[活動レポート ― 在宅看護センター]
在宅の仲間10 十勝音更町の「ちせ(アイヌの伝統的家)」

法人名:一般社団法人 ちせ

事業者名:在宅看護センター ちせ訪問看護ステーション

所在地:北海道河東郡音更町共栄台東10丁目4番地14 グリーンアベニューA101

HP:https://tise-zaitaku.jimdo.com/

電話:0155-67-1456

開業:2016年4月1日

代表理事:片岡順子 研修3期生

【2018年9月6日未明、北海道胆振東部地震が発生しました。笹川記念保健協力財団喜多会長をはじめ関係皆様にご心配をおかけいたしました。起業家育成事業の同期生や諸先輩方からも心温まる激励のご連絡もいただきました。幸い、私ども、「ちせ訪問看護ステーション」は、震源地から150㎞程離れていたこともあり、事務所や訪問車両、職員そして利用者さまも、皆共々被災を免れました。まず、お礼を申し上げます。】

北海道十勝地方の音更町に訪問看護ステーションを開業し、一年半が経過しました。今迄の、本「在宅の仲間シリーズ」とは、少し異なる内容かもしれませんが、開業準備から現在までを振り返り、そして地震発災後の在宅医療・看護に関連する地域の情報を報告致します。

起業家育成事業参加まで 

長崎生まれの私は、結婚を機に北海道に移住し、道立精神科単科病院で看護師を続けました。その病院は、長期入院患者が地域で生活できるように、積極的に支援はしていましたが、10年以上の長きにわたる入院をされる方もおいででした。地域移行や定着を進めるなかで、患者高齢化にも対応できる受け皿の必要性と、それをどう充実してゆくのか、そんなことを感じることが増えていました。

40歳を過ぎ、公私ともに残りの半生をどう過ごすか、やり残していることはないのかなどなど、自問自答していた頃、出身校の長崎の看護学校が閉校となりました。平成23年3月11日、閉校式典出席のための帰省時に、東日本大震災が起こりました。

発災も夫からのメールで知り、刻々と明らかになる被災の大きさ。自分自身もいつどうなるか分からない、やりたいことがあるのなら、迷わず、即刻実行に移そうと決断しました。勤務先を辞し、在宅医療への転身を決意致しました。「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を知ったのは、帯広市内の訪問看護ステーションに入職し訪問看護師となった後で、心のどこかでいつかは精神疾患をもちながら地域で暮らす方々を支援したいと考えていただけに、それを実現させるために参加を決断しました。当時、夫は養成校を卒業し理学療法士として病院勤務を始めたばかり、長男は本州の大学に進学するなど、家庭も大きく変化していましたが、夫は起業家育成事業の参加と、後に開業を目指していくことを理解し応援してくれました。

 

 ステーション開業から現在まで

その昔、看護学校卒業後、川崎市の病院で働いたこともありますが、北海道に転居して以来二十数年ぶりの都会生活と育成事業の研修は、時間の流れの速さと情報の量と質、自分が生活している地域との地理的距離・・・地域格差を思い知らされました。研修中、台風や降雪のため、帰省日程の変更を余儀なくされ、地元での開業準備時間を短縮せざるを得ない状況もありました。が、秋に帰省し、事務所探しをした折、偶然よい物件をみつけ、契約を機に開業を4月と決め、タイムスケジュールを組み猛ダッシュで準備をすすめました。

ステーション名の「ちせ」とは、アイヌの伝統的な住居を意味し、北海道の風土に育まれた文化を大切にし、ステーションが共生社会の支え手のひとつになることを目指して名づけました。

開業後の一年は、依頼も少なく、工面した資金が減っていくなかで、常勤職員1名が病休、代替や管理運営に追われた試行錯誤が続きました。また労務管理とスタッフの教育を優先させるため、せっかく打診を頂いたにもかかわらず、医療観察法の訪問依頼を断らざるを得なくなったなど、自分の思い描いていたステーション運営とかけ離れていくことに、管理者としての難しさを痛感しました。

起業家育成事業修了式で笹川記念保健協力財団会長紀伊國先生(当時)から紹介いただいた詩を事務所に掲げて日々業務に励んでいます。

起業家育成事業修了式で笹川記念保健協力財団会長紀伊國先生(当時)から紹介いただいた詩を事務所に掲げて日々業務に励んでいます。

 現在も、まだ、運営は厳しい状況ですが、看護師は常勤3名、非常勤2名と理学療法士1名となり、ちょっとホッとできるようになりました。2年目の今年は、準備していた福祉有償移送サービス事業の開始や開業地域の認定こども園での医療的ケア児への委託契約対応、北海道庁十勝振興局での医療保健福祉精神専門部会への訪問看護師としての出席など、活動の幅も広がってきています。まもなく二年目が終わるところですが、新米管理者としては、育成事業の仲間と気軽に相談でき、離れていても悩みを共有できるネットワークの強みを実感しています。

2018年研修生 実習生前半組の2名(両端)と。
事務所駐車場にて。

このように事業としては決して順風満帆ではありませんが、失敗や苦労もこれから起業を目指す後輩にとり参考になることがあるかもしれないと考え、今秋起業家育成事業5期生の実習を2班に分けて4名を受け入れました。後半の実習生は、先の地震のため十勝振興局が急きょ管内の訪問看護師を対象に開催した地震災害における在宅人工呼吸器使用者等の対応についての情報と意見交換を目的とした会議の参加機会をいただきました。

【追加】 北海道胆振東部地震の教訓

2018年9月3日 深夜3時過ぎ、地震発生直後に、インターネットで震源地や震度等を確認し、自宅住宅より付近の停電を目視しました。その日、私が緊急連絡当番でしたが、当地に甚大な被害が発生していない様子が把握できたこともあり、各職員への連絡は夜が明けてからと判断しました。しかし、夜明け後も停電が続き、電力復旧には時間を要するとの情報から、私自身、早朝に施設入所中の在宅酸素療法の利用者の安否確認に動き、その後、通常出勤してもらった職員とともに当日の通常訪問の他、分担して電話連絡もしくは直接訪問により訪問先を回りました。

十勝地方は震度4、電力復旧まで概ね2~3日を要しました。震災による産業や物流への被害、影響が検証されていますが、十勝は過去に大きな地震災害があったことから、手回し式ラジオや通信用の充電器などの準備はできていましたが、自宅の断水が長引いた職員もいて、電力復旧がさらに遅れた時を想定した対策は十分ではないと思いました。

