[活動レポート ― 在宅看護センター]
起業家育成事業修了式

「日本財団在宅看護センター」の起業・運営を目指す看護師の育成事業は、1月29日に第1期生の修了式を行いました。
厚生労働省、日本看護協会、訪問看護財団からの来賓、本研修の講義を担ってくださった講師、加えて多くのメディア取材も入り、少しばかり緊張に包まれた式となりました。8ヶ月間の研修を修了した17名は、日本財団笹川陽平会長から手渡された修了証を胸に、同志との別れを惜しみながらも、起業家らしく凛とした面持ちで巣立っていきました。
今後は起業に向けて、それぞれの地元での活動が本格始動します。この春には、第1号となる日本財団在宅看護センターが横浜にオープンします。以降、続々と第一期生による本センターが開業予定です。
第二期生の応募締切日を3月15日まで延長しています。起業家を目指す看護師の方、ぜひご応募ください。

https://www.smhf.or.jp/news_hospice/3818/

理事長ブログもぜひ、あわせてご覧ください。
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[活動レポート ― 在宅看護センター]
「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業 第1期生起業計画発表会のご報告

起業家ナースを養成する本事業は、先日、起業計画の発表というクライマックスを迎えました。
昨年6月から8ヶ月間に及ぶ本研修に臨んだ17名の受講者による発表は、それぞれに描く「日本財団在宅看護センター」について、開設地域のデータ分析、それに基づき浮き彫りになった問題点への対策を踏まえ、事業計画としてまとめ上げました。
専門家による個別の指導のもと、経営者としてのマネジメントや収支計画についても具体的に盛り込まれています。
センターの形態は株式会社、一般社団法人、NPO法人など様々ですが、日本の地域社会における看護や介護、リハビリや予防といった住民に開かれた保健サービスを提供するという目的は同じです。
17通りの計画が着実に実現するよう、財団では引き続きサポートをしていきます。
今後、第1期生は1月29日に修了式を迎え1年以内の開業に向けて本格始動します。
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[活動レポート ― ハンセン病]
ひろがるハンセン病の歴史保存の動き

1980年代の治療法の確立以降、全世界で精力的に展開された対策活動により、ハンセン病の状況 は大きく進展しました。しかし華々しい科学の勝利の一方で、ハンセン病は「終わった問題」として、その歴史は急速に忘れられつつあります。そのような中、歴史保存の動きが広がり始めています。

