[活動レポート ― 在宅看護センター]
在宅の仲間10 十勝音更町の「ちせ(アイヌの伝統的家)」

法人名:一般社団法人 ちせ

事業者名:在宅看護センター ちせ訪問看護ステーション

所在地:北海道河東郡音更町共栄台東10丁目4番地14 グリーンアベニューA101

HP:https://tise-zaitaku.jimdo.com/

電話:0155-67-1456

開業:2016年4月1日

代表理事:片岡順子 研修3期生

【2018年9月6日未明、北海道胆振東部地震が発生しました。笹川記念保健協力財団喜多会長をはじめ関係皆様にご心配をおかけいたしました。起業家育成事業の同期生や諸先輩方からも心温まる激励のご連絡もいただきました。幸い、私ども、「ちせ訪問看護ステーション」は、震源地から150㎞程離れていたこともあり、事務所や訪問車両、職員そして利用者さまも、皆共々被災を免れました。まず、お礼を申し上げます。】

北海道十勝地方の音更町に訪問看護ステーションを開業し、一年半が経過しました。今迄の、本「在宅の仲間シリーズ」とは、少し異なる内容かもしれませんが、開業準備から現在までを振り返り、そして地震発災後の在宅医療・看護に関連する地域の情報を報告致します。

起業家育成事業参加まで 

長崎生まれの私は、結婚を機に北海道に移住し、道立精神科単科病院で看護師を続けました。その病院は、長期入院患者が地域で生活できるように、積極的に支援はしていましたが、10年以上の長きにわたる入院をされる方もおいででした。地域移行や定着を進めるなかで、患者高齢化にも対応できる受け皿の必要性と、それをどう充実してゆくのか、そんなことを感じることが増えていました。

40歳を過ぎ、公私ともに残りの半生をどう過ごすか、やり残していることはないのかなどなど、自問自答していた頃、出身校の長崎の看護学校が閉校となりました。平成23年3月11日、閉校式典出席のための帰省時に、東日本大震災が起こりました。

発災も夫からのメールで知り、刻々と明らかになる被災の大きさ。自分自身もいつどうなるか分からない、やりたいことがあるのなら、迷わず、即刻実行に移そうと決断しました。勤務先を辞し、在宅医療への転身を決意致しました。「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を知ったのは、帯広市内の訪問看護ステーションに入職し訪問看護師となった後で、心のどこかでいつかは精神疾患をもちながら地域で暮らす方々を支援したいと考えていただけに、それを実現させるために参加を決断しました。当時、夫は養成校を卒業し理学療法士として病院勤務を始めたばかり、長男は本州の大学に進学するなど、家庭も大きく変化していましたが、夫は起業家育成事業の参加と、後に開業を目指していくことを理解し応援してくれました。

 

 ステーション開業から現在まで

その昔、看護学校卒業後、川崎市の病院で働いたこともありますが、北海道に転居して以来二十数年ぶりの都会生活と育成事業の研修は、時間の流れの速さと情報の量と質、自分が生活している地域との地理的距離・・・地域格差を思い知らされました。研修中、台風や降雪のため、帰省日程の変更を余儀なくされ、地元での開業準備時間を短縮せざるを得ない状況もありました。が、秋に帰省し、事務所探しをした折、偶然よい物件をみつけ、契約を機に開業を4月と決め、タイムスケジュールを組み猛ダッシュで準備をすすめました。

ステーション名の「ちせ」とは、アイヌの伝統的な住居を意味し、北海道の風土に育まれた文化を大切にし、ステーションが共生社会の支え手のひとつになることを目指して名づけました。

開業後の一年は、依頼も少なく、工面した資金が減っていくなかで、常勤職員1名が病休、代替や管理運営に追われた試行錯誤が続きました。また労務管理とスタッフの教育を優先させるため、せっかく打診を頂いたにもかかわらず、医療観察法の訪問依頼を断らざるを得なくなったなど、自分の思い描いていたステーション運営とかけ離れていくことに、管理者としての難しさを痛感しました。

起業家育成事業修了式で笹川記念保健協力財団会長紀伊國先生(当時)から紹介いただいた詩を事務所に掲げて日々業務に励んでいます。

起業家育成事業修了式で笹川記念保健協力財団会長紀伊國先生(当時)から紹介いただいた詩を事務所に掲げて日々業務に励んでいます。

 現在も、まだ、運営は厳しい状況ですが、看護師は常勤3名、非常勤2名と理学療法士1名となり、ちょっとホッとできるようになりました。2年目の今年は、準備していた福祉有償移送サービス事業の開始や開業地域の認定こども園での医療的ケア児への委託契約対応、北海道庁十勝振興局での医療保健福祉精神専門部会への訪問看護師としての出席など、活動の幅も広がってきています。まもなく二年目が終わるところですが、新米管理者としては、育成事業の仲間と気軽に相談でき、離れていても悩みを共有できるネットワークの強みを実感しています。

2018年研修生 実習生前半組の2名(両端)と。
事務所駐車場にて。

このように事業としては決して順風満帆ではありませんが、失敗や苦労もこれから起業を目指す後輩にとり参考になることがあるかもしれないと考え、今秋起業家育成事業5期生の実習を2班に分けて4名を受け入れました。後半の実習生は、先の地震のため十勝振興局が急きょ管内の訪問看護師を対象に開催した地震災害における在宅人工呼吸器使用者等の対応についての情報と意見交換を目的とした会議の参加機会をいただきました。

【追加】 北海道胆振東部地震の教訓

2018年9月3日 深夜3時過ぎ、地震発生直後に、インターネットで震源地や震度等を確認し、自宅住宅より付近の停電を目視しました。その日、私が緊急連絡当番でしたが、当地に甚大な被害が発生していない様子が把握できたこともあり、各職員への連絡は夜が明けてからと判断しました。しかし、夜明け後も停電が続き、電力復旧には時間を要するとの情報から、私自身、早朝に施設入所中の在宅酸素療法の利用者の安否確認に動き、その後、通常出勤してもらった職員とともに当日の通常訪問の他、分担して電話連絡もしくは直接訪問により訪問先を回りました。

十勝地方は震度4、電力復旧まで概ね2~3日を要しました。震災による産業や物流への被害、影響が検証されていますが、十勝は過去に大きな地震災害があったことから、手回し式ラジオや通信用の充電器などの準備はできていましたが、自宅の断水が長引いた職員もいて、電力復旧がさらに遅れた時を想定した対策は十分ではないと思いました。

