[活動レポート ― ハンセン病]
バチカンで初のハンセン病国際シンポジウム開催

2016 年6月9日~ 10日、バチカン市国において「ハンセン病患者・回復者の尊厳の尊重と総合的なケアに向けて」をテーマにローマ法王庁保健従事者評議会と日本財団主催、笹川記念保健協力財団、善きサマリア人財団、ラウル・フォレロー財団、マルタ騎士団共催にて国際シンポジウムが開催されました。バチカンでのハンセン病関連の国際シンポジウムはこれが初めてで、2015 年12 月から1年間の「いつくしみの特別聖年」の「病者・障碍者のための記念日」に合わせての開催でした。

公開ミサを司宰するフランシスコ法王

公開ミサを司宰するフランシスコ法王


回復者からの証言
シンポジウム第1部では医療・科学の観点、第2部は人権問題の視点、第3部は宗教の観点、第4部はグッド・プラクティスの紹介、そして第5部ではハンセン病回復者の証言という構成となりました。冒頭、WHOハンセン病制圧大使を務める笹川陽平日本財団会長より、ハンセン病が神罰だとの誤った認識が今もって払拭されていない、正しい知識と啓発活動が急務となっていることが指摘されました。各部での発表後の質疑応答では、各国の回復者からの積極的な発言がなされ、問題提起と共に国際会議の雰囲気を盛り上げていました。中でも、回復者の人権問題の視点から発表に立ったアメリカのホセ・ラミレスJr. 氏は、自身が幼い頃にハンセンと診断された時のことを回想し、その時の母親の姿を一生忘れることはできない。我が息子がハンセン病に感染した衝撃、そしてその原因が自分にあるのではないかと自分を責め続けた挙げ句、口にした「これは神の罰なのか」という一言、その辛辣なイメージと記憶を証言として語りました。一方、日本からは、国立療養所 長島愛生園の自治会副会長石田雅男氏が登壇し、10 歳での発症から70年にわたって療養所で過ごしてきた自らの想いと、日本における回復者組織である全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)の人権闘争に触れ、1950 年代前半からハンガーストライキや座り込みなど、過酷な歴史を刻んできた中で、1996年にようやく隔離を根幹とした法律「らい予防法」が廃止されるに至った経緯が語られました。そして「私の人生はハンセン病とともに歩んだ道であり、得難い体験の人生である。決して自ら選んだ道ではないが、与えられた道としてこれからも歩んで行きたい」と結びました。終了後は会場の拍手が鳴りやまず各国の参加者が次々と石田さん夫妻のもとに駆け寄り、握手を求めました。
ホセ・ラミレスJr.氏

ホセ・ラミレスJr.氏


宗教界の役割
6月12日は、フランシスコ法王の主宰のもとサンピエトロ広場に7万人を超える人々が参集し、公開ミサが行われました。法王は「『病者のための聖年』の一環として当地でハンセン病を患った人々のための国際会議が開かれた。感謝の念をもって開催者と参加者を歓迎し、この病気との闘いに実り多き取り組みがなされるよう切望する」と述べられました。本シンポジウムでの「結論と勧告」には、今後ハンセン病の偏見差別解消に向けて宗教界も重要な役割を果たしてゆくべきと明記されています。世界のハンセン病問題解決に向けた新たな一歩となって行くことが期待されます。
笹川陽平日本財団会長を囲んで

笹川陽平日本財団会長を囲んで