国立ハンセン病資料館を見学するブラジルからの参加者

国立ハンセン病資料館を見学するブラジルからの参加者


変化するハンセン病の世界
最も古い感染症の一つであるハンセン病は、その長い歴史を通し、世界各地で恐れられてきました。ハンセン 病にかかった人はその病気のために、生きる場、手段を 奪われ、偏見や差別は家族にも及びました。1980年代の有効なハンセン病治療法の確立、世界レベルでの制圧目標の決定、治療に必要な薬剤の無償配布により、登録患者数は大きく減少しました。その一方で、ハンセン病は「終わった問題」として認識されるようになり、病気と共に生きた人々の歴史、治療に尽くした人々の歴史、ハンセン病をめぐる当事者・家族・社会の歴史 は急速に忘れ去られつつあります。
なぜハンセン病の歴史を残すのか
「辛い過去は忘れたい」、「何十年もたって社会も病気のことを忘れて、差別がなくなってきたところだ。いまさら社会の人に問題を思い出させないでほしい」。さまざまな国でハンセン病の歴史を残そうとする人たちが耳にしてきた言葉です。なぜハンセン病の歴史を残すのか。病気のために差別した過去の過ちを忘れないため、医学や科学のさらなる発展のため、病気と共に生きた当事者の思いを語り継ぐため、さまざまな「問題」を持つ人々が共に生きる社会の実現に活かすためなど、理由は多くあります。日本では1970年代から、療養所入所者が史料を集め、1977年、多磨全生園の一角に、ハンセン病図書館が開館されました。この図書館に集められた資料の多くは、現在の国立ハンセン病資料館に引き継がれ、病気を体験した人たち自身による「自分たちの生きた証」である歴史を語り継いでいます。
第1回国際ハンセン病歴史保存ワークショップ
当財団と国立ハンセン病資料館は、ブラジル、マレーシア、フィリピン、台湾からの参加者と、オーストラリアの講師を招き、2012年10月第1回国際ハンセン病歴史保存ワークショップを開催しました。第1回ワークショップ終了後に大きな動きがあったのは、 フィリピンでした。当事者ネットワーク、国家歴史委員会、 国立公文書館、国立療養所、保健省が協力体制を築き、国レベルでの歴史調査と、各療養所における保存活動を開始したのです。
第2回ワークショップ
開催から2年がたった本年10月末に、タイ、ネパール、 マレーシア、コロンビアからの参加者に加え、前回ワークショップ開催後に歴史保存が大きく展開したフィリピンから講師を招き、第2回国際ハンセン病歴史保存ワークショップを開催しました。すでに自国にてなんらかの歴史保存活動を開始しているか、現実的な計画がすでに立てられており、準備を開始している参加者による今回のワークショップでは、日本とフィリピンの経験共有の後に、各国の現状と保存計画の発表を受け、その後に参加者全員で各国の保存計画について検討しました。
これから
第2回ワークショップは、特にネパールのように現在でも多くのハンセン病患者をかかえる国においては、歴史が過去の問題ではなく、現在の保健問題への注意を喚起する役割も担うことが確認されるなど、新しい学びもありました。ワークショップで出された提言は次の通りです。
*世界各国でハンセン病歴史保存に取り組む人々の ネットワークの立ち上げ
*歴史保存の取り組み共有の場/ツールの確保
*専門技術・知識の共有
*歴史保存に関する予算の確保
*各国の歴史保存計画見直し
*歴史保存に必要な国内外諸機関との関係構築
*第1回・第2回国際ハンセン病歴史保存ワークショッ プ参加者による、世界歴史保存宣言の発表
*世界ハンセン病の日での歴史保存の訴え
参加者の帰国後、コロンビアでは歴史保存委員会が組織され、活動計画を協議、タイではハンセン病ミュージ アムを作るための関係者協議が開始、ネパールではワークショップの報告がされ、これから国レベルの歴史ワークショップが計画されるなど、ワークショップ終了後も参加者は熱心に活動を続けています。各国次回のワークショップまでの展開が期待されます。
第2回国際ハンセン病歴史保存ワークショップ参加者

第2回国際ハンセン病歴史保存ワークショップ参加者

[活動レポート ― 在宅看護センター]
「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業 2015年度実施概要

笹川記念保健協力財団では、2014年度より新規事業として「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業を立ち上げました。

第一期生は17名が無事に研修を修了しました。現在は、既に事業所を開業した方もいますし、開業に向けて準備を進めている方もいます。

第二期生は経験豊富な中堅看護師が8名集まりました。いよいよ8ヵ月に及ぶ研修が始まろうとしています。

「日本財団在宅看護センター」は、看護師を中心とした地域包括的な在宅医療を担う事業所です。地域の医療施設や地域包括支援センター等と連携し、地域住民の入退院や健康管理をはじめとするプライマリケアを提供することを目的としています。本事業ではその趣旨を理解し、「日本財団在宅看護センター」を起業・運営することが出来る看護師を育成します。なお、受講及び起業に際し各種支援を準備しています。

住民ひとりひとりが主体的に健康管理をし、その住民の生きる力を最大限に活かすことが出来るのは、人が生きるプロセスに寄り添うことが出来るジェネラリストとしての看護師です。

 

日本の医療・看護の未来を変える、自分自身の将来を変える、

私たちは強い気持ちで取り組んでいきます。

 

この度、2015年度の実施概要をまとめた募集要項が完成しました。

みなさんのご応募を、お待ちしております!