地震発生の翌週、十勝振興局の保健師より、電力を要する人工呼吸器などを使用中の訪問看護利用者への対応状況や課題について電話聞き取りがありました。当ステーションとしても災害時対応の体制が不十分なため、他ステーションからの情報を共有活用したいと申し出たところ、後日、前述会議が開催される際に案内を頂きました。会議では、一昨年の台風による停電・断水被害を教訓に、災害対策マニュアルを見直し、例えば、ガソリンが半分になったら給油しておくなどのルール化が今回役立ったが、既存マニュアルには、長時間停電の想定がなく、見直しに着手しているなどの報告がありました。また、連携の差が浮き彫りになった事例として、電力を要する在宅療養者の受入れ病院を役所の障害福祉課から訪問看護ステーションへ直接連絡が入る自治体もあれば、役所部署間や事業所担当者間の連携すらなされていないために、安否確認の連絡が重複し苦情となったことや、保健所側が把握していなかった難病者の存在もあったことなど、新たな状況情報を掌握する機会となったことも報告されました。安全で住みやすい地域づくりに看護師が果たす役割について、より深く考える貴重な機会となりました。

十勝地方は、2016年には、台風7、9、10、11号と4つが襲来、今年3月には平成30年豪雪にみまわれました。そして今回の平成30年北海道胆振東部地震と、この北海道においては、災害は、忘れる暇なく頻発しているのに、災害が起こる度に、行政の機能不全や物流の乱れが生じ、日々の生活に影響しています。今回の地震では、道内の人工呼吸器使用中の在宅療養者で亡くなられた方が1名おられます。厳冬期ならば、凍死や感染症などさらに人命被害が深刻であったと予測できます。また地元紙調査では、道内半数以上の99市町村が、国の求める「72時間分の燃料備蓄」を満たしていなかったとか。

訪問看護ステーションの円滑な運営には、日頃からの災害対策が必須です。今回の震災は、北国特有の厳しい自然環境下で、何時でも、安全に業務を遂行するためのリーダーシップのあり方など、私自身、反省点も多く、発生2日目には、職員と振り返りを行い課題点について共通認識を深めました。

当ステーションは、今現在音更町内唯一の訪問看護ステーションであります。その管理者として、今後もステーションの役割・取り組むべきことを明らかにし、地域の皆様の健康を、平時にも非常時にも、どうおまもりするのか、それを実践し、また、地域や関係機関に発信していく責任があると改めて感じています。

今日はご機嫌うるわしい…私も嬉しい

今日はご機嫌うるわしい…私も嬉しい

 

「ちせ」の特別の患者さまのご夫妻・・・・ではありませんが、 訪問道中の車窓から、仲睦まじいつがいを。

「ちせ」の特別の患者さまのご夫妻?ではありませんが、訪問道中の車窓から、仲睦まじいつがいを。

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
【ご報告】2018年西日本豪雨災害時の在宅/訪問看護事業所緊急支援

2018(平成30)年西日本豪雨災害で、亡くなられた方に心からのお悔やみを申し上げ、被災された方々には謹んでお見舞い申し上げます。

 

当財団は、初の試みとして、被災在宅/訪問看護センター緊急支援を行いましたので、その経過を報告致します。

 

現状把握

発災後、岡山では、育成事業1期生事務所(日本財団在宅看護センター「晴」)を拠点に、また広島では、現在研修中の同5期生を介し、現地状況を把握するとともに、7月14日には、災害医療専門家(当財団会長喜多)が両県に入り、関係者から聞き取り、現状視察しました。

支援金募集

2018年10月17日までの3か月、在宅/訪問看護師を中心に、医療従事者や関係者の18法人、個人30名から総計229万円のご寄附をいただきました。

支援の内容

1.岡山県:一般社団法人岡山県訪問看護ステーション連絡協議会を通じ、倉敷市真備町「訪問看護ステーションあんど」(全壊)および「そーる訪問看護ステーション」(半壊) に、緊急支援金と訪問看護鞄セット。岡山市北区の「グッドライフ指定訪問看護ステーション」(建物被災)に緊急支援金。

2.広島県:訪問看護ステーション協議会を介して、浸水、道路崩壊で車移動困難な11事業所に対し、バイク・電動自転車購入資金を緊急支援。

1.          訪問看護ステーション瀬野川

2.          訪問看護ステーションこだま

3.          訪問看護ステーション中野

4.          ほっと・はぁとステーションてのひら

5.          エンパワーライフ訪問看護リハビリテーション

6.          訪問看護ステーション竹の子クラブ

7.          訪問看護ステーションせせらぎ

8.          安芸地区医師会訪問看護ステーション

9.          安芸地区医師会府中町訪問看護ステーション

10.    訪問看護ステーションやすらぎ

11.    安芸地区医師会熊野町訪問看護ステーション

 

当財団では、今後も同様事態に備え支援体制を整えたいと考えています。

今回のご支援に深甚の謝意を述べますと共に、引き続き、皆様のご支援を賜りたく、お願い申し上げます。

笹川記念保健協力財団

会長 喜多悦子

 

訪問バッグの贈呈 (左から岡山県訪問看護ステーション連絡協議会江田会長、そーる訪問看護ステーション片岡代表)

訪問バッグの贈呈
(左から岡山県訪問看護ステーション連絡協議会 江田会長、そーる訪問看護ステーション 片岡代表)

 

訪問看護ステーションあんどCIMG2304

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(前列右 訪問看護ステーションあんど 浅沼管理者)

7月31日に当財団会長の喜多が岡山県倉敷市、広島県尾道市を訪問いたしましたので、会長ブログもあわせてお読みください。

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
在宅の仲間たち-9 フルーツ王国 和歌山の「幹」

法人名:一般社団法人 幹

事業者名:幹(みき)在宅看護センター

所在地:和歌山県紀の川市貴志川町長原528の7

HP:http://miki-zaitaku.com/index.html

FB:https://www.facebook.com/一般社団法人-幹-303803566809942/

電話:0736-64-4322 FAX:0736-64-4331

開業:2018年3月1日

代表理事:丸山美智子 研修4期生

在宅12018年3月、和歌山県で初めて日本財団在宅看護センターが開所しました。

「幹(みき)在宅看護センター」は、

「フルーツ王国」 をうたう紀の川市にあります。開所月の3月は、ハウス栽培のいちごが産直市場にたくさん並び、まさに桃源郷、桃の花満開の頃でした。

 開所早々、緊張しながらの訪問看護から事務所への帰路、桜とはまた違う桃色の花一面の、まさに桃源郷を通りながら、自分自身が癒されました。

  7月には、立派な果実が実のりました。毎日、美味しそうな丸々した桃を求める各地からの観光客でいっぱい、夏になったなぁと感じました。夏が終わり、今は秋の果物イチジクがいっぱい実  をつ在宅2けています。そろそろ柿も出番を迎えます。

