ホスピス緩和ケアQ&A

Q01 :
ホスピスとは?
A01 :
本来は建物や施設を表す言葉ではなく、主に末期がん患者や様々な疾患で苦しんでいる人に対し、暖かなケアを提供し、余命の短い患者が安らかに過ごせるよう援助するプログラムの総称です。しかし、今日では、看取りを含む終末期(ターミナル)ケア・プログラムや実施場所・施設を含んだ広義の意味で使用されています。また、カナダではホスピスが死ぬ場所を意味するとの理由にて緩和ケア(Palliative care)と呼ばれるようになり、現在、世界各国では「ホスピス」に代わり「緩和ケア」という表現が使用されています。

Q02 :
ホスピス(Hospice)の語源は?
A02 :
ラテン語のホスペス(hospes:主、客の両者を意味する)を語源とし、ラテン語のホスピティウム(Hospitium:客を厚遇すること)に由来するホスピスは、「客を暖かくもてなす」ことを表し、元来、中世の初めヨーロッパ西部で巡礼や旅行者、病人たちを休ませた宿泊施設を意味しています。これが今日のホテル(Hotel)や病院(Hospital)の原型となっています。また、英語のHospitality(厚遇、歓待)も同様にラテン語のホスピティウムに由来しています。

Q03 :
終末期(Terminal)とは?
A03 :
医師が不治の病と診断してから、およそ6ヶ月以内に死亡するであろうと予測される状態の時期を言います。

Q04 :
緩和ケア(Palliative Care)とは?
A04 :
WHO(世界保健機関)が1990年に発行した「Cancer Pain Relief and Palliative Care」では、がん医療における終末期医療を含む新しいケアの考え方を「緩和ケア」と呼ぶように提言している。この中で「緩和ケアとは、治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対する全人的ケアである。痛みやその他の症状のコントロール、精神的、社会的、そして霊的問題の解決が最も重要な課題となる。緩和ケアの目標は、患者とその家族にとって出来る限り可能な最高のQOLを実現することである。末期だけでなく、もっと早い病期の患者に対しても治療と同時に適用すべき点がある」(引用:恒藤暁著、「最新緩和医療学」、 株式会社最新医学社1999年発行)

現在の日本の診療報酬体系では、緩和ケアの対象はがんとエイズの患者だけとなっています。これは世界の常識とは言えません。緩和ケアは本来、患者の年齢や病気の種類及び余命の長短に関係なく提供されるべきものです。

尚、緩和ケアが提供される形態には以下の形があります。

 *ホスピス緩和ケア病棟
 *一般病院の緩和ケアチーム
 *ホスピス緩和ケアの専門外来
 *在宅ホスピス緩和ケア
 *ディホスピス

Q05 :
ホスピス緩和ケアについて様々な言葉が使われているのはどうして?
A05 :
終末期医療をめぐる概念が多様化していることからだと考えられます。地域性や時代の推移とともに内容の変化から生まれ、解釈の仕方も様々です。

ホスピス緩和ケアをめぐる言葉について解り易く解説されているサイトをご紹介します。

日本ホスピス緩和ケア協会「緩和ケアをめぐることば」

Q06 :
ホスピス(緩和ケア病棟)と一般病院はどこが違うの?
A06 :
一般病院では、治療を目的とした施設であるために、検査・診断・治療・延命が大切なことであり、患者一人一人の要求は制限されることが多い。一方、ホスピス(緩和ケア病棟)では、終末期を迎えるがんの患者を対象とした疼痛緩和中心の症状コントロール、精神的援助、また家族への援助などを含む患者一人一人の事情に合わせたケアを行ないます。このため、多岐に亘る職種からなるチーム対応が大切です。このチーム対応の活動内容は患者が出来るだけ快適な時間を過ごし、精神的平安のうちに死を迎えられるように様々な援助を与え、また、愛する人を失った家族が悲嘆の時期を乗り越えられるように患者の死後も適切な支援を行ないます。

厚生労働省は、国としてホスピスや緩和ケア病棟を経済的に援助し充実化を図ろうとして1990年4月に「緩和ケア病棟入院料」を新設しました。そこで、「緩和ケア病棟の施設基準」を設け(1998年4月改訂)、これら基準を満たした施設には、医療保険より入院料として現在1日につき患者一人当たり37,800円が給付されることになり2002年には診療報酬「緩和ケア診療加算」が新設されました。