2015年度募集内容

2015年度募集内容

 

なお、その他今後の更新情報はホームページにて、随時お知らせします。

[活動レポート ― ハンセン病]
マレーシア発「家族の絆」を取り戻そう

子どもを産むことは許しても、育てることは許さなかったマレーシアのハンセン病療養所。出生後まもなく、生まれた子供は、園外の親族や国内外に養子に出されました。高齢化が進む入所者の一目でいいから我が子を見たいという思いと、実の親を探したいという第2世代の思いをつなげる取り組みが進んでいます。
スンゲイブローの子どもたち
英国植民地下最大であり、世界でもフィリピンのクリオン療養所に次いで2 番目の規模であったマレーシアのスンゲイブロー療養所の入所者は、子どもを産むことは許されていましたが、育てることは許されていませんでした。誕生直後から所内の乳児院で育てられた子どもは6カ月になる前に園外の親族に、それが叶わない場合には国内外に養子に出され、時には宗教、言語、文化も異なる家族のもとで成長し、多くが結婚し、新しい家族と暮らしています。高齢化が進む入所者の最大の願いは、出生後まもなく連れ去られた我が子との再会。近年になり、第2世代の中から、第3世代にあたる子どもも成人し、ひと段落したところで、実の親を探したいという人が出てくるようになりました。
私の親を探して
ノラエニさんは、生後半年でスンゲイブローから養子に出された1人です。スルタンの運転手だった養父をはじめ、温かい家族に恵まれ、宮殿で過ごした少女時代は幸福なものでした。自分が養子であることは知っていましたが、養父母への配慮から、実の親の所在は探しませんでした。手がかりが出てきたのは、養母の死の翌日でした。遺品から養子縁組の書類が出てきたのです。そこには、イスラム教徒として育てられた自分の実の両親は華僑であり、しかもスンゲイブロー療養所の住人である、という驚きの事実が記載されていました。 夫や子どもたちの全面的応援を受け、ノラエニさんの実の親探しの旅が始まりました。スンゲイブローの引き裂かれた親子の絆を取り戻すための活動をするイーニー・タンさんと出会い、療養所の記録、州で保管される誕生記録などさまざまな記録をたどった結果、自分には姉がいること、父はすでに退所していること、母はすでに死亡していることが分かりました。姉と父の所在は、今でも分かりません。イーニー・タンさんは、せめて母の眠る墓を見せたいと、療養所の墓地で、母親の名前の刻まれた墓を探し歩きました。ノラエニさんの母との再会は墓前でしたが、その横には、ノラエニさんを信じ、支えてくれる家族が立っていました。
あなたは1人ではない
ノラエニさんはイーニー・タンさんと書き上げた「墓地での再会」についてこう語ります。「この本にはハンセン病についての情報もありますが、私たちはこの本を通して、親から引き離され、まだ親を探す勇気のない第2世代に、こう伝えたいのです。『あなたは捨てられたのではない。養子に出されたのは、愛されていなかったからではなく、隔離政策のため。希望を持って生きてほしい。あなたは1人ではない』」親子の絆を修復するためには、親と子の双方の気持ち、家族の理解と応援、そしてハンセン病に対する社会の理解が必要です。 当財団は 2013 年度より、子どもに会いたい、親を探したいという気持ちをつなげながら、ドキュメンタリーフィルムの制作や、さまざまなイベント、ブログやフェイスブックなどを使い、第2世代、その家族、社会のハンセン病に対する考えを変えるための取り組みを支援しています。

家族の絆を取り戻す活動を続けるノラエニさん(中央右)、イー ニー・タンさん(中央左)と、ノラエニさんの息子(両端)

家族の絆を取り戻す活動を続けるノラエニさん(中央右)、イー ニー・タンさん(中央左)と、ノラエニさんの息子(両端)

[活動レポート ― ハンセン病]
フィリピン台風被害緊急復興支援 Part 2

台風被害復興進むクリオンフィリピンパラワン州北部クリオン。2013年11月の超大型台風で大きな被害を受けました。当財団の支援で、家屋や公共施設の復旧、生活の糧を失った人たちの生活再建などの復興が着々と進んでいます。

