護師です。勤務の間、地域医療連携室次長また緩和ケアチーム専従看護師として、患者やご家族また医療や介護の専門職からの相談も受けてまいりました。病気や障害を抱えた地域の人々が、最後まで、安心してご自宅で過ごされるためには、何よりも地域の医療とケアの連携が重要だと考えるようになっていました。そんな中で、笹川記念保健協力財団が行う「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」研修を受講しました。

緩和ケアを学んだきっかけは、30年前、「家に帰りたい」と切望された入院患者の希望を叶えられなかった経験から、せめて苦痛だけは取り除けないかとの想いからでした。今のように介護保険制度や訪問看護ステーションもない時代でした。現在では、病気の種類や重さにかかわらず、在宅療養は可能です。が、地方では、深刻な医師不足に加えて、医師の高齢化もあり、医師中心では安心して在宅療養を行えない状況もあります。

「看護師が社会を変える」と書かれた受講生募集パンフレット、日本財団笹川陽平会長と笹川記念保健協力財団喜多悦子会長の対談を拝読し、受講を決めました。8ヵ月の研修の最後に事業計画をまとめました。研修修了と同時に法人設立し、4月に開業し、ちょうど1周年を迎えました。

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ただ、訪問して看護するのではなく、その活動を通じて、地域の未来創出にも貢献する、そんな自負を持ちつつ看護三昧の毎日を過ごす、そんな風に考え言えるようになれたのは、あの8ヵ月研修での成果・・・自分なりの切磋琢磨の結果だと思います。あるスタッフは、オリエンテーションで、私が夢を追加し、説明したところ、ここで働けてよかった!と、少々大げさでしたが、お蔭様で、私自身のモチベーションもアップしました。

現在スタッフは、看護師6名。アットホームな雰囲気の中、「未来を創る」という大きな夢に向かって、まい進中です。まだまだ日々の訪問看護の利用者数は少ないですが、ご縁をいただいた方は60名となりました。0歳から100歳まで、予防から看取りまでを支えたいと考えておりますが、どうしても看取りの方が多く、かかわる時間が短いことが多いのが現状です。「みどりの風」では、利用者様が亡くなられた後も、ご家族のグリーフケアをさせていただいております。

「みどりの風」のスタッフは、訪問看護経験者が少ないのですが、どのスタッフも病院にいる時と家にいる利用者様の顔が全く違うことを感じています。とても穏やかで、そしてとてもいい笑顔やチャーミングな顔をされるからです。この笑顔を少しでも増やすために、働いていると言っても過言ではないと思います。とはいえ、経営者・事務・訪問看護師の3足の草鞋を履いて、駆け回るのは大変です。特に、慣れない診療報酬の請求には悩まされ、各方面にご迷惑をかけた1年だったと思います。

十和田市は、明治維新に先立つ江戸末期、吉田松陰の「東北遊日記」に荒漠たる原野とありますように、元は原野でした。現在の十和田市は、この地の碩学新渡戸稲造の祖父新渡戸傳(ニトベツトウ)に始まる開拓の成果です。奥入瀬川から11,362Kmものトンネルを掘り、陸堰を造設し、人工河川稲生川によって引水し、開拓した結果です。

2018040601八枚の葉っぱが集合した法人のロゴは、「緑の杜」を表します。「杜」という文字は、人の手で作り上げる「もり」、地域に必要な多様な事業が杜を構成するイメージです。その中の葉っぱ1枚が「みどりの風訪問看護ステーション」であり、風(みどりの風)が葉を揺らし、新たな未来を創る大きな風車になるようにとの願いを込めました。葉にとまったてんとう虫(天道虫)はかけがえのない命のシンボルです。

ちょうど1年を迎えるにあたり、なにか新しいことを加えたいと考え、ポケットエコーの導入を決めました。先日、地域の大学から先生をお招きして、1周年記念の研修会を開催しました。ステーションスタッフだけでなく、地域で開業されている先生や他の地域の病院看護師、近隣の公立病院看護師にも参加していただきました。訪問看護ステーションで、エコーを導入しても、報酬はいただけません。しかし、エビデンスのあるアセスメントをして、確かな技術と質の高い看護が提供できると考えております。

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また、ご利用者ご家族の強い希望があり、自費の訪問看護サービス(オーダーメイド訪問看護サービス)も開始しました。他のステーションとの差別化は重要であり、今後も地域や利用者の希望があれば、他にない看護サービスも検討していきます。

さらに、2年目にあたり、「偲ぶ会」の開催や、「暮らしの保健室」の開設も予定しております。

地域の方々に、「みどりの風」を知っていただくのはもちろんですが、少しでも安心して、心強く思っていただける存在になれればと思っています。

人は誰もが必ず生命(いのち)の終わりを迎えます。最期の時まで、自分らしく生ききることを全力で支えさせていただけるように、「みどりの風訪問看護ステーション」は、これからもひたむきに全力で看護をさせていただきます。