地震発生の翌週、十勝振興局の保健師より、電力を要する人工呼吸器などを使用中の訪問看護利用者への対応状況や課題について電話聞き取りがありました。当ステーションとしても災害時対応の体制が不十分なため、他ステーションからの情報を共有活用したいと申し出たところ、後日、前述会議が開催される際に案内を頂きました。会議では、一昨年の台風による停電・断水被害を教訓に、災害対策マニュアルを見直し、例えば、ガソリンが半分になったら給油しておくなどのルール化が今回役立ったが、既存マニュアルには、長時間停電の想定がなく、見直しに着手しているなどの報告がありました。また、連携の差が浮き彫りになった事例として、電力を要する在宅療養者の受入れ病院を役所の障害福祉課から訪問看護ステーションへ直接連絡が入る自治体もあれば、役所部署間や事業所担当者間の連携すらなされていないために、安否確認の連絡が重複し苦情となったことや、保健所側が把握していなかった難病者の存在もあったことなど、新たな状況情報を掌握する機会となったことも報告されました。安全で住みやすい地域づくりに看護師が果たす役割について、より深く考える貴重な機会となりました。

十勝地方は、2016年には、台風7、9、10、11号と4つが襲来、今年3月には平成30年豪雪にみまわれました。そして今回の平成30年北海道胆振東部地震と、この北海道においては、災害は、忘れる暇なく頻発しているのに、災害が起こる度に、行政の機能不全や物流の乱れが生じ、日々の生活に影響しています。今回の地震では、道内の人工呼吸器使用中の在宅療養者で亡くなられた方が1名おられます。厳冬期ならば、凍死や感染症などさらに人命被害が深刻であったと予測できます。また地元紙調査では、道内半数以上の99市町村が、国の求める「72時間分の燃料備蓄」を満たしていなかったとか。

訪問看護ステーションの円滑な運営には、日頃からの災害対策が必須です。今回の震災は、北国特有の厳しい自然環境下で、何時でも、安全に業務を遂行するためのリーダーシップのあり方など、私自身、反省点も多く、発生2日目には、職員と振り返りを行い課題点について共通認識を深めました。

当ステーションは、今現在音更町内唯一の訪問看護ステーションであります。その管理者として、今後もステーションの役割・取り組むべきことを明らかにし、地域の皆様の健康を、平時にも非常時にも、どうおまもりするのか、それを実践し、また、地域や関係機関に発信していく責任があると改めて感じています。

今日はご機嫌うるわしい…私も嬉しい

今日はご機嫌うるわしい…私も嬉しい

 

「ちせ」の特別の患者さまのご夫妻・・・・ではありませんが、 訪問道中の車窓から、仲睦まじいつがいを。

「ちせ」の特別の患者さまのご夫妻?ではありませんが、訪問道中の車窓から、仲睦まじいつがいを。

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
在宅の仲間たち-9 フルーツ王国 和歌山の「幹」

法人名:一般社団法人 幹

事業者名:幹(みき)在宅看護センター

所在地:和歌山県紀の川市貴志川町長原528の7

HP:http://miki-zaitaku.com/index.html

FB:https://www.facebook.com/一般社団法人-幹-303803566809942/

電話:0736-64-4322 FAX:0736-64-4331

開業:2018年3月1日

代表理事:丸山美智子 研修4期生

在宅12018年3月、和歌山県で初めて日本財団在宅看護センターが開所しました。

「幹(みき)在宅看護センター」は、

「フルーツ王国」 をうたう紀の川市にあります。開所月の3月は、ハウス栽培のいちごが産直市場にたくさん並び、まさに桃源郷、桃の花満開の頃でした。

 開所早々、緊張しながらの訪問看護から事務所への帰路、桜とはまた違う桃色の花一面の、まさに桃源郷を通りながら、自分自身が癒されました。

  7月には、立派な果実が実のりました。毎日、美味しそうな丸々した桃を求める各地からの観光客でいっぱい、夏になったなぁと感じました。夏が終わり、今は秋の果物イチジクがいっぱい実  をつ在宅2けています。そろそろ柿も出番を迎えます。

  季節の移り変わりを感じながらあっという間に、独立開所して半年(1/2年)がすぎました。常勤看護師3人で人文字「2分の1」を作ってみました。

 代表理事丸山は、大学附属病院救急救命センター勤務を約10年、フライトナースも経験しました。この間、交通事故後の身体障がい、溺水後の低酸素脳症の子ども、生きづらくてリストカッ トを繰り返す人、突発的に農薬を飲んだ人など、さまざまな急性期事例に関わりました。そして、これらの方々は、帰宅後どのように生活するのだろう、との思いを常に抱いていました。

日本の新生児医療の進歩により重度な障害をもっていても生きることができるようになりました。しかしその子供たちの親は、子どもが退院後に一夜として熟睡できないことも知りました。

大学病院の次に勤務した重症心身障害児施設で管理者を務めたことで、医療保健分野とはまた違った障害福祉制度を知ることができました。次は自分自身でこれまでに気になったことに関わりたい、と、訪問看護ステーションの開設を考え始めた頃、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修」の募集を知りました。即、応募しました。

研修の8か月間は、楽しくて夢をみているような日々でした。東京のど真ん中で日本の最先端を担っている講師陣のビビットな講義、グローバルな講義など、和歌山では…なく、何処でも、なかなかチャンスがない講義や見学の数々。東京滞在中だからこそ可能だった東京大学の一般公開セミナーや様々な学会研究会への参加、そこで出会った多様な分野の方との人脈造りが財産となりました。講義の合間には、美術館巡りも観光も楽しみました。研修の企画牽引役の笹川保健協力財団理事長(現会長)喜多悦子先生の知的好奇心でしょうか、折々の一言二言が、私たち研修生をそそのかし、モチベーションを上げてくれました。

そして幸運だったことは、日本財団笹川陽平会長の世界の平和や医療保健・人権や福祉に対するお考えを直接うかがうことができたことです。笹川会長とのtwo shotの写真は家宝です。

とてつもなく内容の濃い8か月の研修で、「開所後は量と質の両方で世の中に看護の力を示さなければいけない」という覚悟をもらえました。

在宅3「幹(みき)在宅看護センター」に、同じ志、想いをもつ相棒がいてくれるのは、とても幸せなことです。機能的にも重要なパートナーです。現在のスタッフは、常勤看護師3人ほか、非常勤で看護師9名、理学療法士3名、作業療法士、言語聴覚士、歯科衛生士、栄養士各1人と多職種が所属しています。30代から60代が、活発に働き、学び、そして遊んでいます。さらにありがたいことに、医師、薬剤師、臨床心理士、支援学校の先生など、必要に応じて相談できる様々な専門職が近くにいます。