  季節の移り変わりを感じながらあっという間に、独立開所して半年(1/2年)がすぎました。常勤看護師3人で人文字「2分の1」を作ってみました。

 代表理事丸山は、大学附属病院救急救命センター勤務を約10年、フライトナースも経験しました。この間、交通事故後の身体障がい、溺水後の低酸素脳症の子ども、生きづらくてリストカッ トを繰り返す人、突発的に農薬を飲んだ人など、さまざまな急性期事例に関わりました。そして、これらの方々は、帰宅後どのように生活するのだろう、との思いを常に抱いていました。

日本の新生児医療の進歩により重度な障害をもっていても生きることができるようになりました。しかしその子供たちの親は、子どもが退院後に一夜として熟睡できないことも知りました。

大学病院の次に勤務した重症心身障害児施設で管理者を務めたことで、医療保健分野とはまた違った障害福祉制度を知ることができました。次は自分自身でこれまでに気になったことに関わりたい、と、訪問看護ステーションの開設を考え始めた頃、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修」の募集を知りました。即、応募しました。

研修の8か月間は、楽しくて夢をみているような日々でした。東京のど真ん中で日本の最先端を担っている講師陣のビビットな講義、グローバルな講義など、和歌山では…なく、何処でも、なかなかチャンスがない講義や見学の数々。東京滞在中だからこそ可能だった東京大学の一般公開セミナーや様々な学会研究会への参加、そこで出会った多様な分野の方との人脈造りが財産となりました。講義の合間には、美術館巡りも観光も楽しみました。研修の企画牽引役の笹川保健協力財団理事長(現会長)喜多悦子先生の知的好奇心でしょうか、折々の一言二言が、私たち研修生をそそのかし、モチベーションを上げてくれました。

そして幸運だったことは、日本財団笹川陽平会長の世界の平和や医療保健・人権や福祉に対するお考えを直接うかがうことができたことです。笹川会長とのtwo shotの写真は家宝です。

とてつもなく内容の濃い8か月の研修で、「開所後は量と質の両方で世の中に看護の力を示さなければいけない」という覚悟をもらえました。

在宅3「幹(みき)在宅看護センター」に、同じ志、想いをもつ相棒がいてくれるのは、とても幸せなことです。機能的にも重要なパートナーです。現在のスタッフは、常勤看護師3人ほか、非常勤で看護師9名、理学療法士3名、作業療法士、言語聴覚士、歯科衛生士、栄養士各1人と多職種が所属しています。30代から60代が、活発に働き、学び、そして遊んでいます。さらにありがたいことに、医師、薬剤師、臨床心理士、支援学校の先生など、必要に応じて相談できる様々な専門職が近くにいます。

「幹(みき)」は、0歳から100歳以上、どの年齢層であれ、どんなに重症であれ、どんな医療機器に囲まれていても、365日24時間、訪問します。身体と心の健康全体を、生活の場において、医学的に、しかし看護の視点でのケアをおこないます。そして必要な場合、適切な専門家につなげられる幅広い知識をもつジェネラルナースを目指しています。月に1度のランチョンセミナーでは、各スタッフが得意分野を講義し、互いの知識を深めます。学会や外部研修会に参加した場合には、必ず、伝達講習を行います。

4在宅「幹(みき)」という名前は、代表理事である「みちこ」の「み」、管理者である「きよこ」の「き」で「みき」から名付けました。「幹」という漢字には太く強く支える存在でありたいという思いが込められています。

開所直後、以前の勤務先で関わった福祉事業所から精神科訪問2件、そして支援学校の先生からの問い合わせで小児の訪問が始まりました。精神科訪問はその時に担当した医師から次の依頼がきたり、関わった相談支援事業所から次の依頼が来たりと少しずつ増えています。最近はカウンセリングをしている臨床心理士からの依頼がありま した。社会問題でもある「ひきこもり」にも関わり、やり甲斐を感じる反面、発達障害などを含め、まだまだ学習が必要だと感じています。

開業間もない3月末日、旧知の医師の依頼で、初めて看取りをさせて頂きました。なくなる前日、「幹」の名刺、私の名前をみて、「命綱」と言ってくれました。自分と年が変わらない方が亡くなる・・健康である私は、できることをしっかりとしなければ、と痛感しました。

また、「生き切る」ということを教えてくれた方があります。私よりも若い方でした。色々な管(ルート)を7本もつけたままの退院。退院日は買い物に行き、翌日はほんの少しケーキを食べていました。退院後5日目のことです。

「もういい?」と私に尋ねました。

「(娘と買い物にゆく、外出を楽しむなど)あなたがやると言ったことはやり遂げましたよね」と私が答えた翌日、ご家族に看取られて静かに旅立たれました。限られた命の時間の中で本人のやりたいことを応援するために、「多職種協働」という言葉がすっきりとあてはまる事例でした。フットワークの軽いケアマネジャーさんや病院勤務の医師と在宅専門の医師のダブルで関わってもらうよう調整を重ねました。そして、嬉しいことがありました。病院勤務医から、「在宅との連携が如何に大切かということを、日々学ぶことができた」との言葉とともに、「どこかで発表したい」とも。病院勤務医が在宅で療養される方の状況を発表して下さること、在宅看護師として、とても有難いと思っています。

開業後まだ短期間ですが、それぞれの看取り毎に、多くの学びがあります。ご家族は、医療者が思うよりはるかに不安であるが故に、少しの声掛けや働きかけが不安を軽減している様子を毎回実感します。

在宅5今は6か月の子どもに癒される毎日です。合併症の多い病気ではあるけれど、モニターの数値におっかなびっくりの毎日ではあるけれど、大きな瞳と泣き声でしっかり自己主張し日々成長発達を感じています。お母さんを主とした家族ケアも含めて、目の前の命にしっかりと向き合っていきたいと思います。

「看護師が社会を変える!!」研修の広報にあった、壮大な目的…には、まだまだ届きませんが、「幹」は、看護を通じて「笑顔の瞬間」を提供することを理念とし、在宅療養生活の中で、利用者さんもご家族も、そして我々も笑顔の瞬間をもてるよう、精進していきます。

