日中笹川医学奨学金制度

制度の誕生

この制度は、日中両国民の友好と協力を医学分野で推進させようと1986年に設立されました。当時の当財団会長笹川良一氏、日中医学協会理事長石館守三博士、中国衛生部副部長陳敏章氏の三者の強い思いが結実したもので、25年計画(当初10年。更に15年延長)で中国人民の保健医療の向上のために努力する専門家2000名をわが国に招き、日本の医療機関等で研鑚を積んでもらおうというものです。

プログラムの運営


1986年8月、合意書に署名した笹川良一氏(中央)、石館守三博士(左)、陳敏章氏

この共同事業は、日本財団の助成金を受けて、中国衛生部/国際交流センターと日中医学協会、当財団で実施し、25年間で延べ2,188名を招請しています。

スタート以来この制度には、来日前の語学研修(日本語・英語)、来日中に日本各地の病院や研究施設で研究に専念している研究者が一堂に会し研究者間の情報交換の場を提供する箱根セミナー、特別研究者制度(優秀な成果をあげた笹川医学研究者の再招請制度、256名が来日)、同窓会組織「帰国笹川医学研究者同学会」(北京に事務所を置き、帰国した研究者・来日中の研究者の情報交換を行う新聞の発行や会員によるボランティア医療活動などを行っている)等が追加され、制度の充実を図ってきました。

笹川医学研究者たち

これまでこの制度では、25年間で1932名の研究者が来日しました。研究者は中国全省・自治区から来日しており、日本側の受け入れ地も北海道から沖縄まで全都道府県にわたっており、文字通り日中両国の国を挙げての大事業となりました。

研究者のほとんどは日本滞在中に自分の研究成果を学会や学術専門誌を通して発表しています。また、帰国した研究者は中国の医療現場で活躍していますが、日本での研究が契機となって日本や欧米の学位を取得する人や、中国医学界において大学の学長、副学長、教授、病院の院長、さらに中国科学院会員(日本の学士院会員に相当)など指導的立場に立つ人も多く出てきています。また、この制度により来日した研究者のほとんどが中国に帰国し、中国人民の健康の維持増進に従事していることも特長です。

2008年5月に発生した四川大地震の際には、多数の帰国研究者が四川大学華西病院を中心に活躍し、日本の緊急援助隊の活動の大きな力となって働いている姿は日本のメディアでも報道されました。また、2011年3月11日に発生した東日本大震災では多くの帰国研究者が、被災地復興のために約460万円もの寄付を日本に送ってくれました。

このように、この奨学金制度は、医療水準の向上を通じて知日派の医師や医学・医療のリーダーを育成し、医学分野における日中両国の人的・学術的交流の基礎を築く事業としても重要な意味をもつといえるでしょう。

日中笹川医学奨学金制度 20年間累計

20周年を迎えて

2007年8月、北京の人民大会堂で20周年記念式典を開催し、帰国研究者や日本の指導教官の先生方の他、中国側要人としては韓啓徳中国全国人民代表大会常務委員会副委員長や陳竺中国衛生部長をはじめ殷大圭中国医師協会長、尾身茂WHO西太平洋地域事務局長、日本側要人としては森喜朗元内閣総理大臣、宮本雄二在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使、外口崇厚生労働省医政局長の参加を得、約1200名が一堂に会し盛大に20周年を祝しました。また、参加者からは、この制度が20年間培ってきた医学分野の交流の広さと多様性を確認し合うことができたと高い評価を受けました。

この機に日本財団と中国衛生部は本制度の5年間延長の協定に調印しました。それにより2008年9月から年間30名が来日しています。


2007年8月、北京・人民大会堂での20周年式典の記念撮影に臨んで

 

当財団は、2008年度より2011年度の4年間、中国医科大学との共同プロジェクトとして中国の地方部の医療従事者を対象にした医学研修センターの設置・運営支援を実施しました。当プログラムでは帰国研究者が指導にあたり、日本からも専門家が現地を訪れ特別講義を行い、中国人民の医療福祉の向上のみならず、医学・医療分野における中国と日本の交流の促進を図りました。

今後は、帰国研究者による同学会事業として更なる発展が期待されます。

研究者省別人数

支援している国々:中国→日中笹川医学奨学金制度