「幹(みき)」は、0歳から100歳以上、どの年齢層であれ、どんなに重症であれ、どんな医療機器に囲まれていても、365日24時間、訪問します。身体と心の健康全体を、生活の場において、医学的に、しかし看護の視点でのケアをおこないます。そして必要な場合、適切な専門家につなげられる幅広い知識をもつジェネラルナースを目指しています。月に1度のランチョンセミナーでは、各スタッフが得意分野を講義し、互いの知識を深めます。学会や外部研修会に参加した場合には、必ず、伝達講習を行います。

4在宅「幹(みき)」という名前は、代表理事である「みちこ」の「み」、管理者である「きよこ」の「き」で「みき」から名付けました。「幹」という漢字には太く強く支える存在でありたいという思いが込められています。

開所直後、以前の勤務先で関わった福祉事業所から精神科訪問2件、そして支援学校の先生からの問い合わせで小児の訪問が始まりました。精神科訪問はその時に担当した医師から次の依頼がきたり、関わった相談支援事業所から次の依頼が来たりと少しずつ増えています。最近はカウンセリングをしている臨床心理士からの依頼がありま した。社会問題でもある「ひきこもり」にも関わり、やり甲斐を感じる反面、発達障害などを含め、まだまだ学習が必要だと感じています。

開業間もない3月末日、旧知の医師の依頼で、初めて看取りをさせて頂きました。なくなる前日、「幹」の名刺、私の名前をみて、「命綱」と言ってくれました。自分と年が変わらない方が亡くなる・・健康である私は、できることをしっかりとしなければ、と痛感しました。

また、「生き切る」ということを教えてくれた方があります。私よりも若い方でした。色々な管(ルート)を7本もつけたままの退院。退院日は買い物に行き、翌日はほんの少しケーキを食べていました。退院後5日目のことです。

「もういい?」と私に尋ねました。

「(娘と買い物にゆく、外出を楽しむなど)あなたがやると言ったことはやり遂げましたよね」と私が答えた翌日、ご家族に看取られて静かに旅立たれました。限られた命の時間の中で本人のやりたいことを応援するために、「多職種協働」という言葉がすっきりとあてはまる事例でした。フットワークの軽いケアマネジャーさんや病院勤務の医師と在宅専門の医師のダブルで関わってもらうよう調整を重ねました。そして、嬉しいことがありました。病院勤務医から、「在宅との連携が如何に大切かということを、日々学ぶことができた」との言葉とともに、「どこかで発表したい」とも。病院勤務医が在宅で療養される方の状況を発表して下さること、在宅看護師として、とても有難いと思っています。

開業後まだ短期間ですが、それぞれの看取り毎に、多くの学びがあります。ご家族は、医療者が思うよりはるかに不安であるが故に、少しの声掛けや働きかけが不安を軽減している様子を毎回実感します。

在宅5今は6か月の子どもに癒される毎日です。合併症の多い病気ではあるけれど、モニターの数値におっかなびっくりの毎日ではあるけれど、大きな瞳と泣き声でしっかり自己主張し日々成長発達を感じています。お母さんを主とした家族ケアも含めて、目の前の命にしっかりと向き合っていきたいと思います。

「看護師が社会を変える!!」研修の広報にあった、壮大な目的…には、まだまだ届きませんが、「幹」は、看護を通じて「笑顔の瞬間」を提供することを理念とし、在宅療養生活の中で、利用者さんもご家族も、そして我々も笑顔の瞬間をもてるよう、精進していきます。

[活動レポート ― 在宅看護センター]
在宅の仲間―番外編

暑中お見舞い申し上げます。

この度の西日本豪雨禍で亡くなられた方に哀悼の意をささげますと共に、まだ行方のわからぬ方々とそのご家族や避難を余儀なくされている多くの方々に、心からお見舞い申しあげます。

先般の大阪の地震に続く広域大災害もあって、ホームページ連載中の「在宅の仲間たち」が足踏みしております。

言い訳がましいのですが、夏休み・・・させて頂きます。

2014年度から始まった笹川記念保健協力財団が実施する「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の2018年度は、猛暑の中、熱い研修の日々が続いています。この5期生17名を含めますと67名の仲間となります。

が、下の地図をご覧いただきますと、白抜きの、未だ仲間のいない地域も沢山あることは歴然です。各地域の人々に安心を保障できる看護師の拠点を、さらに増やしてまいりたいと思っていますが、開業済の仲間は、今次の災害でも応援体制を考えてくださっています。精神論は好みませんが、日々の緩やか連帯とともに、イザ!!の際の強固な在宅看護師魂をうれしく感じています。

皆様、猛暑の日々、ご自愛下さい。

日本財団在宅看護センター開業地図
日本財団在宅看護センター開業地図

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち8-近代化の歴史の町 田川で生まれた「むゆうげん」

事業所名:NPO法人 むゆうげん無題

日本財団在宅看護センター ホームホスピス「わこの家」

所在地:〒822-1406 福岡県田川郡香春町香春84-1

TEL/FAX:0947-32-7511

副理事長:原 享子 研修1期生

開業:2015年4月1日

HP: http://muyuugen.org/wako

 

「香春岳(かわらだけ)は異様な山である。けっして高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ。」

無題2五木寛之の「青春の門筑豊篇」の冒頭に出てくる田川郡糸田町にあるカラスオ峠から見た香春岳の描写です。

私たちNPO法人「むゆうげん」は、福岡県筑豊(ちくほう)の田川市で2015年4月1日に産声をあげました。筑豊の由来は、その昔の前国と前国の頭の字をとったものですが、「ちくほう」と聞くと、ある種感慨を覚える方は沢山いらっしゃると思います。

「むゆうげん」が事業展開している、その田川地域は、かつて国の基幹産業だった炭鉱で栄え、そして1960年代以降のエネルギー革命により衰退を余儀なくされました。人口減少と過疎化が進み、2017(平成29)年3月末現在の人口は約12万9千人、高齢化率は40%に限りなく近づいています。高齢化に加えて、炭鉱に代わる地場産業が乏しいこともあって、介護関係事業がかなり多いことも特徴かもしれません。訪問看護事業所も、実に26ヵ所のステーション、みなし指定の訪問看護も精神科病院を含めるとかなりの数にのぼります。