[活動レポート ― 在宅看護センター]
在宅の仲間―番外編

暑中お見舞い申し上げます。

この度の西日本豪雨禍で亡くなられた方に哀悼の意をささげますと共に、まだ行方のわからぬ方々とそのご家族や避難を余儀なくされている多くの方々に、心からお見舞い申しあげます。

先般の大阪の地震に続く広域大災害もあって、ホームページ連載中の「在宅の仲間たち」が足踏みしております。

言い訳がましいのですが、夏休み・・・させて頂きます。

2014年度から始まった笹川記念保健協力財団が実施する「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の2018年度は、猛暑の中、熱い研修の日々が続いています。この5期生17名を含めますと67名の仲間となります。

が、下の地図をご覧いただきますと、白抜きの、未だ仲間のいない地域も沢山あることは歴然です。各地域の人々に安心を保障できる看護師の拠点を、さらに増やしてまいりたいと思っていますが、開業済の仲間は、今次の災害でも応援体制を考えてくださっています。精神論は好みませんが、日々の緩やか連帯とともに、イザ!!の際の強固な在宅看護師魂をうれしく感じています。

皆様、猛暑の日々、ご自愛下さい。

日本財団在宅看護センター開業地図
日本財団在宅看護センター開業地図

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち8-近代化の歴史の町 田川で生まれた「むゆうげん」

事業所名:NPO法人 むゆうげん無題

日本財団在宅看護センター ホームホスピス「わこの家」

所在地:〒822-1406 福岡県田川郡香春町香春84-1

TEL/FAX:0947-32-7511

副理事長:原 享子 研修1期生

開業:2015年4月1日

HP: http://muyuugen.org/wako

 

「香春岳(かわらだけ)は異様な山である。けっして高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ。」

無題2五木寛之の「青春の門筑豊篇」の冒頭に出てくる田川郡糸田町にあるカラスオ峠から見た香春岳の描写です。

私たちNPO法人「むゆうげん」は、福岡県筑豊(ちくほう)の田川市で2015年4月1日に産声をあげました。筑豊の由来は、その昔の前国と前国の頭の字をとったものですが、「ちくほう」と聞くと、ある種感慨を覚える方は沢山いらっしゃると思います。

「むゆうげん」が事業展開している、その田川地域は、かつて国の基幹産業だった炭鉱で栄え、そして1960年代以降のエネルギー革命により衰退を余儀なくされました。人口減少と過疎化が進み、2017(平成29)年3月末現在の人口は約12万9千人、高齢化率は40%に限りなく近づいています。高齢化に加えて、炭鉱に代わる地場産業が乏しいこともあって、介護関係事業がかなり多いことも特徴かもしれません。訪問看護事業所も、実に26ヵ所のステーション、みなし指定の訪問看護も精神科病院を含めるとかなりの数にのぼります。

さて、私たちNPO法人の理事6人は、高校の同級生仲間。事務所探し、NPO法人設立登記、指定居宅サービス事業者申請、スタッフ募集等々、何もかも6人の新米理事たちにとっては初めての体験でした。数々の失敗談は語りつくせないほどあります。

2013年12月のことでした。ちょっとした興味から、私どもは、福岡県久留米市の「ホームホスピスたんがくの家」の見学に参りました。NPO法人「たんがく」の理事長樋口様の熱いご案内と説明に一同感動の極みでした。その理念はもちろん、そこに住まわれる方たちの明るいまなざし、日本家屋の佇まい、お庭、介護スタッフが醸し出す明るく優しい空気といった環境にも魅せられ、定年退職後にやるなら「これ!!」と、仲間全員が想いを一つにしたのでした。

樋口理事長の強い勧めもあり、翌年2月には、宮崎市のホームホスピス第一号「かあさんの家」にも伺い、理事長市原美穂様のご説明を聞き、ますます熱く感じるものがありました。

志高く設立を目指したNPO法人ですが、理事6人の中で保健医療従事者は私1人、訪問看護ステーション管理者の経験があるとは申せ、病院付きのぬくぬく環境での仕事であったこともあり、起業のノウハウなど全くの素人でした。

そんなときに飛び込んできた情報が「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」だったのです。定年前に病院を早期退職し、しばらくは母には親孝行、夫や孫にも時間が作れるなどと考えていたのですが、神様は休む間を与えては下さいませんでした。

笹川記念保健協力財団現会長喜多悦子先生が企画された「看護師が社会を変える!」とのスローガンの下の「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の一期生になるべく、2014年6月、期待と不安をないまぜに上京しました。翌2015年1月までの8カ月間、第一線でご活躍のご高名な講師の方々による座学のほか、起業家としての心構えや行動学などなど、徹底的に学ぶことが出来ました。

これまで看護師、ケアマネジャーなどに携わってきた私ですが、ことがおカネのこととなると頭の中でシャッターがガラガラと大きな音をたてながら降りてきます。そんな私に「おカネに弱くってもあなたには仲間がいるでしょ、大丈夫だよ。」と励ましてくださった喜多先生の言葉が今でも蘇ります。

法人名「むゆうげん」には不思議な響きがあります。無限の友→無友限→むゆうげんと命名しましたが、ホームホスピスの理念でもある「とも暮らし」にも懸けられています。

共に働く仲間たちと

共に働く仲間たちと

2015年10月1日、多くの方々のご協力もあって法人最初の事業である「日本財団在宅看護センター訪問看護一会<いちえ>」を開所致しました。2人のスタッフも、私同様還暦前の熟年看護師、ゆっくり、じっくり在宅医療や介護保険について学びながら利用者ゼロ(0)人からのスタートでしたが、24時間365日、いつでも相談可、必要と判断すれば訪問も進んで行う、安心丁寧のケアを行うことを貫いてまいりました。

起業4期目の現在、常勤看護師5名、登録契約の非常勤看護師2名、PT2名、常勤事務職員1名と、やや大所帯に近づいています。ゆるゆるがモットーではないのですが、利用者数もかなり緩やかな曲線を描きながら、ようやく右肩上がりとなってきました。2018年4月のレセプト請求数は36名、うち医療保険20件、介護保険17件、訪問件数455件でした。

利用者様自身が自立した生活を過ごせるようになること、あるいは亡くなられたり施設に入所されたりなどで、訪問終了になった方々の転帰は様々ですが、折々に感謝の言葉を頂くと、老体に鞭打ちながらも「またがんばろっ!」と前を向いて進んでいくことができます。