Q07 :
ホスピスでチーム対応を実践する人たちはどんな人たち?
A07 :
医師、看護師、ソーシャルワーカー、理学療法士、作業療法士、音楽療法士、栄養士、薬剤師、宗教家(チャプレン)、ボランティアなどの人たちです。特に、専門職以外のボランティアの参加は非常に大切であり、その働きも多様です。例えば、環境整備(草花の手入れ、施設内の飾付け)、生活の援助(散歩、食事、お茶やおやつの準備、洗濯、買い物)、患者との心の交流、検査時の付き添いなどがあります。

「全国ホスピス・緩和ケア協会」による「チーム」についての考え方は以下の通りです。

(1)チームとは患者とその家族を中心とし、医師、看護師、ソーシャルワーカーなどの専門職とボランティアが参加する。

(2)チームの構成員は、それぞれの役割を尊重し、対等な立場で意見交換を行い、互いに支え合いホスピス・緩和ケアの理念と目的を共有する。

(3)チームは、計画的な教育プログラムを持ち、継続評価によってチームとしての成長を図る。

Q08 :
患者の苦痛とはどんなもの?
A08 :
患者が経験する複雑な苦痛を表した概念の全人的苦痛(Total pain)と言われるものですが、その内容は、身体的苦痛のみならず、精神的(不安、苛立ち、孤独感、恐れなど)、社会的(入院・医療費などの経済的問題、家庭内や親族間の人間関係、患者の過ごす場所など)、霊的苦痛(自己存在への苦痛)などの全ての苦痛です。

Q09 :
世界で最初のホスピスはいつ・どこで・誰が設立したの?
A09 :
ホスピスは中世の初めに疲れた旅人や巡礼者、孤児、病人、貧困者などに安らぎと必要な援助を施す為に設けられたので遡ることは出来ない。近代的ホスピスの源はアイルランドのMary Aikendhead(メアリー・エイケンヘッド:1787-1858年)の働きに遡るが、更に、ホスピス運動が普及するには1967年に創設されたSt. Christopher’s Hospice(英国:聖クリストファーズ・ホスピス)を待たねばならなかった。創設者のCicely Saunders(シシリー・ソンダース)は以前看護婦であったが、その後、ソーシャルワーカーとなり、末期患者との出会いを通して医学を志し、1957年、39歳の時に医師の資格を得た。その後、末期患者における鎮痛薬による痛みの治療の研究に取組み、1967年にSt. Christopher’s Hospiceを設立した。以来、Saundersは医師として末期患者のケアにあたる一方、教育・研究活動にも力を入れた。今日ではSt. Christopher’s Hospiceは世界のホスピス運動の中心となっている。このホスピスの影響により、英国では約200の独立型ホスピスが、米国では約1,600の在宅ホスピスが生まれた。そして現在、60ヵ国以上の世界各国にホスピス運動が普及している。(引用:恒藤暁著、「最新緩和医療学」、 株式会社最新医学社、1999年発行:にアンダーライン部分を加筆)

上述のメアリー・エイケンヘッドはロンドンの聖ジョセフ・ホスピスなど多くのホスピスを設立していますが、シシリー・ソンダースは、この聖ジョセフ・ホスピスでがん末期の疼痛をモルヒネで除去する方法を研究開発して、その成果を上述の聖クリストファーズ・ホスピスで実践しております。

また、精神科医エリザベス・キューブラー・ロス(1926-2004)は、その著書「On Death and Dying:死ぬ瞬間」を1969年に米国で発表し世界で初めて死の受容の五つのプロセス「否認・怒り・取引・抑うつ・受容」を発表した「死生学」、「ホスピスケア」のパイオニアの御一人です。まさに死の間際にある患者との関わりや悲しみへの対応について先駆的な役割を果たしたと言われています。尚、日本で「死の準備教育」の提唱者であるアルフォンス・デーケン先生は、この「死の受容のプロセス」の最後に「期待と希望」の段階を付け加えておられます。

更に、精神面からホスピスの概念を発展させたのは、ノーベル平和賞を受けた故マザー・テレサ(Mother Teresa、1910-1997年、享年87歳)です。彼女はインドのコルカタ(旧カルカッタ)に「死を待つ人の家」を作り、路上で悲惨な状況で死亡する人々に暖かいベッドを提供し、優しい人間的な看取りを行ないました。