さて、私たちNPO法人の理事6人は、高校の同級生仲間。事務所探し、NPO法人設立登記、指定居宅サービス事業者申請、スタッフ募集等々、何もかも6人の新米理事たちにとっては初めての体験でした。数々の失敗談は語りつくせないほどあります。

2013年12月のことでした。ちょっとした興味から、私どもは、福岡県久留米市の「ホームホスピスたんがくの家」の見学に参りました。NPO法人「たんがく」の理事長樋口様の熱いご案内と説明に一同感動の極みでした。その理念はもちろん、そこに住まわれる方たちの明るいまなざし、日本家屋の佇まい、お庭、介護スタッフが醸し出す明るく優しい空気といった環境にも魅せられ、定年退職後にやるなら「これ!!」と、仲間全員が想いを一つにしたのでした。

樋口理事長の強い勧めもあり、翌年2月には、宮崎市のホームホスピス第一号「かあさんの家」にも伺い、理事長市原美穂様のご説明を聞き、ますます熱く感じるものがありました。

志高く設立を目指したNPO法人ですが、理事6人の中で保健医療従事者は私1人、訪問看護ステーション管理者の経験があるとは申せ、病院付きのぬくぬく環境での仕事であったこともあり、起業のノウハウなど全くの素人でした。

そんなときに飛び込んできた情報が「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」だったのです。定年前に病院を早期退職し、しばらくは母には親孝行、夫や孫にも時間が作れるなどと考えていたのですが、神様は休む間を与えては下さいませんでした。

笹川記念保健協力財団現会長喜多悦子先生が企画された「看護師が社会を変える!」とのスローガンの下の「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の一期生になるべく、2014年6月、期待と不安をないまぜに上京しました。翌2015年1月までの8カ月間、第一線でご活躍のご高名な講師の方々による座学のほか、起業家としての心構えや行動学などなど、徹底的に学ぶことが出来ました。

これまで看護師、ケアマネジャーなどに携わってきた私ですが、ことがおカネのこととなると頭の中でシャッターがガラガラと大きな音をたてながら降りてきます。そんな私に「おカネに弱くってもあなたには仲間がいるでしょ、大丈夫だよ。」と励ましてくださった喜多先生の言葉が今でも蘇ります。

法人名「むゆうげん」には不思議な響きがあります。無限の友→無友限→むゆうげんと命名しましたが、ホームホスピスの理念でもある「とも暮らし」にも懸けられています。

共に働く仲間たちと

共に働く仲間たちと

2015年10月1日、多くの方々のご協力もあって法人最初の事業である「日本財団在宅看護センター訪問看護一会<いちえ>」を開所致しました。2人のスタッフも、私同様還暦前の熟年看護師、ゆっくり、じっくり在宅医療や介護保険について学びながら利用者ゼロ(0)人からのスタートでしたが、24時間365日、いつでも相談可、必要と判断すれば訪問も進んで行う、安心丁寧のケアを行うことを貫いてまいりました。

起業4期目の現在、常勤看護師5名、登録契約の非常勤看護師2名、PT2名、常勤事務職員1名と、やや大所帯に近づいています。ゆるゆるがモットーではないのですが、利用者数もかなり緩やかな曲線を描きながら、ようやく右肩上がりとなってきました。2018年4月のレセプト請求数は36名、うち医療保険20件、介護保険17件、訪問件数455件でした。

利用者様自身が自立した生活を過ごせるようになること、あるいは亡くなられたり施設に入所されたりなどで、訪問終了になった方々の転帰は様々ですが、折々に感謝の言葉を頂くと、老体に鞭打ちながらも「またがんばろっ!」と前を向いて進んでいくことができます。

田川地域は、介護施設の数も充足されており、人々は在宅介護より施設入所を選択できる事情から訪問看護も必然的に施設に赴くことが多くなっています。

無題5

わこの家入居者様とのお花見

当法人が運営している「ホームホスピスわこの家」もそのなかの一つであり、この「わこの家」を運営発展させていくことが、私たちの最大の目標でもあります。2018年4月で開所2周年を迎え、とも暮らしの住人の方々もようやく定員7人となり、満室状態です。2年の経過の中、まだ、看取り経験のないホームホスピスですが、実は、現在、まさにお看取りに向けてのおひとりとそのご家族に医師やケアマネなどとともに心のこもった対応を心掛けさせていただいているところです。(この原稿推敲中2018年5月25日、最初のお看取りをさせていただきました。)

これまで、入居者が3~4人という期間が続いたことで、介護職員への教育には時間を十分にかけられたのではないかと思っています。

苦手なおカネ、帳簿は赤色!ずっと赤・・・これは経営者にとって最大頭を悩ませる問題です。事実、スタッフのお給料が払えなくなるのでは・・・という恐怖で夜も眠れぬ日々を過ごしました。開所から度々襲う体の不調・・・おカネのことをよく判らないが故の不安は思っているより大きいのでしょう。

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お誕生日には大きなケーキで

それでも、1日は24時間、どんな出来事があろうと明日はやって来ます。新しい1日が始まると気分も一新されます。が、また、別の新しい課題をつきつけられる・・・この繰り返しが人生なのでしょう。しかし、最近は、どんな困難な課題にも神様は「ちょうどいい具合」に折り合いをつけてくださるものなのだと悟れるようにもなりました。

「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の、いわば卒業研究発表でしょうか、研修の最後の2015年1月に発表した「事業計画」に沿って、一つずつゆっくりではありますが、目標に近づけていることを実感する今日この頃です。

「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」という研修受講が、私の人生の別の扉を開いてくれたと同時に、その後のあと押しや、また、多くの仲間たちの励まし、その全てが今の私の財産であり、私の中の核として誇りに思っているところでもあります。

2017年3月末までの6年間、福岡県看護協会職能Ⅱ委員としての経験や昨年受講の機会を得られた「エンド・オブ・ライフケア援助者養成基礎講座」での学びから、微力ながら地域貢献を目的として住民レベルでのディグニティセラピーやアドバンスケアプランニングの普及に向けてケアカフェの企画を計画しているところです。

今まさに苦しみの中にある利用者さまにとって、何が穏やかに過ごせる条件になり得るのか、「苦しみを分かってくれる人」としての私になれるよう、日々努めて参りたいと考えています。

地域のハブとなる在宅看護センターとして認められることを目標に「むゆうげん」は無限の友とともに邁進してまいります。これからも末永くご指導よろしくお願い申し上げます。