クリオンはマニラの南西、パラワン州の北部に位置する

クリオンはマニラの南西、パラワン州の北部に位置する

2013 年後半、さまざまな困難がフィリピンを襲いました。9月には諸民族解放戦線の一部のグループが南部サンボアンガ市侵攻。当財団が立ち上げ準備から支援をしている全国ハンセン病回復者と支援者ネットワーク(CLAP)に全面的に協力をしてくれてきた、スールー療養所の所長も人質となり負傷しました。多くの死傷者と避難民を出す事態へと発展しました。10月には中部ボホール島を中心としてマグニチュード7.2の直下型大地震が発生しました。
そして続く11月には観測史上例を見ない勢力となった超大型台風30号(現地名ヨランダ)がレイテ島やサマール島を中心に広範囲にわたって襲い、1,600 万人を超える被災者を出しました。被害の最も大きかったレイテ島の状況はフィリピン内外でも連日報道されましたが、その他の地域の状況が伝えられることはありませんでした。クリオンの台風被害台風ヨランダは、かつて世界最大のハンセン病隔離施設があったクリオン行政区でも猛威をふるい、住民の75%が被災しました。台風の通り道から外れることが多いクリオンで、ヨランダの前に台風被害が出たのは、 約25年前のことです。その25 年前もヨランダよりはるかに規模の小さいものでした。台風が過ぎ去った翌朝、クリオン療養所ならびに総合病院には多くの人がやってきました。家が壊れた、漁業用ボートが壊れた、屋根が飛んだ…。自身も被災している病院職員たちが調べたクリオンの被害状況は想像を絶するものでした。天候不順のため電話もつながらず、停電と断水が続く中、雨風を防ぐ屋根も壁も失った人たちは、沿岸に建っていた避難センターに身を寄せましたが、住む場所も家財道具も生活の糧も失い、先行きの見えない日々でした。

沿岸に建っていた家屋跡

沿岸に建っていた家屋跡

病院がまず手掛けたのは、被害状況把握と支援優先順位付けでした。当財団は病院との協議を重ねた結果、多くの個人、団体のみなさまからのご寄付を受け、まず緊急支援として、米を始めとした食料や毛布の入った緊急支援パックを1,570家族に配布すると共に、クリオン島周辺の島での巡回医療の支援を行いました。クリオンにもNGOや政府機関から被害状況把握のために、人が派遣されてきましたが、いずれも被害状況を視察するに終わり、支援にはつながりませんでした。人々の焦燥と不満が高まる中で、フィリピン内外の団体・機関による支援活動に先駆けて行われた当財団の緊急支援は、長い復興への道のりを歩き始める気力と希望となったとのことです。復興の第一歩初期の混乱が収束しつつあった、台風襲来から1カ月半後、病院と当財団は、復興に向けての協議を始めました。フィリピン政府の復興予算も視野に入れ、支援優先順位が高く、なおかつ予算確保が非常に困難だと見込まれるものとして、数多くの要請やニーズの中から病院側が挙げたのは、完全に倒壊した回復者男性寮、 住民家屋、教育施設、歴史ミュージアムと100周年記念碑の修繕、生活の糧を失った人に対する生計復活支援でした。協議を重ねながら現地の状況確認をし、2014年3月に復興支援を決定しました。これまでに35 軒の家屋修繕、小学校2校と中高学校1校の修繕・建設、歴史ミュージ アム修繕、100 周年記念碑修復が行われ、回復者男性寮の修繕、そして中高学校1校の水施設整備も行われる予定です。家屋も教育施設も地域住民が積極的に修 繕や建築に労働力を提供してくれました。また、台風により漁業に必要なボートや網、農作物や果樹、豚や鶏 を失った人々が生計を立てていけるよう、ボートや網、農作物の種、家畜、雑貨販売のための自転車を提供しました。そして今みなさまからのご寄付を受けて行われた、クリオンにおける台風被害緊急支援・復興支援に続き、現在では小規模ながら家屋修繕やボートの供与を行う団体も出てきました。また政府による病院施設の被害支援の動き もあり、クリオンの復興も第一段階を終えました。クリオン療養所ならびに総合病院のクナナン院長からは、クリオンが台風直後の混乱から立ち直り、復興の道をたどり始めるために、最も支援を必要としていた時期に、最も必要な支援を提供したことに対する感謝が伝えられました。今後は地方行政が中心となって計画を立て、復興をめざすことを期待するという前向きな言葉をもらい、当財団のフィリピン台風被害復興支援は、現在進行中の男性回復者寮の修繕と、中高学校の水設備整備をもち、完了いたします。みなさまからの温かいご支援に心より感謝いたします。

