[活動レポート ― ホスピス緩和ケア]
笹川記念保健協力財団 看護師研修 in 北海道 日本財団ホスピスナースネットワークチーム+日本財団在宅看護センター起業家育成事業4期生 ~地域医療・保健の実際とスピリチュアル・コミュニケーションを学ぶ~

 2017年10月27日~29日、日本財団と笹川記念保健協力財団は、これまで行ってきたふたつの看護人材育成に参加下さったメンバーの合同チームで北海道に参りました。

 この例年の地方研修も5回目、秋深まる北海道は帯広と札幌での研修兼旧交を温め、未来を語る集まりに全国から60名を超える看護師がご参集下さいました。

 多様なプログラムは、初日の帯広「市民活動プラザ六中」見学から。廃校になった中学校舎をリニューアル活用し、障がい者や高齢者が住み慣れた地域で生きがいや役割を持って暮らせる地域社会を目指す「地域の支え合いの拠点」です。多数自治体が本施設見学をされるのは、どこでも廃校舎問題を抱えているためでしょうとのこと。続いて、今や池田町の主要産業となっているワイナリーを見学し、宿舎に到着しました。

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教室がだれもが利用できる格安食堂に変身

 初日の講演前、日本財団尾形武寿理事長から、「複雑な問題を抱える日本の地域医療に必要なのは看護師である」と力強いエールを頂きました。続く研修その1は「地域の在宅看護センターの現状」日本財団在宅看護センター起業家育成事業3期生で、本年4月、帯広郊外音更町で「在宅看護センターちせ」を開設した片岡順子氏、同1期生沼崎美津子氏「看護小規模多機能型居宅介護施設『結の学校』」(福島市)、同2期生岡本直美氏「つかさ 在宅看護センター Lanaケア湘南」(神奈川県藤沢市)と同長澤祐子氏「在宅看護センターミモザ(福岡県宗像市)が、それぞれの地域の特徴や困難、看護の力が活用された例を発表下さいました。続いて研修その2は、医師4年目で村唯一の医療機関を任された後、総合診療医として地域医療を改革してきた更別村国民健康保険診療所長山田康介医師の「地域医療の実際と看護師の役割」でした。看護師の地域への貢献とともに、広域分散型の地域特性や積雪寒冷が厳しい十勝地区の実際と取組みと対策、そして地域医療や地域包括ケアにおける看護師のとるべき姿を解説いただきました。

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外は寒い・・・会場では、熱気あふれる意見交換が

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記念撮影・中央日本財団尾形武寿理事長とその左山田康介医師
白いジャンパーは世話役たち

 2日目は札幌に移動。道中、壮大な北海道を堪能する景色でしたが、厳寒期、深い積雪の際には、発病者、けが人や障がい者だけでなく、高齢者のケアにも多大な時間、エネルギーを要することは容易に察せられました。研修その3は、当財団ホスピスドクター研修修了者で、現在、洞爺湖で訪問診療に従事されている岡本拓也医師による「医療者のためのスピリチュアル・コミュニケーション」で、本年3月のホスピスナース研修会(東京)「看護の現場におけるスピリチュアルケアとは?」の続きでもあります。岡本先生は、スピリチュアルケア関連書籍も数冊出版されています。ここでは、マインドフルネスのエクササイズを通し、自分自身とグループワークによる他者理解を体験学習する機会でもありました。

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研修中の参加者たち

 世界では、UHC (Universal Health Coverage, 国民皆保険) が大きなうねりとなっています。今回の研修では、少子高齢化がピークを迎える2025年問題を前に、そのUHCの先頭を走ってきた日本全体の保健医療制度と体制の維持、人口密集した首都圏や都市部と地域社会と云う言葉では括れないほど広大な北海道や高齢者だけになりつつある過疎集落の問題などなど、地域各地の継続的存在を、わが国全体がどう支えられるのか、その中で看護は何が出来るのか、看護師の力で何が為せるのかを考える機会でもありました。

 財団は、ホスピス・緩和ケア、在宅看護を通じて、社会全体の安心と安全に貢献できる看護師活動を、引き続き、支援してゆくべきことを再確認しました。講演頂いた山田先生、岡本先生、沼崎様、岡本様、長澤様、そして地元の片岡様、お世話になった方々、ご参加の各位、ありがとうございました。

[活動レポート ― ハンセン病]
インドネシア 州レベル制圧活動促進 ~WHOハンセン病制圧大使のゴロンタロ州訪問~

笹川会長が誰と一緒にいるか、わかりますか?