田川地域は、介護施設の数も充足されており、人々は在宅介護より施設入所を選択できる事情から訪問看護も必然的に施設に赴くことが多くなっています。

無題5

わこの家入居者様とのお花見

当法人が運営している「ホームホスピスわこの家」もそのなかの一つであり、この「わこの家」を運営発展させていくことが、私たちの最大の目標でもあります。2018年4月で開所2周年を迎え、とも暮らしの住人の方々もようやく定員7人となり、満室状態です。2年の経過の中、まだ、看取り経験のないホームホスピスですが、実は、現在、まさにお看取りに向けてのおひとりとそのご家族に医師やケアマネなどとともに心のこもった対応を心掛けさせていただいているところです。(この原稿推敲中2018年5月25日、最初のお看取りをさせていただきました。)

これまで、入居者が3~4人という期間が続いたことで、介護職員への教育には時間を十分にかけられたのではないかと思っています。

苦手なおカネ、帳簿は赤色!ずっと赤・・・これは経営者にとって最大頭を悩ませる問題です。事実、スタッフのお給料が払えなくなるのでは・・・という恐怖で夜も眠れぬ日々を過ごしました。開所から度々襲う体の不調・・・おカネのことをよく判らないが故の不安は思っているより大きいのでしょう。

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お誕生日には大きなケーキで

それでも、1日は24時間、どんな出来事があろうと明日はやって来ます。新しい1日が始まると気分も一新されます。が、また、別の新しい課題をつきつけられる・・・この繰り返しが人生なのでしょう。しかし、最近は、どんな困難な課題にも神様は「ちょうどいい具合」に折り合いをつけてくださるものなのだと悟れるようにもなりました。

「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の、いわば卒業研究発表でしょうか、研修の最後の2015年1月に発表した「事業計画」に沿って、一つずつゆっくりではありますが、目標に近づけていることを実感する今日この頃です。

「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」という研修受講が、私の人生の別の扉を開いてくれたと同時に、その後のあと押しや、また、多くの仲間たちの励まし、その全てが今の私の財産であり、私の中の核として誇りに思っているところでもあります。

2017年3月末までの6年間、福岡県看護協会職能Ⅱ委員としての経験や昨年受講の機会を得られた「エンド・オブ・ライフケア援助者養成基礎講座」での学びから、微力ながら地域貢献を目的として住民レベルでのディグニティセラピーやアドバンスケアプランニングの普及に向けてケアカフェの企画を計画しているところです。

今まさに苦しみの中にある利用者さまにとって、何が穏やかに過ごせる条件になり得るのか、「苦しみを分かってくれる人」としての私になれるよう、日々努めて参りたいと考えています。

地域のハブとなる在宅看護センターとして認められることを目標に「むゆうげん」は無限の友とともに邁進してまいります。これからも末永くご指導よろしくお願い申し上げます。

文責 原 享子

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
2018年度「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業 開講式を開催しました

今年で5年目を迎える「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業は、17名の受講者を迎え、6月11日に開講致しました。

開講式では、日本看護協会前会長/東京医療保健大学副学長の坂本すが氏、2期生で都内で開業し活躍中の在宅看護センター本郷(http://home-carenurse.com/) 代表の直江礼子氏より激励の言葉をいただきました。

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受講者代表の三浦比呂子さんからは「研修に参加した同じ志を持つ仲間と、様々な学習を通じてこれまでの経験を言語化し、普遍化するとともに、仲間として礼節を重んじ、絆を深め、助け合いながら切磋琢磨して、全員でより高い目標に向かって歩んでまいりたいと思います」と力強い決意表明が述べられました。

式の最後には、日本財団の笹川陽平会長より「これからの老人医療、終末期医療の在り方の革命家」 である受講者へ向けて、「目配り、気配り、心配り」を大切にするという経営者の心得が送られました。
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本事業の受講者は、2019年1月までの8ヶ月間、多方面で活躍される講師を迎えての講義の他、現場経験を養う為の実習、国際機関や企業の見学、学会参加、起業計画の立案を経て、全国での起業を目指します。
1~4期生の50名に加え、5期生17名の今後の活躍にご期待ください。
当日の模様は、日本財団ブログ ソーシャルイノベーション探訪にも掲載されております。あわせてご覧ください。

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち7-桜の遊歩道に面したお屋敷が在宅看護の拠点 群馬の華佳(はなか)

法人名:一般社団法人 安寿
事業所名:日本財団在宅看護センター華佳(はなか)

所在地:群馬県前橋市石倉町2丁目14番地5
TEL:027-226-1102  FAX:027-226-1103
代表理事・管理者:高橋 佳子(緩和ケア認定看護師)研修2期生
開業:2017年4月1日
HP:http://www.kangocenter-anju.com/

 

「在宅看護センター華佳(はなか)」は、群馬県前橋市にあります。県庁が望める利根川沿いの自然豊かな住宅地の一角、桜の遊歩道脇の風格のあるお屋敷が事業所です。無題

一般社団法人「安寿」代表理事、日本財団在宅看護センター「在宅看護センター華佳」管理者をつとめる高橋は、伊勢崎市民病院をはじめとする病院勤務が30年、一般的にはベテランと呼ばれる域に達していた看護師です。が、それがどうして在宅・・・です。

たまたまですが、20代の頃から訪問看護にかかわる機会があり、いずれはこの道に入ろうと決めていました。主に、緩和ケアチーム専従看護師として働いた頃、「家に帰りたい」と望む患者さんを在宅につなぐ役割と、病院窓口として訪問看護師の相談に乗ることや主治医につなぐ役割を果たす機会がありました。退職前の数年間は管理当直も担当しましたが、その都度、孤独死が増えている状況を実感し、胸のざわつく想いが致しました。

どのように在宅での医療・看護に関与するか、一歩を踏み出せずに悩んでいた時、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を知り、『これだ!』と確信しました。

振り返れば、岐路に立った時、いつも日本財団研修とのご縁がありました。初回のホスピスナース養成研修、2回目の緩和ケア認定看護師、そして導かれるように3度目の研修に満を持して勇躍応募しました。

「在宅看護センター華佳」は、博愛と社会貢献を理念に、「病気があっても、認知症があっても『自分らしく』『穏やかに』『住み慣れた地域』で暮らせるお手伝いをする」ことをモットーに開業して1年を迎えました。