ホスピスの歴史を辿るには次の書籍をご紹介いたします。

*ホスピスへの遠い道(岡村昭彦著、春秋社、1999年発行)
*ホスピス緩和ケア(柏木哲夫著、青海社、2006年発行)
*よく生きよく笑いよき死と出会う(アルフォンス・デーケン著、新潮社、2003年発行)

Q10 :
日本のホスピスの考えは歴史的にいつ頃から始まったの?
A10 :
欧州では前述のごとく中世の初めに疲れた旅人や巡礼者、孤児、病人、貧困者などに安らぎと必要な援助を施す為に設けられたキリスト教の歴史が存在します。

一方、我が国については、以下三つの文献を紹介致します。

(1)大陸から渡来した仏教の熱心な信者でもあった聖徳太子(574年~622年)の建立と言われる四天王寺の四箇院(施薬院、療病院、悲田院、敬田院)は、看護史にもその名をとどめており、看護という行為が仏教の精神と共に始まり、救済活動へと発展していったことが知られています。
施薬院は病者に薬を施すところ、療病院は病者を収容して治療と看護を行うところ、悲田院は仏法修行の道場であり、敬田院は人間教育の場でした。この説は伝承にすぎず、歴史学の通説であるという考え方もあります。然し、施薬院や悲田院が最初に設けられた時代が聖徳太子の時代とは異なり、しかも四天王寺ではなく別の寺院であったとしても、仏教と看護が深く結び付いていた事実に変わりはありません。記述のうえでは、養老7年(723)に最初の施薬院、悲田院が興福寺に設けられ、施薬院では貧窮の病者に薬が施され、悲田院では貧民、孤児などが収容され、物が施されたことが知られています。
また、僧である行基(668~749)や唐から来日した鑑真(688~763)は、様々な救療活動に携わっています。中世においても、僧である叡尊(1201~1290)や忍性(1217~1303)等が、救護精神のもとに救護施設を建てたり、救護活動や救療活動などの救療事業を行ったことは歴史的にも知られています。或いは、僧の然阿良忠(1199~1287)が、1240年に書き記した仏教書「看護用心鈔」には、看護に関する叙述がみられることなども興味深い事実です。
このように一部の資料を見るだけでも、少なくとも日本の看護は仏教の精神、即ち慈悲の心を基として、病人や貧しい人々の世話をすることから始まっており、更には時代を越えて看護と仏教の結びつきを期待した人たちがいたことが判ります。仏教が、人間の「いのち」、いのちの「生老病死」、人間本来の「生き方や幸せ」を考えてきた世界をもっているとするならば、その仏教が教えるところの理念、知恵、方法論を取り入れた「仏教看護」を考える意義は大きいでしょう。(引用:藤腹明子著、「仏教看護論」、三輪書房、2007年発行)

(2)キリスト教との関連でホスピスが語られるように、仏教においても「看取りの場」は仏教のニ千百年の歴史と共に存在する。それらは「無常院」や「往生院」などと呼ばれた。日本においても「無常院」や「往生院」などの他にも「看護堂」「涅槃堂」など、宗派の違いによる呼称の別はあるが、宗教施設としての「看取りの場」が数多く設けられたことは歴史的事実である。とりわけ平安時代末期に浄土教信仰が盛んになるにつれて「二十五三昧堂」や先の「往生院」などが全国各地にもうけられた。現在に残る宇治の平等院などは大規模で華麗なものの代表である。また、それらの看取りの場では、「臨終行儀」と言われる仏教の教義と経験知に基づく方法論に即した看取りが行われた。(引用:田宮仁著、「『ビハーラ』の展開と展望」、学文社、2007年発行)

(3)仏教と医療はどうしてこんなにも距離が出来たのでしょうか?奈良時代には、お寺の中に施薬院や療病院という施設がああって、看病比丘や看病比丘尼という僧がケアにあたっていたのに、同氏手それが今日まで受け継がれてこなかったのでしょうか?…
一つは、最近の仏教の僧侶は檀家の葬式など儀式が中心となり、寺院以外の場所で仏の法を説き、社会活動をやらなくなってきていることが挙げられます。一般の人が僧侶と会うには、年忌法事、葬式、お盆などの限られた仏事ばかりです。二つ目には、日本の仏教は江戸時代に宗教の力を弱めることを目的とした徳川幕府の「宗門寺請制度=檀家制度」により、寺院活動が制約されてきたからです。そして三つ目には、明治の「廃仏毀釈運動」があったからです。また、第二次世界大戦後の新憲法では、それまで宗教界が中心となっていた社会福祉的な活動は、法律によって国が行うという方針に変わったために、僧侶の社会的進出が傍まれた経緯があるのです。(引用:大下大圓著、「癒し癒されるスピリチュアルケア~医療・福祉・教育に活かす仏教の心~」、医学書院、2005年発行)