ここは、インドネシアのスラウェシ島北部・ゴロンタロ州の空港です。ゴロンタロの民族衣装に身を包んだ男女の青年が、州知事書記官や州保健局長等とともに、歓迎してくれました。

1_ゴロンタロ空港にて

ゴロンタロの風景

ゴロンタロの風景

インドネシアの状況 - 未制圧州(赤)

インドネシアの状況 – 未制圧州(赤)

州レベル制圧達成ロードマップ(保健省作成、2014年時点)

州レベル制圧達成ロードマップ(保健省作成、2014年時点)

インドネシアは、インド、ブラジルに次ぎ、世界で3番目に患者が多い国で、年間17,000人ほどの方が病気を発症しています。「人口1万人あたり登録患者数1人未満」という病気の制圧基準を、2000年に国レベルで達成しているものの、州レベルでは全34州のうち、未だ12州が未制圧です。政府は、2020年までに全州での制圧達成を目標に掲げました。笹川会長は、WHOハンセン病制圧大使として、この政府の目標達成への試みを支援すべく、2016年末、全未制圧12州を訪問することを保健大臣に約しました。本年7月、北マルク州、北スラウェシ州を訪問し、先月11月には、ゴロンタロ州を訪問しました。

2_リンボト第12小学校での検診活動を視察激励 (※体育の授業前、体操着に着替える際に、学校の先生が体に斑紋がないかチェックしている)


リンボト第12小学校での検診活動を視察激励
(※体育の授業前、体操着に着替える際に、学校の先生が体に斑紋がないかチェックしている)

 

ゴロンタロ州は、未制圧12州のうち、明年2018年に制圧達成を目標とする3州の1つで、政府戦略の中で非常に優先順位の高い州です。年間の新規患者数は200人ほどですが、人口1万人あたりの患者数は2.29を示し、未だ1.0未満という制圧基準の達成は厳しい状況にあります。そこで、WHO、保健省と協働し、同州のハンセン病対策活動の一層の推進を念願して、蔓延地における患者発見活動を視察し、現場担当官等を激励するとともに、特に制圧達成の課題となっている偏見差別を是正するため、病気の正しい知識を伝えるための啓発活動に参加し、一般市民の理解の促進に努めました。

(※ハンセン病という病気と社会からの差別の双方への怖れから、初期症状に気が付いても病院へ行かず、診断が遅れるケースが多い。)

3_ジャカルタ州知事との会見(左から、笹川会長、PerMaTa代表Paulus Manek氏、副代表Al Kadri氏、アニス州知事、ジャカルタ州保健局長)

ジャカルタ州知事との会見
(左から、笹川会長、PerMaTa代表Paulus Manek氏、副代表Al Kadri氏、アニス州知事、ジャカルタ州保健局長)

 

出国前には、ジャカルタにて、ジャカルタ州知事アニス・バスウェダン氏、副大統領ユフス・カラ氏と会見し、回復者組織PerMaTaの代表を紹介しつつ、政府レベルでの病気への理解と、当事者と連携したサービスの重要性、ハンセン病対策活動への一層の支持を訴えました。

 

 

 

これから、残る9つの未制圧州訪問と、回復者組織PerMaTaによる行政と連携した活動について紹介してゆきます。どうぞご期待ください!

