[活動レポート ― 在宅看護センター]
在宅の仲間10 十勝音更町の「ちせ(アイヌの伝統的家)」

法人名:一般社団法人 ちせ

事業者名:在宅看護センター ちせ訪問看護ステーション

所在地:北海道河東郡音更町共栄台東10丁目4番地14 グリーンアベニューA101

HP:https://tise-zaitaku.jimdo.com/

電話:0155-67-1456

開業:2016年4月1日

代表理事:片岡順子 研修3期生

【2018年9月6日未明、北海道胆振東部地震が発生しました。笹川記念保健協力財団喜多会長をはじめ関係皆様にご心配をおかけいたしました。起業家育成事業の同期生や諸先輩方からも心温まる激励のご連絡もいただきました。幸い、私ども、「ちせ訪問看護ステーション」は、震源地から150㎞程離れていたこともあり、事務所や訪問車両、職員そして利用者さまも、皆共々被災を免れました。まず、お礼を申し上げます。】

北海道十勝地方の音更町に訪問看護ステーションを開業し、一年半が経過しました。今迄の、本「在宅の仲間シリーズ」とは、少し異なる内容かもしれませんが、開業準備から現在までを振り返り、そして地震発災後の在宅医療・看護に関連する地域の情報を報告致します。

起業家育成事業参加まで 

長崎生まれの私は、結婚を機に北海道に移住し、道立精神科単科病院で看護師を続けました。その病院は、長期入院患者が地域で生活できるように、積極的に支援はしていましたが、10年以上の長きにわたる入院をされる方もおいででした。地域移行や定着を進めるなかで、患者高齢化にも対応できる受け皿の必要性と、それをどう充実してゆくのか、そんなことを感じることが増えていました。

40歳を過ぎ、公私ともに残りの半生をどう過ごすか、やり残していることはないのかなどなど、自問自答していた頃、出身校の長崎の看護学校が閉校となりました。平成23年3月11日、閉校式典出席のための帰省時に、東日本大震災が起こりました。

発災も夫からのメールで知り、刻々と明らかになる被災の大きさ。自分自身もいつどうなるか分からない、やりたいことがあるのなら、迷わず、即刻実行に移そうと決断しました。勤務先を辞し、在宅医療への転身を決意致しました。「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を知ったのは、帯広市内の訪問看護ステーションに入職し訪問看護師となった後で、心のどこかでいつかは精神疾患をもちながら地域で暮らす方々を支援したいと考えていただけに、それを実現させるために参加を決断しました。当時、夫は養成校を卒業し理学療法士として病院勤務を始めたばかり、長男は本州の大学に進学するなど、家庭も大きく変化していましたが、夫は起業家育成事業の参加と、後に開業を目指していくことを理解し応援してくれました。

 

 ステーション開業から現在まで

その昔、看護学校卒業後、川崎市の病院で働いたこともありますが、北海道に転居して以来二十数年ぶりの都会生活と育成事業の研修は、時間の流れの速さと情報の量と質、自分が生活している地域との地理的距離・・・地域格差を思い知らされました。研修中、台風や降雪のため、帰省日程の変更を余儀なくされ、地元での開業準備時間を短縮せざるを得ない状況もありました。が、秋に帰省し、事務所探しをした折、偶然よい物件をみつけ、契約を機に開業を4月と決め、タイムスケジュールを組み猛ダッシュで準備をすすめました。

ステーション名の「ちせ」とは、アイヌの伝統的な住居を意味し、北海道の風土に育まれた文化を大切にし、ステーションが共生社会の支え手のひとつになることを目指して名づけました。

開業後の一年は、依頼も少なく、工面した資金が減っていくなかで、常勤職員1名が病休、代替や管理運営に追われた試行錯誤が続きました。また労務管理とスタッフの教育を優先させるため、せっかく打診を頂いたにもかかわらず、医療観察法の訪問依頼を断らざるを得なくなったなど、自分の思い描いていたステーション運営とかけ離れていくことに、管理者としての難しさを痛感しました。

起業家育成事業修了式で笹川記念保健協力財団会長紀伊國先生(当時)から紹介いただいた詩を事務所に掲げて日々業務に励んでいます。

起業家育成事業修了式で笹川記念保健協力財団会長紀伊國先生(当時)から紹介いただいた詩を事務所に掲げて日々業務に励んでいます。

 現在も、まだ、運営は厳しい状況ですが、看護師は常勤3名、非常勤2名と理学療法士1名となり、ちょっとホッとできるようになりました。2年目の今年は、準備していた福祉有償移送サービス事業の開始や開業地域の認定こども園での医療的ケア児への委託契約対応、北海道庁十勝振興局での医療保健福祉精神専門部会への訪問看護師としての出席など、活動の幅も広がってきています。まもなく二年目が終わるところですが、新米管理者としては、育成事業の仲間と気軽に相談でき、離れていても悩みを共有できるネットワークの強みを実感しています。