文責 太田緑

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち5-岡山 日限(ひぎり)地蔵尊が見守る 岡山在宅看護センター晴(はる)

晴

事業所名:

合同会社 岡山在宅看護センター晴

所在地:岡山県岡山市北区表町

3-21-1細堀マンション201

電話:086-201-3986

開業:2015年3月17日

代表社員:赤瀬佳代 看護師

Facebook:岡山在宅看護センター晴

 

 

もう5年前になります。看護が独立して、あるいは自立した看護師が病気を持った人々の生命と健康をどのように護ればよいのかと思い悩んでいたこともあって、日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修を受講する決心をしたのは。

思えば、8ヵ月の研修は長くも短くもありましたが、2015年1月、開業計画・・・というよりは10年後までを想定した開業・運営計画を発表しました。そして、2ヵ月後の3月に合同会社「晴」を立ち上げ、実際の訪問活動を7月に開始しました。2018年3月17日に会社設立4年目を迎えます。現在のスタッフは看護師9、事務1名で、石の上にも3年と申しますが、漸く思い描いていたものが形となってきたのを実感しています。訪問看護の利用者数も、お蔭様で1ヵ月100名に近づき、ご縁を頂いた方々はもうすぐで200名となります。

晴事務所

予防から看取りまでを支えたいとは思いますが、振り返ると何と多くの方をご自宅でお看送りしたことでしょう!それぞれの方が望む所で、望むように生をまっとうされるお手伝いが出来ること、それこそが私たちの働き続ける大きな原動力です。最近では、“いざという時に備えて!”と、予防と緊急のためでしょうか、介護度の低い方からの訪問依頼が増えてきています。時代の流れでしょうか。

「晴」では、地域の方々が一日一日を健やかに過ごされることをお手伝いするため、2015年11月から、毎月1回の「いきいきサロン晴れ晴れ」を開始しています。最近は、毎月20名程度の常連ご近所様が参加下さいます。ここでは、岡山市推奨の介護予防体操「あっぱれももたろう体操」や時期に応じた健康講話などを行います。地域と繋がることで、ちょっとした困りごとがあった時、相談しあえる関係、繋がりが築けてきていると実感します。次なる展開は、本年4月から、このような地域活動を近隣ステーションと協働実施することで、支援地域と機会を拡大したいと考えています。

晴れ晴れ

最近は、病院サイドでも在宅/訪問看護との連携が重要になってきていると聞きます。「晴」では、2016年9月から、近くの大規模医療施設である川崎医科大学総合医療センターと提携を開始しました。すなわち、同医療センターから、長期の看護師出向を受け入れています。病院側からみた目的は、在宅療養支援を理解し、真に利用者に益する退院・外来支援の実践ができる看護師育成にありましょう。当方にとっても、在宅でのケア・看護と病院でのそれを双方向で理解し合い、病院側からも在宅ケア側からも、共によりスムーズな連携がとれるようになってきたと強く感じています。

さて、このシリーズも5番目なので、少し、研修の効果、つまり何が良かったかを振り返ります。8ヵ月研修の大きな学びは、既に起業家看護師としての経験をもち、困難な時代を切り開いてこられた先輩方の実践を学べたことにあります。確かに、現在は比較的起業しやすい時代になっています。それでも、振り返れば、今日にいたるまで、実に沢山の困難苦しみがあったのも事実です。そんな時、先達からご教示いただいたご経験と置き換え、また、各種の示唆からも考え、困難を乗り越えるための冷静な目、耐える精神力、切り開いていこうとする意志を培ってこられたのだと申せます。研修内容もさることながら、この間にめぐりあった人々との繋がりこそ起業後の大きな支えであり現在の財産になっていると言えます。

事務所の斜め向かいには、有名な「大雲寺 日限(ひぎり)地蔵尊」がおわします。私の一日は、毎朝、出勤時に、この柔和なお顔のお地蔵様にご挨拶することから始まります。苦しい時の神頼みではありません。今日も一日恙なく終えられることを祈りますとともの、初心を全うできることの決意表明です。

地蔵

ひとつひとつの事業所ができることは限界があります。が、日本財団在宅看護センター起業家育成事業のモットーである「看護師が社会を変える」のように、「晴」からの発信も、少しずつ、地域の皆さまに浸透しているように思います。それは、看護というものが、病気を治す=医療とともに、例え病気があろうとも、生きてゆく=生活の双方を把握するものであり、それが故に、利用者様目線の実践につながるからではないでしょうか。病める人、高齢者、障害者も含め、地域に暮らすすべての人々の暮らし丸ごとを看て護るのが看護です。

看護によって人々の健康を護り、地域社会丸ごとの保健レベルの底上げが可能なら、ケアを受ける人もそれを担当する私どもともども一体となった健やかなコミュニティつくり、街造りに貢献できるよう「晴」一同は、引き続き、働きかけてまいります。