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち2―福岡県宗像市ミモザ

事業所名:一般社団法人ミモザ
場所:福岡県宗像市日の里、JR東郷駅前
電話:0940-37-0046
E-mail :mimoza.hinosato@gmail.com
開業:2016年8月1日
代表理事:長澤祐子(看護師) 研修2期生

福岡県の2政令都市福岡と北九州の真ん中に、住宅地として発展してきた宗像市(人口96,730人 高齢化率22.5%)があり、その中央部に40年の歴史をもつ九州随一、人口2万弱の日の里団地(高齢化率34%)があります。

日本財団在宅看護センター「ミモザ」の開設は、その日の里団地入口にあたるJR九州本線東郷駅に隣接して開設された地域センターと同時でした。

今年、わが国21番目のユネスコ世界遺産に登録されました宗像大社は、車でなら10数分、天照大神の娘とされる三柱の女神様をお祭りしています。「ミモザ」は、昨年、世界遺産登録の大詰めが迫る頃にオープンしましたが、それとこれは関係ない・・・残念ながら。が、福岡市が拠点だったのに、何故、宗像?ですね。

在宅活動中、東郷駅前再開発計画を耳にした長澤は、以前から温めていた多世代交流拠点としての在宅看護センター構想を提案、地元の方々と行政の賛同を得て採択された提案が「ミモザ」となった次第です。地域センターは、地元住民の様々な集会、活動の場であり、隣は駅密着の保育所です。「ミモザ」にスタッフがいる時間帯は、地域センターとの間のドアは開けっ放し、お隣の保育所を含め、老若男女の交流を眺めつつですので、世代交流の雰囲気プンプンです。

リハビリ1しかしながら、提案はウエルカムだったものの、地盤なき地での旗揚げは厳しいものもありました。総合病院集中ケア室(ICU)、障がい児/者施設、教育職の後、在宅看護に転じ、十分経験を積んで、満を持して開業したものの、在宅看護そのものに対しても、日本財団在宅看護センター「ミモザ」に対しても認知度はすこぶる低く、真っ白な予定表の前で、大きなため息も出ました。

が、『地域センターで、多世代交流と在宅看護の啓発、今までなかった多職種連携を創出し、高齢者も障がい者も、地域の人々がまるごと住み慣れた街で、それまで通りの生活を続けられる支援を確立したい・・・「あなたがいてくれたから良かった」と喜んでもらえる看護を確実に提供できる』ことを忘れず、地道な地域交流の結果、今や多忙な日々となっています。病院での急性期医療cure、生活の場での医療施設や行政の中の保健分野各専門家と協働、住民ニーズの把握と可能な調整、病気や障がいだけでなく、その他諸々悩みを抱えた人々を支え癒す看護care、それが目指してきたものだと自負しています。

先日、肺がん末期の女性の一人娘の高校最後の演奏会参加を、主治医との調整下に看護師、理学療法士、そしてご家族(夫、両親、姉)の付き添いで実現しました。やればやれる!なせば成る・・のです。関係者は、皆、長時間の緊張を強いられましたが、在宅看護師冥利に尽きます。ご本人は、1か月後に去られました。が、ご家族には沢山の思い出を、私どもにはたくさんの学びを残して下さいました。

最近、お看取りも増えています。人生最後の道をゆるゆると歩まれる伴走です。しっかり関わることで、最後に残っていたご希望をかなえられることも多く、在宅看護/訪問看護の力・・本質を実感いたします。

無題

開業1年、地区コミュニテーセンターからの講演依頼も増え、地域住民の方々への学習会やリハビリ体操教室も定例化しています。行政と地域からの信頼を基に、「ミモザ」は「街の健康と保健の相談室」としての機能を充実しつつあります。一層の努力を致しますが、皆さまのご支援もよろしくお願いします。

一般社団法人「ミモザ」
長澤祐子記

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち1―一般社団法人街のイスキア 訪問ナースステーション

20171109_イスキア_石川さん

事業所名: 一般社団法人街のイスキア 訪問ナースステーション
場所:東京都目黒区中目黒5-1-19 1階
電話:03-6303-4894
E-mail:kango@isukiatokyo.com
Web : http://isukiatokyo.com/
開業:2016年4月
管理者(所長):石川麗子 研修1期生