文責 原 享子

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち5-岡山 日限(ひぎり)地蔵尊が見守る 岡山在宅看護センター晴(はる)

晴

事業所名:

合同会社 岡山在宅看護センター晴

所在地:岡山県岡山市北区表町

3-21-1細堀マンション201

電話:086-201-3986

開業:2015年3月17日

代表社員:赤瀬佳代 看護師

Facebook:岡山在宅看護センター晴

 

 

もう5年前になります。看護が独立して、あるいは自立した看護師が病気を持った人々の生命と健康をどのように護ればよいのかと思い悩んでいたこともあって、日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修を受講する決心をしたのは。

思えば、8ヵ月の研修は長くも短くもありましたが、2015年1月、開業計画・・・というよりは10年後までを想定した開業・運営計画を発表しました。そして、2ヵ月後の3月に合同会社「晴」を立ち上げ、実際の訪問活動を7月に開始しました。2018年3月17日に会社設立4年目を迎えます。現在のスタッフは看護師9、事務1名で、石の上にも3年と申しますが、漸く思い描いていたものが形となってきたのを実感しています。訪問看護の利用者数も、お蔭様で1ヵ月100名に近づき、ご縁を頂いた方々はもうすぐで200名となります。

晴事務所

予防から看取りまでを支えたいとは思いますが、振り返ると何と多くの方をご自宅でお看送りしたことでしょう!それぞれの方が望む所で、望むように生をまっとうされるお手伝いが出来ること、それこそが私たちの働き続ける大きな原動力です。最近では、“いざという時に備えて!”と、予防と緊急のためでしょうか、介護度の低い方からの訪問依頼が増えてきています。時代の流れでしょうか。

「晴」では、地域の方々が一日一日を健やかに過ごされることをお手伝いするため、2015年11月から、毎月1回の「いきいきサロン晴れ晴れ」を開始しています。最近は、毎月20名程度の常連ご近所様が参加下さいます。ここでは、岡山市推奨の介護予防体操「あっぱれももたろう体操」や時期に応じた健康講話などを行います。地域と繋がることで、ちょっとした困りごとがあった時、相談しあえる関係、繋がりが築けてきていると実感します。次なる展開は、本年4月から、このような地域活動を近隣ステーションと協働実施することで、支援地域と機会を拡大したいと考えています。

晴れ晴れ

最近は、病院サイドでも在宅/訪問看護との連携が重要になってきていると聞きます。「晴」では、2016年9月から、近くの大規模医療施設である川崎医科大学総合医療センターと提携を開始しました。すなわち、同医療センターから、長期の看護師出向を受け入れています。病院側からみた目的は、在宅療養支援を理解し、真に利用者に益する退院・外来支援の実践ができる看護師育成にありましょう。当方にとっても、在宅でのケア・看護と病院でのそれを双方向で理解し合い、病院側からも在宅ケア側からも、共によりスムーズな連携がとれるようになってきたと強く感じています。

さて、このシリーズも5番目なので、少し、研修の効果、つまり何が良かったかを振り返ります。8ヵ月研修の大きな学びは、既に起業家看護師としての経験をもち、困難な時代を切り開いてこられた先輩方の実践を学べたことにあります。確かに、現在は比較的起業しやすい時代になっています。それでも、振り返れば、今日にいたるまで、実に沢山の困難苦しみがあったのも事実です。そんな時、先達からご教示いただいたご経験と置き換え、また、各種の示唆からも考え、困難を乗り越えるための冷静な目、耐える精神力、切り開いていこうとする意志を培ってこられたのだと申せます。研修内容もさることながら、この間にめぐりあった人々との繋がりこそ起業後の大きな支えであり現在の財産になっていると言えます。

事務所の斜め向かいには、有名な「大雲寺 日限(ひぎり)地蔵尊」がおわします。私の一日は、毎朝、出勤時に、この柔和なお顔のお地蔵様にご挨拶することから始まります。苦しい時の神頼みではありません。今日も一日恙なく終えられることを祈りますとともの、初心を全うできることの決意表明です。

地蔵

ひとつひとつの事業所ができることは限界があります。が、日本財団在宅看護センター起業家育成事業のモットーである「看護師が社会を変える」のように、「晴」からの発信も、少しずつ、地域の皆さまに浸透しているように思います。それは、看護というものが、病気を治す=医療とともに、例え病気があろうとも、生きてゆく=生活の双方を把握するものであり、それが故に、利用者様目線の実践につながるからではないでしょうか。病める人、高齢者、障害者も含め、地域に暮らすすべての人々の暮らし丸ごとを看て護るのが看護です。

看護によって人々の健康を護り、地域社会丸ごとの保健レベルの底上げが可能なら、ケアを受ける人もそれを担当する私どもともども一体となった健やかなコミュニティつくり、街造りに貢献できるよう「晴」一同は、引き続き、働きかけてまいります。

春爛漫の岡山、「晴」にもお立ちより下さい。

文責 赤瀬佳代

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち4―茨城県茨城町の民家 在宅看護センター和音(わおん)

事業所名:一般社団法人ハーモニーナース

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在宅看護センター和音(わおん)

場所:茨城県水戸市の隣の茨城町

HP:http://www.harmony-nurse.jp/

TEL:029-303-8780 FAX:029-303-8781

開業:2016年4月1日

代表理事:黒澤薫子(看護師)研修2期生

 

茨城県東茨城郡茨城町といえば、県のど真ん中に位置すると想像されそうですが、この町のホームページには、ささやかに「ほどよい田舎 いばらきまち」とあります。日本財団在宅看護センター起業家育成事業研修二期生黒澤薫子が代表理事をつとめる「和音(わおん)」は、その茨城町の住宅地に2016年4月に開設しました。茨城町・・・と云ってもピンとこない方も、水戸黄門・・・通称ご老公で名高い水戸光圀の居城があった水戸市は、そのいばらきまちの隣と云えば、大よその位置は想像されましょう。

どっしりとした日本家屋が和音の事務所です

どっしりとした日本家屋が和音の事務所です

茨城県は、全国魅力度ランキングが、何と4年間連続最下位でした。が、そうは言っても「住めば都」と申します。この町、食べ物は美味しく景色も美しく、車さえあれば非常に暮らしやすい地域、と、黒澤は自負しています。