2018年研修生 実習生前半組の2名(両端)と。
事務所駐車場にて。

このように事業としては決して順風満帆ではありませんが、失敗や苦労もこれから起業を目指す後輩にとり参考になることがあるかもしれないと考え、今秋起業家育成事業5期生の実習を2班に分けて4名を受け入れました。後半の実習生は、先の地震のため十勝振興局が急きょ管内の訪問看護師を対象に開催した地震災害における在宅人工呼吸器使用者等の対応についての情報と意見交換を目的とした会議の参加機会をいただきました。

【追加】 北海道胆振東部地震の教訓

2018年9月3日 深夜3時過ぎ、地震発生直後に、インターネットで震源地や震度等を確認し、自宅住宅より付近の停電を目視しました。その日、私が緊急連絡当番でしたが、当地に甚大な被害が発生していない様子が把握できたこともあり、各職員への連絡は夜が明けてからと判断しました。しかし、夜明け後も停電が続き、電力復旧には時間を要するとの情報から、私自身、早朝に施設入所中の在宅酸素療法の利用者の安否確認に動き、その後、通常出勤してもらった職員とともに当日の通常訪問の他、分担して電話連絡もしくは直接訪問により訪問先を回りました。

十勝地方は震度4、電力復旧まで概ね2~3日を要しました。震災による産業や物流への被害、影響が検証されていますが、十勝は過去に大きな地震災害があったことから、手回し式ラジオや通信用の充電器などの準備はできていましたが、自宅の断水が長引いた職員もいて、電力復旧がさらに遅れた時を想定した対策は十分ではないと思いました。

地震発生の翌週、十勝振興局の保健師より、電力を要する人工呼吸器などを使用中の訪問看護利用者への対応状況や課題について電話聞き取りがありました。当ステーションとしても災害時対応の体制が不十分なため、他ステーションからの情報を共有活用したいと申し出たところ、後日、前述会議が開催される際に案内を頂きました。会議では、一昨年の台風による停電・断水被害を教訓に、災害対策マニュアルを見直し、例えば、ガソリンが半分になったら給油しておくなどのルール化が今回役立ったが、既存マニュアルには、長時間停電の想定がなく、見直しに着手しているなどの報告がありました。また、連携の差が浮き彫りになった事例として、電力を要する在宅療養者の受入れ病院を役所の障害福祉課から訪問看護ステーションへ直接連絡が入る自治体もあれば、役所部署間や事業所担当者間の連携すらなされていないために、安否確認の連絡が重複し苦情となったことや、保健所側が把握していなかった難病者の存在もあったことなど、新たな状況情報を掌握する機会となったことも報告されました。安全で住みやすい地域づくりに看護師が果たす役割について、より深く考える貴重な機会となりました。

十勝地方は、2016年には、台風7、9、10、11号と4つが襲来、今年3月には平成30年豪雪にみまわれました。そして今回の平成30年北海道胆振東部地震と、この北海道においては、災害は、忘れる暇なく頻発しているのに、災害が起こる度に、行政の機能不全や物流の乱れが生じ、日々の生活に影響しています。今回の地震では、道内の人工呼吸器使用中の在宅療養者で亡くなられた方が1名おられます。厳冬期ならば、凍死や感染症などさらに人命被害が深刻であったと予測できます。また地元紙調査では、道内半数以上の99市町村が、国の求める「72時間分の燃料備蓄」を満たしていなかったとか。

訪問看護ステーションの円滑な運営には、日頃からの災害対策が必須です。今回の震災は、北国特有の厳しい自然環境下で、何時でも、安全に業務を遂行するためのリーダーシップのあり方など、私自身、反省点も多く、発生2日目には、職員と振り返りを行い課題点について共通認識を深めました。

当ステーションは、今現在音更町内唯一の訪問看護ステーションであります。その管理者として、今後もステーションの役割・取り組むべきことを明らかにし、地域の皆様の健康を、平時にも非常時にも、どうおまもりするのか、それを実践し、また、地域や関係機関に発信していく責任があると改めて感じています。

今日はご機嫌うるわしい…私も嬉しい

今日はご機嫌うるわしい…私も嬉しい

 

「ちせ」の特別の患者さまのご夫妻・・・・ではありませんが、 訪問道中の車窓から、仲睦まじいつがいを。

「ちせ」の特別の患者さまのご夫妻?ではありませんが、訪問道中の車窓から、仲睦まじいつがいを。