「街のイスキア訪問ナースステーション」は、目黒区を拠点に、主に高齢者への訪問看護・リハビリテーションを行っています。

「出会いを大切にするとともに、よく話を聴き、その方にとってのニーズを大切にしながら、丁寧なケアを行う。
”食はいのち”としてとらえ、最期まで”口から食べられる”ことを支援する。
介護する家族の心と身体の健やかさを護る。」

このことを理念に掲げ、2016年4月より事業を開始いたしました。

開所式

ステーション名の由来は、青森県で「森のイスキア」を拠点に、慈善活動をされていた故佐藤初女氏から頂きました。
それ故に、「イスキア」の名に惹かれ参加してきたスタッフも多く、昼食にはおむすびを握ったり、炊き込みご飯をつくったり、豚汁を作ったり・・・・一同共に食卓を囲むことも多いのです。「同じ釜の飯を食う」ことで、チームとしての繋がりを保っているように思います。

食のイスキア

所長石川は、緩和ケア認定看護師です。
緩和ケアや看取り・グリーフケアに力を入れたいという想いもあり、在宅でお亡くなりになる方やご家族へのケアも、心を込めて行わせて頂いています。開業1年半の現在、毎月1~2件のお看取りをさせて頂けるようになりました。ご遺族の希望に応じて、遺族訪問も行い、それぞれのご家族の悲しみが、時間とともに変化していくのを見守らせて頂けるようになりました。お亡くなりになった後をも支えることができるのは、在宅ならではのケアの妙だと感じています。

本年は、禅茶の先生をお招きして遺族会を行いました。
お集まりいただいたご遺族に献花・献菓子をして頂き、共にお茶をいただきました。自分の想いを話し、静かにお茶のお点前を観るという厳かな会は、それぞれの悲しみを癒すひと時となったようでした。会の後半では、スタッフお手製のおむすびを食べ、あたたかな気持ちとなってそれぞれが家に戻られたように思いました。

遺族会

こうして、「街のイスキア訪問ナースステーション」が生まれて1年半が経過しました。
一年365日毎日24時間のカバーを心がけ、寸時も休まず、在宅でのケアをなさっておいでのご家族の気持ちと、そしてお身体の負担を少しでも軽くできることを目的に「快護塾」をなるものも行っています。ここではケア・介護する人もケア・介護をうける人も、互いが心地よく共存できるためのちょっとして技術が知識を提供します。時には、アロマテラピーなども取り入れ、簡単にリラックスできる方法、秘伝!を工夫したり伝達したりしています。

「街のイスキア」が、どなたかの心とお身体の支えになれるように、日々、雨にもマケズ風にもマケズ、私たちは自転車をこいでいます。

お気軽にお声をおかけください。
「街のイスキア訪問ナースステーション」ホームページはhttp://isukiatokyo.com/

毎月イスキア通信を発行しています。最新のイスキア通信はこちらから
http://isukiatokyo.com/2017/10/04/isukiatuushin-17/

2017.11.07 石川麗子記

[活動レポート ― ホスピス緩和ケア]
2017年度日本財団ホスピスナース研修会 地方研修(北海道)

2017年10月27日~29日、日本財団と笹川記念保健協力財団は、これまで行ってきたふたつの看護人材育成に参加下さったメンバーの合同チームで北海道で研修を行いました。

この例年の地方研修も5回目、秋深まる北海道は帯広と札幌での研修兼旧交を温め、未来を語る集まりに全国から60名を超える看護師が参集しました。

多様なプログラムは、初日の帯広「市民活動プラザ六中」見学から。廃校になった中学校舎をリニューアル活用し、障がい者や高齢者が住み慣れた地域で生きがいや役割を持って暮らせる地域社会を目指す「地域の支え合いの拠点」です。多数自治体が本施設見学をされるのは、どこでも廃校舎問題を抱えているためでしょうとのこと。続いて、今や池田町の主要産業となっているワイナリーを見学し、宿舎に到着しました。