代表理事の黒澤は、その看護師人生25年を水戸市内の500床を有する総合病院で過ごしました。この間めぐり会った膨大な数の患者さんたち。「私の人生観も死生観も変わってしまうような貴重な経験をさせていただきました。」と振り返る。が、医療制度改定が続き、入院期間を短縮せねばならなくなった病院。そのような時代の曲がり角、施設での看護に限界を感じるようになっていた一方、不治の病におかされた方、終末が近い患者さんから、「家に帰りたい!」と切ない表情で訴えられることも増えました。どうにかしてさしあげたい・・・と思う気持ちが強くなっていました。

そして、地域包括ケアという言葉を耳にすることが増え始めた頃、悶々としつつ、開業・・・を決意するかどうか揺れていた頃、偶然にも「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を知ったのです。周囲の人々に、「今まで、あなたが看取ってきた人たちが、今、あなたを導いているんだろうね。」とも言われました。迷わず、この研修に飛び込みました。何かが私を後押ししていると思うようなご縁でした。2015年春、私の人生は別の方面に広がりました。

8ヵ月の研修は、看護学的な研修はわずか、根幹は経営者になるための意識変革を求めたものでした。現状から未来を想像し、社会のニーズを先駆的に把握し、それを一つの企業体として組織し、そして看護を実践する。そのための経営者に生まれ変わることが必要でした。見かけの黒澤薫子は同じですが、中身は生まれ変わらねばならない、そんな内面的葛藤を断ち切るに必要な、多士済々、多様なご経歴の第一線講師陣たち、たった8ヵ月でしたが、その濃い中身は、この上なく、刺激的、本当に生まれ変われたと思える学びでした。

開所式には同期生全員が出席してくれました

開所式には同期生全員が出席してくれました

在宅看護は、個々人の生命力を拡大し、生き様を変化させるという魔法の力を秘めています。

人間は自分の好きな環境に置かれれば、自ずと生きる力が沸き、たとえ病気や障がいがあっても許される範囲の健康を享受できることを改めて感じます。だから、個々人の生活の場を訪問しケアを行う看護師は、その個人の生き方を出来る限り把握し、支援すべきことと過剰な介入や邪魔をしないことの見極めを付けられることが最も重要な鍵だと実感しています。

どんなに科学的に正しくとも押し付けではいけません。病気あるいは障がいをも許容しつつ、それぞれの生活をどう維持あるいは少しでも向上できるのか、外部からの訪問者である看護師はどんな立ち位置におればよいのか、それらが収まるべきところに収まることが、在宅看護の始まりです。そして、私はいつも考え続けています。今ある辛い症状はどうすれば落ち着くのか、どうすればより楽な日々となるのかを。主治医たち、医療施設の退院調整を担う看護師、ケアマネージャー、福祉関係者などなど、多職種とのチームワークも実に重要です。

利用者様宅にて、ご家庭の様子が分かるのは在宅/訪問看護ならでは

利用者宅にて、家庭の様子が分かるのは在宅/訪問看護ならでは

ご自宅に伺います!

ご自宅に伺います!

退院直後のある期間は、病院で強いられた安静の所為もあって、筋肉は衰え、思うように動けません。が、食べ慣れた自宅の味と、使い慣れた我が家での行動によって、また一歩一歩自分の足で歩けるようになることも少なくありません。たとえ、がんの終末期で何も食べられないという状況であっても、ご家族と一緒のお食事で少しずつ食欲が戻り、短期間でも元気を回復される方もおります。在宅看護は、まさにミラクルをもたらします。こんなに楽しい看護があったなんて・・・と、癒されているのは私自身です。

起業して1年半、まだまだ駆け出しの在宅看護センターではありますが、地域の方々に支えられて「和音」も、ここまでやって来る事ができました。社会は激しく変化しています。そして、在宅看護は、ますます必要になります。

 

「和音」は、社会のニーズを確実にキャッチし、皆さまの信頼を得られるような良質な看護を、365日24時間、ご自宅にお届けできる「いばらきまち」の在宅看護の担い手であり続けたいと願っています。

(文責 黒澤薫子)

 

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち3―福島 看多機と在宅/訪問看護センター 結の学校

事業所名: 一般財団法人  脳神経疾患研究所 看護小規模多機能型居宅介護事業所
在宅看護センター結の学校 南東北福島訪問看護ステーション結
場所: 福島県福島市南沢又字曲堀東23-2
福島駅から車で10分強の住宅地のはずれ
責任者(所長): 沼崎美津子 研修1期生
スタッフ:所長他計21名の大所帯(看護師・保健師・助産師は、非常勤2名も含め9名。スピリチュアルケア認定、ベビーマッサージ、アロマセラピスト、保母や精神保健福祉士・介護支援主任等々の資格をもつ者他、社会福祉士、作業療法士、管理栄養士、介護士・・・事務、運転手と、ウルトラ多職種です)

2014年「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の8カ月研修に参加時、沼崎は、「結の学校」の最大かつ最も近い連携先南東北福島病院看護部長でした。なぜ、それなりに遣り甲斐と責任もあった地位を置いて、先行き不明な仕事に挑戦したのか・・・

少子高齢化・多死社会に向けた政策は、随分以前から、論じられていました。「治す」=治療の場である病院に加え、地域の中で「治し支える」=ケアが必要との想いは、退院なさる方やご家族が抱かれるもやもやした不安を察知するたびに強くなっていました。

看護師が支えるケア、それは厳しく決められる入院の日々だけでなく、長く暮らし退院後も、死まで続くであろう「地域」「在宅」を看ること、看護ることではないか・・・退院が完全な治癒とならない事態が増え、治らないまま、徐々に下降する健康、回復が見込めない障がいを抱える人々を支えるケアの場が欲しい。そして人々の思いがかない、地域全体にホンワカした安心感があるような社会をつくることに看護師がかかわれないか、かかわるべきだと思うようになりました。

クリスマス会(ALS患者さん)

クリスマス会(ALS患者さん)

介護員とのレク

介護員とのレク

「結の学校」の前は葡萄畑でした。豊かに実るブドウ、その一粒一粒が豊かな房になり、それが立派な葡萄の樹になり、葡萄畑になっていたように、ひとりひとりがつながりあって家庭があり、それ連帯して邑となり、地域社会です。病院で、診療所で、クリニックでと同じように、看護師は、何処にあっても、人々の健康を支えられる存在でありたい。