修繕された家屋

修繕された家屋

[活動レポート ― 公衆衛生の向上]
[グローバル]WHO笹川健康賞 2014

WHO笹川健康賞は 1984年、「世界の人々に健康を」という WHOの掲げる目標に賛同し、当時のWHO 事務局長Dr. Halfdan Mahlerと日本財団初 代会長笹川良一氏により創設されました。プ ライマリ・ヘルスケアの分野においてユニー クかつ革新的な活動を展開し、人々の健康増 進に大きく貢献している方々を顕彰すること で、今後のさらなる活動の発展を奨励するこ とを目的としています。これまでに個人27名 と24団体が受賞しています。 表彰式は毎年5月にWHO本部(スイス)に て開催される世界保健総会席上にて行われ ます。

30回目となる2014年度は、ドミニカ共和国のハンセン病対策のパイオニア「フベルト・ボガエルト・ディアス博士記念ハンセン病コントロール財団/ドミニカ皮膚科研究所」に賞が贈られました。ハンセン病をはじめ皮膚病、HIV/AIDSなどの性感染症の治療・研究を行っている機関で、1963年にDr. Hubert Bogaert Diazによって設立されました。当時、ドミニカでは診断の遅れから重篤な後遺症を引き起こすハンセン病患者が多く見られましたが、同団体が中心となってハンセン病制圧活動を行い、病気の蔓延を防ぐための医学的アプローチを行うと同時に、住民への病気の正しい知識の啓発、医療従事者への教育などにより、病気の早期発見と適切な投薬治療を実現し、同国のハンセン病発症率の低減に大きく寄与しました。

WHO笹川健康賞の受賞団体には副賞とし て4万ドルの賞金が贈られます。今年の賞 金はドミニカ共和国のさまざまな皮膚病を 抱える子どもたちの治療格差の是正のた めに使われる予定です。投薬や紫外線保護 服、家族へのサポートなどを主に行います。

活動レポート2014SHP

[活動レポート ― 公衆衛生の向上]
活動レポート

過去の記事は、以下のページでご覧いただけます。
 ハンセン病
 ホスピス緩和ケア
 公衆衛生の向上

[活動レポート ― ハンセン病]
フィリピン台風被害緊急復興支援 Part 1

フィリピン台風被害緊急復興支援へのご協力ありがとうございました。2013 年11月8日にフィリピンを襲った大型台風ハイエン。パラワン州北部のクリオン島の被害の報告を受け、当財団では同地への支援を決定しました。同時に財団のホームページなどを通して、広く寄付を呼びかけました。5月末日までという短期の募集期間にもかかわらず総額¥1,342,900のご寄付を頂戴しました。ご寄付は全額、復興支援のために活用させていただきます。ご賛同をいただいた皆さまの温かいご支援に改めて感謝申し上げます。クリオン島への支援の実施にあたっては、クリオン療養所所長兼総合病院院長のクナナン医師が、被害状況の確認や緊急状況評価、ニーズ判断を行い、昨年12月にはまず緊急支援(食料品や医薬品、燃料、家屋の応急処置的修繕資材等)を1,570 世帯に届けました。この3月には、中長期的復興計画への支援として、家屋や学校など建物の改修と台風によって生活の術を失った人々への経済自立支援を実施し、現在、現地では着々と工事が進められています。
クリオン修復工事中の学校


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