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教室がだれもが利用できる格安食堂に変身

初日の講演前、日本財団尾形武寿理事長から、「複雑な問題を抱える日本の地域医療に必要なのは看護師である」と力強いエールを頂きました。続く研修その1は「地域の在宅看護センターの現状」日本財団在宅看護センター起業家育成事業3期生で、本年4月、帯広郊外音更町で「在宅看護センターちせ」を開設した片岡順子氏、同1期生沼崎美津子氏「看護小規模多機能型居宅介護施設『結の学校』」(福島市)、同2期生岡本直美氏「つかさ 在宅看護センター Lanaケア湘南」(神奈川県藤沢市)と同長澤祐子氏「在宅看護センターミモザ(福岡県宗像市)が、それぞれの地域の特徴や困難、看護の力が活用された例を発表下さいました。続いて研修その2は、医師4年目で村唯一の医療機関を任された後、総合診療医として地域医療を改革してきた更別村国民健康保険診療所長山田康介医師の「地域医療の実際と看護師の役割」でした。看護師の地域への貢献とともに、広域分散型の地域特性や積雪寒冷が厳しい十勝地区の実際と取組みと対策、そして地域医療や地域包括ケアにおける看護師のとるべき姿を解説いただきました。

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外は寒い・・・会場では、熱気あふれる意見交換が

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記念撮影・中央日本財団尾形武寿理事長とその左山田康介医師
白いジャンパーは世話役たち

2日目は札幌に移動。道中、壮大な北海道を堪能する景色でしたが、厳寒期、深い積雪の際には、発病者、けが人や障がい者だけでなく、高齢者のケアにも多大な時間、エネルギーを要することは容易に察せられました。研修その3は、当財団ホスピスドクター研修修了者で、現在、洞爺湖で訪問診療に従事されている岡本拓也医師による「医療者のためのスピリチュアル・コミュニケーション」で、本年3月のホスピスナース研修会(東京)「看護の現場におけるスピリチュアルケアとは?」の続きでもあります。岡本先生は、スピリチュアルケア関連書籍も数冊出版されています。ここでは、マインドフルネスのエクササイズを通し、自分自身とグループワークによる他者理解を体験学習する機会でもありました。

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研修中の参加者たち

世界では、UHC (Universal Health Coverage, 国民皆保険) が大きなうねりとなっています。今回の研修では、少子高齢化がピークを迎える2025年問題を前に、そのUHCの先頭を走ってきた日本全体の保健医療制度と体制の維持、人口密集した首都圏や都市部と地域社会と云う言葉では括れないほど広大な北海道や高齢者だけになりつつある過疎集落の問題などなど、地域各地の継続的存在を、わが国全体がどう支えられるのか、その中で看護は何が出来るのか、看護師の力で何が為せるのかを考える機会でもありました。

[活動レポート ― 在宅看護センター]
神戸研修 2017年7月13日~15日

「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業4期生を対象とした研修旅行として、2泊3日の日程で神戸市内のホームホスピス、リハビリセンター、医療検査機器メーカーなどを訪問しました。

第1日目(7月13日)

お昼ころ新神戸駅に集合し、まずWHO神戸センターを訪問しました。

WHO神戸センターでは、サラ・ルイーズ・バーバー所長から感染症に関するWHOの活動についてお話しいただいた後、野崎上級顧問官より「これからの保健医療課題~高齢化」というタイトルのご講義をいただきました。

サラ・ルイーズ・バーバー所長の講義

サラ・ルイーズ・バーバー所長の講義

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つぎに40分ほどバスで移動し向かった先は、医療検査機器等の国際的なメーカーであるシスメックス社。
シスメックス社の歴史、事業内容について説明を聞いた後、広い敷地にある研究や開発の現場、働きやすそうなオフィス、各地の顧客からの問い合わせやトラブル対応のためのヘルプデスクに加えて、健康や検査に関する啓蒙のためのブックレット、廊下の壁の絵画、茶室なども見学し、独創性の高い企業文化を感じました。

整えられた展示室の見学

整えられた展示室の見学

 

 

 

 

 

 

 

 

茶室でのお点前

茶室でのお点前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2日目(7月14日)