私の、そして「結の学校」の夢、いえ、為さねばならないことは、地域の若い世代が安心して子供をつくり、産み、育てられる環境を、一日も早く整備することです。

「結の学校」の特徴は、最初から在宅/訪問看護センターと看護小規模多機能型居宅介護事業所を同時開業する意気込みでやってきたことにつきます。福島市は、人口約28万、2016(平26)年度に、全地域が超高齢化となりました。病を得た人々が医療施設で治療を受け、退院できたとしても待っているのは老々介護です。「結の学校」が、24時間365日、「泊り」と「通い」と「在宅/訪問看護」「訪問介護」の4つのサービスを提供しよう、せねば地域のニーズを満たせないと思った理由です。2025年問題などと、遠い先の話のように語っていた課題は、目の前でした。

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全国に300余りとなった看護小規模多機能型居宅介護事業所(看多機)は、

  •  一体的かつ柔軟なサービスとして緊急時にも対応可能であり、
  •  入院の適応はないが、医療ニーズが高く在宅対応は困難な方の受け入れが可能であり、
  •  医師の指示下に、看護師が「通い」・「泊り」・「訪問看護」を適宜使い分けて医療処置が可能であり、したがって、
  •  効率的で効果的な質の良いケアが実現、できます。

「結の学校」では、看護と介護の各職員が、緊密に情報とケア方針について意見交換し、方針を共有することで、どなたにも真に必要はケアを提供できていると自負しています。

地域包括医療のコアともいえる在宅での看護と介護だけに比べ、看多機を活用することで、スタッフはより多くの時間を利用者と共有出来るが故に、心身の状態を健康と体調面のみならず、生活面や精神そしてスピリチュアルな面も把握できていると思っています。これらの包括的なケアによって、利用者の自立性が高まり、病状悪化の防止、他の健康障がいの予防も期待できそうに思っています。

少し、日常を述べてみます。
目下、看多機「結の学校」では、ケアマネージャーが登録29人のケアプランを作成します。泊りは9人まで、通いは18人までの利用者ニーズに応じ、柔軟なサービスを一元化して提供しています。自宅(在宅)でも看多機「結の学校」泊まりでも、連携している医師の往診は可能、つまり自宅では困難であっても、同じスタッフが看取ることが出来ますし、必要に応じて、医師の指示下に医療処置も可能です。介護・医療保険のどちらでも算定できるため、厚労省大臣が認める疾患および重篤な状態(ターミナル・急性増悪等の特別指示)での医療保険スライドが可能、そのような場合の介護保険は減算しますので、診療報酬(訪問看護料)算定となり、利用者の経済的負担への配慮もできます。人生の終焉を、制度にあわすのではなく、それぞれの個人のニーズにあわせたケアと看取りの経過を経験することは、スタッフのモティベーションを高めます。

さらに、制度上では、医療施設での滞在日数を短縮できるため、アッ!も少し医療介入が必要かな・・・という方を看多機が引きうければ、在宅生活に向けた退院指導とともに、ご本人やご家族の不安を軽減しつつ、在宅移行が可能、つまり病院では早期退院が、患者や家族では不安を解消しつつ在宅への準備ができるという双メリットがあります。また、このような介入が、病院と老健施設との連携をも強化できることから、利用者の安心の上に、将来の再入院と再入所を円滑化する仕組みも可能で、看多機を中心に、地域のcureとcareの効果的効率的連携が可能で、継続的看護が行えていると確信しています。

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目の前に来た平成30年度診療報酬&介護報酬同時改定を踏まえ、地域包括ケアシステムは地域共生ケアシステムに変換すべきです。「結の学校」は、「医療」・「看護」・「介護」そして「福祉」の隙間を埋め、新しいケアの体制とそれを支える人材の育成に邁進します。しかし、かつてのイギリスの「ゆりかごから墓場まで」政策が破たんしたように、放漫な医療・福祉政策は破たんします。「結の学校」は、シームレスな医療・福祉体制を、民間レベルの効率的な看多機+在宅/訪問看護を行政や異業種(たとえば葬儀社)との効果的な連携の仕組みを工夫し、住民意識の変革をも含む、官民一体型の地域共生をモデルを福島市から発信したいと願っています。

実際、開業には、鉄壁のような制度に悩まされました。が、以前から務めさせて頂いてきた看護連盟役員のお陰で、実践の看護は制度を作る政治と連携することの重要性をいささかでも理解できていたこと、連盟や看護協会関連の方々のサポートも得て、さらに政治サイドからの支援も頂けたと持っています。皆さまへの感謝を込めて、今後も努力してまいります。ホームページだけでなく、ぜひ、現場にもお立ち寄りください。歓迎いたします。

文責 一般財団法人脳神経疾患研究所 看護小規模多機能型居宅介護事業所
「在宅看護センター結の学校」 南東北福島訪問看護ステーション結 責任者 沼崎美津子

[財団ブログ]
起業家育成事業4期生の対談記事が掲載されました

日本財団在宅看護センター起業家育成事業 4期生の丸山美智子さんと、秋山正子さん(有限会社ケアーズ・白十字訪問看護ステーション)の対談記事が、雑誌「在宅新療0-100」2017年12月号に掲載されました。

訪問看護経験ゼロの看護師 丸山美智子さんが、なぜ訪問看護ステーションの開業を目指すのか。

ぜひ記事をお読みください。

雑誌在宅新療0-100_2017年12月号_丸山さん対談記事

※「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業は、在宅看護センター/訪問看護ステーションを起業する看護師の育成研修と開業支援を行っています。
只今、第5期生応募受付中。詳細は、こちらから

【詳細】 https://www.smhf.or.jp/hospice/zaitaku/recruit/
【申請】 https://system.smhf.or.jp/app/login/

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち2―福岡県宗像市ミモザ

事業所名:一般社団法人ミモザ
場所:福岡県宗像市日の里、JR東郷駅前
電話:0940-37-0046
E-mail :mimoza.hinosato@gmail.com
開業:2016年8月1日
代表理事:長澤祐子(看護師) 研修2期生

福岡県の2政令都市福岡と北九州の真ん中に、住宅地として発展してきた宗像市(人口96,730人 高齢化率22.5%)があり、その中央部に40年の歴史をもつ九州随一、人口2万弱の日の里団地(高齢化率34%)があります。

日本財団在宅看護センター「ミモザ」の開設は、その日の里団地入口にあたるJR九州本線東郷駅に隣接して開設された地域センターと同時でした。

今年、わが国21番目のユネスコ世界遺産に登録されました宗像大社は、車でなら10数分、天照大神の娘とされる三柱の女神様をお祭りしています。「ミモザ」は、昨年、世界遺産登録の大詰めが迫る頃にオープンしましたが、それとこれは関係ない・・・残念ながら。が、福岡市が拠点だったのに、何故、宗像?ですね。