春爛漫の岡山、「晴」にもお立ちより下さい。

文責 赤瀬佳代

[活動レポート ― 公衆衛生の向上]
2つの国からハンセン病を見つめる〜2017年度ハンセン病医療従事者フィリピン研修を終えて

2014年度にスタートしたハンセン病医療従事者フィリピン研修も4回目となり、今年は2017年12月6日から13日の8日間で、セブ島・クリオン島・ルソン島(マニラ)の3島を訪れ、フィリピンの療養所、病院、皮膚科クリニック、患者会、保健省で、治療やケア、研究や教育(医師の養成)、政策決定の場を視察しました。また、療養所に付随する資料館では、ハンセン病の歴史を保存する試みが活発に行われている様子も見ることができました。

今年度の参加者は、医療従事者のみに止まらず、ハンセン病資料館ご所属の方や、療養所の社会福祉士としての経験から療養所内の歴史の保存に関わる方が2名いらしており、医療面だけでなく、人類の遺産としてのハンセン病の歴史をいかに保存するにも焦点を当てた訪問となりました。非常に興味深かったのは、エバースレイ・チャイルズ療養所で、歴史保存を担当しているスーザンさんも、実は、もともとは社会福祉士でいらしたこと。「なぜ、ハンセン病の歴史を保存する役割を担うようになったのですか?」との問いに、「ここ(療養所)で出会った人が好きで、目の前にいる人々の歩んできた道を残したいとの思いがあった。すると、見えない糸に導かれるように、私の前に歴史保存の道が拓けて行った。私はただ、その自然の流れに従っているだけ」と。スーザンさんは、現在、おびただしい数のカルテの整理や、楽器や本など、残された品々がもつそれぞれの物語の編纂に尽力しています。

ご承知の通り、すでに日本ではハンセン病の新規発症例はほとんどなく、ハンセン病療養所に勤務する方であっても、急性期にあるハンセン病の症状に触れたご経験のある方はまれで、そもそものこの研修の出発点というのは、そんな日本のハンセン病医療従事者の方に、現在進行形の疾病としてハンセン病と対峙しているフィリピンの医療を体験していただくことでした。研修を受けた皮膚科クリニックでは、様々な病症をもつハンセン病の症例の紹介のために、お子さんからご老人まで、20名近い患者さんがわざわざやって来てくださっていました。症状を見せてくださっている間、うつむき、じっと一点を見つめる人、症例紹介が終わると、真夏の暑さだというのに、頭からすっぽりと目出し帽をかぶりそそくさと立ち去る人。また、患者会で出会った、顔にはっきりとハンセン病の斑紋のある、4ヶ月の赤ん坊を抱いた若い母親。ハンセン病を発症して、親兄弟からも絶縁されたと涙ながらに語る青年。市の保健所で投薬治療をほぼ終えたという少年は、ハンセン病による神経のダメージで、小指と薬指に障害が残っていました。研修に同行して私たちの滞在をサポートしてくれたアランさんは、今回訪問したホセ・レイエスメディカルセンターの患者会のハンセンズ・クラブの元会長で、現在はCLAP(Coalition of Leprosy Advocates in the Philippine/ フィリピンハンセン病回復者・支援者ネットワーク)の事務局として、積極的にハンセン病に苦しむ方々の支援をしていますが、折々に、ハンセン病を発症して、全く変わってしまった自身の人生について、体験を交えつつ語ってくれました。そんなフィリピンで出会った方一人一人の姿に、日本の療養所で普段接している入所者の方々の在りし日の姿を重ね、それはまるで現在と過去のパラレルワールドを体験しているような気がしたとは、表現は違えど、多くの参加者から聞かれた声でした。ご参加の方々の研修報告は、ただいま、報告書として取りまとめを進めていますが、アンケートに寄せられた参加者の方々の声の一部を抜粋でお届けして、事務局からのご報告の結びといたします。なお、フィリピン研修報告書は3月末頃、財団HPに公開予定です。

  • フィリピンの療養所を見学することで日本の40年~50年前の療養所の姿が想像出来ました。厳しい状況の中を乗り越えられてきた高齢化した入所者の方の残りの人生を充実させることができればと思いました。
  • なによりも各訪問先の皆様に暖かく迎え入れてくださり、丁寧に質疑に応じてくださったことに感謝申し上げたいです。その中でもクリオンがとても印象に残っています。日本のハンセン病療養所は子供がいないところが一部を除きほとんどですが、クリオンは隔離された方々の子孫が島民の半数以上を占めているとのことでした。隔離の島としての悲しい歴史だけでなく明るい島の歴史を残していくという言葉に未来を感じました。
  • 入所者様に対して改めて敬意をもって接することができます。ハンセン病の啓発活動を自分なんかがおこがましいと思っていましたが、この研修で学んだ事で今後啓発活動の必要性を感じ、少しはできるのではと思っています。
セブCLAPの事務所にて、回復者の方々と一緒に

セブCLAPの事務所にて、回復者の方々と一緒に


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