この日は、兵庫県立総合リハビリテーションで丸一日過ごしました。
国内における先端的なリハビリテーションの実践を長年にわたってリードされてきた、澤村誠志名誉院長から、リハビリテーションセンターの設立までの経緯、リハビリの理念、および地域包括ケアと地域リハビリテーションの比較等についてご講義いただきました。また篠山次長と岸看護部長に率いられ、病棟、PT/OT等のリハビリ現場、福祉用具や介護ロボット等を見学して回りました。

施設の見学

施設の見学

 

 

 

 

 

 

 

 

福祉用具の説明に聞き入る4期生

福祉用具の説明に聞き入る4期生

 

 

 

 

 

 

 

 

澤村誠志名誉院長を囲んで

澤村誠志名誉院長(中央左)を囲んで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3日目(7月15日)

最終日はまず、ホームホスピス神戸なごみの家雲雀ヶ丘に行きました。経営者である松本京子氏から施設の沿革、現状についてご説明がありました。また人員構成、看多機に関するお考え、ネットワーク拡大等さまざまな観点での質疑応答が活発に行われました。

松本京子氏(左)との座談

松本京子氏(左)との座談

 

 

 

 

 

 

 

 

「なごみの家」の前で記念撮影

「なごみの家」の前で記念撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、人と防災未来センターを見学しました。ここは阪神・淡路大震災の災害を映像/ジオラマ等で追体験し、また災害へのさまざまな備えを啓蒙する施設で、災害救援・災害医療に関して学ぶことができました。

3日間の間に、優れた病院経営者、優れたホームホスピス経営者、優れた企業経営者に身近に接することができ、学ぶことの多い有意義な研修旅行になりました。また4期生同士でゆっくり語り合い、絆を深めることもできました。

[活動レポート ― ハンセン病]
ハンセン病対策の新たな取り組み

5月30 ~ 31日、インド・デリーの世界保健機関南東アジア地域事務所(WHO SEARO)で、ハンセン病の診断、治療、予防に関する専門家グループ会議が開催されました。

WHO SEAROにて

WHO SEAROにて


会議の目的は、新しい診断、治療、予防法の研究結果を検証し、日常業務の中で使用可能な方法として推奨すべきか否かの判断をする、というものです。専門家グループには、
細菌学者、疫学者、医療経済学者、国のハンセン病対策担当官などに加え、ハンセン病の回復者も専門家として含まれていました。
WHO 発表の最新の統計(2015年)によれば、同年の世界の年間新患数は210,758人です。10 年前の2005 年には286,063人でしたので、この間に約4%の穏やかな減少を示してはいますが、2000 年前後の急速な減少と比べると停滞感は否めません。現在の対策活動が維持され4%の減少が続く場合、今後革新的な対策方法を導入せずとも、約140 年後には患者はゼロになると言われています。しかし、ハンセン病に対する関心はさらに薄れ、それに伴い予算規模、経験を積んだ専門家も減っていくと予想されるので、4%の減少率を維持することは困難と思われます。今回の会議ではこうした現状を鑑み、4つのテーマが検討されました。
一つ目は、誰でも正確に診断できるELISA(抗原/抗体反応を利用した検査方法)やPCR 法(DNAによる検査方法)を利用した診断法です。
現在、ハンセン病の診断は初期症状である斑紋により行っており、技術と経験が求められます。より簡便で正確な診断法は、制圧に大きく貢献すると期待されます。
二つ目は、菌の多少によらない共通の治療法です。ハンセン病の治療は多剤併用療法(MDT)と呼ばれ、3 種の抗生剤を内服しますが、少菌性と多菌性では、抗生剤の配合と服用期間(6 ~ 12か月)が異なります。共通の治療法(U-MDT)では、同一配合MDTを6か月服用します。菌の多少の区別をする必要が無いので診断を容易にし、服用期間が短くなることで患者の負担軽減が期待されます。
三つ目は、らい菌の感染や感染しても症状発現を防ぐ予防法です。抗生剤リファンピシンの内服やBCG接種による効果が研究されており、今回の会議でも検討されました。
予防法が実現すれば、制圧への貢献は言うまでもありません。
四つ目は、将来避けては通れない薬剤耐性菌出現への対策です。現在のところ、MDT治療への耐性菌の問題は極めて小さいとのことですが、WHOでは耐性菌調査専門家グループを編成し、注意深く観察を続けています。
いずれのテーマも、制圧への貢献が期待されるものでしたが、回復者からは、研究中の予防法が偏見・差別につながる可能性や短い治療期間による治療の確実性への危惧が指摘され、十分なエビデンスを提出するようにとのコメントがされました。今回の検討結果は今年中には公表されるとのことです。

[活動レポート ― ハンセン病]
ハンセン病の歴史ウェブサイトに、芸術作品とドキュメンタリーが新登場!