この1年、医療保険対応が6割、介護保険が4割程度でやってまいりました。看取りは11件でした、想定内でしょうか。一方、予測通りというには、ちょっと悲しいことは、独居と老々介護が利用者の5割を占めることです。日々の暮らしは介護サービスのサポートで何とかなってはいますが、「話を聴いてくれるのが嬉しい!」と。不安を抱えながらの日々を過ごしておられる方々がいかに多いかを肌で感じると共に、訪問を待ち望んでおられる様子と拝見する笑顔からは、私どもの介入がお役にたっていることを実感させられます。

無題22018年2月、群馬緩和医療研修会で発表の機会を得ました。
看護師起業家として「時々病院、ほぼ在宅」の担い手となる為に、専門職の多職種間だけでなく、隣人知人ご親戚など、インフォーマルなサポーターの関与につなげていくこと、看護を必要としている住まい(小規模多機能居宅や有料老人ホームなど)へ柔軟に細やかに介入していくこと、さらにアドバンス・ケア・プラニング(Advance Care Planning:ACP)をも、日頃の会話から汲み取れる機転と包容力ある人材育成に努力することなどを発表しました。

この1年間は大波小波の連続でした。職員の突然の退職、がん経過中の利用者が多いこともありますが、クライアント数が不安定、さら前橋市内の訪問看護事業所が40カ所を超えたことなど、2年目プロジェクト名を「生き残り大作戦!」とし営業、研修会、何にでも顔を出してのアピールです。

スタッフは4名。2018年春、小児医療センターの定年退職者とPCU(Palliative Care Unit、緩和ケア病棟)勤務経験者が入職、対象者の幅の拡大と質の高いケア提供に向け精進します。

今年度は、緩和ケア認定看護師としても「QOL・QOD」の質向上に向けて、近隣市を含めた研修会を行い、地域全体の訪問看護ステーションの質の向上に貢献してまいりますが、前橋市の特長は全国屈指の開業医の多いところ、開業医とのより良き連携のチャンスを増やすためにも、医師会主催研修会へも積極的に参加したいと考えています。

さて、過去1年、利用者さんから頂いた応援の声々・・「訪問看護は正直期待していなかった。でも、華佳さんは全く違う、愛がある。」「華佳さんという、素晴らしい在宅看護センターのお世話になれた母は幸せ者・・・」「次に起こること、次に起こることを丁寧に教えてもらいながら、自分も1日1日覚悟を決められた。こんなケアをしてもらえて、有り難い。」から、「他の方々の為にも、これからも、良い仕事をして下さいよ。だから、身体を壊さないように!」などのお気遣いまで、多々励ましのお言葉も頂戴しています。今一歩が欲しい「華佳」ですが、必ずや確実な軌道を描けることを信じて2年目、頑張ります。

春は桜、夏はあじさいと四季折々の自然に癒され、元気を頂いています。今年は、取分け見事な満開を楽しみました。利用者様とのお散歩もご覧ください。

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文責 高橋佳子

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち6-早春の十和田市 名は体を現わす 緑の杜

事業所名:一般社団法人緑の杜
日本財団在宅看護センター「みどりの風訪問看護ステーション」
所在地: 青森県十和田市西十二番町10-20石倉荘1
日本道100選にも選ばれた官庁街通りに面する十和田市立中央病院北側の住宅地、その一角にある古い小さなアパート
TEL: 0176-58-6727 FAX:0176-24-3989
代表理事・管理者(所長):太田緑(緩和ケア認定看護師)研修3期生

開業: 2017年4月1日
HP:https://midori-mori.jimdo.com/
Facebook:みどりの風訪問看護ステーション

 

十和田市と云えば、皆、奥入瀬と十和田湖を思い浮かべられましょう。
「みどりの風訪問看護ステーション」は、その青森県の十和田市を中心に、病気や障害があっても、人生最期の時を住み慣れた処、自分らしく生き続けられることを支える訪問看護を目指して開業し1年が過ぎました。

2018040602一般社団法人「緑の杜」代表理事、日本財団在宅看護センター「みどりの風訪問看護ステーション」所長をつとめる太田は、事務所に近い十和田市立中央病院に30年の長きにわたって勤務してきた緩和ケア認定看護師です。勤務の間、地域医療連携室次長また緩和ケアチーム専従看護師として、患者やご家族また医療や介護の専門職からの相談も受けてまいりました。病気や障害を抱えた地域の人々が、最後まで、安心してご自宅で過ごされるためには、何よりも地域の医療とケアの連携が重要だと考えるようになっていました。そんな中で、笹川記念保健協力財団が行う「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」研修を受講しました。

緩和ケアを学んだきっかけは、30年前、「家に帰りたい」と切望された入院患者の希望を叶えられなかった経験から、せめて苦痛だけは取り除けないかとの想いからでした。今のように介護保険制度や訪問看護ステーションもない時代でした。現在では、病気の種類や重さにかかわらず、在宅療養は可能です。が、地方では、深刻な医師不足に加えて、医師の高齢化もあり、医師中心では安心して在宅療養を行えない状況もあります。

「看護師が社会を変える」と書かれた受講生募集パンフレット、日本財団笹川陽平会長と笹川記念保健協力財団喜多悦子会長の対談を拝読し、受講を決めました。8ヵ月の研修の最後に事業計画をまとめました。研修修了と同時に法人設立し、4月に開業し、ちょうど1周年を迎えました。

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ただ、訪問して看護するのではなく、その活動を通じて、地域の未来創出にも貢献する、そんな自負を持ちつつ看護三昧の毎日を過ごす、そんな風に考え言えるようになれたのは、あの8ヵ月研修での成果・・・自分なりの切磋琢磨の結果だと思います。あるスタッフは、オリエンテーションで、私が夢を追加し、説明したところ、ここで働けてよかった!と、少々大げさでしたが、お蔭様で、私自身のモチベーションもアップしました。

現在スタッフは、看護師6名。アットホームな雰囲気の中、「未来を創る」という大きな夢に向かって、まい進中です。まだまだ日々の訪問看護の利用者数は少ないですが、ご縁をいただいた方は60名となりました。0歳から100歳まで、予防から看取りまでを支えたいと考えておりますが、どうしても看取りの方が多く、かかわる時間が短いことが多いのが現状です。「みどりの風」では、利用者様が亡くなられた後も、ご家族のグリーフケアをさせていただいております。