Q11 :
日本で最初のホスピスはどこで設立されたの?
A11 :
1973年、淀川キリスト教病院で柏木哲夫医師が米国で学んだOCDP(Organized Care of Dying Patient:死に行く患者への組織的ケア)をがん患者に導入したのが日本での近代ホスピスの始まりです。これは医師、看護師、ソーシャルワーカー、精神科医、牧師などがチームを組んで末期の患者をケアするものでした。(1975年、病院での死亡患者数が自宅での死亡患者数を初めて超えました。)

1981年、聖隷三方原病院(静岡県浜松市)が院内病棟型ホスピスを開設したのが第1号であり、その後、1984年、淀川キリスト教病院(大阪市)が同じく院内病棟型ホスピスを開設しました。また、独立型ホスピスの第1号は、1993年、富士山の見える環境の良い場所に開設されたピースハウス病院(神奈川県平塚市郊外)ですが、これは西豪州(パース)のCottage Hospice(コッテージ・ホスピス)をモデルに設計されております。

また、最初の仏教関係ホスピスとしては1992年、長岡西病院ビハーラ病棟(緩和ケア病棟)が開設されています。

Q12 :
日本で開設されているホスピスの数は?
A12 :
「全国ホスピス・緩和ケア協会」によれば、2010月9月1日現在、開設済みホスピス・緩和ケア病棟数は205施設(4,099床)であり、これから開設準備中のホスピスもあります。詳細は「全国ホスピス・緩和ケア協会」のホームページを参照下さい。

Q13 :
子どものホスピスは何処にあるの?
A13 :
世界最初の子どものホスピスと言われているのは15歳までの子供を対象に1982年11月英国で開設されたHelen House(ヘレンハウス)です。またその後、隣接地に16歳から35歳までのYoung Adult(若年成人)を対象としたDouglas House(ダグラスハウス)が2004年2月開設されました。現在(2010年10月現在)英国には44ヶ所の子どものホスピスがあります。

これら施設は生命を脅かす状態の病気の子供達や若年成人及びその家族のケアを目的に開設されたホスピス及びレスパイト施設(Respite:家族が休息するために患者の一時的滞在施設)です。

その後、例えば豪州(1985年Very Special Kids開設, 2001年Bear Cottage開設)やカナダ(1995年Canuck Place Children’s Hospice開設, 2006年Roger’s House開設)その他世界各国でも同様な子どもの施設が開設されています。

日本では、残念ながらこのような施設は未だ存在しておりませんが、一部の小児医療関係者が現在、日本版Helen & Douglas House(ヘレン・ダグラスハウス)開設を目指しレスパイト機能(患者の家族が休息できるサービス機能)を持った施設創りに奮闘されています。

因みに、何処の国でも子どもの場合、“ホスピス”という言葉を極力避けて別の表現をされているようです。

尚、子どものホスピス緩和ケアにつきましては、世界各国でニーズに合ったケア、例えば、ホスピス、レスパイト、デイケア、家族ケア、グリーフケアなどが緩和ケアプログラムとしてそれぞれの地域に見合った形で提供されています。

このような世界各国の活動状況はQ 14で触れていますICPCN(International Children’s Palliative Care Network:国際小児緩和ケアネットワーク)のホームページにアクセス頂ければご理解頂けます。残念ながら日本の活動状況は2008年11月現在、同ホームページには掲載されておりません。

Q14 :
小児緩和ケア憲章ってあるの?
A14 :
現在、WHOが世界標準の小児緩和ケアガイドライン作りを進めていますが、2008年10月11日(土)“世界ホスピス緩和ケアの日”のテーマ“Palliative Care as Human Right(人間の権利としての緩和ケア)”にちなんで、世界で最も大きな小児緩和ケア組織ICPCN(International Children’s Palliative Care Network:国際小児緩和ケアネットワーク)ICPCN Charter(ICPCN憲章)を発表しました。これは世界各国約20ヶ国で翻訳されており「全ての子どもは緩和ケアを受ける権利がある」という主旨の10ヶ条です。

日本語版は当財団助成金を活用され1年間英国で小児緩和ケアを研修された多田羅竜平医師が翻訳されており日本での普及は今後の大きな課題です。