ILA(国際ハンセン病学会)ハンセン病の歴史ウェブサイトは、昨年1月末にリニューアルして以来、多くの方にご利用いただき、現在では20,000件を超えるアクセスをいただいています。
これまでの世界のハンセン病の歴史に関する情報のソースとして活用されるだけでなく、そこに生きた方々の声を生き生きと伝えることができるように、新たに、世界各国の当事者のみなさんや一緒に生きてこられた方々の芸術作品、また、その体験を記録したドキュメンタリーフィルムを紹介するページを創設しました。
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芸術のページでは、日本国内から、ハンセン病療養所自治会ならびに入所者の皆さま、国立ハンセン病資料館からのご協力を得て、絵画や音楽、陶芸、写真など多岐にわたるジャンルの作品231点を、海外からはコロンビアやロシア、中国などから、油絵や書道など92点を収集し、紹介しています。これらは、国名や作者、ジャンル、制作年などの各種作品情報から検索できるように、データベース化されています。
ドキュメンタリーのページでは、当財団が協力して制作した1時間ほどのマレーシアの家族再会ストーリーや、5分ほどの中国のボートに暮らす回復者や全盲ながらも竹細工を作り生計をたてている方の生き方を紹介したものなど、長短双方の映像フィルム7本を紹介しています。この新しい試みから、歴史の中を生き抜いてこられた方々のメッセージを届け、その歴史からの学びを継承していくことに貢献していきたいと思います。
これからも、さらに世界各地の作品を紹介していきますので、どうぞご覧ください!

[活動レポート ― ハンセン病]
ハンセン病の歴史を語り継ぐ国々

ユネスコ「世界の記憶」への登録を目指すフィリピンクリオン島のミュージアム&アーカイブ、世界遺産登録を目指す日本の瀬戸内市内2療養所やコロンビアの療養所など、主に世界遺産を中心とした取り組みが各国で行われています。その中で、世界の記憶に登録されているノルウェーのベルゲンハンセン病博物館と並んで、すでにユネスコ世界遺産国内候補になっているのが、ギリシャのクレタ島東部に位置するスピナロンガ島です。

ギリシャ:スピナロンガ島

ギリシャ:スピナロンガ島

クレタ島にはかねてより多くのハンセン病にかかった人々がおり、2カ所のハンセン病村が確認されたため、20世紀初め、スピナロンガ島はクレタ共和国によってハンセン病コロニーに指定され、隔離の島となりました。その後、隔離法は廃止され、現在は、ギリシャ文化庁により島全体が歴史遺産として保存され、観光地として多くの人々を惹きつけています。イギリス人作家、ヴィクトリア・ヒースロップの小説『封印の島』の舞台としても有名です。
島内にある当時の病院跡

島内にある当時の病院跡

[活動レポート ― ハンセン病]
ハンセン病の歴史を人類の遺産に 第5回人類遺産世界会議 ~ハンセン病の歴史を語り継ぐ~ 開催

一般公開日には400 名を超える来場者で会場は満席となり、世界各地の歴史保存の取り組み、語り継ぎの可能性、当事者の想いについて語られました。非公開の日には、ワークショップや療養所訪問と併せ、海外15カ国約40 名の参加者により今後の展開についての議論が交わされました。

世界15カ国(アメリカ合衆国、イタリア、韓国、ギリシャ、コロンビア、スペイン、タイ、中国、日本、ノルウェー、ブラジル、フィリピン、ポルトガル、マレーシア、南アフリカ)からの参加者たちの笑顔