「みどりの風」のスタッフは、訪問看護経験者が少ないのですが、どのスタッフも病院にいる時と家にいる利用者様の顔が全く違うことを感じています。とても穏やかで、そしてとてもいい笑顔やチャーミングな顔をされるからです。この笑顔を少しでも増やすために、働いていると言っても過言ではないと思います。とはいえ、経営者・事務・訪問看護師の3足の草鞋を履いて、駆け回るのは大変です。特に、慣れない診療報酬の請求には悩まされ、各方面にご迷惑をかけた1年だったと思います。

十和田市は、明治維新に先立つ江戸末期、吉田松陰の「東北遊日記」に荒漠たる原野とありますように、元は原野でした。現在の十和田市は、この地の碩学新渡戸稲造の祖父新渡戸傳(ニトベツトウ)に始まる開拓の成果です。奥入瀬川から11,362Kmものトンネルを掘り、陸堰を造設し、人工河川稲生川によって引水し、開拓した結果です。

2018040601八枚の葉っぱが集合した法人のロゴは、「緑の杜」を表します。「杜」という文字は、人の手で作り上げる「もり」、地域に必要な多様な事業が杜を構成するイメージです。その中の葉っぱ1枚が「みどりの風訪問看護ステーション」であり、風(みどりの風)が葉を揺らし、新たな未来を創る大きな風車になるようにとの願いを込めました。葉にとまったてんとう虫(天道虫)はかけがえのない命のシンボルです。

ちょうど1年を迎えるにあたり、なにか新しいことを加えたいと考え、ポケットエコーの導入を決めました。先日、地域の大学から先生をお招きして、1周年記念の研修会を開催しました。ステーションスタッフだけでなく、地域で開業されている先生や他の地域の病院看護師、近隣の公立病院看護師にも参加していただきました。訪問看護ステーションで、エコーを導入しても、報酬はいただけません。しかし、エビデンスのあるアセスメントをして、確かな技術と質の高い看護が提供できると考えております。

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また、ご利用者ご家族の強い希望があり、自費の訪問看護サービス(オーダーメイド訪問看護サービス)も開始しました。他のステーションとの差別化は重要であり、今後も地域や利用者の希望があれば、他にない看護サービスも検討していきます。

さらに、2年目にあたり、「偲ぶ会」の開催や、「暮らしの保健室」の開設も予定しております。

地域の方々に、「みどりの風」を知っていただくのはもちろんですが、少しでも安心して、心強く思っていただける存在になれればと思っています。

人は誰もが必ず生命(いのち)の終わりを迎えます。最期の時まで、自分らしく生ききることを全力で支えさせていただけるように、「みどりの風訪問看護ステーション」は、これからもひたむきに全力で看護をさせていただきます。

文責 太田緑

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち5-岡山 日限(ひぎり)地蔵尊が見守る 岡山在宅看護センター晴(はる)

晴

事業所名:

合同会社 岡山在宅看護センター晴

所在地:岡山県岡山市北区表町

3-21-1細堀マンション201

電話:086-201-3986

開業:2015年3月17日

代表社員:赤瀬佳代 看護師

Facebook:岡山在宅看護センター晴

 

 

もう5年前になります。看護が独立して、あるいは自立した看護師が病気を持った人々の生命と健康をどのように護ればよいのかと思い悩んでいたこともあって、日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修を受講する決心をしたのは。

思えば、8ヵ月の研修は長くも短くもありましたが、2015年1月、開業計画・・・というよりは10年後までを想定した開業・運営計画を発表しました。そして、2ヵ月後の3月に合同会社「晴」を立ち上げ、実際の訪問活動を7月に開始しました。2018年3月17日に会社設立4年目を迎えます。現在のスタッフは看護師9、事務1名で、石の上にも3年と申しますが、漸く思い描いていたものが形となってきたのを実感しています。訪問看護の利用者数も、お蔭様で1ヵ月100名に近づき、ご縁を頂いた方々はもうすぐで200名となります。

晴事務所

予防から看取りまでを支えたいとは思いますが、振り返ると何と多くの方をご自宅でお看送りしたことでしょう!それぞれの方が望む所で、望むように生をまっとうされるお手伝いが出来ること、それこそが私たちの働き続ける大きな原動力です。最近では、“いざという時に備えて!”と、予防と緊急のためでしょうか、介護度の低い方からの訪問依頼が増えてきています。時代の流れでしょうか。

「晴」では、地域の方々が一日一日を健やかに過ごされることをお手伝いするため、2015年11月から、毎月1回の「いきいきサロン晴れ晴れ」を開始しています。最近は、毎月20名程度の常連ご近所様が参加下さいます。ここでは、岡山市推奨の介護予防体操「あっぱれももたろう体操」や時期に応じた健康講話などを行います。地域と繋がることで、ちょっとした困りごとがあった時、相談しあえる関係、繋がりが築けてきていると実感します。次なる展開は、本年4月から、このような地域活動を近隣ステーションと協働実施することで、支援地域と機会を拡大したいと考えています。

晴れ晴れ

最近は、病院サイドでも在宅/訪問看護との連携が重要になってきていると聞きます。「晴」では、2016年9月から、近くの大規模医療施設である川崎医科大学総合医療センターと提携を開始しました。すなわち、同医療センターから、長期の看護師出向を受け入れています。病院側からみた目的は、在宅療養支援を理解し、真に利用者に益する退院・外来支援の実践ができる看護師育成にありましょう。当方にとっても、在宅でのケア・看護と病院でのそれを双方向で理解し合い、病院側からも在宅ケア側からも、共によりスムーズな連携がとれるようになってきたと強く感じています。

さて、このシリーズも5番目なので、少し、研修の効果、つまり何が良かったかを振り返ります。8ヵ月研修の大きな学びは、既に起業家看護師としての経験をもち、困難な時代を切り開いてこられた先輩方の実践を学べたことにあります。確かに、現在は比較的起業しやすい時代になっています。それでも、振り返れば、今日にいたるまで、実に沢山の困難苦しみがあったのも事実です。そんな時、先達からご教示いただいたご経験と置き換え、また、各種の示唆からも考え、困難を乗り越えるための冷静な目、耐える精神力、切り開いていこうとする意志を培ってこられたのだと申せます。研修内容もさることながら、この間にめぐりあった人々との繋がりこそ起業後の大きな支えであり現在の財産になっていると言えます。

事務所の斜め向かいには、有名な「大雲寺 日限(ひぎり)地蔵尊」がおわします。私の一日は、毎朝、出勤時に、この柔和なお顔のお地蔵様にご挨拶することから始まります。苦しい時の神頼みではありません。今日も一日恙なく終えられることを祈りますとともの、初心を全うできることの決意表明です。