在宅活動中、東郷駅前再開発計画を耳にした長澤は、以前から温めていた多世代交流拠点としての在宅看護センター構想を提案、地元の方々と行政の賛同を得て採択された提案が「ミモザ」となった次第です。地域センターは、地元住民の様々な集会、活動の場であり、隣は駅密着の保育所です。「ミモザ」にスタッフがいる時間帯は、地域センターとの間のドアは開けっ放し、お隣の保育所を含め、老若男女の交流を眺めつつですので、世代交流の雰囲気プンプンです。

リハビリ1しかしながら、提案はウエルカムだったものの、地盤なき地での旗揚げは厳しいものもありました。総合病院集中ケア室(ICU)、障がい児/者施設、教育職の後、在宅看護に転じ、十分経験を積んで、満を持して開業したものの、在宅看護そのものに対しても、日本財団在宅看護センター「ミモザ」に対しても認知度はすこぶる低く、真っ白な予定表の前で、大きなため息も出ました。

が、『地域センターで、多世代交流と在宅看護の啓発、今までなかった多職種連携を創出し、高齢者も障がい者も、地域の人々がまるごと住み慣れた街で、それまで通りの生活を続けられる支援を確立したい・・・「あなたがいてくれたから良かった」と喜んでもらえる看護を確実に提供できる』ことを忘れず、地道な地域交流の結果、今や多忙な日々となっています。病院での急性期医療cure、生活の場での医療施設や行政の中の保健分野各専門家と協働、住民ニーズの把握と可能な調整、病気や障がいだけでなく、その他諸々悩みを抱えた人々を支え癒す看護care、それが目指してきたものだと自負しています。

先日、肺がん末期の女性の一人娘の高校最後の演奏会参加を、主治医との調整下に看護師、理学療法士、そしてご家族(夫、両親、姉)の付き添いで実現しました。やればやれる!なせば成る・・のです。関係者は、皆、長時間の緊張を強いられましたが、在宅看護師冥利に尽きます。ご本人は、1か月後に去られました。が、ご家族には沢山の思い出を、私どもにはたくさんの学びを残して下さいました。

最近、お看取りも増えています。人生最後の道をゆるゆると歩まれる伴走です。しっかり関わることで、最後に残っていたご希望をかなえられることも多く、在宅看護/訪問看護の力・・本質を実感いたします。

無題

開業1年、地区コミュニテーセンターからの講演依頼も増え、地域住民の方々への学習会やリハビリ体操教室も定例化しています。行政と地域からの信頼を基に、「ミモザ」は「街の健康と保健の相談室」としての機能を充実しつつあります。一層の努力を致しますが、皆さまのご支援もよろしくお願いします。

一般社団法人「ミモザ」
長澤祐子記

 

[活動レポート ― 在宅看護センター]
シリーズ 日本財団在宅看護センター起業家育成事業の仲間たち1―一般社団法人街のイスキア 訪問ナースステーション

20171109_イスキア_石川さん

事業所名: 一般社団法人街のイスキア 訪問ナースステーション
場所:東京都目黒区中目黒5-1-19 1階
電話:03-6303-4894
E-mail:kango@isukiatokyo.com
Web : http://isukiatokyo.com/
開業:2016年4月
管理者(所長):石川麗子 研修1期生

「街のイスキア訪問ナースステーション」は、目黒区を拠点に、主に高齢者への訪問看護・リハビリテーションを行っています。

「出会いを大切にするとともに、よく話を聴き、その方にとってのニーズを大切にしながら、丁寧なケアを行う。
”食はいのち”としてとらえ、最期まで”口から食べられる”ことを支援する。
介護する家族の心と身体の健やかさを護る。」

このことを理念に掲げ、2016年4月より事業を開始いたしました。

開所式

ステーション名の由来は、青森県で「森のイスキア」を拠点に、慈善活動をされていた故佐藤初女氏から頂きました。
それ故に、「イスキア」の名に惹かれ参加してきたスタッフも多く、昼食にはおむすびを握ったり、炊き込みご飯をつくったり、豚汁を作ったり・・・・一同共に食卓を囲むことも多いのです。「同じ釜の飯を食う」ことで、チームとしての繋がりを保っているように思います。

食のイスキア

所長石川は、緩和ケア認定看護師です。
緩和ケアや看取り・グリーフケアに力を入れたいという想いもあり、在宅でお亡くなりになる方やご家族へのケアも、心を込めて行わせて頂いています。開業1年半の現在、毎月1~2件のお看取りをさせて頂けるようになりました。ご遺族の希望に応じて、遺族訪問も行い、それぞれのご家族の悲しみが、時間とともに変化していくのを見守らせて頂けるようになりました。お亡くなりになった後をも支えることができるのは、在宅ならではのケアの妙だと感じています。

本年は、禅茶の先生をお招きして遺族会を行いました。
お集まりいただいたご遺族に献花・献菓子をして頂き、共にお茶をいただきました。自分の想いを話し、静かにお茶のお点前を観るという厳かな会は、それぞれの悲しみを癒すひと時となったようでした。会の後半では、スタッフお手製のおむすびを食べ、あたたかな気持ちとなってそれぞれが家に戻られたように思いました。

遺族会

こうして、「街のイスキア訪問ナースステーション」が生まれて1年半が経過しました。
一年365日毎日24時間のカバーを心がけ、寸時も休まず、在宅でのケアをなさっておいでのご家族の気持ちと、そしてお身体の負担を少しでも軽くできることを目的に「快護塾」をなるものも行っています。ここではケア・介護する人もケア・介護をうける人も、互いが心地よく共存できるためのちょっとして技術が知識を提供します。時には、アロマテラピーなども取り入れ、簡単にリラックスできる方法、秘伝!を工夫したり伝達したりしています。

「街のイスキア」が、どなたかの心とお身体の支えになれるように、日々、雨にもマケズ風にもマケズ、私たちは自転車をこいでいます。

お気軽にお声をおかけください。
「街のイスキア訪問ナースステーション」ホームページはhttp://isukiatokyo.com/

毎月イスキア通信を発行しています。最新のイスキア通信はこちらから
http://isukiatokyo.com/2017/10/04/isukiatuushin-17/

2017.11.07 石川麗子記


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