世界15カ国(アメリカ合衆国、イタリア、韓国、ギリシャ、コロンビア、スペイン、タイ、中国、日本、ノルウェー、ブラジル、フィリピン、ポルトガル、マレーシア、南アフリカ)からの参加者たちの笑顔


完全に失われる前に
疾病としてのハンセン病の対策は、近年になり多大な成果を上げました。そのためハンセン病は「過去の病」として見られるようになり、その記憶や記録は急速に失われつつあります。厳しい差別と偏見、科学の発展による疾病制圧、そしてこの病を生き抜いた人々の軌跡により織りなされるハンセン病の歴史は、世のあらゆる偏見と差別の問題に通じます。ハンセン病の歴史を通し、疾病、出自、障がい、宗教などがハンデとならず、誰もが自分らしく生きられる社会を考えることができます。今回の会議では、悲劇の重さを量るためだけではなく、辛さや悲しみを超えた生命の輝きの証としてのハンセン病の歴史を人類の遺産として社会全体で守り、後世に伝えていこうとする世界各国の動きが紹介されました。各国の参加者が、互いの取り組みについて存分に話し合い、そこで学んだことを自分の国における活動に実際にどう生かしていけるのかを考え、同じ目標を持つ国同士がどのように協力し合っていけるのかについて意見を交換しました。
中村医師の講演

中村医師の講演


また、特別講演として、ペシャワール会代表の中村哲医師をお招きし、「ハンセン病からいのちの水へ」と題して、アフガニスタンでハンセン病治療に携わったご経験が、どのように現在の氏のライフワークである井戸掘りにつながっているのかについて話していただきました。
かけがえのない歴史を未来に届けるために
前回の第4回目の会議では、海外20カ国のハンセン病の歴史保存の取り組みと課題についてお互いに知り、保存のために協力し合うことを誓いました。それを受けて今回の会議では、ハンセン病の歴史保存の先にある歴史継承に焦点を当て、後世に確実に語り継ぎ、ハンセン病の歴史が世界の歴史を理解する上で欠かせないものであることを広く認識してもらうためには実際にどうしたらよいのかについて話し合いました。
誓いの署名ボードにサイン

誓いの署名ボードにサイン


参加した海外15カ国のハンセン病の歴史保存に関わる回復者とその家族、行政機関関係者、NGO、歴史研究者たちにとって、今回の会議は、ユネスコ世界遺産、世界の記憶、国家遺産、重要文化財、芸術祭、ツーリズム、都市計画(公園・緑地計画)などの取り組みの実例について学ぶまたとない機会になりました。また、相互交流を通じ、歴史を語り継ごうとする人々が共通の課題について互いから学び合えるパートナーシップを作っていくことで、個々の団体の活動を社会全体の活動にまで広げることができることを改めて認識できた場でもありました。共催である瀬戸内市にはユネスコ世界遺産登録を目指す2つの療養所があり、海外からの参加者たちも市の積極的な取り組みを知って大いに勇気づけられたことでしょう。
歴史を救うために今やらねばらないこと
参加者による話し合いの結果、実際に歴史保存と継承を進める上で、各国が早急に取り組むべき4つの共通課題が明らかになりました。
1. 場所や建物をできる限り残そう(世界遺産登録などにより)
2.残されたモノにもっと語らせよう
3.回復者と第2、第3、第4世代を結びつけよう
4.もっと学術的研究を
「緊急性」という言葉をキーワードとし、これらの課題を前に、まずは各国の現状と目標を見直し、国を超えた地域ネットワークや活動組織づくり、バーチャル博物館やツイッターなどの情報発信ツールの開拓と活用、NGOや歴史保存団体などとの協力関係づくりに取り組んでいくことを誓い合いました。当財団は各国の実際の活動支援を行うとともに、それぞれの課題解決に果たしうる役割を提案していきます。ハンセン病を生き抜いた人々の歴史はもちろんのこと、それらを守り伝えていこうと努力している人々の思いや願いも伝わっていくことで、より多くの人々に今私たちが生きている世界をもう一度見つめなおしてもらうことを強く願っています。