[支援活動レポート]
[ミャンマー]教育支援

期間 2003~2005年度
対象地域 ヤンゴン管区、マンダレー管区
協力先 ナンダミェン教育支援委員会、マヨンジャン教育支援委員会

ミャンマーは2003年1月末にハンセン病の制圧に成功しましたが、偏見や差別のために定着村で暮らす回復者やその家族はいまだ多く、社会的・経済的支援についてはいまだに多くの課題が残されています。定着村は町から遠く離れた場所にあるという地理的理由、そして経済的理由から十分な教育を受けることができません。

子どもたちは次世代を担う希望です。教育支援は、子どもたちに学ぶ機会を与えるというだけではありません。教育を受けた子どもたちは、一般社会で就職をする可能性を高めることができます。定収入は本人や高齢化が進んでいる回復者の両親の安定した生活を意味するだけではなく、物乞いの村というイメージを向上する役割も持っています。

ミャンマーでは2003年度から3年間にわたりヤンゴン管区とマンダレー管区の2つの定着村に暮らす患者や回復者の子どもたちの教育支援を行いました。高校生、大学受験準備生、大学生、職業訓練生の合計延べ777人がこの3年間で教育の機会を得ました。

教育を通して、何世代にわたっても続いている偏見や差別と貧困の悪循環を断ち切ることができることを願いつつ、2008年度より新規の教育支援も開始されました。

本プロジェクトはボートレースチャリティー基金からのご寄付により実施することができました。

ナンダミェン村に住むトンさん、ティン・ニュンさん、ワ・ニョーさんからの手紙

「私たちはハンセン病という病気に苦しめられ、病気による差別に苦しめられてきました。今でも私たちを見ると、社会の人たちはハンカチで鼻を覆い、走って逃げます。家族や友人に生まれ育った故郷を追われ、患者や回復者同士が集まって定着村に住んでいます。

村の外ではお金を持っていても何も売ってくれません。また、私たちが花や野菜などを売っても、誰も買ってくれません。病気は治っているのに、ハンセン病というレッテルははがせないのです。

私たちを雇ってくれるところはありませんので、みんな貧しい生活をしています。そのため学校に通えない子どもが村にはたくさんいました。教育支援のおかげで、子どもたちは学校に行けるようになりました。子どもたちは私たちの誇りです」