地蔵

ひとつひとつの事業所ができることは限界があります。が、日本財団在宅看護センター起業家育成事業のモットーである「看護師が社会を変える」のように、「晴」からの発信も、少しずつ、地域の皆さまに浸透しているように思います。それは、看護というものが、病気を治す=医療とともに、例え病気があろうとも、生きてゆく=生活の双方を把握するものであり、それが故に、利用者様目線の実践につながるからではないでしょうか。病める人、高齢者、障害者も含め、地域に暮らすすべての人々の暮らし丸ごとを看て護るのが看護です。

看護によって人々の健康を護り、地域社会丸ごとの保健レベルの底上げが可能なら、ケアを受ける人もそれを担当する私どもともども一体となった健やかなコミュニティつくり、街造りに貢献できるよう「晴」一同は、引き続き、働きかけてまいります。

春爛漫の岡山、「晴」にもお立ちより下さい。

文責 赤瀬佳代

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち4―茨城県茨城町の民家 在宅看護センター和音(わおん)

事業所名:一般社団法人ハーモニーナース

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在宅看護センター和音(わおん)

場所:茨城県水戸市の隣の茨城町

HP:http://www.harmony-nurse.jp/

TEL:029-303-8780 FAX:029-303-8781

開業:2016年4月1日

代表理事:黒澤薫子(看護師)研修2期生

 

茨城県東茨城郡茨城町といえば、県のど真ん中に位置すると想像されそうですが、この町のホームページには、ささやかに「ほどよい田舎 いばらきまち」とあります。日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修二期生黒澤薫子が代表理事をつとめる「和音(わおん)」は、その茨城町の住宅地に2016年4月に開設しました。茨城町・・・と云ってもピンとこない方も、水戸黄門・・・通称ご老公で名高い水戸光圀の居城があった水戸市は、そのいばらきまちの隣と云えば、大よその位置は想像されましょう。

どっしりとした日本家屋が和音の事務所です

どっしりとした日本家屋が和音の事務所です

茨城県は、全国魅力度ランキングが、何と4年間連続最下位でした。が、そうは言っても「住めば都」と申します。この町、食べ物は美味しく景色も美しく、車さえあれば非常に暮らしやすい地域、と、黒澤は自負しています。

代表理事の黒澤は、その看護師人生25年を水戸市内の500床を有する総合病院で過ごしました。この間めぐり会った膨大な数の患者さんたち。「私の人生観も死生観も変わってしまうような貴重な経験をさせていただきました。」と振り返る。が、医療制度改定が続き、入院期間を短縮せねばならなくなった病院。そのような時代の曲がり角、施設での看護に限界を感じるようになっていた一方、不治の病におかされた方、終末が近い患者さんから、「家に帰りたい!」と切ない表情で訴えられることも増えました。どうにかしてさしあげたい・・・と思う気持ちが強くなっていました。

そして、地域包括ケアという言葉を耳にすることが増え始めた頃、悶々としつつ、開業・・・を決意するかどうか揺れていた頃、偶然にも「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を知ったのです。周囲の人々に、「今まで、あなたが看取ってきた人たちが、今、あなたを導いているんだろうね。」とも言われました。迷わず、この研修に飛び込みました。何かが私を後押ししていると思うようなご縁でした。2015年春、私の人生は別の方面に広がりました。

8ヵ月の研修は、看護学的な研修はわずか、根幹は経営者になるための意識変革を求めたものでした。現状から未来を想像し、社会のニーズを先駆的に把握し、それを一つの企業体として組織し、そして看護を実践する。そのための経営者に生まれ変わることが必要でした。見かけの黒澤薫子は同じですが、中身は生まれ変わらねばならない、そんな内面的葛藤を断ち切るに必要な、多士済々、多様なご経歴の第一線講師陣たち、たった8ヵ月でしたが、その濃い中身は、この上なく、刺激的、本当に生まれ変われたと思える学びでした。

開所式には同期生全員が出席してくれました

開所式には同期生全員が出席してくれました

在宅看護は、個々人の生命力を拡大し、生き様を変化させるという魔法の力を秘めています。

人間は自分の好きな環境に置かれれば、自ずと生きる力が沸き、たとえ病気や障がいがあっても許される範囲の健康を享受できることを改めて感じます。だから、個々人の生活の場を訪問しケアを行う看護師は、その個人の生き方を出来る限り把握し、支援すべきことと過剰な介入や邪魔をしないことの見極めを付けられることが最も重要な鍵だと実感しています。

どんなに科学的に正しくとも押し付けではいけません。病気あるいは障がいをも許容しつつ、それぞれの生活をどう維持あるいは少しでも向上できるのか、外部からの訪問者である看護師はどんな立ち位置におればよいのか、それらが収まるべきところに収まることが、在宅看護の始まりです。そして、私はいつも考え続けています。今ある辛い症状はどうすれば落ち着くのか、どうすればより楽な日々となるのかを。主治医たち、医療施設の退院調整を担う看護師、ケアマネージャー、福祉関係者などなど、多職種とのチームワークも実に重要です。

利用者様宅にて、ご家庭の様子が分かるのは在宅/訪問看護ならでは

利用者宅にて、家庭の様子が分かるのは在宅/訪問看護ならでは

ご自宅に伺います!

ご自宅に伺います!

退院直後のある期間は、病院で強いられた安静の所為もあって、筋肉は衰え、思うように動けません。が、食べ慣れた自宅の味と、使い慣れた我が家での行動によって、また一歩一歩自分の足で歩けるようになることも少なくありません。たとえ、がんの終末期で何も食べられないという状況であっても、ご家族と一緒のお食事で少しずつ食欲が戻り、短期間でも元気を回復される方もおります。在宅看護は、まさにミラクルをもたらします。こんなに楽しい看護があったなんて・・・と、癒されているのは私自身です。

起業して1年半、まだまだ駆け出しの在宅看護センターではありますが、地域の方々に支えられて「和音」も、ここまでやって来る事ができました。社会は激しく変化しています。そして、在宅看護は、ますます必要になります。

 

「和音」は、社会のニーズを確実にキャッチし、皆さまの信頼を得られるような良質な看護を、365日24時間、ご自宅にお届けできる「いばらきまち」の在宅看護の担い手であり続けたいと願っています。

(文責 黒澤薫子)

 

 


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