[支援活動レポート]
[ネパール]ハンセン病患者・回復者の子女への奨学金支援

期間 1983年度~
対象地域 全土
協力先 NELRA(Nepal Leprosy Relief Association:ネパールハンセン病協会)



当財団の初代会長である笹川良一前会長が1979年にネパールを訪問した際、コカナ・ハンセン病療養所を視察しました。その時、あまりにも多くの児童が学校に行けずに療養所の中で時を過ごしているのを見て、少なくとも彼らの将来のために教育を受けさせるべきだと考えました。そして1983年度より、コカナ療養所の児童を含む、ハンセン病患者・回復者の子女を対象とした教育支援「笹川スカラーシップ」をNELRAの協力のもと、開始しました。自宅から学校に通うことが難しい子どもたちは、同協会が運営する寄宿舎に住み、学校へ通っています。

この奨学金事業は20年以上経た現在も継続されています。卒業後、多くの元奨学生が看護師、警察官、教師などの安定した職に就き、障がいを持つ回復者の両親や家族の生活を支えながら、社会の中で力強く生きていっていることが報告されています。

奨学生からの手紙

チャリマヤ・タマン、ネパール東部シンドゥリ地区の出身、17歳です。私の父は結婚してしばらくするとハンセン病にかかりました。住んでいた村は山深いところにあり、近くに病院もなかったので、治療を受けることができませんでした。故郷では迷信や言い伝えだけが知られており、ハンセン病の本当のことは誰も知りません。この病気にかかると、誰もが避けるようになり、人間として接してくれなくなります。どんなに仲が良くても、病気にかかっただけで。家族も差別されるようになります。たくさん辛い目にあいました。

治療が受けられなかったので、父の手足の障がいは深刻です。母はそんな暮らしを見限ったのか、私たちを捨てて家を出て行きました。父は働くことができず、物乞いをして私と妹を食べさせてくれました。しばらくすると村にいられなくなりました。それからは物乞いをする父と一緒に、町から町へと転々としながら暮らしました。物乞いの生活は本当にみじめです。

その後、ハンセン病支援団体の紹介で、コカナ療養所で暮らすことができるようになりました。そこで、貧しいハンセン病回復者の子どもが学校に通えるよう奨学金の支援があることを知りました。奨学金をもらえることになった時には、本当にうれしかったです。奨学金がなければ、学校に行くことなんて、とてもできませんでした。今、一生懸命に勉強しています。いつか、父を助け、社会の役に立ちたいと思っています。

この支援はボートレースの交付金による日本財団助成金およびボートレースチャリティー基金、そして篤志家の方々からのご寄付により実施してきました。